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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第三部 花の匂い
40/52

逃亡者 改稿

 

 まだ日が出て間もないので、いつもは焼けるように熱いアスファルトもあまり熱くはなかった。

 僕はアスファルトに鼻を近づけ、いつものようにクンクンした。

 それにしても眠い。

 芽依ちゃんのお父さんを捜していたせいで、昨日の夜は一睡も出来なかった。

「――芽依ちゃんよかったね。お父さんと会えて」

 眠気覚ましかわりに、隣で歩いてるミミちゃんに話しかけた。

「なにお人好しな事言ってるのよ! それに今思えば、あのおっさんとおばさんに頼んで灯台でキスしてもらえばよかったじゃないの!そしたらアンタの問題解決でしょう!?」

「あっ、忘れてた」

 依ちゃんのパパとママなら、頼めば灯台でキスしてくれたかもしれない。

「本当にボケてるわね。アンタは」

「でも頼もうにも犬語は通じないし、それに芽依ちゃんのパパとママは灯台でキスする必要はないような気がする」

 キスする必要がないのに、キスさせても、厳左右衛門様は喜ばないような気がする。

「はぁあ。あんたも呑気ねえ。まあいいわ、今日は最終日だから私のママ探しに全力を尽くしてもらうからね」

「うん。僕、頑張ってクンクンして、ミミちゃんのママを探してみせるよ」と言ってみたものの、猛烈に眠くなってきた。

「そう。ならさっさく探すわよ!」

 ミミちゃんが張り切り始める。

「――ごめん。探すのは頑張るけど、その前にちょっとだけ寝かせて」

 頑張ってミミちゃんのママを探そうと思ったけど、僕の眠気は限界を超えていた。

「なに軟弱なこと言ってるのよ! 徹夜の一つや二つぐらい、若いだから大丈夫でしょう!」

「――ごめん。でも寝てないと鼻が鈍るから・・・・・・」

「――ふんわかったわよ。三時間だけ仮眠を取りましょう。そのかわり寝坊したら、爪で引っかくからね」

 ミミちゃんが爪を出して威嚇する。

「大丈夫だよ。ちゃんと起きるから」

 僕等はバス停のベンチの下に潜り込み仮眠を取った。

 約束通り三時間ほどして眠りから覚めると、ミミちゃんは鼾をかいて眠り込んでいた。

 揺すっても起きない。怒られるのを覚悟でミミちゃんの顔をペロペロしても、ミミちゃんは目を覚まさなかった。

 ――仕方がない。

 僕はミミちゃんを背中に背負うと、ミミちゃんのママ探しを再開した。

 商店街を歩き回り、住宅街を回ってみても、なんの手がかりも見つけることは出来なかった。

 昼が過ぎても匂いを見つけることができない。

 さすがに焦ったその時、睡蓮の匂いが鼻をくすぐった。

 この匂いは間違いない。

 ミミちゃんのママの匂いだ!

