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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第三部 花の匂い
46/52

HERO


 蕾のままの向日葵は夜風に吹かれ揺れていた。

 僕は向日葵の根元で震えていた。

 〝灯台のなかでいったい何が行われているというんだ?〟

 灯台の入り口は、夜の闇と恐怖によって黒く塗り潰されていた。

 闇に阻まれているせいで、灯台の中を覗うことは出来なかった。

 しかし闇の向こうからは。

 ありとあらゆる禍々しい気配と、あの匂いが。

 ダンボールの世界を満たしていたあの匂いが漏れていた。

「――あそこはもう僕の知っている灯台じゃない」

 花子お婆ちゃんが愛した灯台は闇に飲まれてしまった。

 あの闇の向こうは、もう僕の家じゃない。僕を閉じ込めていたあの暗いダンボールの世界と同じ地獄だ。

 お婆ちゃんが愛していた灯台が汚されてしまった怒りと、それをはるかに上回る恐怖で、僕は気持ち悪くなって吐いてしまった。

 〝しっかりしろ僕〟

 あの闇の向こうには、ミミちゃんが捕まっているんだ。

 ミミちゃんを助けることが出来るのは、僕しかいないんだぞ。

 僕はありったけの勇気を振り絞って、闇に飲み込まれてしまった灯台に忍び寄った。

 灯台の入り口を閉ざす闇に近づくにつれ、血の臭いが強くなり、その生臭い臭いに混じって、睡蓮の匂いが漂ってきた。

 〝間違いない。ミミちゃんはあの灯台のなかにいる〟

 僕が確信したその時、灯台の闇の中から暴走族が飛び出してきた。

「付き合い切れねえよ。あいつは気が狂っている!」

 男はよほど怯えているのか、僕に見向きもせず、国道の方にむかって逃げていった。

 〝暴走族の男をあれほど怯えさせるなんて〟

 灯台の中はどうなっているんだ?

 もはや一刻も猶予もゆるさない。

 僕は灯台の中に忍び混んだ。

 灯台の中は暗く、血の臭いと死の匂いが充満していた。

 ミミちゃんはどこだ?

 三森はどこだ?

