表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第一部 優しい歌
7/52

クラスメイト前編 改稿

第二部開始です。

今回は学園物です。

女性キャラも一気に増えますし、幼女も出てきます。

でも話は相変わらずガロくさいです。

せめてアフタヌーンと呼ばれるよう頑張りたいです。

 カブ太は、おれの作ったスペシャル餌にむしゃぶりついていた。

 自慢じゃないが、おれの作ったスペシャル餌は、スイカに黒蜜と砂糖、それに秘伝のタレを加えた、カブト虫なら貪らずにはいられない御馳走であった。

 いつものおれなら自分の作ったスペシャル餌の出来に満足し、世界を創造し終えた神のような気分になるのだが、今日のおれはイマイチ気分がのらなかった。

 〝カブ太は孤独だ〟

 健全な雄カブト虫なら、雌カブト虫のケツに乗っからないといけない時期なのに、カブ太は一人寂しくスペシャル餌を舐めていた。

 カブ太はモテないから、一人なのではない。

 カブ太は角は逞しく、餌の食いっぷりも豪快で、その貫禄はカブトムシというよりライオンであった。

 カブ太が野生の世界に身を置いていれば、今頃ライオンのようにハーレムを築いていることであろう。

 だが悲しいことに、カブ太は野生のカブト虫ではない。

 飼われカブト虫だ。

 そしておれは弱い飼い主だった。

「――なあ、加藤」

 おれは、隣の席に座っている加藤唯に声をかけた。

 封筒の封にのりを塗っていた加藤は、手を止めてこっちを向いた。

「なに舞島? 昨日貸した一万円、返す気になったの?」

 加藤の顔面を覆うぶ厚い瓶底眼鏡のせいで、加藤がどういう表情をしているのかわからない。

 が、怒り狂ってることは容易に予想できた。

 加藤は学校に内職を持ち込むほどの貧乏人なので、金にうるさいのは仕方がないことだとは思うが、金を借りているおれとしては、加藤にはアラブの石油成金のような大らかな心を持って欲しかった。

「お前なぁ、いきなり金の話をするなよな。いくら貧乏だからって、金のことばかり考えていると、心まで貧乏になってカネカネマンになっちまうぞ」

「――カネカネマンって――――」

 ――なに?

 加藤の分厚い瓶底眼鏡にはクエスチョンマークが浮かんでいた。

 〝貧乏しすぎてロクなモン食ってないから、頭に栄養が回ってないのかもしれない〟

 こいつにもスペシャル餌を食わしたほうがいいかもな。

 甘いモンは頭に良いと言うし。

 しかしスペシャル餌は、熟練したスペシャル餌職人であるおれでも作るのに二時間はかかる代物だ。こんな眼鏡なんだか女なんだかよくわからない生き物に食わせるのは勿体なかった。

 だからおれは加藤に糖分を摂取させるよりも、道理を諭すことにした。

「金のことしか、考えてねぇ心が貧しい人間のことだよ。そんなこともわからねえで、よく高校通ってられんなぁ」

「わたしは舞島より成績がいいから!」

 加藤は怒鳴った後「で、なんなの話って舞島。こっちは内職で忙しいだから、話すなら早く話してよね」

「――カブ太のことだよ」

 おれは机の上の虫かごを指さした。

 スペシャル餌を舐め終えたカブ太は、枯れ枝相手に一人寂しくぶつかり稽古をしていた。

「カブ太がどうかしたの? ――まさかカブト虫捕まえるの手伝ってくれって言うんじゃないでしょうね?」

 加藤は露骨に嫌な顔した。

〝加藤は自分てものを勘違いしてやがる〟

 どんくさい加藤を森ん中連れて行ったところで、蝉に小便引っ掛けられるのが関の山だ。

「カブト虫を捕まえに行くんだったら、加藤なんか誘わねーよ。おれが聞きたいのは、カブ太の嫁さんをどうするかってことだよ」

「それこそ舞島が捕まえてくればいいじゃない」

「捕まえてくるのは簡単だよ。なにせおれは千葉県――。いや、アマゾン一のカブト虫取り名人だからな」

 アマゾンには行ったことはないが、五歳のときからカブト虫をとり続けてきたんだ。

 アマゾンで頭を張るぐらい楽勝だろう。

「見栄を張るなら、素直に世界一って言いなさいよ」

「世界は広いだよ。さすがのおれもアフリカのボンジョさんには勝てねえよ」

 おれは馬鹿だが、謙遜という言葉を知っていた。

「ボンジョさんって誰?」

〝知るかよ〟

 今適当に考えたんだから。

「アフリカのどっかにすんでる伝説のカブト虫取り名人だよ。すげえ名人すぎて、カブト虫取りすぎて、今はアフリカ追い出されて、ケニアでクワガタを捕まえてるらしいぞ」

 おれは適当なことをふかしておいた。

「――舞島。ケニアもアフリカだから」

 加藤はすまし顔で突っ込んできた。

「――可愛くない女だな、お前は」

 そこは黙ってスルーしておくところだろう。

「舞島相手に可愛くなっても仕方ないでしょう。で、カブ太の話は?」

「おおっ、そうだった。この前の日曜日、昆虫奇想天外でカブト虫特集やるって言うから見たんだよ。そしたらミノのヤツ、とんでもないこと言い出しやがってよう」

「――とんでもないこと?」

 加藤は怪訝な顔で問い返した。

「ああ。ミノが言うには、カブト虫って交尾すると、体力が消耗して寿命が縮むだってよ。そんな話聞いちまったら、脳天気に雌とやらせるわけにはいかないだろう」

「――頭が痛くなってきた」

 加藤はこめかめを指で押さえた。

 考えすぎて、ただでさえたりない糖分が不足している脳みそが悲鳴を上げてるのだろうか?

