表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
27/52

叫び、祈り キャラクターの名前を修正 さらに改稿

キャラクターの名前の間違いを修正しました。

早乙女修子ではなく、早乙女さつきです。

どうもすいませんでした。

 最初に嗅いだ匂い。

 今でも僕ははっきりと覚えている。

 

 死の匂い。


 誰にも愛されず。

 誰にも必要とされず――。

 逝ってしまった兄弟達の死体から臭ってくる死の匂いは、暗いダンボールの世界を満たした。

 あと一時間――

 ――いや。

 あと数分もすれば。

 逝ってしまった兄弟達と同じように僕も死ぬ。

 外の世界を知らないまま。

 誰にも知られないまま。

 名前もないまま。

 僕は死ぬ。

 僕は死ぬんだ。

 

 嫌だった。

 堪らなく嫌だった。

 生きたい。

 生き残りたかった。

 

 助けて!

 

 世界を閉ざしている薄っぺらなダンボールの蓋に向かって、僕は繰り返し繰り返し叫んだ。

 だがダンボールの蓋が開くことはなかった。

 やがて喉は枯れ、足が崩れる。

 瞼が段々と重くなっていく。

 ──ダメだ。

 このまま目を閉じたら、僕は兄弟と同じように死んでしまう。

 叫ばなければ。

 たとえ無駄でも叫ばなければ。

 

 誰か僕を助けて!


 力一杯叫んだつもりだったが、疲労のあまり声にならなかった。

 ダメだ。死ぬ。

 僕はこのまま死ぬんだ。

 重くのし掛かる絶望が、瞼を閉ざしていく。

 目を瞑ったら、二度と開くことが出来ないのに。

 なんとか瞼を開けようとするが、抗う力は残されていなかった、

 ゆっくりと、ゆっくりと、瞼が閉ざされていく。

 視界はぼやけ、そして暗くなっていく。

 暗いダンボールの世界よりも、さらに暗い。


 死の暗さ。

 

 そして死の匂い。

 僕は死ぬ。

 僕は死ぬんだ。

 これが――。


 絶望というものか。


 厭だ。

 死にたくない。

 誰か、誰か僕を助けてください。


 神様、僕に命を。

 神様、僕に光を。

 神様、どうか僕を愛してください。


 最後の祈り。

 声にならない祈り。

 誰にも――。

 誰にも届かない祈り──。


 だが奇跡は起こった。


 僕を閉じ込めていたダンボールの蓋が突如開いた。

 暖かくて優しい太陽の光が、暗いダンボールの世界を満たしていく。

 誰かが僕を優しく抱き上げてくれた。


 花の匂い。

 暖かな光の匂い。

 気持ち良い匂い。

 生の匂い。

 

 爽やかな匂いと希望が、僕に力を与えてくれた。

 僕は命の恩人の顔を見るために、力を振り絞って瞼を開いた。

 皺深い老婆が優しげな瞳で、僕を見つめていた。

 老婆の背後にはボロボロの灯台が建っていた。

 壊れたはずの灯台は太陽の光を浴びて、世界に光を放っていた。

 

 ──誰かが、僕の体を揺すっている。


 〝花子お婆ちゃん?〟


 そう思った瞬間、喜びと驚きで目が覚めた。

 尻尾を振りながら見上げると、新聞の束がつまったカバンを背負ったおかっぱ頭の少女が僕の顔をのぞき込んでいた。

「──なんだ狸子ちゃんか」

 花子お婆ちゃんではなく、僕を抱き上げているのは友達の狸山狸子ちゃんであった。

 狸子ちゃんは外見こそ女子高生であったが、その正体は厳左右衛門様にお仕えする化け狸の巫女さんであった。

「いきなりご挨拶ねぇ、ポン君」

 狸子ちゃんは流暢な犬語で言った。

「ごめん狸子ちゃん──」

「──花子お婆ちゃんと間違えたのね」

 狸子ちゃんは悲しげな顔で微笑んだ。

 狸子ちゃんが何故悲しそうな顔をうかべるのか、犬の僕にはわからなかった。

 でも狸子ちゃんの悲しそうな顔を見ていると、僕は不安になる。

「ところでポン君。なんで向日葵のところで寝ていたの?」

「──灯台のなかは蒸し暑くてね」

 僕は嘘をついた。

 本当は灯台の中の暗闇が怖かったのだ。

 暗闇のなかで一人で寝ていると、たまにアノ匂いが漂ってくる。


 初めて嗅いだアノ臭いが。

 アノ死の臭いが。


 暗闇から臭ってくる。

 暗いダンボールの世界を抜け出したというのに。

 死んだ兄弟達の死体は冷たい土の中で眠っているというのに。

 〝花子お婆ちゃん──〟

 花子お婆ちゃんと一緒に暮らしていたときは、死の臭いが臭ってきても平気だった。

 花子お婆ちゃんの体から香ってくる向日葵の匂いが、死の臭いを打ち消してくれたから。

 

