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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第一部 優しい歌
6/52

優しい歌 改稿



 三日後、おれは病院を退院した。

 病院の玄関の前で突っ立てると、親父が迎えに来てくれた。

 親父はおれの手を乱暴に引っ張ると、歩き出した。

 親父が着替えを忘れてきた所為で、おれは寝間着がわりのジャージを着たままだった。

 髭も剃っていないから、外見は可哀想なホームレスのようになっているはずだ。

 その上、親父と手を繋いで歩いてる。

 ――ああ恥ずかしい。おれは羞恥のあまり顔を伏せながら歩いた。

 親父は、目の見えないおれを気遣ってゆっくりと歩くなどという細やかな神経など持ち合わせていないので、いつもの早足で歩いた。

 目の見えないおれには、親父の歩調に合わせて歩くのが辛かった。

 かといってゆっくり歩いてくれなど、プライドが邪魔してとても言えない。

 仕方なく親父の歩調に合わせて歩くと、五分もしないうちに転けた。

「なんだよ、オメエ。何もねえところで転けて。酒でも飲んでるのか?」

 糞親父の頭蓋骨をかち割ってやりたかった。

「馬鹿野郎! 目が見えねえから転けたに決まってんだろうが!」

「うんだよ、オメエ。目が見えねえぐらいでまともに歩けねえのか?座頭市を見習え、座頭市を」

 親父はあきれ尽くしたというような声で言った。

 おれはブチ切れた。

「映画と現実をごちゃ混ぜにしてんじゃねえよ、このクソジジイ!目が見えないで歩くのがどんなに辛いのか、お前にはわからねえだろう!」

「うんだよ、目が見えないぐらいで、発情期の雌猫みたいに吠えやがって。まともなボクサーならな、目なんか見えなくても歩けるだよ!」

「うんじゃあ、親父が歩いてみろよ!」

「おう歩いてやらぁ!」

 親父はおれの手を振りほどくと、一人で歩き始めた。

 三十秒後、大きな水音がした。

「馬鹿かテメーは! 川に落ちてやがんのか!」

 本当に口だけだな、このクソジジイは。

「アホぅ! ちょっと暑いから川に飛び込んで涼んだだけよ!」

 バチャバチャと水音を立てながら親父は怒鳴り返した。

「勘弁しやるから、目を開けてあがってこいよ」

「なに戯けたこと言ってんだ! このどん百姓が! 目が見えなくても、テメーのところに行くぐらい余裕のよっちゃんなんだよ」

「できるわけねえだろう」

 おれは常識で返した。親父は返事のかわりと言わんばかりに、激しくバタ足をしはじめた。

〝川の中から、おれを探り当てようとする腹から〟

 川の中なら、水の流れで自分の進んでいる方向を知ることが出来る。地上をうろつくよりも迷わないかもしれない。

 馬鹿な親父にしては知恵を使ったな。

 上手く行けば、おれのところにたどり着くかもしれない。

 しかしそれはおれが声を出したらの話だ。

 〝だれが声なんか出すかボケ!〟

 お前も少しは目の見えない苦しさを味わいやがれ。


 ――一〇分経過。

 

 親父はまだ川のなかでバシャバシャやってる。


 ――三〇分経過

 

 水音は聞こえなくなった。

 どうやら泳ぐのを止め、岸に上がったらしい。


 ――一時間経過

 

 親父はおれの悪口を言いながら、おれを探している。

 おれをキレさせて、怒鳴らせる作戦を取ったようだ。

 頭にきたが、我慢した。


 ――そして二時間後。

 親父は、未だにおれを見つけることが出来なかった。

 怒鳴り声もいつの間にやら止んでいた。

 〝まさか車に引かれたのか?〟

 アホなオヤジのことだ。目を瞑ったまんま、道路に飛び出したのかもしれない。

「親父!」

 おれが心配して叫ぶと――

 誰かがおれの肩を掴んだ

「あに怒鳴ってんだよ! この唐変木が!」

 親父だった。親父の手は濡れていた。

一瞬水かと思った。だが水ではない。水にしては生暖かすぎる。

 これは血だ

「なにつまらねえ意地はってんだ! テメーは!」

 怪我してんなら目ぐらい開け。アホ親父が。

 こんなクソ親父でも一応親だ。死なれたら後味が悪い。

「意地だぁ!? おれっちは意地なんてはってねえよ。目を瞑ってお前のところに辿り着くなんてなぁ、おれっちにしてみれば余裕のよっちゃんなんだよ!」

「嘘つけ、二時間も掛かってるじゃねえか!」

「ちっと練習してたんだよ、薄らトンカチが! いまやったら三分でお前のことを捕まえることができるからな!」

 へたに言い返すと、親父は同じチャレンジを挑戦しそうな勢いなので、「わーたよ親父。おれの負けだ」

 おれは白旗をあげることにした。

「ふん。わかりゃあいいだよ、わかりゃあ」

 親父はおれの手を取ると、家路にむかって歩き出した。

 親父の手は血でヌルヌルしていた。

「おい、親父。けっこうな怪我をしてるじゃねえのか?」

「つまらねえこと聞くな、ガキ。それよりテメーはこれからどうすんだよ。まさか家で米つきバッタみたく、穀潰しするわけじゃねーだろうな?」

「うるせえな考え中だよ、考え中」

 将来のアテなんか丸っきりない。

「考え中だあ? 頭のなかに大鋸屑しか入ってねえのに、考えても無駄なんだよ無駄。かわりに頭が良いおれっちが考えてやる」 

 親父は一秒ほど考えると「そうだ。テメーあれだ。按摩やれ按摩」

 ひねりのないことを言い出した。

「按摩なんかやるかよ。どうせ揉むたって、三宅の婆みたいなのしか来ねえだろうしよ」

 おれは脊髄反射で反発した。

「うんなのやって見ねーとわからねえだろうが」

 親父の声が途切れる。ポンと手の平を叩く音がした。

「――ああ、わかった。オメーあの時の娘さんに操立ててるだろう。飢えた肉棒のオメエのことだ、後家さんの腰なんか揉んだらすぐハメちまうからな。このペンション派め」

 憎いね、この! と親父は連呼しながら、おれの頭をバンバン叩いた。

「馬鹿野郎! 気軽に人の頭叩くなよ。おれの失明は脳に問題があるんだからよう。親父も医者の話を聞いたろう?」

「脳みそに問題あるのは昔からだから大丈夫だよ。それよりテメー、あの娘さんどうした? もう涙の連絡船か?」

 親父は話したくない話題をふってきた。

「――べつに別れてねえよ」

 そもそも付き合ってすらいない。

「なんだもうハメたのか? どうせおめえのこったどこぞの砂浜で強引に押し倒しただろう? このマメドロ野郎がぁ!」

「ハメてねえよ。」

 素人童貞は色々難しいだよ。

「なんだまだハメてねえのか。じゃあ娘さんの名前はなんて言うんだ? 素人童貞だからって、名前ぐらい聞いてんだろう?」 

「知らねーよ。会ってまだ日も浅いからな」

 親父の前でポン子とは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。

「あんだよ、まだ名前も聞いてねえのかよ。だらしねーな。これだからペンション派はダメなんだよ」

「――親父、一つ聞くがペンション派って、どういう意味だ?」

 どうせロクでもない意味だろうが、これ以上ポン子の話をされたら堪らないので質問してみた。

「キスをするには、三回デートしなきゃダメだとか、はじめて犯るのは星空が見えるペンションじゃなきゃ嫌だとか、どうでもいいことを気にする軟派どもをまとめてペンション派ってよぶんだよ。おれっちから言わせてもらえば、どうせやる事は一つなんだから、そんなもんに頭を使わなくてもいいだよ! 男は黙って蚊帳を張る優しさだけがあればいい」