「糖分がたりねえのか? 加藤、お前もスペシャル餌をちょっと舐めとくか?」

 おれはスペシャル餌を指ですくって、加藤に差し出しってやった。

 加藤は蜜で濡れたおれの指を見て、何故か顔を赤らめた。

 糖分に飢えてるのだろうか?

「・・・・・・わっ、わたしはカブト虫じゃないからいらないわよ!」

 たしかにこんな可愛げのないカブト虫はいない。

「――なら風邪か? 風邪なら学校フケたほうがいいぞ? タマカスなんて無理して通うほどの学校じゃないだから」

 ウチの学校は暇なときに行くぐらいがちょうどいい。

「こんな学校でも真面目に通わないと推薦貰えないの!」

 加藤は言い捨てると、内職を再開した。

「――なあ加藤。推薦ってなんだ?」

「推薦も知らないの、あんたは」

 加藤は深いため息をついた。

「なんだよ、知らねーとヤベエのかよ?」

「ヤバイもなにも、舞島だって推薦使ったでしょう?」

「どこで?」推薦なんて使った覚えないぞ。

「ここで」

 加藤は指で下をさした。おれは顎に手を当て記憶を探った。

「――言われてみれば、中学のとき先生が推薦がどうたらこうたらと言ってたような気がする」

「気がするもなにも、タマカス行くか、中卒やるか、どっちか選べって言われたでしょうが」

 加藤は宣告されたおれよりも、しっかりと覚えていた。

「そういやそんなこと言ってたな。しかしひでえな先生も。もう少しマシな高校推薦してくれてもいいのに」

「無理。舞島の頭じゃあ絶対むり」

 加藤は断言した。

 可愛くねえ女だ。

「オメーだって、同じ学校だろう」

「わたしは舞島と違って、青商の推薦貰えたモン」

 加藤は薄い胸を反り返し勝ち誇った。

 クソ面白くないが、加藤が自慢するのも無理はない。

 青商も馬鹿校には違いないが、うちよりも三ランクは上だ。

 しかも元女子校なので生徒の三分の二が女子で構成されているという、天国みたいな学校であった。

 生徒の八割がヤンキーで構成されてるうちとは大違いであった。

「おれも青商行きたかったなぁ」

 女が欲しいというわけではないが、女っ気のない学校で三年も過ごしていると潤いがほしくなる。

「――舞島が青商行ってたら大変なことになってるわよ」

 加藤はぼそりと呟いた。

「なんで大変なんだよ?」

「なんでもない」加藤はブスくれた声で言った。

「なにブスくれてるだよ」

「べつにブスくれてないわよ。いつもの通り美人で可愛い加藤さんですから」

「なにが美人だ。眼鏡のくせに。ところでお前なんで青商蹴って、タマカスなんて選んだんだよ?」

「えっ!?」

 理由なんてべつに・・・・・・。加藤は急にしどろもどろし始めた。

「理由はなくはないだろう。普通なら絶対青商選ぶだから、特別な理由でもないかぎりタマカスなんか選ばないだろう」

「いや、そのう・・・・・・」

 加藤はダメなコオロギみたいにモジモジしてる。

「――わかった! あれだ。タマカスのほうが入学金が安いだろう。加藤は金がないから、高いのと安いの選べって言われたら、絶対安いほう選ぶからな」

「大きなお世話だっ! トウモロコシ頭っ!」

 加藤は内職止めて、おれの頭を殴った。

「ちょっと本当のこと言ったぐらいで、切れるなよな」

 おれは頭をさすりながら抗議した。

「黙れ、トウモロコシ頭」

 加藤はおれの顔を睨みつけると、床に落ちた封筒を拾って内職を再開した。

「おい加藤。まだカブ太の話終わってないぞ?」

「だから舞島の好きにしたら」

 加藤はむっつりした声で答えた。

「好きにしたらって――。カブ太はクラスで飼ってるカブトムシだぜ。おれが好きにするわけいかねーだろう」

「大丈夫。舞島の好きにしたって、誰も文句言わないから」

〝おれがクラスの連中に信頼されていると言うことか〟

「まあな。おれはアマゾン一のカブト虫名人だからな。おれにまかせとけば問題ない」

「――舞島、あんた長生きするわよ」

「健康には気を――」と答えようとすると「チャース! 直人兄貴!」おれの耳元で怒鳴り声が炸裂した。

 おれは驚いて、思わず「うおっ」と言ってしまった。

「びっくりさせんな。亀吉」

 おれは怒鳴り声の主である、川村亀吉に文句をつけた。

「すんません、直人兄貴!」

 亀吉はもの凄い勢いで謝り出した。

「いいよ、うんな勢いで謝なんくてもよ」

 おれはいささかウンザリした。

 亀吉は、チビに出っ歯というキングオブ子分みたいな顔しているので、ヘコヘコ頭さげていると似合いすぎて嫌だった。

「でもおれの気が済まないスよ! 直人兄貴」

 ニキビだらけの顔を真っ赤にして、亀吉は吠えた。

「馬鹿野郎! 男って言うのはなぁ、兄貴分相手でも簡単に頭さげーねんだよ! 貫目が下がるだろうが」

 おれは昨日みたVシネマのセリフをそのままパクった。

「――深けえ。深いすよ直人兄貴! おれこんな深い言葉聞いたの生まれて初めてスよ」

 おれの言葉に感動し、亀吉の目は潤んでいた。

 〝さすが健さんの言葉だ。男の心をビンビン突きやがる〟

 亀吉は懐からボールペンとメモ帳を取り出した。

「直人兄貴、もう一回言ってください。忘れないようメモしますから」

 亀吉はボールペンの先っぽを舐めながら尋ねた。

「しょうがねえな。もう一回言ってやるから、ちゃんとメモしておけよ」

 亀吉は出っ歯をむき出しにして頷く。

