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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第三部 花の匂い
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放たれる


 最初から。

 最後まで。

 全部嘘だった。

 血統書なんてない。

 綺麗なママに愛されたこともない。

 私は子供の気まぐれな優しさで拾われた野良猫に過ぎなかった。

 私の嘘だらけの人生で唯一の真実は。

 あの小雨が降る夜。泥だらけの私を見るママのアノ目。

 困ったような。

 ゴミを見るような。

 あのママの目だけが――。

 私の人生のなかで唯一の真実だった。

 私はあの目に耐えられなかった。

 私はあの目を忘れることが出来なかった。

 私はあの目を直視することが出来なくて――。

 自分に嘘をついた。

 私は野良猫ではなく、血統書付きの由緒正しい猫で、お金持ちのママに相応しい飼い猫なんだと自分に嘘をつき続けた。

 私は嘘を繰り返すうちに、自分の嘘を真実だと思い込むようになった。

 だからママに捨てられた日も、これはなにかの間違いなんだと自分に嘘をついた。

 でも本当はわかっていた。私はいらない子で。

 引っ越しのついでにママに捨てられたんだって、わかっていた。

 たとえママの家を探し当てても邪険にされ、捨てられるだけだとわかっていた。

 ママに会えばすべての嘘がばれてしまうのもわかっていた。

 それでも――。

 それでも私は――。

 ママに会いたかった。

「ママ! ママ! ママ!」

 夜の闇のなかで泣きながら叫んだ。

 夜の闇は、私の声をあっさり飲み込んでしまった。

 届かない。

 ママにはけして届かない。

 私は道ばたに座り込み泣き喚いた。泣くだけ泣くとお腹がすいた。

 自分の空腹に気づくとなんだか笑えてきた。

 どんなに悲しくてもお腹はへるんだ。

 このまま餓死してしまいたいと思った。

 私はヨロヨロと立ち上がりると歩き出した。

 街の方へいけばいくらでも食料にありつけるというのに、私は街灯に背を向け、山の方にむかって歩き始めた。

 どれぐらい歩いたろう。気づくと、私は人家も畑すらもない峠道を歩いていた。

「――ここって、あのトンネルがあった峠じゃない」

 なんでこんな所に来てしまったのだろう?

 ひょっとして――。

「私、ポンに会いたいのかな・・・・・・」

 あの恐ろしいトンネルを抜けさえすれば灯台に帰ることが出来る。

 灯台で待っていれば、ポンに会える。

 〝馬鹿じゃないの、私〟

 嘘ばかりついていたのに。どの面をさげて、ポンに会えるというのか。

 ポンだって、私のような嘘つき猫の顔なんて見たくないはず。

「――ミミちゃん!」後ろから私を呼ぶ声がした。

 まさか!