 花子お婆ちゃんの匂い。

 それは優しい匂い。

 向日葵の匂い。

 幸福の匂い。


 何故花子お婆ちゃんから向日葵の匂いが香ってくるのか、花子お婆ちゃんの匂いをかぐたびに不思議に思った。

 毎日毎日、灯台の花壇に植えてある向日葵にお水をやっているから、向日葵の精が花子お婆ちゃんに花の匂いをプレゼントしたのかもしれない。

 あるいは花子お婆ちゃんは向日葵の生まれ変わりなのかもしれない。

「──ポン君、どうしたのボケッとして?」

「ごめん、考え事してたんだよ」

「――花子お婆ちゃんのことでしょう?」

「なんでわかったの!?」

 僕が驚いて問うと、狸子ちゃんは苦笑しながら「だっていつもポン君は、花子お婆ちゃんの事を考えてるじゃない」と言った。

「仕方ないよ。花子お婆ちゃんは僕にとってお母さんみたいなものだもん」

 いや、それ以上の存在だ。


 花子お婆ちゃんは、僕に命を――。

 花子お婆ちゃんは、僕に光を――。

 花子お婆ちゃんは、僕に花の匂いを――。

 僕の大切なモノ、花子お婆ちゃんはそのすべてを与えてくれた。

「──ポン君。前にも説明したかもしれないけど、神様の力と言っても無限じゃないの。有限なのよ。とくにうちの厳左右衛門様はそんなに強い神様じゃないから、花子お婆ちゃんの記憶をすべて取り戻すことは出来ないし、花子お婆ちゃんの病気を治すこともできないの。厳左右衛門様に出来るのは、花子お婆ちゃんが本当に取り戻した記憶を思い出させてあげることぐらいなの」

「――わかってるよ、狸子ちゃん」

 半ば自分に言い聞かせた。

 〝大丈夫だ。花子お婆ちゃんはきっと僕のことを思い出してくれる〟

 僕は花子お婆ちゃんの子供ではなく犬だけど、生まれた時からずっと花子お婆ちゃんと一緒だった。

 寝るときも、灯台へ行くときも、お買い物に行くときも、ずっとずっと一緒だった。

 だから必ず僕のことを思い出してくれるはず。

 でも不安だった。

 〝本当は、花子お婆ちゃんの認知症が治るのが一番いい。〟

 花子お婆ちゃんの病気は認知症と呼ばれる不治の病であった。

 犬の僕には難しいことはわからないけど、なんでも物忘れが激しくなる病気なんだそうだ。

 はじめは些細なことだった。

 お財布を忘れたり――。

 お薬を飲み忘れたり――。

 物の名前を忘れたり――。

 花子お婆ちゃんが忘れてても、僕が吠えてあげれば思い出す程度の事ささやかなことだった。

 だから心配ないと思った。

 でも花子お婆ちゃんの物忘れはどんどんと激しくなり、おかしな行動をするようになった。

 ご飯を食べたばかりなのに、ご飯を食べてないと言って泣き出したり、サイレンの音を怖がるようになったり、一日中ずっと独り言を呟いたり――。

 ついには毎日通っていた灯台への行き方も、僕の名前すらも忘れてしまった。

 そんな花子お婆ちゃんを見て、孫娘のさつきさんは花子お婆ちゃんを一人暮らしさせることは出来ないと判断した。

 誰が花子お婆ちゃんを引き取るかで、親族の間で一悶着あったが、花子お婆ちゃんの旦那さんや子供が亡くなっていることもあり、結局孫娘であるさつきさんが引き取ることになった。

