終末のコンフィデンスソング 改稿
遠くから聞こえる車の走る音。川のせせらぎ。
そしておれの心臓音。
──まいったな。おれドキドキしているよ。このシチュエーションに。
目線を一つ下にさげると、ダッコちゃん人形のようにおれの腕にしがみついている恵の姿が見えた。
恵はすぐにおれの視線に気づいた。
おれは視線を夜空に逃がした。
星が綺麗だった。
「――直人さんなんで目を逸らすんですか! 見るんなら見るでちゃんと私の顔を見てください」
恵が喚く。仕方なく恵を見ると、恵はリスのように頬を膨らませ怒っていた。
不覚にも少し可愛いと思ってしまった。
「直人さん。あれでしょう。面倒くさい展開になっちゃったなとか思ってるんでしょう、どうせ」
正解。
「──いや思ってないけど。でももうそろそろ家につくんだから、腕組むのは見られたら恥ずかしいから、もうやめようぜ」
「なに言ってるんですか。約束したじゃないですか、テトリスに勝ったらなんでも言うこと聞くって。直人さんは平気で人の約束を破る人なんですか?」
「いやほら加藤に見られたらややっこしい事になるだろう」
「いいんです。ややっこしい事になっても。今だってどこかの誰かさんのせいで、十分にややっこしい事態になっているんですから! だいたい直人さんは誰を選ぶつもりですか!」
「・・・・・・いや、それはこの前いったろう。高校卒業するまでに答えを出すって」
「途中経過ぐらい教えてくれたっていいじゃないですか」
恵は唇をとがらす。
「途中経過って、スポーツの試合じゃあるまいし、ほいほい教えるもんじゃないだろう。しかし今日はぐいぐいと攻めてくるなぁ、恵」
「・・・・・・直人さんと一夜を共にして、しかも翌朝は遊園地でデート。恵はもうぐいぐいモードなんです!」
「一夜を共にしたって、誤解を招くような言い方するなよ! おれ等は家出をした芽依を探して、秋子さんの家に一泊しただけだろう」
「──遊園地にも行きました」恵はムスッとした声で言った。
「あれはお前、寝不足の福ちゃんを車で送らすのは悪いから、二人で電車に帰ることにしたら、電車のイスに座った瞬間、二人して爆睡しちまって、起きたら終点だった。このまま帰るのも勿体ないから、近くの遊園地に寄って遊んだ。ただそんだけの話だろう」
「それだけの話って―― 酷いです直人さん。別に私とデートしたっていいじゃないですか! 直人さんはそんなに私とデートをするのがいやなんですか!」
「いやじゃないけど・・・・・・。しかし今日の恵はテンション高いな」
「駅前で直人さんに奢ってもらった冷やし甘酒を飲んだら、なんかこうやるきゃない、て感じになったんです」
恵はガッツポーズを決めて、やる気を示す。
「なんだよやるきゃないって。キャラ変わってるぞお前」
「甘酒パワーのおかげです」
甘酒飲んだぐらいでこれだけハイテンションなキャラになれるなんて、ある意味羨ましい体質である。
「ところで福ちゃん大丈夫かな。あの後、家に帰って少し寝たら翔の家に行くとか言ってたろう」
今度は翔ではなく、翔の曾お婆ちゃんの面倒を見に行くとか言っていた。
福ちゃんは自閉症の翔だけではなく、認知症の婆さんまで面倒をみていた。
「福ちゃんなら大丈夫そうな気がしますけど―― でもなんで福ちゃんって、あんなにボランティアに熱心なんでしょうね。お金も多少は貰っているでしょうけど、でも大学生なんだから普通にバイトをやったほうがもっといっぱいお金を稼げるのに・・・・・・」
「──好きなんだよ、ボランティアが。知らない人から見れば、ボランティアが好きなんて聞けば、偽善者みたいに感じるかもしれないけど、福ちゃんの場合百パーセント自分のためにやってるからな。あの人は、多分人間ってのがなんなのか知りたいだよ。認知症のお婆ちゃんの介護の手伝いを引き受けたのも、認知症のお婆ちゃんにたいしてどれだけABAの手法が通じるか、試してみたいから引き受けたて、自分で言ってたしな」
福ちゃんはボランティアというよりも、気のいいマッドサイエンティストなのかもしれない。
「ABAってそんなに効果があるんですか。私も教えて貰おうかな。ABA覚えたら、直人さんに試してみます」
「――やめてくれ。おれを操ろうとするのは福ちゃんだけで十分だ」