「カメ。舞島おだてないの。すぐ調子に乗るんだから」

 封筒にノリを塗りながら、加藤が嘴を突っ込んできた。

「唯姐さん、言い過ぎスよ」

「何度言ったらわかるの、カメ。わたしは姐さんじゃないから」

 ヤクザ嫌いな加藤は露骨に顔をしかめた。

「すんません、唯姐さん・・・・・・」

 亀吉はしょげ返って頭を下げる。

「コラ亀吉! 簡単に頭下げるなって言ったろう!」

 おれは頭にきて、亀吉の太ももを蹴っ飛ばした。

 もの凄い勢いで、おれにむかって頭を下げる亀吉。

 〝こいつ、おれの話し聞いてねーな〟

「男が簡単に頭さげるな――」

 おれが言いかけたとき、加藤が突然右手を突き出してきた。

「なんだよ、いきなり」

「偉そうなこと言う前に、一万円返して」

「――バカ、金ないから借りたんだろう。今はねえよ。サンタモニカのお婆ちゃんがお年玉くれたら返すから。ちょっと待ってくれよ」

「――お年玉って。今は夏なんですけど」

 加藤は冷たい目で、おれを睨みつけてきた。

 加藤のヤツ痛いところをついてきやがる。


 ここは一発――。


「加藤。そう恐い顔するなよな? 利子つけてちゃんと返すから。――お前肩とか凝ってないか?」

 ――拝み倒すしかない。情けないが金がないので仕方がなかった。

「――ちょっと凝ってるかも」

 加藤は態とらしく肩を鳴らした。

「わかった。おれが揉んでやるから」

 おれは加藤の肩を揉み始めた。

「カメ。舞島なんて勢いだけで話してるだけだから、真に受けたらダメよ」

 加藤は調子に乗って、亀吉にロクでもないこと吹き込んだ。

 〝クソ、金さえあれば加藤ごときに頭下げたりしねーのに〟

 おれが憎しみのオーラを込めながら加藤の肩を揉んでいると――

 

 教室の後ろのドアが吹っ飛んだ。

 

 いや、ドアだけじゃない。

 鼻血をたらした男も、ドアと一緒に吹っ飛んできた。

 それはいい。

 鼻血男のテカテカのリーゼント頭を見れば、ヤンキーであることは間違いなかった。

 ヤンキーなんぞタマカスではゴキブリ並みに珍しくないので、喧嘩しようが怪我しようが、おれにはどうでもよかった。

 が、この鼻血男が机を倒しまくったせいで、カブ太の虫かごが床に落ちてしまった。

 その結果虫かごが壊れ、カブ太は教室の外に飛んで行ってしまった。

 おれは呆然と、飛び去っていくカブ太のケツを見つめた。

 カブ太が飛び去ると、おれは破壊された教室のドアに目を転じた。

 砕け散ったガラス片を踏みにじりながら、一人の男が立っていた。

 男は、腰ではなく腹に般若のベルトを巻き、下品な長ランの左袖には、片桐組の代紋と己の名前がデカデカと刺繍されていた。

 下品な学ラン極まりないが、その上に乗っかっている顔はそれ以上に下品な下駄顔であった。

 ――ダチの片桐忍だ。

「このドグサレがっ! ヒトの肩にぶつかっておいて詫びなしで素通りだと! おれのことを舐めてるのかクソボケっ! テメーのお袋シャブ漬けにして、ソープに叩き売るぞ!」

 詫びを入れたくても、床に転がっている男は気絶していた。

「片桐!、テメー怒鳴ってる場合か!」

「アン!? 舞ちゃん、おれになんか文句あンのかよ?」

 片桐は片眉を上げ、メンチを切ってきた。

「あんに決まってるだろうが! お前が馬鹿を転がしたせいで、カブ太が逃げちまったじゃねーか!」

「・・・・・・カブ太って。舞ちゃんの飼っているカブト虫のことか?」

 きょとんとした顔で、片桐は聞き返した。

「カブ太のことに決まってるだろうが! せっかく飼育係のおれが、クラスのみんなのために捕まえてきたって言うのによう、お前のせいで逃げちまったろう」

「悪いな、舞ちゃん。勘弁してくれよ。今度おれもカブトムシ捕まえに行くの付きあうからよ」

 片桐はおれに向かって手を合わせた。

「まあ、いいよ。おれもまだまだカブト虫を飼う資格ねえからな」

 〝長生きさせるべきか、犯らしてやるべきか〟

 おれの中で答えが出ない以上、カブト虫を飼う資格はなかった。

「飼う資格って。カブト虫飼うのに資格なんていんのかよ、舞ちゃん?」

「いるんだよ」

 おれはカブト虫を飼う難しさと悲しさを、片桐に切々と説いてやった。

「ぶへへへ。あんだよ、舞ちゃん。カブ太に女を当てがうかどうかで迷ってたんかよ。うんなもんバンバンやらしてやりゃあいいだよ」

 ――こういう風によう。片桐はやらしい笑みを浮かべながら、腰を猥褻に動かした。

「簡単に言うけどよう。雌とやったら寿命が一ヶ月も減るんだぜ」

「舞ちゃん、相変わらず優しいな。おれも舞ちゃんのそういうところ好きだけどよう。優しいだけじゃヤクザやっていけねーぞ」

「おれはヤクザじゃねえから!」

 片桐とは一緒にしないで欲しい。

「――そうだったな」

 片桐は頬を掻いた。

「そうだよ。ところで朝からなに怒ってンだよ、片桐?」

「おう、それよ。それ。聞いてくれよ、舞ちゃん」

 片桐は気絶している男の背中を踏みつけながら、おれの方に向かって歩いてきた。

 おれの前に座っているオタクの本田がもの凄い速度で、椅子から離れた。

 片桐はまるで自分の椅子であるかのように、本田の椅子に腰を下ろした。

 片桐は無言で片手を上げる。亀吉はいつも持ち歩いてるクーラーボックスから、生ビールとコップを取り出した。片桐はコップを握ると、亀吉は慣れた手つきで生ビールを注いだ。