「蚊帳ってなぁ、親父。今時いねえよ。そんな奴」

 親父の時代だっていねえよ。

「まあ、最近の男は軟弱者ばかりだからな。それより、ペンション派のオメーのために、おれっちが仲直りの秘策を書いてきてやったぞ」

 親父の声は自信満々だった。

 おれは猛烈に嫌な予感がしてきた。

「ほれ、これ持ってっけ。優しいおれっちが、目の見えないオメーのために書いておいてやったからよ」

 親父は封筒のような物を押しつけてきた。封筒は水でよれよれになっていった。

「なんだよ、これ?」

「婚姻届だよ。お前が書く欄は、おれっちがすべて書いておいてやったからな。後はこいつを黙って娘っ子に渡せばいい」

 親父がとんでもないことを言い出してきた。

「娘っこがサインしてくれればそく結婚、ダメならそく終了。わかりやすくていいだろう」

 今度あったら、そく渡してこい。

 親父は無茶な注文を付け加えた。

「――渡せるわけねえだろう。会って一週間も立ってないしよ。それに喧嘩別れしたまんまだしな」

 おれの脳裏にポン子の泣き顔が過ぎった。

 ポン子の頬を伝う涙を、おれの手で拭いたかった。。

 〝ポン子が、おれに涙を拭っててもらいたいとは思えないがな〟 どこの世界に、自分を泣かせた男に涙を拭ってもらいたがる女がいる? 自嘲が込み上げてくる。

「ありゃあ、オメーが悪いだから土下座するなり、腹を切るなりして、娘っ子に詫びりゃあいいだよ。腹を切るのが怖ければ、おれっちが介錯してやってもいいだぞ」

 親父の声はマジだった。

 おれはちょっと怖くなった。勢いで指を詰める親父なら、実の息子を介錯するぐらいガチでやるかもしれない。

「で、切腹した後、婚姻届けを渡すんだよ。お前の作った味噌汁が飲みたいとか、適当なことぶっこきながらな――」

 ――振られたら、その場でおれっちが介錯してやる。

 親父は不吉な言葉を付け加えた。

「切腹した後、渡せるかよ!」

「けっ、情けねえ。土下座しようが切腹しようが、惚れた女相手なら婚姻届けぐらい渡せんだよ。おれっちなんか、母ちゃんと出会った当日大喧嘩して、翌日仲直りして、その日に即婚姻届けを役所に出したからな。母ちゃん真っ赤な顔で照れていたっけ」

 まあ、処女だったから仕方ねえか。

 親父はガハハハと、豪快に笑いながらのろけた。

「早すぎなんだよ、オメーは!」

 てか、受け取っちまったのかお袋は。

「いい男は二日もあれば結婚まで持って行けるだよ。お前も、おれっちの息子なんだから、せめて一週間ぐらいで渡せるような男になっておけや」

 ――なれるかよ。あんなに最低なことしたのに。

 おれは婚姻届けを放り捨てようとしたが、道に捨てるモンでもないと思って、ジャージのポケットにねじ込んだ。

 

