タガタメ 旧題ありふれたLOVEストーリー 前編 改稿
──生首参上。
道路を塞いでいる工事中の看板には、赤いスプレーで族の名前が落書きされていた。
ワゴン車を運転している福ちゃんは車を止め、首を傾げた。
「あれ、おかしいな。工事なんてしてないはずなんだけど」
「――工事なんかじゃないよ、福ちゃん。族の車止めだよ」
〝生首はたしか片桐に潰されたはずなんだが〟
亀の一件で、おれが三森の兄貴を返り討ちにしてやった。その結果、生首はまわりの族から舐められるようになり、追い込みをかけられるようになった。生首の下っ端の連中はそんな状態に嫌気がさして逃げ出し、族の規模は縮小した。最後は片桐と揉めて潰されたはず。
──そういや亀が殺っちまった相手も、たしか元生首のメンバーだったような――。
なんだか胸騒ぎがしてきた。
「どうしたんですか、直人さん」
隣に座っている恵が不安げにおれの横顔を見つめていた。
おれの気分が顔に出てしまったようだ。
「喧嘩なんてしないから心配するな恵。福ちゃん、おれ看板をどかしてくるよ」
ワゴン車から降りると、道を塞いでいる看板を端に寄せた。
ワゴン車に戻ると、福ちゃんが携帯を弄っていた。
「舞島君の言う通りみたいね。今ネットで確認したけど、工事はしてないみたいね」
福ちゃんはおれの言葉を鵜呑みにせず、用心深くネットで調べていたようだ。
「夏は暴走族と蚊の季節だからな。どこからともなく馬鹿が沸いてくるんだよ」
──そうなんだ。福ちゃんは一人で合点すると、ゆっくりと車を発進させた。
「──そういえば舞島君って、暴走族とかはやってなかったの?」
「勘弁してくれよ、福ちゃん。今どき族なんかやらないよ。だいたいおれバイク持ってないもん」
「――舞島君って、不良なの? それともカブト虫取り職人なの?」
「──直人さんは、不良ではないですよ。生粋の変人です」
おれではなく、恵が答えた。
「大きなお世話だよ」
ワゴン車は法定速度以下のスピードで、トンネルに侵入していく。
幸いにも、おれ達の他には車は走っていないので、クラクション鳴らされることも、煽られることもなかった。
〝福ちゃん、運転下手だな〟
ここに来るまでの間、スピードーメーターが法定速度を超えたことは一度もなかった。
「──舞島君、免許とらないの?」
福ちゃんは前をガン見しながら言った。
「金と暇があれば取りたいけど」
「時間のほうは無理かもしれないけど、お金の方は私のコネで時給のいいバイト紹介してあげられるかも」
「──福ちゃん、ひょっとしておれに運転押し付けようとしてない?」
「そんな事――」
――あるんだけどね。そう言うと福ちゃんは笑い出した。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
「ほら、私運動神経ゼロでしょう? 車の運転とか苦手なのよね。本当は運転なんかしたくないだけど、ボランティアの時は子供の送迎とかもあるから、どうしても車を運転しないといけない時があるの。舞島君も福祉方面の仕事につくなら、冗談抜きで車の免許とっておいたほうがいいわよ。それに恵ちゃんや、唯ちゃんとデートするときも、車があった方がなにかと便利じゃない。彼氏にはやっぱり車の免許ぐらいもってて欲しいでしょう、ねぇ恵ちゃん」
「わっ、私は別に、そのう──」
──どっちでもいいです。恵は顔を真っ赤にし小声で答えた。
「舞島君が彼氏だったら、免許の有無なんてどうでもいいわけね。舞島君は本当によくモテるわね。なんか恵ちゃんの話きいてたら、車内の温度が急上昇したから、とりあえずクーラーの温度一度さげるわね」
福ちゃんは本当に温度をさげた。
恵の話云々は口実で、暑がりの福ちゃんはクーラーの温度を下げたかったのだろう。
〝女は冷え性が多いというが──〟
その言葉は、豊かな胸の持ち主である福ちゃんには当てはまらないのかもしれない。
貧乳の恵はしっかりと冷え性だしな。
恵にバレたら確実に怒られそうなことを、心のなかで思った。
「──福ちゃん、ところでその割のいいバイトってなんだ?」
「執事喫茶の執事さん」
「――どういう仕事だよ、それ」
「執事になってお嬢様をお出迎えしたり、お茶を差し上げたりするお仕事よ」
「それ時給いいのか?」
「舞島君なら、研修期間すっ飛ばして、時給千二百円からスタートできるじゃない。真面目に働けば、時給もすぐあがるわよ」
「あがるって、いくら?」
「千五百円」
「千五百円!?」
六時間だけ働いても九千円も貰えるじゃねーか!