「見つけた!」

 嬉しさのあまり声を上げると、僕の声にビックリしたミミちゃんが僕の背中から転げ落ちてしまった。

「――なんなのよ、いったい。いきなり大声だしたらビックリするでしょう!」

「寝ている場合じゃないよ、ミミちゃん! ミミちゃんのママの匂いを見つけたんだよ」

 ミミちゃんは寝起きで理解できないのか、口をぽかーんと開けて僕を見つめた。

「──ママって、私のママ?」

「うん」

「――ついに見つけてくれたのね! 偉いわよあんた!」

 ようやく状況を理解したミミちゃんは喜びを爆発させ、僕の手を取ってネコダンスを踊り始めた。

「ミミちゃん、まだ匂いを嗅ぎ当てただけだから。ミミちゃんのママを見つけたわけじゃないんだよ」

 ミミちゃんの喜びに水を差したくないが、もし見つからなかった時のことを考えると、言わずにはいられなかった。

「なに言ってるのよ。あんたは本当に心配性ね。匂いさえ見つかればあとは辿るだけでしょう! ほぼ見つけたようなもんじゃない!」 ミミちゃんの鼻息は荒かった。

「まあそうだけど、人生なにがあるかわからないから――」

「なんでもいいわ、とにかくママのところへ出発よ!」

 ミミちゃんは僕を置いて走り出す。

「ミミちゃん、そっちの方向じゃないよ!」

 僕は慌ててミミちゃんの後を追った。


 ミミちゃんのママの匂いを辿りながら、僕とミミちゃんは街路樹の並木道を並んで歩いていた。

「どのぐらいでママのところに行けそう?」

 ミミちゃんはこの二時間の間、何十回もした質問をまた尋ねた。

「それはまだわからないけど、でも僕のカンだとそんなに遠くないと思う」

「ならさっさと辿って! ママの所についたら、ママに頼んでステーキ焼いてあげるから!」

「うん、頑張ってクンクンするよ」

 僕は地面に鼻を近づけ、睡蓮の匂いを辿った。

 道すがら、ミミちゃんは上機嫌でママの自慢話を繰り返した。

 僕はウンウンと頷きながらも、寂しさと、それに今まで感じたことがない胸の苦しさを感じていた。

 寂しいのはわかる。ミミちゃんがママと出会うことができれば、ミミちゃんとの旅は終わる。

 僕とはお別れだ。

 短い間とはいえ共に旅をしてきた仲間だ。

 別れるのは寂しい

 でもなんで胸がこんなにも苦しいだろう。お婆ちゃんと別れたときだって、こんな気持ちにならなかったのに。

 今まで感じたことない感情に、僕は戸惑う。

 〝花子お婆ちゃんがいてくれたらな〟

 花子お婆ちゃんはなんでも知ってる。

 花子お婆ちゃんなら、なんで僕がこんなに胸が苦しいのか教えてくれるはずだ。

 ──花子お婆ちゃん、会いたいです。

「どうしたのアンタ。私のママの匂いを見つけたというのにテンション低いわね。まさか私と別れるのが寂しくてテンション低いじゃないでしょうね」

「――うん。僕とミミちゃんと別れるの寂しいみたい」

「えっ! アンタ急に何言ってるのよ。いきなりそんなこと言われたら調子狂うでしょう!」

 ミミちゃんは何故か知らないが怒っていた。

 顔も怒ってるせいか、鬼灯のように真っ赤だ。

 僕、そんな怒らせるようなこと言ったかな。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ママと会えたら、あんたのお婆ちゃんが見つかるまで捜すの手伝うから」

「えっ、本当に?」

「本当よ。こんなこと嘘ついても仕方ないでしょう。だいたいねえ、アンタはしょぼくれているとはいえ私の恩人なのよ。恩人が困ってるのに、私がほっておくわけないでしょう。猫は犬と違って義理堅いだから、恩を受けたら必ず恩返しするの。アンタ、猫の恩返しという映画見たことないの?」

 僕は首を横に振った。

「あれほどの名作を見たことないなんて・・・・・・。あんたのお婆ちゃんが見つかったら、一緒にみてあげるから、ちゃんと見て少しは猫のことを勉強しなさい」

「うん。花子お婆ちゃんが見つかったら一緒に見てみるよ・・・・・・」

 ――睡蓮の匂いが強くなってる。

「ミミちゃん、匂いが強くなってきてる。ミミちゃんのママすぐ近くにいるよ」

「本当に!」

「うん。こっちだ」

 僕等は並木道を右に曲がると、緑の垣根に囲われたお屋敷が見えてきた。

「あのお屋敷だ! 間違いない」

「近所の家を圧倒する大きなお屋敷、間違いなくママのお屋敷ね」

「すごいお屋敷だね。ミミちゃんのママ、お金持ちなんだね」

 僕はお屋敷を見上げながら言った。

「アンタ、家を見てビビってるようだけど。いいのよ、今まで通りミミちゃんって呼んでも。ミミお嬢様だとか、ミミ姫様だとか無理して呼ばなくてもいいからね」

「――大丈夫、呼ばないよ」

 そこまでビックリしてないです。

「庶民の慎ましい意地ね」

 ミミちゃんは鼻で笑うと、「とりあえずアンタ、ママに紹介してあげるから後ろについてきなさい」

 そう言うとミミちゃんは緑の垣根の下を潜り抜けた。僕はミミちゃんと違って体が大きいので潜るのに苦労した。

 なんとか頭を突っ込んだが、体が大きな僕はなかなか潜り込めない。

 体を振るわせてなんとか鼻先を庭に突き出すことに成功したが、それ以上体を奥に入れることは出来なかった。

「ミミちゃん、悪いけど首輪を引っ張ってよ」

 ミミちゃんに頼んだが、返事はない。

 黙ったまんま、座り込んでる。

 ミミちゃん、どうしたんだろう? なにかあったのかな?

 何とも言えない不安な気持ちが、僕の胸のなかで芽生えた。

 こんな感情、こんな時に抱く感情じゃない。

 ミミちゃんのママと出会えたのだから。

「ママ可愛いね、この猫」

 庭の方から小さな女の子の声がした。声がする方に顔をむけると、小さな女の子が、足がやたらと短い子猫と遊んでいた。

 小さな女の子の傍らには、上品そうなマダムが娘と子猫を見守っていた。

 上品そうなマダムの体からは睡蓮の匂いがにおってきた。

 あの人がミミちゃんのママだ。

「ミミと違って、尻尾を触っても子怒ったりしないね」

「ミミは捨て猫で雑種だから、気が荒いのよ。この猫はマンチカンと言って大人しくて可愛らしい猫だから飼いやすいでしょう」

「足も凄く短くてヨチヨチ歩いて可愛い」

 小さな女の子は、子猫の顎を撫でた。子猫は頭をこすりつけて甘える。

「やっぱり飼うなら、ちゃんとしたペットショップで買わないとね」

「――ミミちゃん」

 かける言葉が見つからなかった。

 ミミちゃんは何も答えず、ただ肩を震わせていた。

「ミミちゃん?」

 僕が再び声をかけると、ミミちゃんは駆けだした。

 追いかけなくちゃ!

 そう思ったが、垣根に引っかかってる僕は身動きが取れない。

 僕が垣根と格闘するうちに、ミミちゃんは反対側の垣根から、屋敷の外を飛び出していった。

 なんとか緑の垣根から抜け出すことに成功すると、すぐさま道路に鼻を近づけた。

 ミミちゃんの匂いを辿らないと。

 僕は人でなしの家を後にした。



 

 

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