 家につくと、数馬が驚きの声で迎えた。

「親父、血だらけじゃねえか! なんで兄貴むかいにいったぐらいで血だるまになって帰ってくるんだよ」

「馬鹿、こりゃあ血じゃねえよ。赤い汗よ」

「どっからどう見ても血にしか見えねえよ。兄貴、親父の奴なにしでかしたんだよ? ヤクザと喧嘩でもしたのか?」

 おれは数馬に事情を話した。

「――馬鹿も極まりだな。親父もう六〇過ぎてるんだから少しは自重しろ、自重」

 数馬は呆れ声で親父を諫めると「このクソんだらぁあ! 男は丸くなったらそこで終わりなんだよ」親父はいつもの調子で怒鳴り散らした。

「うっせえな。わかったからちょっと待ってろよ」

 数馬は足音を立てておれ達の前から立ち去る。

 しばらくして、数馬は戻ってきた。

「親父。ちょっとしみるぞ」

 そう言うと数馬は傷の手当てを始めた。

「――ぬほほほっ!」

 親父は怪鳥のような笑い声を発した。

 べつに発狂したわけでも、賞味期限がとっくに切れた脳みそが腐って溶け出したわけでもない。

 単純に薬がしみて痛いのだ。

 普通の人間なら痛いとかシミるとか叫ぶところだが、全身これ男の見栄によって構成されてる親父は絶対に痛いとはいわない。

 痛いと言うかわりに、奇声をあげて笑い出す。

 山形さんが言うには現役時代からこの奇癖はあったらしく、試合中でもよくやるので、相手選手からは相当気味悪がられたらしい。

 筋金入りの馬鹿がプライドを持っても、奇行のタネにしかならない。

 親父が四回ほど奇声を上げると、傷の手当ては終わった。

「――数馬、今日の晩飯なんだ?」

「誠次さんが退院祝いにすき焼きの肉をもってきてくれたから、すき焼きだよ」

 誠次とは、片桐組の若頭榊原誠次のことであった。

 キワモノ揃いの片桐組のなかでは、穏健派の常識人で通っている。

 見た目もヤクザに見えないので、片桐組におけるカタギ系の付き合いは、誠次が仕切っていった。

 うちも一応はカタギなので、誠次がウチの面倒を見ていた。

「なんだとぅ! それ早く言え!」

 親父は言い捨てると、自分一人ですき焼きのある居間に突撃していった。

「――兄貴、悪かったな。親父なんか迎えにいかせて」

「――べつにいいよ。恥かくのは慣れてるから」

 慣れてねえのは、女の涙だけだ。

 おれの耳にはポン子の涙声がへばり付いてた。

 〝どうせへばり付くなら笑い声のほうがよかったな〟

 おれはそう思いながら、数馬に手を引かれて居間にむかった。

「おう唐変木どもきたか。おれっちがもう火をいれておいてやったからな。早く座って食え」

 親父は息子達を置き去りにして、一人ですき焼きをおっぱじめていた。

 数馬は、おれが座るのを手伝ってくれた。

 親父はすでに食い始めているというのに、息子達が座ると「頂きます」と言った。おれ等も手を合わせる。

 箸が、鍋の底を突く音が聞こえる。続いて下品な咀嚼音がこだました。

 見えなくともわかる。親父だ。

 おれはというと目が見えないので、どこに鍋があるのか、それすらわからなかった。

「兄貴、ほら」

 数馬が、気を利かせて小皿に肉を取って渡してくれた。

「おう、そうだった。オメーはまだ修行がたりねーから、肉を取るのは無理だったな。ほれ、おれっちも取ってやるぞ」

 親父は、おれの小皿に肉を放り込んできた。

 これが最後だった。

 親父はそれ以後、おれの小皿に肉を放り込んでくることはなかった。

 自分が食うのに夢中になっているのだ、このクソ親父は。

 気の利かない親父に変わって、弟が肉や野菜を小皿にとってくれた。

 一方の親父といえば、豪華なすき焼き肉に舞い上がってしまい、日本酒を飲みはじめた。

「お前も飲むか、一平。なにせオメーの退院祝いだからな。しかし、それにしてもよ、この肉うめーな」

 親父は、酒臭い息をまき散らしながら喚いた。

「いらねーよ」

 おれの退院祝いなのに、親父が一番喜んでいる。

 しばらくして、親父のいびきの音が聞こえてきた。

 目が見えないせいで、耳が敏感になっているのか、いつもよりも親父のいびきがうるさく聞こえた。

「兄貴、ちょっと親父捨ててくる」

 数馬は、親父を部屋に捨てに行った。すぐに数馬は戻ってきた。

「兄貴、とりあえず今日は居間で寝るか? 二階の部屋だと階段あるから危ないだろう。トイレも下にしかないしな」

 言われてみればそうだ。おれはトイレのことまで考えていなかった。

 いつも通り、上で寝るつもりだった。

「寝るには早いけど、とりあえず布団を引いておくよ」

 おれは布団が引き終わるまで、居間の壁に背を預けた。

 本当は布団を引くのを手伝いたいのだが、この目じゃ数馬の邪魔になるだけであった。

「なあ、兄貴」

「なんだよ、数馬」

「――余計なことして悪かったな」

「もう気にしてねーよ。あの娘に酷いことをしたのは数馬じゃねえ、おれだよ」

 そう、おれはあの少女に酷いことをした。

「兄貴。あの人も・・・・・・」

 数馬は途中で声を飲んだ。

「なんだよ、数馬? あの娘がどうかしたのか? なんかトラブルにでも巻き込まれたのか?」

 おれは興奮して声が大きくなっていた。

 あの子にもし何かあったら、おれは耐えられそうになかった。

「そう言うじゃないから。大丈夫だよ、兄貴。余計なお節介焼いて、話をややこしくするのは二度とゴメンだからな。もし話が聞きたいのなら、あの子から直接聞いてくれよ。携帯の番号も聞いておいたから」

「――あの娘が無事ならいいさ」おれは強がる。

 本当は携帯の番号を聞きたくて仕方なかった。

 しかしどの面下げて、あの娘と話せる?

 あんなに酷いことしたのに。

 ――でもポン子に会いたかった。

「なあ数馬。悪いだが、食器棚の奧に飴の入った小瓶があるから取ってくれないか?」

 食い意地の張った家族どもに喰われぬよう、おれは飴を隠しておいたのだ。

「兄貴。食器棚の飴なら、親父がジムに持っていって、全部喰っちまったぞ」

「――嘘!」

 せめて飴でもなめて、ポン子との思い出に浸ろうと思っていたのに。

「いや本当」

 数馬は言葉を切ると「――ひょっとしてあの娘から貰ったのか、あの飴?」

 おれは曖昧に頷いた。ショックでまともに返事を返す気力もなかった。

「――飴はないけど小瓶ならあるぞ」数馬は申し訳なさそうに言った。

「小瓶だけならいらねえよ」

 抱いて寝ろとでも言うのか。

 〝悪くないかも〟

 と一瞬思ったが、あまりにも寂しすぎるのでやめた。

「悪かったな兄貴」

 数馬は申し訳なそうな声で謝った。

「いや。べつに気にしてねえからいいよ」

 〝これは天罰さ。ポン子に酷いことをした天罰だ〟

 おれが悪い。布団を敷く音が聞こえる。

「兄貴、布団引きおわったぞ。とりあえず寝っ転がっておけ。眠たくなければ、テレビでもつけるか? 目が見えなくても、ラジオがわりにはなるだろう」

「いや、いい」

 おれは布団に寝っ転がって、ポン子のことを想った。


 眠りに落ちると、ポン子が夢に出てきた。ポン子の可愛い顔がはっきりと見えるので、これが夢だとすぐにわかった。

 ――現実のおれの目は見えないのだから。

 ポン子は笑いながら砂浜を走る。その後をおれが追いかける。

 故郷の海は、太陽の光を乱反射してキラキラと輝いていた。

 おれとポン子は乱反射する光のなかを駆けていく。

 だがすっかりとポンコツになちまったおれは、ポン子の走る速さについていけず、次第に距離が離されていく。

 おれは距離を縮めようと必死に走った。

 ――でも距離は縮まらない。

 縮まるどころか、拡がっていく一方であった。

 おれは焦ってさらに早く走ろうとするが、足がもつれて転けた。

 頭から砂浜に突っ込む。砂のせいで視界が暗転する。

 おれは砂まみれの頭を上げた。

 砂は払ったはずなのに、視界は暗いまんまだった。

 ポン子の姿はもう見えなかった。


「――ポン子!」

 おれは絶叫し、けっして届かないものにむかって手を伸ばした。


 そこで目が覚めた。


 目は開いたはずだが、あたりは暗闇に包まれていた。

 まだ夢から醒めていないのかと思ったが、おれはすぐに笑い出した。 

 これは現実だ。現実だからこそ目が見えないのだ。

 盲人になったおれには、昼も夜もない。

 いつだって真っ暗だ。

 おれは汗だくの顔をパジャマの裾で拭った。

 窓の向こうからは、雨粒が地を叩く音がした。

 その音の小ささからすると、雨は小降りであった。

「――雨かよ、ちくしょう」

 外に出るわけでもないのに、何故かおれはウンザリした。

 一階の奥の部屋からは、親父の大鼾が聞こえてくる。

 早起きの親父がまだ寝ているということは、まだ夜中か?

「今、何時だ?」

 習慣でつい居間の時計に目をやる。もちろん、見えない。

 〝時間を知るのも、人頼みか〟

 くそ。おれは、自分一人で何も出来ないことに苛立ちを感じた。

 ――寝直すか。と思ったが目が醒めちまった。

 それに妙に暑い。雨が降って蒸してるせいかもしれない。

 おれは窓を開けることにした。

 おれは暗闇の中、手探りで窓の鍵を探り当てる。

 幸い二十九年間住んでいた家なので、二、三回頭をぶつけているうちに窓の鍵を探り当てることができた。

 おれは窓を開けて、縁側に腰掛けた。

 雨粒が頬に当たった。気にせずぼんやりとしていると、口のなかに唾がわいた。

 〝飴舐めたかったな〟

 おれは唾を飲み込みながら、未練がましく想った。

 また唾がわいた。おれは唾を飲み込む。

 何度も何度も繰り返すうちに、涙が込み上げてきた。

 

 ポン子に会いてえ。

 