「どうぞ、忍兄貴」

「おう」

 片桐は一杯煽った。みるみるコップが空になる。亀吉はビールを注ぎ足す。

「――コップも冷えてやがる。亀公も気かきくようになったじゃねーか」

 冷たいビールのおかげで片桐の怒りも冷えたかに見えた。

 ――が、それは気のせいだった。

「それに比べてテメーときたら、人様の肩に気安くぶつかりやがってよう」

 片桐は怒りがぶり返したらしく、気絶している男に向かってコップを投げつけた。

 コップは気絶している男の頭に命中し、ガラスの破片とビール、それに血を撒き散らした。かなり痛そうである。

 だがそのおかげで男は目を覚ました。

「ヒィイイイイ」

 男は、人食い鬼のような片桐の顔を見るなり、教室の外へ逃げ出そうとした。

「詫びも入れずに逃げるとはいい度胸してるじゃねえか!」

 片桐は木刀を握りしめて、立ち上がった。

 〝やばい〟

 おれは慌てて、止めを刺しに行こうとする片桐を羽交い締めにした。

「片桐、落ち着け。また少刑に放り込まれんぞ」

 片桐は一年のとき、チンピラを半殺しにして、強盗傷害で少刑にぶち込まれている。

 そのせいで片桐はおれより四つも年上なのに、未だに高校を卒業できずにいた。

「馬鹿、舞ちゃん。おれはもう二十すぎってから、次は刑務所よ!」

 片桐は怒鳴り返す。

「だったらなおさらだろうが!」

 おれが怒鳴ると、片桐の動きがピタリと止まった。

「――言われてみればそうだな。あんなクソバカ殺して懲役いくのもバカらしいよな」

 片桐の体から力が抜けていった。

「――舞ちゃんのおかげで頭冷めたよ。おれはどうも気が短くて仕方ねえ」

 片桐が落ちついたようなので、おれは羽交い締めを解いた。

「短すぎるんだよ、オメーは」

 おれと片桐は椅子に腰を下ろした。

「舞ちゃん、でも今日は気が短くなっても仕方がねえだよ」

「なんかあったのかよ」

「これよ」

 片桐は左手の小指を立てた。

 片桐の左手の小指には包帯が巻かれていた。

 〝片桐の野郎、小指が短くなっていやがる〟

「――片桐。まさかお前、指詰めたのか?」

「そのまさかよ。親父の野郎、実子相手なのに指なんか詰めさせやがって。ちっとは優しくしろよな」

 ――終いにはグレんぞおれ。 片桐は毒突いた。

「これ以上どうやってグレるつもりなんだよ、片桐?」

 おれは可笑しくなって大笑いした。

 片桐は、おれが知る中でも最強クラスのならず者で、その歴史は幼稚園強制退園から始まり、小学校に上がると、教育実習生に来た女子大生を強姦しようとして体育教師にフクロにされた。

 中学校時代は、万引きの濡れ衣を着せられて切れた片桐が、職員室にガソリンぶちまけて放火して新聞デビューを果たした。

 高校に入学したらしたで、チンピラを橋から放り投げて重傷を負わせ、少刑に放り込まれた。

 筋金入りのゴロツキである。

 そんな男がどうやってこれ以上グレるつもりなんだろうか?

 片桐のならず者歴史を思い出したら、おかしくなって笑ってしまった。

 おれの笑い声がクラス中に響き渡る。

 〝ウン?〟

 気のせいか、いつもはうるさい教室がやけに静かだった。

 〝なんでだろう〟

 おれは疑問に思ってあたりを見回すと、クラスの連中の大半が顔を伏せて黙り込んでいた。

 〝――片桐にビビってるのか〟

 そういや片桐が学校にきたの久しぶりだしな。

 それにしてもうちのクラスのヤンキー共も情けねえな。

 普段は無駄にデカイ面して歩いてるのだから、こんなときにこそ平気な顔をして騒いでもらいたいもんである。

「うんなに笑うなよ、舞ちゃん」

 片桐が苦笑いした。

「あれよ。舞ちゃん」

 ビール片手に気持ちよさそうに喋る片桐。

「おれが真面目になって勉強すりゃあいいだよ、舞ちゃん」

「片桐なんで勉強したらグレたことになるんだよ」

「そりゃあ、普通の家なら息子が勉強したほうがいいだろうがよう。

おれん家はヤクザだぜ。ヤクザの息子が真面目君になったらよう、グレてるようなもんだろう」

「片桐が真面目? そりゃあ無理だ」

「そりゃあねえよ舞ちゃん。指つめても学校に通ってるだから、おれはクラス一の真面目小僧よ」

「――馬鹿。それは真面目とは言わず、いい迷惑っていうんだよ」

 おれは大笑いした。片桐も熊のように笑う。

「しかし片桐。お前指詰めるって、いったい何やらかしたんだよ?」

「これが原因よ」

 そう言うと片桐は短くなった小指をまたしても立てた。

「女か?」

「そうよ、女よ」

「どんな女だよ?」

 おれは興味がわいた。片桐は女の体は好きだが、間違っても恋いに落ちたりするような男じゃない。

「アゲハっていう名前の女でよう」

「――アゲハ? 片桐の女にしちゃあ洒落た名前じゃねーか」

 片桐の女なんてズベ子とかヤリマン子とか、そういう名前が相応しいような気がするのだが。

 おれの偏見だったんだろうか?