これはおいしいバイトかもしれない。
「ネットとかで顔出しできるなら、さらに上乗せできるかも」
「マジで?」
「マジで。そのお店新規オープンで気合い入ってるから、看板娘ならぬ、看板少年を探しているのよ。だから舞島君みたいなカッコイイ男の子、喉から手が出るぐらい欲しがってるの」
「やろうかな・・・・・・」
おれが金で釣られかけたその時──
「ダメです、直人さん!」
恵から待ったコールがかかった。
「──なんで? おれ執事似合わないかな?」
自分で言うのもなんだが、おれはハーフだし身長もあるから、普通の日本人よりかは執事姿が似合うと思うんだが。
「──似合いすぎるから問題なんです! 直人さんが執事なんかやった日には、腐女子の餌食か、ストーカーされるか―― いや直人さんの事だから、その両方を絶対されます!」
「なんかやばそうだな。ところで腐女子ってなんだ?」
「――そんな事私に説明させないでください」
恵はぷいと横を向いて、ふて腐れた。
「舞島君、恵お嬢様はご機嫌斜めみたい。執事パワーで笑顔を取り戻してあげて」
福ちゃんが煽ってきた。
「──恵お嬢様。わたくしめの発言に何かお気に障ることでも?」
さっそく調子に乗るおれ。
「――なっ、なに言ってるですか、直人さん。からかわないでください」
「恵お嬢様をからかうなど、とんでもない。わたくしはこれでも真剣かつ真摯に恵お嬢様にお仕えしているつもりです。恵お嬢様、わたくしめの仕事になにかご不満がおありでしたら遠慮なさらずに仰ってください」
「──直人さん、私は不満なんて別に──」
「それはよかった。わたくしめの不手際でお仕えしている主の気分を損ねてしまっては執事失格ですからね。それはそうと恵お嬢様」
「えっ、あっ、はい」恵は、おれの執事振りに動転しまくっている。
「わたくしは恵お嬢様にお仕えする執事です。さんなどつけず、直人と呼び捨て頂いて結構です」
「やっ、止めてください直人さん・・・・・・」
「直人ですよ、恵お嬢様」
おれが訂正すると、
「直人・・・・・・」
「何でしょうか、恵お嬢様」
おれは執事スマイルを添えて返事をする。
「あっ、あのう、私喉が渇いたんですけど・・・・・・」
恵が乗ってきた。
「恵お嬢様が大好きな午後ティーのストレートをご用意しておりますよ」
おれはペットボトルの蓋を開けて、恵に午後ティーを手渡した。
本当はコップか何かに注ぎたいところだが、おれは偽物の執事なので、そんな洒落たモン用意していなかった。
「恵お嬢様の大好きな、キノコの山も御座いますよ」
「――頂きます」
「どうぞ、恵お嬢様」
おれはフタをあけて、恵にキノコの山を指しだした。
恵はうつむいたまま、チョコとビスケットで作られたキノコの山をつまんだ。
「──口元にチョコがついてますよ、恵お嬢様」
おれはポケットからハンカチを取りだして、恵の口元を優しく拭いてやった。
恵の恥ずかしさが頂点に達したらしく、全身が茹でタコのように赤く染まっていった。
〝やりすぎたかな〟
と反省したとき、突然車が止まった。
何の用心もしてなかった恵は、前につんのめる。
おれは恵の体を抱き止めた。
「──大丈夫か、恵?」
恵は何を勘違いしたのか、おれを抱きしめてきた。
「落ち着け、恵。執事ごっこは終わりだぞ」
「――直人さんのせいで落ち着けません。だいたいなんでそんなに執事の真似が巧いですか?」
「いや、お前の家でゴロゴロしていたとき、桂太がお前の漫画本貸してくれたんだよ。白執事とかいうやつ」
「――あのクソ餓鬼めっ」
恵は激怒した。