 出来ることなら、僕は花子お婆ちゃんと二人で生活したが、こうなっては仕方がない。

 孫娘のさつきさんとお家に住むしかない。

 僕は覚悟を決めた。でも僕の覚悟は空回りした。

 さつきさんは親戚の一人に僕を預けた。

 一緒に住むのは花子お婆ちゃんだけで、さつきさんは僕を引き取る気など初めからなかったのだ。

 裏切られたと思った。

 僕はずっと花子お婆ちゃんと住んでいたのに。

 それなのに引き裂くなんて。

 僕を置き去りにしようとするさつきさんにむかって散々吠えた。

「ごめんね、ポン。でもお前を飼う余裕はウチにはないのよ」さつきさんはそれだけ言うと、車に乗り去っていった。

 それから数日の間、僕は見知らぬ家で過ごした。

 親戚の人が僕を散歩に連れ出そうとして鎖を外したとき、僕は逃げ出した。

 花子お婆ちゃんのところへ。

 それ以外に僕の居場所などなかった。

 でも、さつきさんの家の場所を知らなかった。

 今いる場所がどこなのか? それすらよくわからなかった。

 花子お婆ちゃんの匂いを辿ろうにも、微かな残香すらも残ってはいなかった。

 僕は考えた末、灯台に向かうことにした。

 毎日、毎日、灯台へ通っていた花子お婆ちゃんのことだ。

 いつか絶対、灯台に来てくれる。

 僕はそう信じて、潮風の匂い。それに混じる微かな向日葵の匂いを頼りに、灯台を目指した。

 道路を渡り、街を通り過ぎ、峠を越え、暗い暗いトンネルを抜け、

僕はなんとか灯台にたどり着いた。

 灯台には誰もいなかった。

 予想していた事だけど、それでも僕は落胆せずにいられなかった。

 疲労と空腹、それに失望まで加わり、僕はその場でへたり込んでしまった。

 灯台に行けば、すべてがよくなると漠然と思っていた。

 でも現実は違った。

 僕が人間だったら、もっと違う手が打てたかもしれない。

 しかし僕は犬で、人間のように賢くもなかった。

 出来ることと言えば、匂いを嗅ぐぐらい――。

 なんだか酷く悲しくなって、泣けてきた。

「──ワン君は、ひょっとして花子お婆ちゃんの知り合い?」

 後ろから少女の声がした。驚くことに少女の言葉は流暢な犬語であった。

 後ろを振り返ると、おかっぱ頭の少女が立っていた。

「飼い犬ですけど・・・・・・」

 僕はびっくりしながらもおかっぱ頭の少女の質問に答えた。

「貴女は誰ですか?」

「私は狸山狸子。権左右衛門様の巫女にして、化け狸よ」

 狸ちゃんは薄い胸をそり返しえばった。

 なるほど化け狸なら犬語も喋れるはずだ。

「で、ワン君の名前は?」

「あっ、僕はポンです」

「ふむ、ポン君ね。ところで花子お婆ちゃんは? 飼い犬のポン君なら花子お婆ちゃんの居場所を知ってるでしょう?」

「それが飼い犬の僕にもわからないです」

 僕はそれまでの事情を話した。

 話を全部聞き終わると、狸子ちゃんは大きなため息をついた。

「恩返ししたい時に、恩人がいないなんて――。これじゃあ、私は恩知らずの狸公よ。あの首が長いだけが取り柄の鶴でさえ、ちゃんと恩返ししていると言うのに・・・・・・」

「恩って? 昔何かあったんですか?」

「まだ私が修行中の化け狸だった頃、卑劣な猟師野郎の罠に引っかかったことがあったの。危うく死ぬところだったけど、たまたま通りかかった花子お婆ちゃんに助けてもらってね。本当ならすぐにでも恩返ししたかったけど、その頃の私は可愛いさと可憐さと美人だけが取り柄のただの愛くるしい子狸ちゃんだったから、なんの恩返しも出来なかった。だから修行して立派な化け狸になったら恩返しするつもりだったんだけど――」