「別に洒落てねーよ。源氏名だしよう」

 ――そういやおれあいつの本名しらねーな。片桐は呟いた。

「源氏名って、キャバクラの姉ちゃんか?」

「ちげえよう、舞ちゃん。そんな洒落た女じゃねえ。ピンサロの女だよ」

「片桐、なんでまたピンサロの女となんか付きあったんだ?」

 片桐はナリは酷いが、ヤクザをやってるせいかある種の女にはモテた。だから女には不自由していない。ピンサロの女を差別するわけじゃないが、片桐ならもっといい女を抱けるはずであった。

「それがよう、舞ちゃん聞いてくれよ。うちの若いのが副業でピンサロやるって言い出してよ。おれも暇だったからそいつの店に顔を出してやったんだよ。そしたら、その若いのが飯を買ってくるから、店の留守番頼まれちまってよ。暇だからまあいいやと思って留守番してたら、カネゴンみたいなババアが面接しにきたのよ」

「その面接した女がアゲハなのか?」

「そうそう。これが頭がイカレた女でさあおれに会うなり、前の店でアソコが震えてるから首になったんですけど、それでも雇ってくれますか? とか言い出してきたんだよ」

「マジかよ、片桐。おれを担ごうとして、余計なフカシ入れてんじゃねーのか?」

「フカシじゃねえって。マジだって。おれもはじめはよう、女のフカシだと思ったのよ。だから女にテメー嘘つくなよ、と言ったら、嘘だと思うなら触って確かめてください、とか言って股を広げるからさあ。ためしに触って見たら本当にあそこのビラビラが震えてるだよ。プルプルってな」

「すげえなその女。ビラビラが震えるなんて半端ねえぞ。空でも飛ぶ気か?」

「おれも舞ちゃんと同じこと思ってよう、源氏名アゲハにしてやったのよ。蝶々みたいに空を飛べるようにな」

「なるほど。それでアゲハか。まあ、片桐にしてはいいセンスだが、おれならモスラと名付けるな」

「おいおい舞ちゃん、モスラはねえだろう。たしかに顔がカネゴンに似てるからって、モスラはねえよ。うちのピンサロは怪獣墓場じゃねえだから!」

 片桐は膝を叩きながら大笑いした。おれも亀吉も大爆笑した。

「ぶへへへ、で、その女が震えるのはわかったけど。それとお前の小指とどう関係あるんだよ?」

「関係大ありよ。自慢するわけじゃねえけど、おれはいろいろな穴に突っ込んできた。濡れた穴、若い穴、臭い穴、皺だらけの穴、でも震えてる穴にはさすがに突っ込んだことはなかったから、ためしに押し倒して突っ込んでみたのよ。そしたらこれが名器でよう。なんていうの痺れ河豚? て言うのかな。まあとにかく具合がいいだよ」

 片桐はそのときのことを思い出したのか、厭らしい笑みを浮かべた。

「――おい待てよ、片桐。思わずスルーするところだったが、それってレイプじゃねえか?」

「馬鹿だな舞ちゃん。二千円のピンサロに面接来る女にレイプもクソもねえだろう」

 片桐が呆れた顔をした。

「そういう問題か?」

「そういう問題だろう」

 おれは納得できずに黙っていると――

「大丈夫っスよ、直人兄貴。アゲハの姐さん、忍兄貴に気に入られたのをいいことに、店でデカイ顔したあげく、忍兄貴から小遣い貰ってブランド品買いまくってましたから」

 すかさず亀吉がフォローをいれてきた。

「そんな女に貢いでたのか、片桐?」

 怪獣としてなら、おれも貢ぎ物の一つも捧げようと思うが、女としては貢ぎ物捧げたいとは思わないぞ。

「――若気の至りってヤツだな」片桐もさすがに恥ずかしくなったのか、指で頬をかいた。「おれも格好つけたい年ごろだから、女からねだられると、つい粋がって買っちまうだよ。ヤクザってのは見栄の商売でもあるしな。まあ、テメーの金でやってる分にはおれの器量だからいいだけどよう、親父が誕生日プレゼントにくれた刺青用の金まで使い込んじまったのは不味かったな」

 ――おかげでこれよ。

 片桐は三度短くなった小指を立てた。

「親父も実子なんだから、少しは手加減しろよな」

「片桐の親父さんは金には厳しいからな」

 片桐の親父は金に厳しい人で、どれぐらい厳しいのかというと組の金を使い込んだ若い衆の金玉を握りつぶすぐらい厳しい人であった。

 あの親父さんなら、実子の小指ぐらい平気で千切るだろう。

「厳しすぎんだよ」

 片桐はぶーたれた。

「しかしよく小指なんか詰めれたな。おれは絶対できねえよ」

「いやおれだって多少ビビったよ。その証拠に指詰めるまえにポン決めたもん」

「ポンってなんだよ?」

「シャブ」

 と言いながら注射を打つ真似をする片桐。

 本当にろくでもねえ、男だな。

「お前大丈夫なのかよ、シャブなんか打ってよう? テレビでもやってるだろう、人間止めますかって?」

「でえ丈夫よ。麻酔がわりにキメただけだし。それにサウナで汗と一緒にシャブも流してきたからな」

 ――サウナに入ったぐらいでシャブが流れるもんなんだろうか?

 おれは疑問に思ったが、片桐は気持ちよさそうにペラペラと喋り続けた。

 ──シャブがまだキマッているのかもしれない。

「おれも産湯につかると同時に、この業界にゲソをつけたような男だからよう、ポン喰って落ちぶれた馬鹿は散散見てきてるからな」

 そうすよ、直人兄貴。亀吉がすかさず援護射撃を打ってくる。

「――ならいいけどよう」

 イマイチ納得できないが、おれは矛を納めた。

「それより刺青みてくれよ、舞ちゃん。まだ完成してないけどよう。これがなかなかの出来なんだよ」

 そう言うと、片桐は諸肌を脱いだ。

 背中には鬼を踏みつぶしてる武士が描かれてた。武士の横には日本一の悪太郎とデカデカと彫られていた。

 自慢するだけであって中々迫力がある。

「どうよ、舞ちゃん。気合い入ってるだろう」

「気合い入ってるけど、色がまだ全部入ってねえじゃん」

「色は、アゲハに金貢いじまったから、まだ全部入れてねえだよ。まあ、アゲハをソープに叩き売ったから、三ヶ月もすれば完成よ」

「相変わらずヒデエ男だな、オメーは」

 アゲハも虫かごのなかに捕まちまったか。

「別に酷くねえから。貢いだ金分返せば自由にしてやるし。だいたいあの河豚のせいでおれの小指が短くなってんだから、おれのほうが絶対酷い目にあってるよ」

「まあそうかも知れねえけど、オメーも少しは女に優しくしねえとモテねえぞ」

「ソープで童貞捨てようとした舞ちゃんに言われたくねえよ」

 片桐はそこでまで言うと、吠えるように笑った。

「で、舞ちゃん。昨日のソープはどうだった?」

「――おう、それよ。それがひでぇだよ、片桐きいてくれよ。

おれもいよいよ大人の階段を昇るのかと思って期待して部屋に入ったらさぁ、オデコにブッタみたいなホクロをつけた婆さんが出てきたんだよ。おれがびっくりして目を丸くしてたら、頼んでもないのに服を脱ぎ始めたんだよ」

