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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第三部 花の匂い
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蘇生


 しわしわな感触。

 それに温もり。

 それは花子お婆ちゃんに頭を撫でて貰ったときの記憶を思い出させた。

〝──花子お婆ちゃんの膝の上??〟

 目を瞑ってるせいで、状況がよくわからない。

 僕はゆっくりと瞼を開いていく。

 ──世界は光で溢れていた。

「ポン! あんた目が覚めたの!?」

「──ミミちゃん? あれ花子お婆ちゃんは?」

「なにぼけてるのよ。私は花子お婆ちゃんじゃなくて、ミミよミミよ」

「でもシワシワで暖かい感触が・・・・・・」

「たしかにシワシワだし暖かいけど、それ全然違うから。あんたがよりかかってる下品な物体をよく見てみなさいよ」

 ミミちゃんはさも嫌そうな声で言った。僕は自分がもたれ掛かってる物体に目を向けた。

 厳左右衛門様の巨大な金玉であった。

 厳左右衛門様の巨大な金玉は、文字通り光り輝いていた。

「――そうだ。あれからどうなったの」

 直人さんが来てくれたところまでは覚えている。しかしその後は気を失ってしまった。

「わたしも途中で気を失っちゃったからよくは知らないけど、金髪の色男が三森をやっつけてくれたのよ。でもみんなボロボロだったでしょう。金髪の色男もボウガンで撃たれちゃってたし」

「えっ、直人さんボウガンで撃たれて大丈夫だったの」

「お腹のところにまな板仕込んでいたから、死なないですんだけど、結構血は出ていた。それでもアンタよりマシな状態だった。あの加藤とかいう女の人なんてほとんど死にかけていたしね」

「加藤さんは? 加藤さんは無事だったの」

「アレのおかげでピンピンしているわよ」

 ミミちゃんは厳左右衛門さまのアレを指さした。

 厳左右衛門様のアレは弱々しいながらも光を放っていた。

「厳左右衛門様が治してくれたの?」

「そうみたい。金髪の色男が言うには、灯台を出たときに厳左右衛門様のアレが光り出したから、もしかしたらと思って、私達をアレの前に置いてみたんだって。そしたらご覧のとおり、傷が治っていたから、病院にはいかずにアレに全部治してもらったのよ」

 ――しかしアレが光ったからって、普通傷を治すと思う?

 ミミちゃんは呆れながら言った。

「ということは加藤さんも直人さんも無事なの?」

「全員無事よ」

「加藤さんは傷跡とか残ってない1?」

「綺麗さっぱりなくなっているわよ」

「──よかった」

 加藤さんは女性だから傷跡が残ったら、可哀想だけではすまなかった。

 僕は厳左右衛門様のありがたい金玉から下りると、灯台の守り神に手を合わせた。

「みんなを助けてくれてありがとう御座います」

「私もお礼をいわせてもらうわ。厳左右衛門様、私の傷を治してくれてありがとう。ついでにこの馬鹿犬の頭も治してください」

「馬鹿犬って酷いなミミちゃん・・・・・・」

 僕はそこまで言ってようやくミミちゃんが泣いてることに気づいた。

「どうして泣いてるの、ミミちゃん?」

「あんたが馬鹿だからよ。馬鹿で馬鹿すぎて、人のことばかり構って。あげくのはてに死にかけて・・・・・・。少しは自分のこと考えなさいよ! アンタが死んだら花子お婆ちゃんも悲しむでしょう。