たわいのない話をしていると土手を降りる階段が見えてきた。あの階段から土手を降りてちょっと歩けば、すぐに加藤家が見えてくる。
おれが階段を降りようとするとき、「――直人さん、土手で星でも見ていきませんか?」恵が恥ずかしそうに囁く。
「今日は遅いから、また今度な」
「――そうですね。家でチビ達も待ってますしね」
恵は悲しそうな声で言うので、なんだか可哀想に思えて「明日朱美やガキンチョども誘って、灯台にでも行って星でも見るか。あの灯台もうすぐなくなっちまうしな」
「――みんなとですか」恵は落胆し肩を落とす。
「人数多い方が楽しいだろう、なんでも」
おれはわざとらしく恵の背中を叩くと、さっさと歩き始めた。
恵はふてくされた顔で少し後ろを歩く。
「恵、今日は楽しかったんだろう?」
「えっ、あ、はい。楽しかったですけど」
「おれも楽しかった。だから最後も笑って終わろうぜ」
おれはにっこりと笑った。
「――直人さんはずるいです。笑顔でそんな事言われたら私も笑うしかないじゃないですか」
恵はそう言いつつも、笑わなかった。ただ赤い顔して俯いている。
〝期待した効果とは違うな〟
女臭い雰囲気はどうも尻がかゆくなる。
まあふて腐れているよりましか。
何事もなく加藤家に到着する。
「直人さん、今日は楽しかったです。また今度デートしてくれますか」
「ああ。そのうちな。それとチビ共にも明日灯台行くこと伝えておいてくれ。朱美にはおれが・・・・・・」
玄関の扉が突然が開いた。
桂太とガキンチョ軍団が飛び出してくる。
「どうしたんだお前達?」
「直人、姉ちゃんと一緒じゃないのか?」佳太が青い顔で言った。
「加藤? 加藤はまだ帰ってないのか?」
バイトが残業になったとしても、いつもなら家に帰っている時間だ。
嫌な予感がした。
「うん。まだ帰ってこないんだよ」
「直にぃ、久美子が悪い子だから、唯お姉ちゃん帰ってこないの?」
久美子は目に涙をためながら問うた。
弟のミツのほうはすでにギャン泣き状態である。
「泣かないでよ、久美子。久美子が悪い子だったら、絵里花なんて不良娘だよ」
絵里花は末妹を慰める。
「直人さん、姉さんに何かあったんでしょうか?」恵は青ざめた顔で言った。
「わからん。とりあえず・・・・・・」
携帯の着信音が、おれの言葉を遮った。ポケットから携帯を取り出して、液晶画面をみた。
非通知。
誰だと思いながら、電話を取った。
「よう舞島。ひさしぶりだな」
電話の主はダニ森だった。
「なんだダニ森かよ」
胸騒ぎが激しくなる。
「そうつれない声だすなよ。ところで加藤は元気か?」
「加藤はテメーの知り合いでもなんでもないだろう」
「知り合い? そんなもんよりもっと深い関係になるかもしれないぜ、おれ達。おい加藤、おれ達の仲の良さを舞島にも教えてやれよ」
「舞島・・・・・・。こいつおかしいから絶対言うこと・・・・・・」
打撃音と加藤の悲鳴が受話器から漏れた。おれは携帯を強く握りしめた。携帯がミシミシと音を立てる。
「──ダニ森。それ以上やったらテメーを殺すぞ」
「怖い声だすなよ。あんまりおれをビビらすと、加藤をボウガンで打っておれ逃げちゃうかもしないぜ」
ダニ森はケタケタと嗤った。
「ダニ森、要求はなんだ。どうせお前の目的はおれなんだろう」
「その通りだよ、舞島。おれの目的はこんな貧乏人の小娘じゃねえ。テメーだ。舞島、一人で街外れのボロ灯台にこい。誰か連れて来たら加藤を殺す。警察にチクっても殺す。わかったな、舞島」
「ああ。わかった」
電話は切れた。
灯台か。あそこなら今となっては誰もこないだろう。
「直人さん、ダニ森って誰ですか? 姉さんが帰ってこないことに関係しているですか?」
恵はこれ以上ないぐらい不安な顔で問い詰めてきた。
「心配するな、恵。加藤はおれが必ず連れて帰ってくる。お前はチビ達と一緒に家にいろ」
「直人さん警察に通報したほうが・・・・・・」
「へたに警察を言うと、かえって相手が興奮して厄介なことになる。おれが行った方が話が早い」
おれは恵達と不安にさせないように言葉を選びながら言ったが、恵とチビ達を安心させることは出来なかった。
〝当たり前だ〟
実の姉以上の存在をさらわれたのだから。
しかもおれのせいで。