 ──まさかこんなことになってるだなんて

 そう言うと狸子ちゃんは地を叩き号泣しだした。

 僕はどうしていいのかわからず、ただオロオロとしていた。

 〝よくわからないけど、慰めないと〟

 僕は慰めの言葉をかけようと狸子ちゃんに近寄ると、狸の少女はむくりと頭を起こした。

「――恩返しよ。化け狸の名誉にかけて恩返しよ。ここで恩返ししなかったら、化け狸の名が廃るわ」

 狸子ちゃんは自分一人で立ち直ることに成功した。

「――というわけでこれからオペレーション恩返し始動するから、ポン君も協力してね」と高らかと宣言した。

「――オペレーション恩返しって、具体的に何をするんですか?」 

 恩返ししようにも、僕等は花子お婆ちゃんの居場所すらわからない。

「安心してポン君。私達には権左右衛門がついているわ」

 狸子ちゃんは権左右衛門様の立派な金玉を指さした。

「――アレで何をするつもりなんですか?」

 たしかにあれだけ大きければ御利益がありそうだが。

「ふふふ、ああ見えても権左右衛門は本物の神様だから、ちゃんとお願いすすれば、願いを叶えてくれるわよ」

「本当ですか!? 厳左右衛門様にお願いすれば、花子お婆ちゃんの記憶も取り戻せるの?」

「──たぶんね」

 狸子ちゃんは僕を喜ばせた後、冷水を浴びせた。

「――たぶんって。ちゃんとお願いすれば、厳左右衛門様はお願いを叶えてくれるじゃないですか?」

「ポン君、厳左右衛門様は八百万の神様達の中でもそんなに力のある神様じゃないし、それに結構年だから若い頃に比べて力も弱まってるのよ。断言するにはちょっと不安な状態なのよね」

「──やっぱりダメなんですか」

 落胆のあまり肩を落とす。

「そんなに落ち込まないでポン君。ちょっと厳左右衛門と交信して聞いてみるから」

 狸子ちゃんはそう言うと祝詞を唱え始めた。

「タヌ、タヌヌ、タヌチッチ。狸の金玉子沢山」

 厳左右衛門様に訴える祝詞は、子供が五秒で考えて作ったような適当な祝詞であった。

 こんなんで本当に神様と交信できるのであろうか?

 見ている僕は堪らなく不安になったが、ここは厳左右衛門様の巫女である狸子ちゃんにまかせるしかない。

「──タヌタヌタヌマーレ!」

 狸子ちゃんが絶叫すると、風もないのにスカートがめくれあがった。

 狸子ちゃんの履いてるパンツは、ピンク色のヒラヒラしたフリルのパンツだった。

「ちょっと何すんのよ、このスケベ爺!」

 狸子ちゃんは厳左右衛門様の巨大な金玉を蹴り上げたが、厳左右衛門様の金玉は金属製なので、ノーダメージであった。

 蹴った狸子ちゃんの方は足を抱えこみながらケンケンしている。

「たくっ! もう役立たずの年寄りのくせに無駄に固いだから!」

 狸子ちゃんは品のない悪罵を放った。

「──まあいいわ。理不尽なセクハラに耐えるのも巫女の仕事の一部だから。それよりもアンタの力で花子お婆ちゃんの記憶を取り戻せない?」

 狸子ちゃんはようやく本題に入った。僕は聞き漏らすまいと耳をすました。

「──それぐらい朝飯前ですって。耄碌爺のわりには大きく出たじゃない」

 僕は喜びのあまり尻尾をブンブン振り回した。

「──が、儂も年だから取り戻すことが出来る記憶は、花子お婆ちゃんが本当に思い出したい記憶だけですって! けち臭いな。アンタも神様の端くれなんだから、景気よく子お婆ちゃんの記憶をすべて取り戻すことぐらい出来ないの?」

「──私がペチャパイだから力が出ないですって! 散々セクハラしといて、人の乳に文句をつけるってアンタは神様にでもなったつもり!?」

 狸子ちゃんは自分がお仕えする神様に罵声をたたき付けると、

「──と言うわけで花子お婆ちゃんの記憶を全部取り戻すことは出来ないけど、花子お婆ちゃんが本当に取り戻したい記憶は蘇らせることが出来るみたい」

「それだけでも大丈夫だよ、狸子ちゃん」

 花子お婆ちゃんが本当に思い出したい記憶。

 それは僕のことにきまっている。

 毎日、毎日、僕と一緒にいたのだから。

 毎日一緒に灯台に通っていたのだから。

 花子お婆ちゃんはきっと僕のことを思い出したいと思っているに違いない。

「──喜びに水を差すようで悪いんだけどポン君。神様に奇跡を起こしてもらうには、神様パワーを充電しないといけないの」

「神様パワー?」

「奇跡を起こすためにエネルギーが必要なのよ。神様によってエネルギー源はいろいろあるけど、権左右衛門様の場合はずばりエロスよ。権左右衛門様にエロスを見せつけて、あのしおれた役立たずの棒をビンビンにしないといけないのよ!」