「なんだよ、ブッタって」

 片桐は自分の太ももをバンバン叩き爆笑した。

「笑い事じゃねーよ。ソープ行って、ブッタみたいな婆さんが出てきたら泣きたくなるだろう」

「でっ、犯ったのかよ?」

 片桐は目に涙を浮かべながら聞いてきた。

 もちろん同情の涙ではない。

「できるわけねえだろう。そんな有り難い婆さん相手じゃ、立つモンも立たねえよ。でも何もしねえのもなんだから、腰をもんでもらったのよ。そしたら婆さんのやつ、腰を揉みながら戦争の話をしはじめてさぁ。やれ息子がジャングルで殺されただの、空襲で家を焼け出されたとか、暗い話を死にかけたトカゲみたいな声で語るんだよ。さすがのおれも気がめいてさぁ。最後のほうは、なんかおれが婆さんの腰揉んでたし。まあ散々だったな」

「――ソープ行って仏さんの腰もんでりゃ世話ねえな」

 片桐はよほどおかしいのか、腹を抱えて笑っている。

「しかし、おれがいりゃあ良かったな。おれがいりゃあ、ソープの親父ブチのめして、ワビ料の一つぐらい取ってやったのに」

 いなくてよかった。

 と思っていたら、隣に立っている亀吉が、おれの脇腹を突っついてきた。

「うん? どうした亀吉――」

「どうした亀吉じゃないわよ! このトウモロコシ頭!」

 おれの後ろにはいつの間にか、般若と化した加藤が立っていた。

「なに怒ってるだよ、加藤」

〝生理か?〟

「怒るにきまってるでしょう!。汗と涙の結晶でできた一万円をよりによって、ソープに使うなんて!」

 加藤は怒りのあまり、全身が小刻みに震えていた。

〝やべえ。そういえばソープの金、加藤から借りてたんだっけ〟

 勢いで加藤の前でしゃべちまった。

「――加藤。全部が加藤の金ってわけじゃないんだ。一万三千五百円のうち、入浴料の三千五百円はおれが出したんだから、そんなに怒るなよな」

「全然、慰めにならないわよ!」

 加藤はおれの顔面をグーで殴った。

「加藤、拳で殴るなよ!」

「女に拳で殴られたぐらいで、泣き入れるなスケベトウモロコシ頭!」

「ちげーよ。おれの頭なんか殴ったら、加藤の拳痛めるだろう」

「えっ――?」

 加藤はきょっとんとした顔になって、おれの目を見つめた。

 おれは加藤の右腕を掴んだ。

 小さな手が赤く腫れていた。

 加藤はこの小さな手で、腹違いのチビどもを食わせてきた。

 おれみたいな男を殴るのに使うにはもったいなさすぎる。

「ほら、腫れてんだろうが。お前には食わせなきゃならねぇチビどもがいるだろう。もっと自分を大切にしろよ」

「あっ――うん」加藤は小さく頷いた。

「ほら、平手ならいくらでも殴っていいからよ」」

 殴りやすいように、加藤の目の前に、顔を突き出してやった。

 何故か加藤の顔が真っ赤になった。

 うん? 怒りが増したのか。

「――もういいよ、舞島。それより叩いたところ大丈夫?」

「そんぐらい大丈夫だよ」

 これぐらいで痛がっていたら、片桐とは付き合えない。

「それより本当に殴らなくていいのか?」

 おれは自分の頬ペシペシ叩いた。

 女にビンタされるぐらいどうってことない。

 それに悪いのはおれの方だし。

「――いいよ、もう。舞島なんか叩いて、怪我したらバカらしいもの」

 何故だか知らないが、加藤は急にモジモジしはじめた。

 腹でも悪いのだろうか。

「――あのさ、舞島。お金返さなくていいから、わたしの家にきてチビどもの面倒みてくれない」

 加藤はおれの顔から目をそらしながら喋った。

「別にいいけどよう、マジで金返さなくていいのかよ?」

 すげえ助かるんだけど。

「いいよ。サンタモニカのお婆ちゃん当てにしてたら、いつになるかわからないから」

 加藤は表情をあらためた。

「――それに舞島に頼みたいことがあるのよ」

「なんだよ? 改まって」

「まあ立って話すのもなんだから、座ってよ」

 たしかに突っ立て話すのも何なので、おれは言われた通り椅子に座った。

「実はね、舞島。うち子供が増えたのよ」

「子供って、親父さんか?」

「そう。うちのダメダメ親父がまた子供を置いていったのよ」

 目には怒りの色があったが、加藤の口から出たのはため息だった。

 無理もない。

 加藤の家の子供は全員腹違いの子供で構成されているのだから。

「しかも二人も」

 加藤はこれから背負い込む苦労を思ってか、またしてもため息をついた。

「もうどうするのよ生活費は。今でさえ苦しいのに」

「おい、まさかおれに生活費どうにかしてくれって相談か?」

 ――金ならないぞ。おれははっきりと断った。助けるのは構わないが、ないものを当てにされても困る。

「貧乏人の家からお金を巻き上げる男に、お金の相談なんかしないわよ。それにバイト増やしたから、お金の方はなんとかなりそうなの」

「じゃあなにが問題なんだよ?」