 僕が辺りを見回そうとした時、頭の上に生暖かな何かが垂れてきた。

 何事かとおもって見上げると、螺旋階段にはナニカが吊されていた。

 暗くてよくわからない。それでもジッと見つめていると、目が暗闇に慣れてきた。

 螺旋階段にぶら下がってるナニカは、腹を引き裂かれた子猫や子犬の死体だった。

 切り裂かれた腹から、臓物が垂れていた。

 自らの重みに耐えられなくなった臓物の一部が、僕の目の前に落ちてきた。

 臓物は床に接触した瞬間グチャグチャに潰れた。

 肉片と血が飛び散り、僕の顔を汚した。

「あっ、あああ」

 あまりの恐怖で考えることも、悲鳴をあげることさえ出来なかった。

 僕が恐怖でガタガタと震えていると、螺旋階段に光が灯った。

 僕は反射的に顔をあげた。

「――なんだアレは?」

 螺旋階段には懐中電灯を持った怪物が立っていた。

 怪物の顔は獣のように毛むくじゃらだった。怪物は人間のようにズボンを吐いていたが、上半身は剥き出しだった。剥き出しの上半身には、禍々しい赤い紋様が描かれていた。

 あまりの異常な事態に、僕は恐怖を覚える前には現実感を失ってしまった。

 僕はただ呆然と毛むくじゃらな怪物を見上げていた。

 誰でもいい。たとえ三森であってもいい。

 僕は誰かに会いたかった。

 地獄の化け物以外の何かに会いたかった。会って、ここが現実の世界だとということを実感したかった。

 毛むくじゃらの怪物は、僕に気づくことなく、螺旋階段に置いてある袋を漁った。

 毛むくじゃらな怪物は、袋の中から一匹の猫を取り出した。

 ミミちゃんだった。

「ミミちゃん!」僕は吠えた。

「誰だ! おれの儀式の邪魔をするヤツは!」

 三森の声だった。

 あの怪物は三森なのか。

〝怪物の正体なんて何だっていい!〟

 今は一刻も早く、ミミちゃんを助けないと。

 僕は床を蹴った。僕がいた場所にボルトが突き刺さった。

 クロスボウのボルト。間違いない。あの怪物は三森だ。

「クソ犬、お前か! お前も殺してやる。お前も殺して、その血と皮を取ってやる!」

「三森! ミミちゃんを離せ!」

 僕は螺旋階段を駆け上がりながら怒鳴った。

 三森はクロスボウをすて、ナイフを構えて、僕を待ち構えていた。

 もう片手には気絶しているミミちゃんをぶら下げていた。

 〝早くミミちゃんを助けたいけど、まず先にナイフを何とかしないと〟

 ミミちゃんの持つ手を噛んだら、ナイフで刺されてしまう。

 僕はナイフを振りかざす三森の股をくぐり抜けた。

「逃げるな、クソ犬!」

「逃げるもんか!」僕は後ろから三森の足に噛みついた。

 三森は獣のような悲鳴をあげながら倒れた。

「ポン!」ミミちゃんが絶叫をあげた。

 倒れた衝撃で、気絶から目が醒めたのだ。

「――子犬や子猫たちは。殺されるの? 私も皮を剥がされて殺されるの?」

 ミミちゃんは泣き喚いた。

 〝ミミちゃんは恐怖のあまり混乱しているんだ。

「ミミちゃん、大丈夫だよ。僕が守る。僕が絶対君を守るから!」

「ポンいるの! ポンどこにいるの!」

「クソ犬ブチ殺す!」

 三森は血まみれのナイフを振り上げた。

 三森の影に隠れていたミミちゃんの姿が見えた。僕は噛むのを止め、ミミちゃん目がけて飛んだ。

「ミミちゃん飛べ!」

 ミミちゃんは僕の意図を察して、螺旋階段の鉄柵の隙間から飛び降りた。僕は体が大きいので、ミミちゃんのような芸当は出来ない。

 僕はこの場から逃れるため、螺旋階段を駆け下りようとした。

 三森が僕の尻尾を掴んだ。

「逃さねえぞ、クソ犬。お前はおれが生まれ変わるための生け贄なんだからな」

 三森は血走った凄い目で、僕を睨んだ。

 三森の毛むくじゃらな顔がズレていた。

 〝マスクか。死体の皮を剥いで作ったマスクを被っているのか〟

 三森を間近に見ることによって、ようやく気づいた。

 三森が死体の皮から剥いで作った毛むくじゃらな仮面は、禍々しく、そして粗末だった。

 三森は僕の尻尾を引っ張り、ナイフで刺そうとした。

 僕は身をくねらせて、何とかナイフを避けた。

「避けんじゃねぇ!」

 三森は激高し、僕の足を掴んだかと思うと、螺旋階段の外に放り投げた。

 〝受け身をとらなきゃ〟

 僕はなんとか受け身を取ろうとしたが、僕は所詮犬だ。

 身軽な猫のようにはいかなかった。僕は血まみれの床に叩きつけられた。

 痛みと衝撃のあまり呼吸ができない。

 〝誰か座っている〟

 僕は痛みに喘ぎながら、灯台の暗がりに誰かが座っていることに気づいた。

 ボロボロの女の人だった。

 〝この人は誰だ?〟

 酷く殴られているせいで、元の顔がわからないほど女の人の顔は腫れ上がっていた。

「・・・・・・もしかして加藤さん」

 そうだ間違いない。花火大会の時にきていた女の人。直人さんの友達だ。

 そういえば三森は直人さんのことを酷く恨んでいた。

 人質にするために掠ってきたのか?