 想いが募り、堪えきれなくなる。

 おれはついに、声を押し殺し泣き始めた。

 涙は頬をつたわり、おれの唇に届いた。

 涙の味は飴と違って、酷くしょっぱかった。

 後悔と悔恨の味だ。

 なんであんな事しちまっただろう?。

 ポン子はただおれを助けようとしてくれただけなのに。

 おれは自分を殴り飛ばしたくなった。

 自分の頭を家の壁にぶつけてやった。

 手加減抜きでやったので、かなり痛かった。

 しかしおれの気は晴れなかった。

 黄昏れていると、駄犬が吠えだした。

 駄犬を構う気気分ではなかったので、無視した。

 駄犬はそれでも吠えるのを止めなかった。

「うるせえなぁ、シメて犬鍋にすんぞ!」

 怒鳴りつけたが、駄犬は吠えるのを止めない。

 いつもなら、おれが怒鳴れば駄犬は吠えるのを止めるのに。

 なんだか妙だ。

「なんだって言うだよ、テメーは」

 おれがそう言うと、駄犬は、おれの足に首を擦りつけてきた。

「なんだまた、かゆいのか」

 駄犬は身も心も汚いせいか、よく痒がる。

 特に首筋が痒いらしく、よくおれに首輪を外してくれとせがんでくる。

 おれは仕方ないので、首輪を外してやることにした。

「手間をかけさせやがって、お前はおれの盲導犬だろうが。ご主人様をこき使ってどうするだよ」

 おれは嫌みを言いながらも、手探りで駄犬の首輪を外してやった。 首輪が外れた途端、駄犬はおれの手から飛び出していった。

「おい、逃げるなよ!」

 目が見えないおれじゃ逃げられたら、捕まえることができない。

 家の前の道路から、駄犬の吠え声が聞こえてきた。

 〝なにやってんだ、あいつ〟

 逃げ出したらいつもなら近所の雌犬のところに突撃するのに、今日に限って駄犬は家の前で吠えまくっている。

 ――おかしい。

 

 〝ひょっとして・・・・・・〟

 