 狸子ちゃんは権左右衛門様の大切なところを指さした。僕は狸子ちゃんが張り切ってくれるのは嬉しいだけど、女の子が男の人の大切な所を指さすのは女の子としてはどうかと思う。

「狸子ちゃん、でもどうやって権左右衛門様にエロスを充電するの?」

「ポン君の目は節穴? ここにエロスと清純さという矛盾を体現したセクシー美少女がいるでしょう」

 狸子ちゃん自信たっぷりに宣言すると、突然たこ踊りをし始めた。

 僕は、春の暖かな空気が狸子ちゃんの頭に奇妙な影響を与えたのかと思って、心配になってワンワンと吠えた。

 そんな僕に向かって、狸子ちゃんは大丈夫、私に任せて的なウインクを送ってきた。

「ガンダーラ!」

 狸子ちゃんは意味不明な言葉を叫びながら、自分のおなかを両手で思い切り叩いた。

 狸子ちゃんの顔には、すべてを出し尽くした的な会心の笑みがあった。

 〝ひょっとしてこれは踊りのフィニシュ的な何かなのかな? というか、狸子ちゃんはまさかこのタコ踊りで権左右衛門様にエロスを充電しようとしているのかな?〟

 無理だ。努力は買うけど、絶対無理だよ、狸子ちゃん。

 僕は心の中で狸子ちゃんに突っ込みをいれた。

 案の定、権左右衛門様さまの大切な所もピクリとも動かなかった。

「なっ、なんで狸子の会心のセクシーダンスで反応しないのよ! 年ね、押し寄せる年の波に負けてちゃってるのね、アンタの情けない息子は。いいわ、次は情熱のフラメンコでアンタの木偶の坊を目覚めさせてあげるわ」

 その後、狸子ちゃんは色々な踊りを披露するも、権左右衛門様の大切なところは無反応であった。

「──まさか本当にインポになっちゃったの?」

 狸子ちゃんは心配そうに、権左右衛門さまの大切な所を見つめた。

「それは違うじゃないかな?」

 ――狸子ちゃんのダンスが悪いじゃないのかな、と本当は言いたかった。しかし一生懸命タコ踊りを披露してくれた狸子ちゃんに悪いと思って、何も言えなかった。

「そうよね、全身海綿体な権左右衛門がインポになんかなるわけないしねぇ――」

 狸子ちゃんがそう呟いた瞬間、狸子ちゃんの前髪の一部が天にむかってピンと伸びた。

「どうしたの、狸子ちゃん!?」

 僕が驚いて声をあげると、

「大丈夫! 神様電波を受信しただけだから」

 狸子ちゃんは静かに目を瞑り、精神を集中し始める。

「――なんですって、タコ踊りではなく、若い男女がキスするような青臭い感じのやつが見たいですって」

 ――誰がタコ踊りよ!