「ポン、大丈夫!」

 ミミちゃんは床に倒れている僕に駆け寄ってきた。

「僕はなんとか大丈夫だよ。ミミちゃんの方は」

「私も傷だらけだけど、体はうごけるわ。それよりアンタ早く逃げましょう?」

「――ごめんミミちゃん。僕一緒に逃げられないよ」

「どうしてよ、まさか足でも挫いたの?」

「違う。加藤さんを置いて逃げられないよ」

「えっ、加藤さんって?」

 ミミちゃんは僕の視線の先に、顔をむけた。

「女の人の悲鳴が聞こえたような気がしたけど、夢じゃなかったんだ」ミミちゃんはぽつりと呟いた後「まさか、あの女の人を助けるために残るつもり?」

「うん。僕がいなくなったら、三森は加藤さんを殺すかもしれない。僕はもう誰も灯台で死んで欲しくないんだ」

「私はアンタ以外の誰が死んだっていいと思っている。だから逃げよう、ポン」

 ミミちゃんは泣きながら訴えた。

「ミミちゃん、ゴメン」僕は静に首を横に振った。

「馬鹿馬鹿馬鹿、お人好しの馬鹿犬!」

 ミミちゃんは泣き崩れた。

「クソ犬、クソ猫、おれを恐れろ! おれに怯えろ! おれは恐怖だ。おれは恐怖なんだぞ!」

 三森は喚きながら、階段を降りてくる。

 ミミちゃんは三森の声を聞くと震えた。

「ミミちゃん、三森が来る前に早く逃げて」

「アンタ馬鹿よ。大馬鹿野郎よ」

 ミミちゃんはそう言うと、泣きながら外にむかって駆けていった。

 僕は一人になると、灯台の暗がりに隠れた。

 〝三森は狂っているのかも知れない。でも人間だ。暗闇を見通す事は出来ない〟

 三森はナイフを構えたまま、下に降りてきた。

「逃げやがったか、クソ犬どもめっ。まあいい。加藤の皮を剥いでやる」

 三森はゆっくりと加藤さんに近づいていった。

「舞島――」

 加藤さんは譫言のように直人さんの名を呟いた。

「まだ生きていたのかよ、加藤。今日はラッキーだぜ。生きながらお前の皮を剥ぐことができるんだからな」

 三森はそう言いながら、加藤さんを縛っている縄をナイフで切った。

「これで解体しやすくなった。加藤、お前の皮を剥いだあと、その汚え体をバラバラにしてやるよ」

 三森はナイフの刃を加藤さんの顔に当てようとした。

 僕は暗がりから飛びかかり、ナイフを持つ三森の手を思い切り噛んだ。

「クソ犬! テメー逃げ出してなかったのかよ」

 僕は答える代わりに、より強く三森の手首を噛んだ。

「痛えだよ、クソ犬が!」

 三森は怒鳴りながら、僕を壁に叩きつけた。

 壁に叩きつけられた瞬間、痛みと衝撃のあまり気が遠くなった。

 それでも何とか三森の手首を噛み続けた。

 三森の手首から大量の血が零れた。

「いいだろう。ずっとおれの手を噛んでろよ」

 三森は再び僕を壁に叩きつけた。

 僕はほとんど気を失いかけていた。

「トドメだ、クソ犬」

 三森は手を思い切り振りかぶり、最大限の力を込めて僕を壁に叩きつけようとした。

 〝死ぬな〟

 花子お婆ちゃんに死ぬ前に一度だけでいいから会いたかった。

 ミミちゃんに死ぬ前に一度だけでいいから会いたかった。

 でもそれはもう叶わない。

 僕はもう死ぬのだから。

「死なないでポン!」

 聞き慣れた声。

 まさか――

「――ミミちゃん!?」

 僕が叫ぶのと、ほぼ同時にミミちゃんは三森の足首を噛んだ。

 三森はミミちゃんを振り解こうと、足をばたつかせた。

 僕はミミちゃんを援護するため、三森の手首を噛みながら首を振った。

「痛え! テメークソ犬、おれを舐めやがって。だがそれももう終わりだ」

 三森は腰にぶら下げている筒からボルトを取り出した。

「死ね!」

 三森はボルトを僕の背中に突き刺した。

 背中からはドクドク血が流れ、僕は自分の作った血溜まりのなかに倒れた。

 もう体のどこにも力など残ってはいなかった。


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