表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
26/52

and I love you 改稿

どこまでも続く青い地平線にむかって、願いを込めながら紙飛行機を飛ばした。

 〝お願い直人の元に届いて〟

 しかし紙飛行機は海風に弄ばれ、どこかに消えていった。

 〝こんなことをしても無駄なんだ〟

 こんなのたんなるおまじないだ。

 何千、何万と紙飛行機を飛ばしたところで、願いなんか叶えられない。

 こんなところで紙飛行機なんか飛ばすぐらいなら、直人に電話をかけた方が、願いは叶う。

 そんなこと、小学生のボクでもわかっている。

 

 でも――。

 

 丸太ん棒。

 丸太女。

 

 心の暗い場所からわいてくる言葉が鎖となって、ボクを縛る。

 直人のあのぶっきらぼうで下品だけど、優しい声が聞きたいのに。

 性格と全然似合わない、あの完璧な王子様顔がみたいのに。

 あの暖かな手で、頭を撫でてもらいたいのに。

 でも直人に会うのが怖い。怖くて怖くて堪らなかった。

 ――直人、もう会えないのかな。

 飛行機を飛ばそうとする手が止まり、涙が零れそうになる。

「どうしたの、朱美ちゃん? 紙飛行機まだいっぱいあるわよ」

 隣に座ってる福ちゃんはニコニコ笑いながら、青い紙飛行機を手渡してくれた。

 〝こんなことしても無駄だよ、福ちゃん〟

 ──そう言いたかった。でも福ちゃんの笑顔を見ると言いづらかった。

 ボクは仕方なく紙飛行機を受け取ると、海に向かって飛ばした。

 青い紙飛行機は潮風に弄ばれ、海に落ちていく。

 ──想いは届かない。

 今度はお姉ちゃんがボクを励ますように次の紙飛行機を手渡してくれた。

 無言で受け取ると、紙飛行機を飛ばした。

 紙飛行機は逆風に飛ばされ、あさっての方向に吹き飛ばされてしまった。

 堪えきれなくなって、涙がこぼれた。

 涙は涙を呼び、悲しみは体を震わせた。

「──朱美ちゃん」

 福ちゃんはボクの背中を優しくさすってくれた。

 でも涙は次から次へと流れ落ちた。

「──一生懸命おったのに」

 想いは届かない。

「──直人に会いたいのに」

 願いは叶わない。

 ボクの好きな人は、ボクを置いてどんどん遠くへ行ってしまう。

 直人も吉永君も。

 みんな足があるのだから。

 丸太ん棒のボクとは違って、みんな足があるのだから。

 ボクを置いて、走っていってしまう。

 ボクの瞳から涙が零れ、汚らしい毛布を濡らしていく。

 

 こつん。


 ボクの頭に何かが当たった。

 よれよれの赤い紙飛行機がボクの足下に墜落した。

 ボクは驚いて赤い紙飛行機を拾い上げた。

 ――見覚えがある。ボクが作った紙飛行機だ。

 ボクの作った紙飛行機はよれよれでボロボロだった。

 今日作ったばかりの紙飛行機にはとても思えなかった。

 不審に思ったボクは赤い紙飛行機を開いた。

 

 ボクの王子様へ。


 直人と出会う前に作った紙飛行機だ。

 直人の名前すら知らなかった時に作ったボクの紙飛行機。

 ずっと前に飛ばした紙飛行機。

「・・・・・・なんでなの?」

 頑張って作ったのに。

 おまじないを信じて、怖いのを我慢して灯台まで行って飛ばしたのに。

 なんで?

 なんで戻ってくるの?