 狸子ちゃんが地団駄を踏んで憤慨するも、僕は心の中で「あれはどう見てもタコ踊りですよね」厳左右衛門様の意見に同意した。

「わかったわよ、こうなったら狸と犬との禁断の愛を演じてみせてやるわよ」

 狸子ちゃんはどうやら僕とキスシーンを演じようとしてるらしい。

僕は犬だからぺろぺろするのは得意だけど、僕が狸子ちゃんにペロペロしても全然エロスにならないような気がする。

 それは神様も同じ気持ちであった。

「──やらせではなく、リアルラブを、ですって。しかも壊れかけの灯台でキスするところが見たい!? なんてマニアックなのこの狸野郎は!」

 狸子ちゃんは一人毒突く。

「しかも三回見ないとフル勃起しないですって。こんなデートスポットでもなんでもないオンボロの灯台で、若人達が三回もチュウチュウするわけないでしょう!」 

 狸子ちゃんは自分が仕える神様にむかって怒鳴った。

「──そこを何とかするのが巫女の仕事だろう。うんじゃあ交信終わりですって! くう、なんたる傲慢。神様だからって調子にのるな!」

 狸子ちゃんはひとしきり怒鳴ると、膝を抱え座り込んだ。

「――どうしようポン君」

 狸子ちゃんは涙目であった。

「あんなクソ狸のチンチンなんて、EDになろうが腐れ落ちようが全然構わないだけど。でもあいつを欲情させないと、花子お婆ちゃんに恩返しできないよ」

 狸子ちゃんは自分の言葉に刺激されたのか、自分のお腹をポンポンと叩きながら泣き出した。

 僕も泣きたい気持ちは一緒だが、先に泣かれてしまうと冷静になってしまう。

「泣かないで狸子ちゃん。一緒に考えれば何かいいアイデアが思いつくよ」

「――そうね。泣いてても仕方ないわよね。私達ががんばらないと、花子お婆ちゃんを助けることできないものね」

 狸子ちゃんは涙を拭き、地面に胡座をくんで考え込む。

「うーん。健全な若人が人気のない灯台で発情してチュウチュウする方法かぁ。そんな方法あるのかな?」

「ロマンテックは? 人間のカップルってロマンテックなのが好きなんでしょう?」

 花子お婆ちゃんと一緒に見たドラマのカップルは、みんなロマンテックが好きだった。

「ロマンテック? このボロ灯台がねえ――」

 狸子ちゃんは灯台をしげしげと見つめた。僕も一緒になって灯台を見つめた。1

 灯台の壁の所々には、ヒビが走っていた。

 塗装もはげている。

 投光器が壊れているので、もう光を放つこともない。

 どこからどう見てもおんぼろの灯台。

 でも、花子お婆ちゃんはこのおんぼろの灯台が大好きだった。

 だからといってカップルが灯台を好むとはとても思えない。

「――思いついた!」

 狸子ちゃんは突然大声を出した。

「どうしたの狸子ちゃん?」

「でっちあげよ。ポンくん!」

「でっちあげ?」

 あまり響きの良くない言葉を耳にして、僕は心配になった。

「この灯台でキスしたカップルは永遠に結ばれるって嘘をでっち上げて、新聞で宣伝すればいいのよ」

「嘘をつくのはいいとしても、新聞の方は大丈夫なの? 広告出すのってすごくお金かかるんでしょう?」

「心配しないでポンくん。私は美人で可愛いたんなる普通の女子高生に過ぎないけど、メディアを一つぐらいすでに手中に収めているわ」

「えっ、狸子ちゃん新聞持ってるの?」

「もちろんよ。なんせ私が立ち上げたんですから」

「立ち上げた?」

「私の通ってる学校は文明開化が遅れてるから、新聞部なんて文明的なものがなかったの。だから四国の女坂本竜馬と呼ばれた私が立ち上げたのよ」

「そうなんだ、凄いね」

 僕は狸子ちゃんを尊敬の念を抱いた。

 人間達は何故だか知らないけど、小さい文字がいっぱい書いてある新聞が大好きだ。

 花子お婆ちゃんも、毎日かかさず新聞を読んでいた。

 テレビ欄とチラシしか読んでなかったけど、それでも毎日新聞を手に取っていた。

 そんな凄い新聞を作ってるなんて――。

「まあね。能ある狸は尻尾を隠すだから」

 ただ――。狸子ちゃんは言葉を濁す。

「発行したばかりだから、部数が少ないのよ。だからポン君新聞配るの手伝って!」

 狸子ちゃんは僕にむかって手を合わせた。

「もちろんだよ、狸子ちゃん」

 嘘をつくのは心苦しいが、キスをして困る人間もいなそうなので、ここは花子お婆ちゃんのために目を瞑ることにした。


 その後、狸子ちゃんが作った新聞は思ったよりも捌けず、狸子ちゃんは紙面を華やかにするために、恋いのおまじないまででっち上げた。

 それでも新聞はなかなか捌けなかった。

 だから毎日狸子ちゃんと一緒に新聞を配った。

 頑張って新聞を配った結果、一平さんにポン子ちゃん。直人さんに朱美ちゃん、二組のカップルが灯台でキスしてくれた。


 あと一組。


 あともう一組のカップルがキスしてくれれば、権左右衛門様の神様パワーは満タンにすることが出来る。

 そうすれば、花子お婆ちゃんが本当に思い出したい記憶を蘇らせることができる。

 記憶さえ戻れば、花子お婆ちゃんはきっと灯台に来てくれる。

 花子お婆ちゃんの大好きな灯台が壊されるまえに、なんとしても花子お婆ちゃんに思い出して貰わないと。

 だから今日も頑張らないと。

「新聞を配りにいこう、狸子ちゃん」

「うん、ポン君。でも朝ご飯食べてからにしようか」

 狸子ちゃんに言われて、僕は朝ご飯を食べていないことに気づいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