「まあ、そう怒るなよ。桂太もおれに気を使って持ってきてくれたんだから。それにしても、恵もあんな漫画読むだな」
「友達の借り物です! それより直人さん、執事喫茶なんかで働いたらダメですよ」
――直人は私専用の執事なんですから。
恵は早口で呟くと、恥ずかしくなったのか、横を向いた。
「──あのう、盛り上がってるところすいませんけど、道路に犬が轢かれてるみたいなんで、ちょっと見てきてもよろしいでしょうか?」
福ちゃんが申し訳なさそうな顔で、抱き合ってるおれ等に声をかけた。
「ごっ、ごめんなさい。どうぞお願いします!」
恵は混乱し、訳のわからない言葉を口走った。
福ちゃんは車をトンネルの脇に寄せた。全員車から降りた。
おれ達は文字通り言葉を失った。
死んでるのは一匹だけじゃない。
何匹もの犬や猫が血を垂れ流し死んでいた。
「──ボルトが突き刺さってる」恵は血の気の引いた声で呟いた。
「ボウガンの的にしやがったな」おれの声は怒りで震えていた。
「──とりあえず警察に電話しましょう」福ちゃんだけは理性を失わなかった。
警察に電話し終わると、「死体は片付けていいと言うから、どこか一カ所に集めましょう」
福ちゃんは、車のトランクに仕舞ってあるタオルを取りに行った。
タオルは一枚しかなかった。
「おれがやるよ、福ちゃん」
「――じゃあお願いするわ、舞島君」
おれは福ちゃんからタオルを受け取ると、死骸を片付けはじめた。
〝あの時よりも陰惨に感じる〟
亀吉の時は何故か現実感がなかった。夢の一場面のような気がして、死体を運んでるという気がしなかった。
しかし、これは違う。
おれが運んでるのは無残に殺された死体であった。タオル越しから伝わる冷たい感触や血のにおいが、おれに死を感じさせた。
血まみれのタオルに数滴の雫が落ちる。
おれは顔を伏せて、涙を拭いた。
泣いてる顔は人に見られたくなかった。
死体を集め終わると、おれは死体に突き刺さってるボルトを引き抜いた。
警察に文句言われるかもしれないけど、そんな事知ったことじゃなかった。
理性派の福ちゃんは何も言わず黙って見ていた。
おれがボルトを抜き終わると、福ちゃんはボランティア先に電話をかけ事情を説明した。
それから三十分ほどして、パトカーがやってきた。
現場検証やら、警察の取り調べやらで、結構時間が取られたが、事情が事情なので仕方がなかった。
ようやく解放されると、おれ達は車に乗り込み、トンネルを後にした。
高速に過ぎ去っていく車窓の景色をぼんやりと眺めていた。
外の景色は次から次へと変化していくが、おれの気分はあのトンネルを抜けたとき同じように、暗くよどんでいた。
〝亀吉の時とは違うな〟
あの時は気も動転していたし、加害者である亀吉に対する同情もあった。事件に対するやり切れなさがあった。
しかしトンネルでの惨劇は、犯人に対する怒りと、無残に殺された犬猫に対する悲しみしかなかった。
「舞島君、やらないとは思うけど、怒って暴走族の人達と喧嘩しちゃだめよ」
「――心配しなくても大丈夫だよ、福ちゃん。おれも馬鹿は卒業したよ」
片桐と亀吉のおかげで馬鹿は卒業出来た。
でも――。
〝気がはれねえ〟
片桐と連んでた頃なら、怒りにまかせて生首の連中と喧嘩してたろうが、今のおれには大学受験と福祉の道を進むという、目標があった。
もう馬鹿は出来ない。
「殺された犬猫も可愛いそうだけど、犯人の子も心配だわ。警察も早く捕まえてくれるといいだけど」福ちゃんが呟く。
「──心配?」おれの語尾は微かに跳ね上がった。
動物殺しの卑劣な野郎の、なにを心配する必要があるというのだろうか?