 願いは届かない。

 ボクの願いは届かないんだ。

 ボクは赤い紙切れと化した紙飛行機を投げ捨てた。

 赤い紙切れは潮風に吹き飛ばされ、空高く舞い上がる。

「──もうやだ。帰ろう福ちゃん」

 誰もいないあの部屋へ。

 夜の闇に守られたあの部屋へ。

 誰もボクの足を嗤わないあの暗い部屋に帰りたい。

 それにキラキラと光る太陽を見ると、きっと直人のことを思い出してしまうから。

 だから暗い暗い自分の部屋に帰りたかった。

「まだこんなに紙飛行機残ってるから、もう少し頑張って飛ばしてみたら、朱美ちゃん。せっかくこんなに作ったんだから」

 福ちゃんは紙飛行機がいっぱい入った紙袋を、ボクに見せた。

 紙袋のなかにはイロトリドリの紙飛行機がぎっしりと詰まっていた。

 暗い部屋で福ちゃんと二人で、願いを込めながら折った紙飛行機。

 ボクの願いを乗せて飛ぶ、大切なボクの紙飛行機。

 ──いらない。

「もうこんなのいらない!」

 福ちゃんから紙袋を紙飛行機をすべてぶちまけた。

 紙袋の中に入っていた無数の紙飛行機は潮風に煽られ──

 空高く舞い上がる。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、金、銀、

 無数の紙飛行機が、 

 イロトリドリの紙飛行機が、

 風に乗って飛び回り、青空をカラフルに彩る。

 綺麗な光景。

 でも綺麗なのは一瞬だけだった。

 気紛れな潮風が、紙飛行機を道路の方へ押し戻してしまった。

 