「駄犬の奴。おれを灯台に連れて行こうとしているのか?」

 そんなこと、あるはずがない。

 ――妄想。おれの希望が生み出した妄想の仮説にすぎない。 

 でも。

 それでも。

「ポン子・・・・・・」

 会いてえ――。

 感情が溢れだし、衝動がおれを突き動かした。

 気づいたらおれは庭に飛び出していた。

 さっそく転けた。

 すぐさま起き上がる。

 おれは駄犬の吠え声を頼りに、なんとか家を出た。

 灯台に向かう左手の道の方から、駄犬の吠え声が聞こえてきた。

 間違いない、やつはおれを灯台に導こうとしている。

「おれを灯台に連れてってくれ、ロッキー。もし連れて行ってくれたら、おれは二度とお前を駄犬と呼ばねぇからよう!」

 おれは駄犬にむかって叫んだ。駄犬はそれに答えるかのように吠えた。

 駄犬は吠え声を上げなら、走り出す。

 おれは吠え声を頼りに駆けだす。

 すぐに転けた。当たり前だ。

 なんの訓練もなしに暗闇の中を走れるはずがなかった。

 それでもおれは立ち上がり、駆けだした。

 今度は電柱に正面衝突した。

「電柱の分際でおれの邪魔をするんじゃねえ!」

 見えない電柱に毒づくと、おれは走り出した。

 おれは灯台を目指して、ノロノロと、薄らみっともなく、暗闇のなかを駆けていく。

 おれは、何度も、何度も、転び。

 何度も、何度もぶつかった。

 それでも立ち上がった。

 リングの上じゃ、もっと酷い目にあったんだ。

 これぐらい屁でもねえ。

 と思った矢先、転けた。しかも盛大に。

 おれは土手を転げ落ち、頭から川に落ちた。

「クソたれがっ!」と毒突いた瞬間、激痛で声が詰まった。

 足になにか突き刺さっている。

おれは手探りでさぐると、太ももに木の枝が突き刺さってた。

「なんだってんだ、畜生」

 おれは毒突きながら歯を食いしばった。

 太ももから枝を引っこ抜く。

 痛みのあまり叫ぶことすらできなかった。それでもなんとか枝を抜くと、ジャージの上着を破いて傷口を縛った。

 おれはよろよろと立ち上がり、土手を上ろうとする。

 踵が地面に触れるたびに激痛が襲ってきた。

 〝諦めろよ〟

 理性が囁いた。

 〝ここで座って、誰かくるのを待ってろよ〟

 おれの理性は常識的で、冷静であった。

 おれの足は止まった。

 〝こんな小雨がぱらつくなか、ポン子がいるはずねえだろう。パラついてなくても、ポン子はお前みたいな目の見えない、いじけたおっさんなんか待ってねえよ〟

 まったく理性の言うとおりだ。

 どう優しく考えても、ポン子は灯台にいるはずなかった。

 あんな酷い言葉を浴びせたのだから。おれなんぞ待っているはずがない。

 そもそも待ち合わせの約束すらしていないのだから。


 でもおれは馬鹿だった。


 救いようのない馬鹿だから――。

 一〇〇%ありえないゴールを目指して走ってしまう。

 おれは再び歩き出した。

苦痛を訴えようとする唇を食い縛り、なんとか土手を昇りきる。

 ロッキーの吠え声が、おれを迎えてくれた。

 おれは足を引き摺りながら、吠え声を追った。

 やがて波音が聞こえてきた。

 塩辛い潮風が、おれの頬をくすぐる。

「やった! 海岸はすぐそこだ」

 嬉しさのあまり声が漏れた。

「ロッキーでかした!」

 おれはこの時ほど、ロッキーが可愛いと思ったことはなかった。

 しかし、喜んだのもつかの間――。

 突然ロッキーが吠えるのを止めた。

 ロッキーの吠え声がなければ、おれは暗闇のなかで一人だ。

 田舎とはいえ、県道だ。早朝とはいえ、車が通る可能性はあった。

 今おれがどこを歩いているのかわからないが、もし車道だったら轢かれて死ぬかもしれない。

 そう思った瞬間。恐怖がおれの背中を貫いた。

 足がピタリと止まった。

 〝負けるかよ〟

 おれは恐怖に向かって毒づくと、むりやり歩き出した。 

 道路に落ちている何かに躓いて、おれは頭からすっ転んだ。

「畜生、あの馬鹿犬めぇ。おれの盲導犬なんだから、吠えろよな、コンチクショウ!」

 おれは暗闇にむかって怒鳴った。

 砕け散る波の音が答えた。

「上等じゃねえか! リングの上じゃ、おれはいつも一人で戦ってきたんだ。こんぐらい、なんでもねえだよ」

 おれは立ち上がろうとしたが、太ももの傷が痛んでよろけてしまった。

 誰かが、おれの肩を支えてれた。

「ここはリングの上じゃないですよ、一平さん――。それに一平さんは一人じゃありません」

 甘くかすれた声。

 ポン子の声だ。

「ポン子・・・・・・ちゃん?」

 あり得ない。理性が否定した。

 でもたしかにポン子の声だった。ポン子の手の感触だった。ポン子の匂いだった。

「ポン子ですよ、一平さん。ロッキーが、連れてきてくれました」

 ロッキーは返事をするかのように吠えた。

 ロッキーはおれを見捨てたのではなく、どうやらポン子を連れてきてくれたらしい。

 〝ありがとうよ、ロッキー〟

 おれは心のなかで、ロッキーに礼を言った。

 おれはポン子の手を借りて、立ち上がった。

「ポン子ちゃん、おれは君に謝りたくって・・・・・・」

「そんなことより傷の手当てのほうが先決です」

 ポン子はピシャリと言った後、くすりと笑った。

 おれは何故ポン子が笑うのか、わからなかった。

「――幸い、道具はありますし」

 ポン子はおれの手を握った。

 ポン子の小さな手は小雨で濡れて表面は冷たかったが、中身はほんのりと暖かかった。

「ちょっと移動しますよ、一平さん。今立っている場所は歩道のど真ん中ですから」

「・・・・・・ハイ」

 おれは小声で答えた。情けないことに、生まれてはじめて女に手を握られたせいで、太ももの痛みを忘れて緊張してしまったのだ。

「どうしたんです、一平さん? 顔、赤いですよ。まさか、小雨のなか走って風邪を引いちゃったんですか?」

 〝顔が赤いのは、あんたのせいだよ〟

 と言いたかった。しかし素人童貞には、そんな気障なセリフは吐けなかった。

「――大丈夫ですよ、馬鹿は風邪引かないですから」

 気障な台詞のかわりにそう答えた。

「馬鹿じゃないですよ、一平さんは。大馬鹿ですよ。目が見えないのに、ここまで走ってくるなんて・・・・・・。こんな大馬鹿な人、わたし見たことないです」

 ポン子は言い終わると、怒ったようにおれの手を引っ張った。

 おれは黙って引っ張られた。

「さあ、座ってください。傷の手当をしますから」

 ポン子にうながされて、おれは地面に座った。ポン子は「酷い傷・・・・・・」と呟いた後、傷口に消毒液を振りかけた。

「――うはははっ!」

 突然笑い出すおれ。

「どうしんだですか、一平さん!」ポン子は驚く。

「いや、思い出し笑いというやつです。気にしないでください」」

 本当は痛くて悲鳴を上げたかったが、血統書つきの馬鹿であるおれはつまらない見栄を張った。

 おれも所詮、馬鹿親父の息子か。

「へんな人ですね、一平さんって」

 ポン子はくすりと笑いながら、おれの体のあちらこちらに絆創膏を貼ったり、包帯を巻いたりしてくれた。

 〝なんで包帯なんか持っているんだ?〟

 おれはふと疑問に思った。

 女は化粧道具やらテッシュやらハンカチやら、色々なモンを持ち歩くのは、女に縁のないおれでも知っている。

 しかし包帯を持ち歩く女なんて聞いたことがなかった。

「――あのう、よく包帯なんか持ってましたね」

「ポン子には困ったときに助けてくれる妖精さんがいるですよ。だから包帯ぐらい、妖精さんに頼めば持ってきてくれるんです」

 ポン子は、とんでもないことを言い出した。

 〝妖精さん? 〟

 ──まああれだ。女の子は夢見がちだと言うしな。

 おれはあまり深く考えないことにした。ポン子は傷の手当てを終えた。

「――ポン子ちゃん。おれはあんたに謝らなきゃいけないことが――」

「――ストップです、一平さん」

「えっ、どうしてですか?」

「今話したら、妖精さん達に聞かれちゃいますよ。ポン子が妖精さんを追い出す呪文を唱えるから待っていってください」

「えっ、妖精ですか?」

 おれは、本気でポン子の頭の具合を疑った。

「ええ、妖精です」言い終わると、ポン子は妖精を追い出す呪文を唱えはじめた。

「ちんぽい・ちんぽい・たまたまたーら、妖精さん、お家に帰ってくださ~い」

 ポン子のマヌケな呪文を聞きながら、おれはポン子の頭の具合が真剣に心配になってきた。

 〝まあ、思春期の女の子だから――〟

 と思った瞬間、ある疑問が浮かんだ。

「――あのうポン子さん?」

「なんですか、一平さん。妖精さんなら、呪文のおかげで帰って行きましたよ」

「いや、そっちじゃなくて。ポン子ちゃんって、年いくつ?」

「一九歳ですよ、これでも。童顔だからって、馬鹿にしないでください」

 ポン子はすねた声で言った。

 〝よかった――。十九歳で〟

 一五歳とかだったら、淫行で捕まっちまうよ。

「さあ、妖精さんもいなくなったことだし、一平さん、せっかくですから灯台でお話しでもしませんか?」

 ポン子は、おれの手を握りしめた。

「傷が痛かったら、遠慮せず言ってください。肩ぐらい貸しますから」

「大丈夫ですよ。これぐらい」

 本音を言えば、誰の肩でもいいから借りたくなるぐらい、太ももの傷が痛むのだが、男の見栄とポン子の甘く掠れた声が、おれの心に麻酔を打ってくれた。

「男の人って逞しいですね。わたしだったら痛くて動けないですよ」

「その時は、おれが担ぎますよ」

 沈黙が答えた。おれの手を握りしめるポン子の手が妙に熱かった。

「――突然変なこと言わないでください、一平さん。早く、行きますよ」

 ポン子は、おれの手を引っ張った。

 おれは、何かポン子を怒らせるようなことを言ったんだろうか?