「いや新しくきた子がさぁ、ウチのチビどもと仲良くやってないのよ」

「なんだチビどもにハブられてるのか?」

「ハブってるわけじゃないでしょうけど、二人ともまだ幼稚園児だから興味が沸かないでしょう。だから舞島が上手く仲を取り持ってあげてよ」

「ふーん。わかった。なんとかするよ。ところで子守りのバイトはいつまでやりゃあいいんだ?」

「とりあえず一ヶ月ぐらいかな」

「わかった。チビどもはおれがバッチシ世話してやるから心配すんな」

 それで借金チャラならお安いご用だ。

「――一ヶ月って、まともにバイトしたほうがまだ金になるんじゃーねか?」

 片桐がぼそりと呟いた。

「うっさい、下駄男! 細かい計算はしなくていいの」

 加藤は、片桐を黙らせた。

 教室の前の扉がやる気のなさそうな感じで開いた。

 若禿げ気味の男が教室にのそりと入ってくる。

 担任の宮田治だ。

「おーい。お前等席につけ」

 宮田は出席簿で教卓をバンバン叩いた。

「片桐。刺青を自慢したい年ごろなのはわかるが、学校にも体面てもんがあるから服きとけ。なっ?」

 ヘーイ。片桐はだるそうに返事をして、上着を羽織った。

「で、教室の後ろのドアを破壊したのは誰だ? 片桐か、舞島か?」

「先生、なんでおれの名前が出るんだよ」

 片桐と一緒にされてはたまらない。

「舞島は元気がいいからな。まあ誰が犯人でもいいけど、危ないから後ろのやつは片付けておいてくれ」

 おれの席が一番後ろなので、結局おれが片付けるハメになった。 片桐はシラばくれて、手酌でビールを飲んでいた。片桐の野郎後で覚えてろよ。

「片付け終わったところでプリント配るぞ。進路についてのアンケートだ。お前らも色々と考えてると思うが、大学進学とか冗談でも書くなよ。お前等じゃ絶対無理だから。それと専門学校も先生お勧めしないぞ。どうせ入学したってお前等遊ぶだけだからな。親御さんに無駄金使わせないよう、よく考えてから書けよ」

 ようは就職しろってことか。

 勉強は嫌いだから言われなくてもそうするつもりだが、はなから出来ないと言われると何故かむかつく。

 前からプリントが配られてきた。

 ご丁寧に第三志望まである。

 うーん。どうすっか。

 就職は決まりにしても、なんの仕事をするかまで決めてねえしな。

 やっぱ自分が活かせる仕事がいいよな。

 おれの特技ってなんだろう。

 カブト虫取りに関してはいっぱしの自信がある。早飯もなかなかのもんだ。あと喧嘩も誰にも負けねえ自信がある。

 これを活かせる仕事ってなんだろう?

 ――さっぱり思いつかない。

「なあ、片桐。お前なんて書いた」

 本田の席に座り続けている片桐に声をかけた。

「決まってるじゃん」

 片桐はアンケート用紙を見せてくれた。

 ヤクザ・ヤクザ・ヤクザ。

 〝まあ、そうだろうな〟

「片桐じゃ、やっぱ参考になんねーな」

「なんだよ舞ちゃん。人に聞いといてよう」

 片桐は文句を付けようとしたが、無視して今度は亀吉に聞いてみた。

「おれっすか。忍兄貴のところでお世話になろうと思ってます」

 驚いて亀吉のアンケート用紙を覗き込むと、第一志望のところに片桐興業と神経質そうな硬い文字で書き込んであった。

「マジかよ、亀吉。片桐のところヤクザだぞ。しかもそれもバリバリの武闘派の」

「たしかに修行は厳しいかも知れないスけど、おれ頭も悪いし、顔も悪いし、家も貧乏だし、世の中出てもずっと底辺だと思うんスよ。だったらヤクザやってみるのも悪くないかなと思って」

 〝亀吉のやつも馬鹿なりに考えてるだな〟

 選んだ進路はともかくとして、なんも考えてないおれより百倍マシだった。

「亀公はよう考えとる。それに比べて舞ちゃんはダメだな」

 片桐は偉そうな顔でおれをDISった。

「あん? 喧嘩売ってるのか?」

 片桐の言葉に反応して、おれの片眉は跳ね上がった。

「別に売ってねーよ、舞ちゃん。ただおれはよう、舞ちゃんの将来心配でよう。――どうせ先のことなんてなんも考えてないだろう?」

 〝痛いところついてきやがる〟

 たしかに何も考えていない。

「ならよ、舞ちゃん。おれと亀公と三人でヤクザやろうぜ」

「ヤクザ!?」

 おれがヤクザやるなんて、考えたことすらなかった。

「おうよ。ヤクザやろうぜ舞ちゃん。部屋住みの修行はキツイかもしれねえけどよう、なに一年も目を瞑って我慢してりゃあ、すぐ終わる。杯さえ貰っちまえば後はこっちのもんよ。地元に帰って三人で大暴れしようぜ」

「でもよう、ヤクザって人殺しとかすんだろう?」

 喧嘩は好きだが、人殺しなんてやりたくもなかった。

「そりゃあ、あるけどよう。ヤクザだって人ばっか殺してるわけじゃねーよ。だいたい人殺したことあるヤクザなんて、ほとんどいねーから。武闘派のウチだって、人殺したことあるやつなんて、四人ぐらいしかいねえし」