 慌てて後ろをふり返ると、ポンがこちらにむかって駆けてきていた。

「ポン!」と叫んだ瞬間、私は脱兎のごとく逃げ出した。

「なんで逃げるの、ミミちゃん!」

「顔を合わせたくないからよ、私のことなんてほっといてよ!」

 ポンに会いたい。ポンになぐさめてもらいたい。

 あの暖かなベロで、涙を拭き取ってもらいたかった。

 でもポンは私がママに捨てられたことを知っている。

 会いたくない。傷口を見せたくない。僅かに残されたプライドにしがみついていたい。

「ほっとけないよ、ミミちゃん!」

 そんなこと言わないでよ。走れなくなっちゃうじゃない。

 私は泣きながらそう思った。

 想いを断ち切ろうと、さらにスピードを上げようとしたその時、深い闇をたたえたトンネルが姿をあらわした。

 トンネルの入り口付近には何台もの車やバイクが止まっていた。

 〝あのときの暴走族だ!〟

 私は走るのをやめ、後ろを振り向いた。

「ポン、こっちに来ちゃダメ。逃げて!」

 私が叫んだ瞬間、一台のバイクが轟音を立てながらこちらに向かって走ってくる。

 〝逃げなきゃ〟

 私は来た道を引き返し逃げようとしたが、足が止まった。

 後ろに逃げたら、ポンを巻き込んでしまう。

 もう十分すぎるほどポンを巻き込んでしまったのだから、これ以上迷惑をかけられない。

 〝ポンには、私と違って本物の家族がいるのだから〟

 ポンが死ねば悲しむ人がいる。ママに捨てられた私が死んでも誰も悲しまない。

 私は足を止めた。

「ポン、私がおとりになるからはアンタは逃げて!」

「ミミちゃん!」

 ポンの叫び声に背を向け、私は前にむかって走り出した。

 私の急な方向転換にビックリしたのか、一台のバイクが転倒した。

 しかし後からきたもう一台のバイクが、私に襲いかかる。

 曳かれるのはなんとか免れたが、運転手の蹴りまではよけることは出来なかった。

 暴走族に蹴られた私の体は小石のように宙に舞い、そして道路に叩きつけられた。

「猫のくせに手間どらせやがって」

 暴走族はガムを吐き捨てると、単車から降りて私を拾い上げた。

「あん時の猫をつかまえましたよ、玲二さん!」

 男はトンネルの方にむかって怒鳴った。暗闇の中からポンが駆けてくる。

「ポン来たらダメ・・・・・・」叫んだつもりだが、痛みのあまり声は出なかった。

 ポンは私を捕まえている暴走族に飛びかかった。不意をつかれた暴走族は倒れた。

 ポンは、私の体を掴んでる男の腕に噛みついた。

「痛ぇえ! なにすんだクソ犬!」

 暴走族はなんとかポンを振り解こうとするが、ポンは腕に噛みついたまんまは離れない。

「逃げて、ミミちゃん!」

 ポンは噛みついてた男の腕から口を離し、叫んだ。

 突然、眩い光と轟音が襲いかかった。

 光と轟音に襲われた私はパニック状態になり、なにが起こったのかわからなかった。

 気づくと、ポンが口から血を流し道端に転がっていた。

 ピクリとも動かない。

 あまりのことで、叫ぶことも駆け寄ることも出来なかった。

 ただ呆然と、ポンを見つめていた。

「――上手いだろう、おれのバイクアタック」

 ポンを轢いた男は嗤いながら言った。

 ボウガン男だった。

「玲二さん、助けてもらってすいまんせん」

 ポンに噛まれていた男はすでに立ち上がっていた。

「蹴りなんざ情けねえ攻撃してるから犬なんかに舐められるだよ。はじめにバイクで軽く曳いとけば好きな風に料理できんだろう。頭を使えよ、頭をよ」

 玲二は、男の腹を蹴り飛ばした。

 男は呻き声を発しながら蹲る。

 玲二は倒れているポンをぞんざいに拾い上げた。

「軽くやったつもりだが、死んじまったか。つまんねーな。動物好きの舞島の前で解体してやろうと思ったのに」

 あろうことか玲二はポンをゴミのように放り捨てた。

「ポン!」

 私は弓から放たれた矢のように駈けた。

〝こいつが、ポンをひき殺した〟

 沢山の猫や犬を殺した。

 殺してやる。

 私がこいつを殺してやる。私は玲二の足に思い切り噛みついた。

「痛てぇな、クソ猫!」

「うるさい、あんたが死ぬまで噛みついてやるんだから!」

 玲二の足を噛みながら怒鳴った。

 本当に殺すつもりだった。本当に死ぬまで噛みついてやるつもりだった。

 そのつもりだったが、しかし玲二が私の首を掴むと、私の決意などあっさりと吹き飛んだ。

 〝ダメだ、私がいくら頑張ってもこの男の力に敵わない〟

 人間と猫じゃ所詮勝負にならない。

 でもただでは離さないだから! 玲二の足に噛みつきながら、無茶苦茶に首をふった。

 傷口を抉られた玲二は悲鳴をあげる。

「舐めくさりやがって、このクソ猫がっ!」

 玲二は私の背中を思い切り鷲掴みにすると、強引に自分の足からもぎ離した。

「死ね、クソ猫!」

 玲二は、私を思い切りアスファルトの上に叩きつけた。

 自分の口から血が零れ、道路を赤く染めた。

 私は自分の血を見つめながら、

「・・・・・・ごめんね、ポン。敵をうてなくて」

 それが私の最後の言葉だった。


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