 訝かりながらも暗闇のなかをゆっくりと歩き出した。

 暗闇の中を歩いているというのに、おれは恐怖を感じなかった。

 どうやらおれは。この手が握りしめている限り、恐怖を感じないですむようだ。

「――ポン子ちゃん、なんで一人で走っていたんですか?」

「一平さんが落ち着いたらマラソンの大会に誘おうと思って」

「マラソンって、目が見えなくても出られるですか?」

「出場できますよ。併走ランナーがいれば。ポン子が調べたから間違いありません」

「併走ランナーって、ポン子ちゃんがやってくれるですか?」

「もちろんそのつもりですけど。まさか一平さん、お父さんと走りたいですか?」

「そんな訳ないじゃないですか!」

 あのクソ親父と一緒に走るぐらいなら、まだロッキーと走ったほうがいい。

「そんなに否定することないじゃないですか。一平さんのお父さんはいい人ですよ」

 ポン子は妙に親父の肩を持った。

「ちらっとしか見たことないからですよ。三分も話せばすぐにボロがでますよ」

「照れくさいからって、憎まれ口叩いてると、子供みたいですよ」

「いや、憎まれ口とかじゃなくて――」

 おれはいかに親父がどうしようもない男か、ポン子に力説しようとしたが、止めた。

 ポン子との大切な時間を、クソ親父の話ですり減らしたくなかった。

 おれは、親父の話のかわりにボクシング時代の思い出話を語った。

 はじめてリングに上った時、足の震えが止まらなかったこと。

 相手が反則してきた時、それ以上にえぐい反則で返してやったこと。

 減量中見た、奇妙な夢。

 国道を外れ灯台へと続く林を抜ける頃には、ボクシング時代のめぼしい思い出話はあらかた語り終わった。

「面白い話ばかりですね、また今度ゆっくり聞かせてください」

「ボクシングの話はこれで終わりです。おれは思い出話より、今の話がしたい。たとえ面白くなくてもね」

 ポン子は足を止め、おれを見上げた。

「・・・・・・一平さん。灯台にのぼってみませんか?」

 ポン子はかすれた声で言った。


 おれとポン子は灯台の入り口を潜り、曲がりくねった螺旋階段を昇り、展望台に出た。

 波が砕ける音と、強い潮風が、おれ達を迎えてくれた。

 目の見えないおれは潮風が流れる方に顔をむけた。

 ポン子が何を見ているのか、ポン子がどういう顔をしているのか、

盲目のおれにはわからなかった。

 でもおれの手を握りしめる手は熱かった。

「――一平さん。わたしの本当の名前は秋月舞って言うんです。聞いたことありますか?」

「いや、ないです」

「――これでもわたし歌手なんです。今は喉がこんなになってしまったけど、こうなる前は結構売れてました」

「マジですか・・・・・・」

おれは驚きのあまり二の句が継げなかった。すげえ美人だとは思っていたけど、まさか芸能人だったとは・・・・・・。

「だから初めてあったとき、一平さんがわたしの顔見ても全然気づいてくれなかったときは結構ショックでした。ああ、わたし過去の人になってるって」

「――いや、おれって、その、芸能人とか興味がないというか――」

「わたしにも興味がないですか?」

 小悪魔のような口調でポン子は問う。

「――いや、ポンじゃなかった秋月さんは別です。その、――凄く興味あります」

 おれはどもりながら弁解した。

「そんなに慌てなくていいですよ、一平さん。ちょっとからかっただけですから」

 ポン子は笑いながら言った。

 おれは胸を撫で下ろした。

「でも今にして思えば、一平さんがわたしのことを知らなくてよかったと思います」

「どうしてですか?」

「わたし逃げ出してきたんです。歌手であることから。声を取り戻す訓練から、逃げ出してきたんです」

 声はやんだ。

 〝ポン子は泣いているのだろうか〟

 目が見えないので、よくわからない。

「逃げ出すほど訓練は辛かったのですか?」

 ――辛かったです。ポン子の声には涙の痕があった。

「発声練習は地獄でした。声を発するたびに喉が張り裂けそうなほど痛くなって。でも喉の痛みだけだったら我慢できました。本当に我慢出来なかったのは喉の痛みではなく、声なんです。擦れてボロボロになった自分の声を聞くのが辛かった」

 ――耐えられなかった。

 ポン子は押さえていたものが堪えきれなくなって、泣き出した。

 おれはなんて慰めていいのかわからず、ただ暗闇を見つめていた。

「スタッフのみんなやマネージャー、お医者さんや、ボイストレーニングの先生、みんなが励ましてくれました。頑張れば歌えるようになると言ってくれた。でもわたしにはどうしても信じることができなかった。戦うことができなった――」

 ――でも、歌手をやめて別の道を歩くことも出来なかった。

 ポン子はぽつりと呟いた。

「だから逃げ出して、一平さんに会いに来たんです。一平さんに会えば強くなれるじゃないかと思って」」

「なんでおれなんですか?」

 おれの試合は、それほどまでにポン子に感動を与えたのだろうか? そうならば嬉しいのだが、アイドルであるポン子がおれの試合を見て、それほどまでに心を震わせるだろうか?

 これが男なら話もわかるのだが――。

 いやそれ以前に、少女であるポン子がボクシングなど見る機会などあったのだろうか?