「四人もいんのかよ!」

「そりゃあいるよ。うちヤクザだもん。でも、百人中たったの四人だぜ。消費税より低い確率なんだから、心配すんなよ」

「片桐、一つ聞いていいか?」

「あによ、舞ちゃん」

「片桐の親父さん。人、殺したことあるのか?」

「――表に出てるのは一人だけかな」、と言った後片桐はちょっと考え込んで、「――裏じゃ、五人ぐらい殺してるけ」と付け加えた。

「思いきし殺してるじゃねーかよ!」

「――親父は荒ぽいからな」

 片桐は他人事のように言った後、笑い声をあげた。

 お前はその親父の息子じゃねーかよ。

 おれは心の中で突っ込んだ。

 それに――。

 〝片桐忍は絶対に人を殺す〟 

 ヤクザの息子とか、そんなもんで言ってるんじゃない。

 ダチだからわかちまう。片桐忍は人を殺す。

 たとえ片桐忍が堅気であったとしても、何かきっかけがあれば片桐は人を殺してしまうかもしれない。

 片桐忍という人間は、そういう人間なのだ。

だいたい片桐が今まで人を殺さずにすんでいるのは、現代医学のおかげであった。

 片桐がもし医学が未発達な江戸時代とかに生まれていれば、とっくの昔に人殺しをクリアーしていた。

 〝片桐と一緒にヤクザをやるということが、いつか人を殺さなきゃいけないということだ〟

 人を殺してる自分を想像してみる。

 ――全然想像できなかった。

「――ヤクザ。おれには無理そうだな」

 悪さするのはいいが、人殺しまではしたくないし出来ない。

「簡単に袖にするなよ、舞ちゃん」

「でもよう、おれヤクザって柄じゃないような気がするんだよ」

「それならテキ屋やろうぜ、舞ちゃん」

「――テキ屋って、あの祭りのとき出てる屋台のことか?」

 それなら出来そうな気がする。

「おうよ。うちは元々神農系だからよう、テキ屋は得意中の得意よ。舞ちゃんは、顔がいいし愛想もいいからよう、絶対テキ屋むいてるって」

 ――なあ、亀公。片桐は亀吉に同意を求めた。

「もちろんすよ。直人兄貴が焼きトウモロコシなんて売った日には、女は股濡らしながら買いますよ。それで買ってきたトウモロコシを下の口で食べちまうますよ」」

「わかってんじゃねーか。亀公!」

 片桐は大笑いしながら亀吉の肩をバンバン叩いた。

「――マジで濡れるかな?」

 なんか話聞いてたら、その気になってきた。

「濡れますって。それに直人兄貴の好きなカブト虫も焼きトウモロコシと一緒に売ればいいじゃないすか!」

「カブト虫とトウモロコシか――。なかなかレボリューションな組み合わせだな」

 おれは今までカブト虫と焼きトウモロコシを一緒に売ってる屋台など見たことがない。

「でしょう――」

 亀吉が調子を合わせる。

「舞ちゃん。決まりだな。就職先はテキ屋で決定」

 片桐が満面の笑みを浮かべた。

 どん! 誰かが机を叩いた。

 びっくりして音がした方に顔を向けると、加藤が椅子から立ち上がっていた。

「騙されるな、舞島! 屋台だろうが、ダフ屋だろうが、花屋だろうが。ヤクザはヤクザなんだから!」

 加藤は本気で怒っているらしく、分厚い瓶底眼鏡の奥に映る目は怒りに燃えていた。

 片桐がすくりと立ちあがる。

「おいコラ、加藤。極道も勤まらない半チク野郎の娘が、なに説教こいてんだ。輪姦すんぞコラ」

 片桐は低い声で、加藤を脅した。

 〝いや、脅しじゃない〟

 ガチ切れだ。

 怒鳴っている片桐より、静かな片桐のほうがはるかに危険だった。

 おれは片桐の前に立ちはだかった。

「なんだよ、舞ちゃん?」

「座れや、片桐」

 おれの視線と、片桐の視線が宙でぶつかる。

「どういう意味だ?」

 おれは答えずに、片桐の目を見据えた。

 クラス中が静まりかえる。担任の宮田も生徒と一緒になってビビっている。

 亀吉は指をくわえてオロオロしていた。

 加藤は息を飲んで、にらみ合う馬鹿二人を見つめていた。

「舞ちゃん、よう考えてみいや。おれ等みたいな馬鹿が堅気やったところで、先は見えてるぜ。突っ張った頭丸めて、派遣かフリーターやんのが関の山よ。そんな一山いくらのクズにはなりたくねえだろう?」

 ――こいつ等みたいによう。片桐は近くにいたヤンキーを蹴り飛ばした。

 ヤンキーは机ごと倒れたが、片桐に喧嘩を売るような愚かな真似はしなかった。

「――片桐。座れよ」おれは片桐の演説を無視した。

 片桐はおれの目を睨み据えた後、天を仰いだ。

「――ちぇっ。舞ちゃんは女子供に本当に甘いよな」

 片桐はドスンと音を立てて椅子にケツを落とすと、頬杖をついてふて腐れた。

〝小学生か、お前は〟

 おれは加藤の方に顔を向けた。

「加藤、ありがとうよ。もう大丈夫だから、加藤も座ってくれ」

 ――うん。加藤は震える声で返事をしたが、座ろうとはしない。

 恐怖で体が固まっちまったようだ。

 顔も真っ青だった。

 加藤はふらついたかと思うと、体が崩れた。

 おれは加藤の体を受け止めると、そのまま抱き上げた。

 柑橘系の爽やかな匂いが、加藤の髪から匂ってくる。

 加藤の使ってるシャンプーの匂いだろうか。

 〝加藤も女なんだな〟

 金がなくても、シャンプーには金をかける。

 もっとも、どうせ金をかけるならそのださい眼鏡を買い換えればいいのに。

「――ちょっと。舞島」

 加藤の声は驚きのせいか、声は小さかった。

「お前も女なんだな」おれは思ったことをそのまま口にだした。

「なっ・・・・・・なに言ってるの急に」

「可愛いところがあるってことだよ」

 加藤はゴニョゴニョとなにか呟いたが、声が小さくすぎてなにを言ってるのかわからない。

「――先生。加藤を保健室に連れてて行っていいですか?」

 宮本は、アアとだけ答えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