Bird Cage
「誰もこねーじゃねえかよ!」
灯台に集まるはずだったメンバーは誰一人こなかった。
いくら人質がいるとはいえ、相手はあの舞島だぞ?
舞島を殺すには、人質も人数も必要だった。
「クソっ、なんでこねーだよ! 高田もう一回電話しろ!」
おれは灯台の入り口を見張っていた高田に命じた。
「もう何度も連絡しましたよ」高田はふて腐れた声で言った。
「高田、テメェ! おれに逆らうじゃねえ!」
おれは高田を殴った。高田は倒れた。おれは倒れた高田の腹を蹴りまくる。
「おれに逆らうじゃねえ。おれは恐怖なんだぞ。おれは誰もが恐れる恐怖なんだぞ」
弱者はただ怯えて従えば良い。
おれのように。むかしの僕のように。
おれは満身の怒りを込めて、高田の腹を蹴った。高田は口から血を吐いた。
「――もう一回電話しますから勘弁してください」高田は泣きを入れた。高田の目にはおれに対する怯えがあった。
おれは高田の態度に満足を覚え、蹴るのを止めた。
〝そうだ。おれを見て怯えろ〟
恐怖の前に膝を折れ。恐怖に許しを請え。
おれは恐怖であらねばならない。おれが恐怖でなくなったら、おれは怯える側になってしまう。
いやだ。
もういやだ。
怯えるのは厭だ。
殴られるのは厭だ。
舞島を殺さなきゃ。舞島を殺さなきゃ、おれは怯える側の人間になってしまう。
しかし舞島を殺せるのか? あいつはほとんど一人で生首のメンバーを潰した男だ。真面に闘っては勝てない。
だから人数を集め、ボウガンまで用意した。
それに人質まで掠ってきたのだ。
おれは加藤に顔をむけた。
加藤はロープで縛られ、顔も痣だらけだったが、その目に怯えがなかった。
むかつく。
何故怯えない。
おれは恐怖なんだぞ。
おれはお前を犯して殺すかもしれない男なんだぞ。
凶暴な衝動が込み上げてきた。おれは衝動が命じるまま加藤を殴った。加藤は悲鳴を上げたが、その目に恐怖が宿ることはなかった。
加藤の目には強い怒りと、そして微かな憐憫があった。
「加藤、てめぇ! そんな目でおれを見るんじゃねえ! 舞島が来ると思って安心してんのか!あいつならこねえよ!」
おれは心にもないことを叫んだ。
あいつは来る。おれをブチのめしに。テメーの女を取り戻すためにやってくる。
あいつはそういう男だ。だからおれは加藤を人質に取ったのだ。
「舞島は絶対来る! あんたの手下は来なかったけど、舞島は絶対にわたしを助けにやってくる」
「クソアマ、調子に乗ってんじゃねーぞ!」
おれは加藤を殴った。加藤は歯を食いしばって悲鳴を堪えた。
「泣けよ! わめけよ! 女らしく可愛げあるところを見せたら、ご褒美をくれてやるぞ」
おれはベルトに手をかけた。この生意気な女にチンポを突っ込んで黙らせてやりたかった。怯えさせてやりたかった。おれにケジラミを移したクソ女のように、屈服させてやりたかった。
おれが加藤に跨がろうとしたその時、女はおれの顔に唾を吐いた。
「たとえ乱暴されたとしても、わたしはアンタのようなケジラミ野郎なんかに絶対屈服しない。それにあんたは恐怖なんかじゃない。震えて怯えているただの餓鬼よ!」
「テメー! クソアマ!」
おれは怒りのあまり狂った。
おれは震えてなんかいない。
おれは怯えてなんかいない。
おれは恐怖だ。
おれは恐怖なんだ。
気づいた時には加藤の顔はアンパンマンのように膨らんでいた。
拳を見ると、加藤の折れた歯が突き刺さっていた。
「殴っている最中おれを噛みやがったな、クソアマめっ!」
おれは加藤の顔めがけて唾を吐いた。
なんの反応もなかった。
死んだか。
「――おい高田。電話したのかよ」
激情が去ったせいか、おれの声は冷たく落ち着いていた。
「――すいません。誰も出ません」
高田の声には、おれに対する混じりけのない恐怖がこもっていた。
そうだそれでいい。
おれは恐怖だ。
でもまだ足りない。
おそらく生首の連中を潰したのは榊原誠次だ。
生け贄に捧げたギリ野も、おそらく殺されている。
加藤を殺した今、遅かれ早かれ警察も動き出すだろう。
そして舞島も、おれをぶっ殺しにやってくる。
世界中のすべてが敵に回ったみたいだ。
「――いいだろう」
世界が敵に回るのなら、おれは世界中の人間を殺してやる。
世界中の人間を怯えさせてやる。
そのためには、おれは生まれ変わらないといけない。
もっと大きな恐怖へと生まれ変わらないといけない。
幸いにも、この灯台の部屋は夜の闇が充満していた。
ここはズタ袋の中だ。
暗闇で充ち満ちている。あとは生け贄を捧げれば、おれはまた生まれ変わることができる。
灯台の壁には袋がおいてあった。
袋の中には捕まえておいた生け贄が入っていることを思い出した。