「一平さんは綺麗に忘れてるみたいですけど、わたしと一平さん。昔一回会ったことがあるんですよ」

「・・・・・・本当ですか?」

 こんな可愛い子と、いつ出会ったんだおれ。

「本当です。七年前の岸本選手のタイトル戦のとき――」

「――思い出した! 金城戦のときの、髪の短いあの子か!」

「そう、その子です。廊下で震えてたその子ですよ」

 ポン子の言葉でおれは完全に思い出した。

 ――七年前。おれはタイトルマッチの前座の前座として、後楽園にの控え室にいた。

 日本チャンピオンの岸本と挑戦者の元橋は、当時のフェザー級の人気選手で、その二人がやると言うことで、後楽園のスタンドはびっしりと人で埋まっていた。

 おれはといえば、駆け出しのペイペイボクサーで、大舞台を前にしてガチガチに緊張していた。しかも対戦相手は、華麗なフットワークと鋭いカウンターで知られた金城だった。

 ボクシング雑誌の予想は八対二。もちろん二の方がおれである。

 実力も人気も相手の方が遙かに上。雑誌の予想は至極当然であった。

 だが、おれは勝つ気だった。

 勝てば、チャンピオンに挑戦できる権利をもぎ取れる。

 勝てば、おれが主役の試合ができる。

 負ければ、最低でも一年はタイトルマッチはお預け。

 いやうちのジムは弱小だ。もっとかかるかもしれない。

 いや絶対かかる。

 ボクサー生命など蝉のように短い。うだうだしてたら、チャンピオンに挑戦するまえに引退しちまう。

 若いおれは待つことよりも、駆け上がりたかった。

だが対戦相手の金城は得意のカウンターで、すでに二人のボクサー引退に追い込んでいる。

 若き強豪。

 恐かった。

 怖くてたまらなかった。体の震えが止まらない。

 おれはパイプ椅子から立ち上がって、意味のないシャドーをして恐怖を紛らわした。

 控え室の扉が開く。親父が、時間だと告げた。

 おれはオウと答えて控え室を出た。

 廊下の隅で花束が震えていた。

 よく見ると、花束を抱えた小さな少女だった。

「なにを震えてるんだい?」

 おれは小さな少女に声をかけた。

 少女に対する優しさというよりも、誰かと話して恐怖を紛らせたかったからだ。

「・・・・・・こんなに大勢の人初めてなの・・・・・・」

 少女の声は緊張のあまり震えていた。

「おれもだよ。足を見てごらん」

 おれは自分の足を指さした。

「・・・・・・震えている」

「リングに上がる前はいつもこんなもんさ。でも、リングに上がったら震えは止まる」

「どうして?」

「馬鹿だからさ」

 少女はキョトンした顔で、おれの顔を見た。

 馬鹿じゃなきゃ、夢なんか追っかけねえよ。

 親父の馬鹿が後ろで、早くしろと怒鳴っている。

 おれは少女に背を向け、リングへと向かった。

 試合は、一方的な展開だった。

 赤マントに向かって突進するダメな牛みたいなおれを、金城はスペインの闘牛士よろしく華麗なフットワークで捌いた。

しかも隙を見つけては、おれの顔面にカウンターをぶち込んできやがった。

 勝つどころか、立っているのが精一杯だった。

おれは反撃のチャンスを掴めないまま、ラウンドだけを重ねていった。

 そして五ラウンド目。

 ゾンビのように立ち上がるおれを見て、金城は苛ついたのか、右フックをぶち込むついでに顎に肘を入れてきた。

 右フックをかわすので精一杯だったおれは、金城の肘まで避けることはできなかった。おれの顎に金城の肘がぶち当たる。

 おれは前のめりに倒れた。

 レフリーからは死角だったらしく、反則のコールはされなかった。

 おれは猛抗議する親父の声を聞きながら、完全に気持ちよくなっていた。

 薄れていく意識のなか、おれはなぜ金城が肘を入れたのか疑問に思った。

 そんなことしなくても勝てるのに・・・・・・。

 ──おかしい。何かある。

 〝金城の野郎、ひょっとしたらスタミナが切れてるじゃあねえのか?〟

 おれは金城を見上げた。

 金城は肩で息をし、体も汗まみれだった。

 おれを見下ろす目にも、不安の色があった。

 〝こいつスタミナ切れてやがる〟

 だから勝負を焦ったのか。

 敵の弱みを発見した途端、おれの指先に力が蘇った。

 カウント9で、なんとか立ち上がった。

 レフリーは試合の再開を告げた。

 おれは背を丸めて金城に突っかかっていった。

 金城はボディーブローを警戒して、ガートを固めた。

「違げーよ」

 おれは金城に向かって囁くと同時に、レフリーが見てない一瞬の隙をついて、金城の足の甲を思いっきり踏みつけてやった。

 突然の激痛に顔をゆがめる金城。ガードが緩んだ。

 おれは左手を素早くガードの隙間にねじ込み、内側からガードをこじ開けてやった。

 これも反則であるが、おれの背中の影に隠れてこれまたレフリーから見えない。

 〝ド汚い戦いなら、おれの方が上よ〟

 丸裸になった金城のボディーに渾身の一撃をぶち込む。

 金城はこの試合初めてマットに倒れた。金城陣営が猛抗議してきたが、レフリーは反則を取らなかった。

 〝ざまあ、みやがれ〟お返しだ。

 寝てればいいものを、金城の野郎はカウント6で立ち上がってきやがった

 おれは、立ち上がってきた金城を睨みつけた。

 金城も憎しみを込めてメンチを返してきた。

 いい目だ。余裕綽々という面より余程いい。

 セコンドにいる親父はマットを叩きながら、何が何でも勝てと、叫んでいた。

 〝そのつもりだよ〟

 おれと金城は、リングの中央で殴り合いを再開した。

 おれは今イチパンチ力のない一歩のようなインファイター。

 相手の金城は翼をもがれたアウトボクサー。

 その二人に残されたのは足を止めた撃ち合いだった。

 泥試合と化した試合は、最終ラウンドまでもつれ込んだ。

 おれは金城を倒すことが出来ず判定で負けた。

 おれと金城は、互いにセコンドに抱えられながらリングを後にした。

 花道から控え室の廊下に戻ると、あの少女が立っていた。

「――格好つけそこなっちまったな。お嬢ちゃん、おれのかわりに格好つけてきてくれよ」

 おれは小さな女の子の背を叩くと、医務室に向かって歩き出した。


「思い出しましたか?」

 あの時よりも大きくなった少女が問うた。

「思い出したよ。恥ずかしいな。反則はするわ、負けて帰ってくるはで良いとこなしだったな、あの試合」

 はじめの一歩なら、青木の試合と同じ扱いにされるような試合だった。

「おまけにリングに上がる前に、ビビってるところまで見られちまってるしな」

「でも、リングには上がったじゃないですか」

「たしかにリングには上がったけど、負けたからな」

「一平さんは、人生には負けてないです。こんなに可愛い彼女がいるんですから」

 ポン子の声がしたと思った瞬間、柔らかな感触が唇に広がった。

 ポン子が、おれの唇にキスをしたのだ。

 柔らかな唇には、微かに甘酸っぱいレモンの味があった。

 比喩ではない。

 ポン子の唇は本当にレモンの味がした。

 ポン子はおれに会う前に、あの手作りのキャンディーを舐めていたのだ。

 〝こんなとこで食えるとは〟

 感極まったおれはポン子を抱きしめた。

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけど――

 ポン子の綺麗な顔が見えた。

 すぐ暗闇に閉ざされたけど、たしかに見えた。

 この一瞬の奇跡で、おれのすべてが報われたような気がした。

「・・・・・・一平さん?」

 おれの名を呼ぶポン子の声で、おれは我に返った。

「大胆なキスですね。一平さんがいきなり舌を入れてくるから、わたしびっくりしちゃいましたよ。はじめてのキスでそこまでするんなんて、一平さんは恋愛経験が豊富なんですね」

 ポン子の声には危険な物がはらんでいた。

 〝やべえ、ついソープの癖が出ちまった〟

 おれは焦りに、焦った。

 まさかソープで修行を積んできたとも言えないしな。

「それはですね・・・・・・」

 言い訳を考える。

 必死で考えるもまったく思いつかない。額から汗が噴き出た。

 おれは反射的にポケットに手を突っ込んで、タオルで汗をふこうとした。無論、家を飛び出したおれにタオルなんぞ持っていない

 おれはタオルのかわりに、グチャグチャの紙を握りしめていた。

「一平さん、その紙はなんですか?」

「――なんでしょう?」

 目が見えないおれには、当然わからない。

「貸してもらえますか? わたしが見てみます」

 お願いします、と言ってポン子に紙を渡した。

 〝ホテトルとかテレクラのテッシュとか裏ビデオのチラシかなんかだったらどうしよう〟

 ポン子に渡した瞬間そう思ったが、渡してしまった以上あとの祭りであった。

「――一平さん。これって・・・・・・」

 ポン子の声は何故か震えていた。

「――これって、なんかへんな事でも書いてあったんですか?」

 裏ビデオのチラシかなんかだったのか? やっぱり。

「とぼけないでください、婚姻届けのことですよ」

 婚姻届けと聞いた瞬間、おれは思い出した。

 親父の書いた婚姻届けだ。そういや、ポケットにねじ込んだまんまだった。

 〝畜生、どうする?〟

 今更、親父が書いたもんだとも言えない。

「――好きです。結婚してください」

 〝こうなったら、破れかぶれだ〟

「――考えておきます」

「えっ、即答じゃないですか?」

 ドラマだと、ここでハッピーエンドなんだけど・・・・・・

「映画じゃあるまし、すぐに返事できるわけないじゃないですか。一生の事ですし」

 ポン子の言うとおりだった。

 ごもっともです。おれはただ頷くしかなかった。

「それに一平さんは恋愛経験豊富そうですから、結婚したら浮気とかで泣かされそうですし・・・・・・」

「――浮気なんかするわけなじゃないですか!」

 おれは情けない声で訴えた。

「言葉だけじゃ説得力ないですよ。信じて貰いたかったら、行動でしめしてください」

「行動で?」

 〝まさかもう一回キスしろとか〟

 それなら何度でも、証明しますよおれは。

 おれの鼻息は荒くなった。

「冬のマラソン大会で、一位とってください。わたしも併走しますから」

「――一位とれなかったら?」

「取れなかったら、一位取れるまで返事はお預けです」

「そんな――」

 生殺しもいいところだった。

「そんな顔しないでください。一位取れるまでの間、ずっとわたしが隣で走りますから」

 秋月は甘くかすれた声で、付け足した。 

 これはひょっとしたら、連チャンサインか?

「ポン子――」

おれはもう一度、ラブシーンを演じようとした。

 その時――。

「――熱いね、チャンピオン」

 酒焼けしただみ声が割って入る。

 〝――この声は!?〟

「野崎さん!?」

 ポン子が驚きの声をあげる。

「声を失った歌姫、失明した元ボクサーとラブロマンス。馬鹿な大衆が食い付きそうなお涙頂戴だ」

 ――最高だよ。野崎はパチパチと手を叩いた。

「これなら金が稼げる。告白本だけじゃない、上手くやればドラマ、いや映画もいける。偽善者相手のバラエティーもいいな。もう少し、品が良いのいいのがお望みなら、講演でもして、文化人でも気取ればいい。一本三〇万はかたいよ」

 野崎の声がどんどん近くなってきた。

 野崎は、おれ達にむかって近づいてきてるのだ。

「野崎、やめろ!」

 こんな金蠅野郎に、おれ達の人生を計られたくなかった。

「何を怒っているんだ、チャンピオン。喜べよ。失明したボクサーと、声を失った歌姫が金を稼げるだ。もう一度、スポットライトを浴びれるだぞ。そのチャンスを呉れてやろうとするおれに、何を怒鳴ってるんだ? えっ、チャンピオン? まさかあんた頑張れば目が見えるようになると思っているのかい? 頑張ればもう一度、歌えると思ってる――」