福ちゃんの言葉とはいえ、納得できなかった。
「──舞島君が憤るのも無理はないけど、小動物を殺す子の多くが様々な問題を抱えていることが多いの。それにこれだけじゃ終わらない可能性もあるしね」
「──これだけじゃ終わらないって、犯人の奴はまだ犬や猫を殺すつもりなのか?」
「それも当然心配だけど、今度は人間を相手にやる可能性があるの」
──つまり殺人ね。
「動物ではなく、次は人間か」
「そう。小動物殺しがどういった意図で行われたのか、情報が少なすぎてわからないけど、快楽目的、殺人の予行演習、ストレスの発散あたりが王道かな」
「どれもこれもクソみたいな目的だな」
「小動物殺しに高尚な目的なんかあるはずがないから、目的が下衆なのは当然なことなのよ。犯人の目的がどんな目的にしろ、殺人事件に発展する可能性があるから、警察も早期に犯人を捕まえてくれるといいだけど」
「どうせ生首の連中が犯人なんだから、すぐに捕まるよ」
ふと、脳裏にダニ森の顔が浮かんだ。
──まさかな。
生首が潰された後、ダニ森兄弟は地元から逃げ出している。
片桐組に睨まれている以上、もう千葉には戻ってこれないはず。
「――でも警察に捕まったとしても、更正するかどうかは難しいだろうな」福ちゃんは呟く。
「──テメーより弱いものを殺して喜ぶようなヤツが更正なんかするかよ」
「──舞島君がそう言うのも無理ないし、私もどんな子でも更正出来るとは言わない。でもね、舞島君。私達がこれから預ろうとしている自閉症の子も、やはり難しい問題を抱えているし、こんな子供なんてとてもじゃないが教育できないと言われ続けてきた。
それでも療育技術の進歩、まわりの支援のおかげで、昔にくらべれば状況は改善されてきている」
――舞島君。福ちゃんはおれの名を呼んだ。
「私達は裁判官でも、警察官でもない。アマチュアとはいえ私達は教育者なの。綺麗事に聞こえるかもしれないけど、私は教育に携わる人間はどんな子でも受け入れる覚悟が必要だと思っている。
迷惑行動が激しい自閉症の子供や、重度の身体障がいを伴う知的障がい児。アスペやLDの子供、酷い虐待を受けた子供、精神病や神経症を患っている子供達、そして凶悪な犯罪を犯してしまった子供達、そういった子供達には様々な問題を抱えているし、時には教育者といえどもその子を受け入れるのが困難なときもある。私も偉そうなことを言ってるけど、体が大きくて他害の激しい自閉症児を相手にするのは、私も女だから体力的に難しいわ。でも拒否はしたくないのよ。もし私が完全に拒否してしまったら、その子、もしくは親御さんに悲劇が起こってしまうかもしれない。そうなったら後味がわるいでしょう、舞島君。だから自分の出来る範囲で何とかしようとする。でも初めからこんな子無理だ。受け入れられないと私が思ってしまったら、そこで話が終わってしまう」
「つまりおれ達が最終防衛ラインってことか」
おれは福ちゃんと話しながら、小動物殺し野郎のことよりも片桐のことを思った。
成り行きで片桐と付き合い、そしていつの間にかダチになっていた。周りの人間はそんなおれにたいして、よく付き合えるなと言った。
たしかに真面に考えたら付き合うべき人間じゃないのだろう。
実際に道も別れちまった。
だが今にして思えば、片桐はおれと付き合うことで、人を殺さずに生きてこれたのかもしれない。
〝片桐はおれをヤクザに誘った。おれは片桐を違う道に誘うべきだったのかもしれない〟
あの頃のおれはそんなこと考えもしなかった。
片桐みたいな無茶苦茶なヤツはヤクザをやるしかないと思っていた。実際おれがカタギをやらないかと片桐を誘っても、あいつは鼻で笑うだろう。