私だって悲しい――」

 ミミちゃんは絶句し、涙が溢れた。

「泣かないでミミちゃん」

 僕はミミちゃんの涙をペロペロする。

「犬って、舐めればすむと思っている。本当に馬鹿なんだから・・・・・・」

 ミミちゃんは文句を言うも、でも抗うことはなかった。

「おっ、ポンも目が覚めたか」

 後ろから直人さんの声がした。二匹して振り返ると、上半身裸の直人さんが立っていた。

 直人さんの手は泥で汚れていた。直人さんは泥で汚れた手で、ミミちゃんの首を掴んだ。

 ミミちゃんのことだから嫌がるんじゃないかと思ったけど、大人しくしていた。

「お前の仲間達は埋めてきてやったから安心しろよ」

 ──あの時ぶら下げられてた猫と犬のことか。

 僕は灯台の方に顔を向けた。

 灯台は朝日を浴びて、光り輝いていた。闇はもうどこにもなかった。

 〝助けられなくてごめんね、みんな〟

 大切な人しか助けることは出来なかった。

 僕にもっと力があれば、僕が花子お婆ちゃんのような人だったら、

助けることが出来たのかも知れない。僕はあの灯台で殺された名も知らぬ犬猫達のために祈りを捧げた。

 顔を戻すと、ミミちゃんはまだ直人さんに抱っこされたまんまだった。

 ──それにしても、ミミちゃん嬉しそうだな。

 ミミちゃんは直人さんに頭を撫でられるたびに、喉を鳴らして喜びの鳴き声をあげた。

 〝いつもはムスッとしてるくせに〟

 僕は面白くなかった。直人さんがミミちゃんの頭を撫でてると、灯台の入り口から加藤さんが出てきた。

 加藤さんは破れた服のかわりに直人さんのTシャツを着ていた。

「舞島。掃除の方は終わったわよ」

「おおご苦労さん。こっちも墓作ってきたよ」

「──可哀想なことしたわね」

「ああ」直人さんは悲しそうに目を伏せると「とりあえず厳左右衛門様に礼を言っておくか」

 直人さんは厳左右衛門様の大切な所に一礼すると、手を合わせた。

 加藤さんも同じく手を合わせた。

 厳左右衛門様の金玉にヒビが走る。ヒビの隙間から強い光が漏れる。

「なにこれ舞島!?」加藤さんはビックリして直人さんの腕に抱きついた。

「金玉カーニバルじゃねーのか!?」

「なんでこんなものでお祭りしなきゃいけないのよ!」

「いや、神社とかでも大切なところを祭ってるところがあるじゃねーか。それだろう」

「たとえそうだったとしても、金玉にヒビが入ったりしないわよ!」

 二人して言い合ってると、金玉の表面が完全に割れた。

 中から小さな赤玉が現れたかと思うと、地面におちた。

「まさか打ち止めなの!」

 後ろで叫び声がした。みんなして振り返ると、珍しく巫女装束に身を固めた狸子ちゃんと大勢の狸達がいた。

「──やっぱ金玉カーニバルか」直人さんは巫女装束の狸子ちゃんと大勢の狸たちを見ながら呟いた。

「それはないから」加藤さんは狸の群れを唖然とした顔で眺めつつも、ツッコミを入れるのを忘れることはなかった。

 狸子ちゃんは泣きながら赤玉に抱きついた。

「何があったのか知らないけど、私がいないあいだにナニ無茶してんのよ」

「──どういうこと狸子ちゃん」僕は不安になる。

 厳左右衛門様に何かあったら、花子お婆ちゃんの記憶は戻らない。

「赤玉が出るってことは、神様パワーを使い果たした状態なのよ」

「じゃあ。もう神様パワーを使って、花子お婆ちゃんを治すことは?」

「無理ね」

 狸子ちゃんは肩を落とした。

「そんな・・・・・・」

 僕はその場でへたり込む。

「ちょっと、なにあんたへたり込んでるのよ。神様の力が使えなくても、私とアンタで力を合わせれば花子お婆ちゃんの居場所ぐらい探せるわよ。花子お婆ちゃんだって、アンタと会えば何か思い出すかもしれないでしょう!」