 野崎は最後まで喋ることが出来なかった。

 おれは、近づいてくる野崎に向かってパンチを放ったからだ。

 おれの拳は、野崎の鼻先に触れていた。

 野崎の鼻の感触はすぐに消えた。野崎が驚いて、尻餅をついたからだ。

「――野崎さん」

 ポン子の声がした。

 〝ビンタでもするのか?〟

 おれは、ポン子が何をするのか見当もつかなかった。

「――八・二だったら考えますよ。もちろん、八がわたし達で、二は野崎さんです」

 ポン子はすました声で言った。

 野崎は、へっ、と情けない声を出した。

 さすがの野崎も、ポン子のこの問いは予想外だったようだ。

「本の内容と出版する時期はわたし達が決めます。それで良ければ、契約の方前向きに考えてもいいですよ」

「――わかった。それでいい」

 野崎は答えた。

「じゃあ、後で事務所を交えて話しましょう。後、これはお願いなんですけど、野崎さんの力で、しばらく他のマスコミにこの事が漏れないようにして欲しいです。たかる蠅は、野崎さん一人で十分ですから。野崎さんだって、独り占めしたいでしょう?」

「わかった。おれも金蠅と呼ばれた男だ。金になるクソは独り占めしたい」

 野崎の声は、落ち着きを取り戻していた。

「じゃあ、決まりです」

 秋月の声には笑みがあった。

「あんたはチャンピオンと違って、冷静だな」

「野崎さん。わたしはまだ歌うことを諦めてません。だから利用できるものは何でも利用することにしました」

「――そうか。じゃあおれも奇跡のカムバック物語を書けるよう祈っているよ。そっちのほうが儲かるしな」

 ――じゃあな、チャンピオン。お邪魔虫は去るよ。野崎は灯台を降りていった。

 しばらくして、ポン子が口を開いた。

「なんか勝手に話を進めてご免なさい。一平さんが嫌でしたら、この話断ります」

「いやいいよ、おれは。なんか、ポン子ちゃんの話を聞いてたら変に拘ってる自分が馬鹿らしくなった」

 ――あんたの踏み台になれるのなら、おれはいつだって喜んで踏まれるよ。

「よかった。賛成してくれて。わたしも、灯台に上る前だったら、あんな話ぜったい受けなかったんですけど・・・・・・。

 でも灯台に昇って一平さんに告白したら、どんなことをしてでも歌手に戻ってやるぞ、て気になって。それなら告白本もありかな、と思ったんです。ちょっとやり方があざといですかね」

 ポン子は苦笑いした。

「仕方がないさ。人間、綺麗なだけじゃ生きていけない。時には足を踏む必要もあるさ」

 おれは一言付け足した。

「ただしおれみたいに負けるなよ。反則した以上、死んでも勝てよ」

「これでもわたしKO勝ち狙ってます」

 おれ達は二人して笑った後、灯台を降りた。

 ポン子はおれの手を握りしめながら、ゆっくりと螺旋階段を下りていく。

 〝ロッキーにデカイ借りができたな〟

 あいつのおかげで、この手がある。今のこの状況がある。帰ったら、ステーキでも奢ってやるか。

 そんなことを思いながら、おれは外に出た。

「――あのう」

 ポン子は困ったような声を出した。

「どうかしたんですか?」

「ロッキーが、そのう―― 鉄棒と・・・・・・喧嘩しているんですけど・・・・・・」

 秋月の声色からして、喧嘩じゃないことだけはわかった。

「死ね、駄犬!」

 おれは、駄犬を怒鳴りつけた。

 駄犬を鉄棒から引き離した後、ポン子は家まで送ってくれた。

 おれは家に帰るまでの間、ポン子とマラソンの話をした。

 ポン子と話せば話すほど、マラソンに対する闘志がわいてきた。

 〝マラソンで決めて、ポン子と一発決めてやる〟

「現役時代腐るほど走りましたからね、絶対に勝ちますよ、おれは」

 ポン子に勝利を誓うところで、残念なことに家の前に到着してしまった。

 もっと帰り道が長ければいいのに。

 おれはそう思った瞬間、重要なことに気づいた。

 〝親父たちがいたらどうしよう〟

 数馬はともかく、親父はマズイ。マズすぎる。

 今になってようやく事態のまずさに気づいたが、すでに遅い。

 ポン子がピンポンを鳴らすと、ドタドタを廊下が走る音が聞こえてきた。玄関の扉が乱暴に開く。

「おっ、帰ってきたな。この恩知らず野郎が!」

 親父は怒鳴り声を上げた後、下品な笑い声をあげた。

「何が恩知らずなんだよ!」

 脊髄反射で、おれは怒鳴り返した。

「テメーに決まってるだろうが、この恩知らず野郎め! おれっちと言う優秀なセコンドがいるというのに。なにが、おれはリングで一人で戦ってきた、だよ! 恩知らずにも程があるぞ、このミソカスが!」

「アン!? 何わけのわからないこと叫んでる・・・・・・」

 おれはそこではあることに気づいた。

「なんでテメーが・・・・・・、知っているだよ!?」

 その台詞は、今朝おれが朝の国道で叫んだ台詞だった。

「知っているに決まってるだろう。おれっちは妖精なんだから」

 まさか――

「兄貴、悪い。後つけてたわ、おれ達」

 親父の肩の後ろあたりから、数馬の声が聞こえてきた。

 〝えっ〟

「――後をつけてたって、いつから?」

 それだけ言うのがやっとだった。

「家の前で、兄貴がロッキーに頼み込んでるあたりからかな」

 数馬は平然と答えた。

 それってほぼ最初からじゃねーか。

「安心しろよ、兄貴。ポン子さんと一緒になった後は、後付けてないから」

「安心できねーよ! てか、ポン子ちゃんは知ってたの?」

「ええ。一平さんの後ろに、救急箱をもった数馬君とお父さんがいたから」

 あの時一瞬笑ったのは、おれの背中の後ろに親父がいたからか。

「じゃあ、あの包帯は親父達の・・・・・・ 妖精とはこいつら?」

 はい。ポン子は頷いた。

「なんで言ってくれなかっただよ!」

「一平さんにバラしたら、グデグデになって、灯台どころの話じゃなくなるじゃないですか。だからわたしは呪文を唱えて、妖精さんに帰ってもらったんですよ。それとも一平さんは、わたしと灯台行きたくはなかったんですか? わたしの知らない綺麗な方と二人きりで灯台に行きたかったんですか?」

 おれは、小声で「いえ、そんなことありません」としか言えなかった。

「姉ちゃん、心配するなよ。この馬鹿は素人童――」

 おれは余計なこといいそうな親父の腹にむかって、拳を放りこんだ。

「おめぇ・・・・・・」

 親父の声はずいぶん低い位置から聞こえてきた。

 くの字になっているのだ、この親父。

「人の恋路を覗いた罰だ」

 ざま見ろってんだ。

「兄貴。おれ、親父の買い物に付き合うから、家で留守番しててくれよ」

「買い物って、おれはどうするだよ?」

 弟がいなければ、目の見えないおれはなにもできない。

「ポン子さん。今日だけ、うちの兄貴お願いしてもいいですか?」

 ポン子は甘く掠れた声で、わかりました、と呟いた。

「兄貴、うまくやれよ」

 お節介な弟は兄の耳元で囁くと、親父を連れてどこかへ行ってしまった。

 

読んでくださった方、ありがとう御座います。

できれば、第一部を読んだ感想などをお書きになってくださると

嬉しいです。

第二部は主人公変わります。作者の構成力不足で、話もちと長いです。

お暇でしたら、読んでやってください。

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