それでも誘うぐらいすべきだったかもしれない。あんなヤツでも片桐とはダチなのだから。
「――福ちゃんの言う通りかもな。たとえ受け入れることが難しくても、なんとかしてやろうという気持ちぐらいは失いたくはねえもんだ」
「教育者といえども、聖人じゃないから、ときには受け入れたくない子供が出てくるかもしれない。そういう子にたいしてもどこかで情や責任をもってほしいの。出来ることは限られていても、その出来ることはしてあげてほしいの」
〝出来る事か――〟
おれは出所してきた片桐のことを思った。
たしかに受け入れるのも、更正も難しいだろうな。
ひょっとしたら自分や何か大切なモノを守るために、片桐とは縁を切らねばならないかもしれない。
でも何かしてやりたい。何とかしてやりたい。
その何かが、馬鹿なおれにはわからない。
〝だがおれはその何かを見つけないといけない。片桐はおれを殴ることによって、片桐なりの何かを示してくれたんだから〟
あの馬鹿が見つけたんだ。おれも何かを見つけないといけない。
「私達が出来ることをしなかったら、その子の居場所がなくなってしまうかもしれないのだから」
片桐には組という居場所はある。しかしそれはろくでもない場所だ。
「――それに実はもう一つ心配していることがあるの」
「なにが心配なんだ福ちゃん」
おれは片桐のことを考えるのを止めて、福ちゃんの言葉を待った。
「虐待よ。小動物殺しをするような人間は、現在進行形で虐待されている、もしくは虐待された過去がある場合が多いのよ。そうだった場合、状況によっては一時的に家庭からその子を切り離した方がいいかもしれない。その子にとっても家庭は危険だし、両親にとっても危険なことなのよ」
「虐待されている子供が危険なのはわかるとして、なんで親まで危険なんだ」
「虐待された子供の多くは虐待されたことを認めないの。実の親から愛されていないなんて、子供にはとってはあまりにも認めがたい事実だから。だから虐待された多くの子供達は、親ではなく原因を自分に求める。自分が悪いことをしたから叱られているだとね。でもそれは嘘だから、子供が成長し社会に出ることによって、その嘘が壊されていく」
「福ちゃんが前に言っていた情報の習得というやつか」
「そう。外部からの情報を得ることによって人間は自分の置かれた状況を分析し比較することが出来る。その結果、自分が不幸であり、自分が親に愛されていないことを知る。それでも子供が現実を否定すると、精神病や神経症を発症してしまう。でもこの段階でも最悪の段階ではない。最悪なのは次の段階、子供が復讐者になることよ」
「親を殺してしまうのか?」
「殺人のタブーは大きいから家庭内暴力で留まる場合がほとんどだけど、でも不幸にも殺人に発展してしまうケースもあるわ。もし小動物殺しの犯人がこのレベルだった場合、早急に親元から離したほうがいい。最悪の事態は防がないとね」
「でも親元から離すのって、虐待されてても難しいじゃないですか?」
それまで黙っていた恵が口を開いた。
「そう。難しいのよね。教育という分野で一番難しいのは家庭への介入の仕方なのよ。親の教育というのは、その家庭を維持する共同幻想を表したりもしているから、そこに介入するということは親側の強い反発が招く恐れがあるの。原則として家庭側から介入を要請されないかぎり、介入をしないのが原則だけど、でも緊急性を要する場合はそんなことも言ってられないし――」
――難しいな。福ちゃんは大きなため息を吐いた後「でもまだ犯人の目星もついていない状態なんだから、私達が悩んでもしょうがないか。とりあえずお腹が空いたらから、なにか食べましょうか」
――時間がないからコンビニでいい?
おれ達が頷くと、福ちゃんはコンビニを探し始めた。