 ミミちゃんは、へたり込む僕を叱咤する。

「──そうだね。ミミちゃんの言う通りだ。僕が諦めてしまったら、花子お婆ちゃんには二度と会えない」

「私も協力するわ、ポン君。だから気を落とさないでね」

「ありがとう、狸子ちゃん」僕は頭をさげた。

「──なにワンワン言っているんだ、狸子?」それまで黙って僕達を見ていた直人さんが質問した。

「えっ、舞島先輩! それに加藤先輩」

 狸子ちゃんは知り合いのようだった。それにしても狸子ちゃんは顔が真っ赤である。

「おうひさしぶりだな。ところでお前なんで巫女の格好してんだよ」

「――実はわたしは厳左右衛門様の巫女なんです」

「おお、そうだったのか。通りで犬と話せるはずだ」直人さんは人間の常識では考えられないことを、巫女という一言だけであっさりと納得してしまった。

「舞島、あっさり納得しすぎよ」加藤さんも僕と同じ事を思っていた。

「細かいことはいいじゃねーか。喋れないより喋れるほうがいいだから。しかしちょうどよかった。狸子、厳左右衛門様の巫女なら、おれと加藤が礼を言ってた伝えておいてくれよ」

「えっ、厳左右衛門様にお礼って。何があったんですか、舞島先輩?」

 直人さんは簡単に事情を説明した。

「──そのう三森っていう人、いないですよね」

 狸子ちゃんは不安そうに辺りを見回した。

「大丈夫だ。いつの間にかいなくなっていた。どっかいっちまっただろうよ」

 直人さんの声にはどこか悔恨の色があった。

「――おれがもうちっと利口だったら、こいつではなく」

 直人さんは拳を作った。

「ほかのやり方で加藤を助けることが出来たかもしれない。それにおれがもうちょい人間が出来ていたら、三森の馬鹿をあそこまで追い詰めなかったかもしれない」

「──舞島、変わったわね」加藤さんは驚いた。

「馬鹿でもいろいろ経験すりゃあ変わるさ」

「──パパ見てみて、ポンがいる!」

 国道沿いの林の方から甲高い女の子の声がした。

 林の方に顔を向けると、芽依ちゃんがこちらにむかって駈けてくる。

 もちろん芽依ちゃん一人だけではなく、芽依ちゃんの後ろにはパパもいる。ママもいた。

 三人は笑いながら、僕達に方に近づいてくる。

「ポン!」

 芽依ちゃんは僕に抱きついた。僕は芽依ちゃんのくったくない明るさに少し辟易しながらも、同時に救われたような気がした。

 〝今はあまり花子お婆ちゃんのことは考えたくなかった〟

「あれこんなところへ何しに来たんですか、秋子さん?」

「舞島君達こそなにやってるの、こんなところで?」

「いや、おれはそのなんというか――」

「ひょっとしてデート?」

 秋子さんは加藤さんの方をみながら、ニヤニヤと笑う。

「この前の子と違うけど、舞島君ハンサムだからってあんまり女の子に手を出しちゃダメよ」

「なにへんな誤解してるんですか、秋子さん。こいつは――」

「舞島、だれこの前の女の子って?」

 加藤さんはジっと目で、直人さんを睨んだ。

「恵だよ、恵。お前と恵。それに朱美もいるだろう。三人もの女に包囲されてるのに、ほかの女にちょっかいだす余裕なんてねーよ」

「どうだか――」

 加藤さんはふくれ面のまんま、直人さんから顔をそむけた。

 秋子さんと国近さんはそれを見て笑い出す。

「モテモテみたいね、舞島君」

「だからからかわないでくださいよ、秋子さん。加藤はすぐふて腐れるんですから。それはそうと何しに来たんですか、秋子さん達は?」

「取材だよ、取材」

 秋子さんではなく、国近さんが答えた。

「取材って、このボロ灯台を?」

「ああ。今度この灯台を題材にした小説を書こうと思ってな。その取材に来たんだよ」

「取材って、こんなボロ灯台。取材するようなもんあるんですか?」

「取材するもんがなくたっていいだよ、別に。その場の雰囲気を掴むのも、小説を書くときに参考になるんだ」

「――取材なんてたんなる言い訳よ。小説を書くのがいやんなって、逃げ出してるだけだから。国近さんの場合は特にね」

 秋子さんは旦那さんをからかった。国近さんはバツが悪そうな顔で、髪をボリボリとかいた。

「そんなことだろうと思ったよ」

 舞島さんが笑ったとき、そよ風が吹いた。

 そよ風には、懐かしい匂いが。

 絶対に忘れられない匂いが。

 混じっていた。


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