 ──どこにも届かないボクの紙飛行機。

 ──どこにも届かないボクの想い。

 ──どこにも届かないボクの願い。


「――おい。おれの頭は空港じゃないだからあんまり飛ばすなよな」


 えっ。

 驚いて後ろを振り返ると血だらけでボロボロの直人が立っていた。

 直人の足下には、無数の紙飛行機が落ちていた。

 願いは──。

 〝届いていたんだ!〟

「直人っ!」

 想いが爆発し、自分の不自由な体のことを忘れて車椅子から飛び出そうとした。

 車椅子はバランスを崩し、ボクは地面に転げ落ちそうになった。

 直人は素早く駆け寄ると、ボクとずり落ちそうになる毛布を抱きとめてくれた。

「──もう目を離さないからな朱美」

 直人の声。

 直人の体温。

 そのすべてが愛おしくて、直人の体を強く抱きしめた。

「──直人」

 伝えたいことも、聞きたいこともいっぱいあるけど、でも名前を言うだけで精一杯だった。

 直人はボクを励ますかのように背中を優しく撫でててくれた。

「直人、お願い。ボクを灯台の展望台に連れて行って」

 ボクにはまだ叶えていない願いがあった。

 直人はちらりと福ちゃんの方を覗う。

「いってらっしゃい、舞島君。舞島君の体力なら朱美ちゃん抱っこしても平気でしょう」

「そりゃあ平気だけど。福ちゃん達は?」

「私達はここで待ってるわ」

「わかった。なら行くか朱美」

 直人はそう言うと、ボクを毛布ごと優しく抱きかかえてくれた。

 直人は灯台の狭い入り口を慎重に潜った。

 灯台の中はボクの部屋のように薄暗かった。直人は狭い螺旋階段をゆっくりと昇っていく。

 階段を一段、また一段と昇っていくたびに、ボクの心臓の鼓動は上がっていった。

 ボクは直人の胸にそっと耳を当てた。

 直人の鼓動は静かな海のように落ち着いていた。

「──ずるい」口のなかで小さく呟く。

「──なんか言ったか、朱美?」

「なんでもない! それよりも直人、なんで怪我してるの?」

「──男には色々とあるんだよ」

「──どうせ喧嘩でしょう。直人はボクの──」

 ──王子様なんだから。

 そう言いたかった。でも臆病なボクの唇は、

「──先生なんだから」

 あっさりとボクを裏切った。

「──そうだな。これでも一応おれも先生だからな。もう馬鹿はしねえよ、朱美」

「──約束する?」

「ああ。約束する」

「なら許してあげる」

 直人は灯台の螺旋階段を昇り、錆びた鉄の扉の前にたった。

 この錆びた扉の向こうに──。

 ボクの未来が。

 ボクの新しい未来が待っている。

 そう思うと心臓が破裂するほど高鳴るのに、直人はなんのためらいもなく錆びた鉄の扉を開いた。

 文句を言ってやろうと思った。

 でも錆びた鉄の扉のその向こうにある世界は──。

 ──光に溢れていた。

 空も

 海も

 街も

 光で充ち満ちていた。

 海原を飛ぶカモメや、

 道を歩く人々にも、

 散歩をしている犬にも、

 光は届いている。

 世界のありとあらゆる場所、世界のあらゆる生き物に、光は届いていた。

 深い真っ暗な海を泳いでいる深海魚にだって、光はきっと届いている。

 暗い部屋に閉じ籠もっていたボクにも、光は届いたのだから。

 光を浴びてキラキラと輝いてる直人の金髪に手を伸ばした。

「──直人に抱っこしてもらえば、足のないボクも王冠にさわれるだね」

「──王冠?」直人は怪訝な顔をして、ボクの顔を覗き込む。

 直人のサファイヤのような青い瞳に見つめられると、ボクの体温はまた一つ上昇した。

「──直人の髪、光を浴びるとキラキラと光って、王子様がつけている王冠みたいになるんだよ」

「──キラキラ光るって、親父のはげ頭みたいだな」

 ボクの王子様はそう言った後、馬鹿笑いした。

 ――雰囲気も何もあったもんじゃない。

 〝直人は格好はいいだから、もう少しちゃんとすればいいのに〟

 でも直人がちゃんとしたら、格好よすぎてボクなんか近づけなくなってしまうかもしれない。

「──なら残念王子様でいいか」

「うん? なんか言ったか朱美?」

「聞こえなかったの?」

「ああ。潮風がうるさくてな」

「──ならもっと耳を近づけて、直人」

「こうか」

 直人は何も疑わずに、ボクの唇に耳を寄せる。

 ボクは直人の頭に強引に抱きつくと、無防備な直人の唇を奪った。

 直人の唇はレモンではなく、血の味がした。

「──来てくれてありがとう、直人。これはボクからのお礼」

 直人はマジマジとボクの顔を見つめた後、何か言おうとした。

 その瞬間、強い海風が吹いた。

 ボクの足を覆い隠していた毛布は、海風の手によって掠われてしまった。

 ボクの毛布は、翼を広げた海鳥のように青空を舞う。

 直人はただ呆然と空を飛ぶ毛布を見つめていた。

 ボクは空を見上げながら、長年の友に別れをつげた。


 さようなら、ボクの毛布。

 さようなら、ボクの暗闇。


 ──そして今までありがとう。

 もう君がいなくても、ボクは大丈夫だよ。

 ――直人がいるから。

「そのすっ、すまねえ。油断しちまった」

 直人は焦りまくっていた。直人はボクが暴れ出すと思っているのだ。

「直人、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。毛布がなくてもボク平気だから。それよりも直人、ボクが飛んでちゃわないようにぎゅうっとして」

 直人はちょっと戸惑ったが、結局はボクを抱きしめてくれた。

「こっ、こうか」

 直人の白い頬は少しだけ赤みが差していた。

 ボクは直人の気持ちを確かめるために胸に耳を当てた。

 直人の心臓は、螺旋階段を昇っているときよりも、ほんの少しだけ鼓動が早くなっていた。



 朱美を抱っこしながら灯台を降りると、福ちゃん達と、それに汗だくの加藤姉妹が突っ立ていた。

 〝面倒くさいことになりそうだな〟

「──おう、追いついたか」

「──追いつたかじゃないわよ! バイトの途中だというのに、人の自転車勝手に奪って――」

 加藤の言葉が途切れた。

 朱美の足が丸出しになってることに気づいたからだ。

「──もう見られても平気だよ、お姉ちゃん──」

 ──直人がキスしてくれたから。

 朱美はとんでもないことをさらりと口にした。

「キスって、小学生相手になにやってんのよ、アンタは!」

 まず加藤が噴火した。

「直人さん、卒業まで誰とも付き合わないじゃなかったんですか!」

 次いで妹の方も噴火した。

「──そう喚くな。これにはいろいろと深い事情があるんだよ」」

 おれがしどろもどろ弁解していると、朱美がシャツの袖を引っ張った。

「直人、この二人にも告白されたの?」

「いやまあ――」

 おれは珍しく言葉を濁すと「この二人だったら足がなくても勝てそう」

 朱美は火にガソリンを注いだ。

 加藤姉妹は言い返したいらしいが、小学生の朱美相手じゃなにも言い返せない。

「モテモテね、舞島君」

 福ちゃんがいつものニコニコ顔でちゃかす。

「いやモテモテて福ちゃん。こんな色気のないメンバーにモテてもおれ嬉しくないよ」

 おれがぼやくと、三人に一斉に睨まれた。

「──なんですって!」

 いがみ合う三人が口をそろえて、おれに文句をつける。

 おれが何か言い返そうとすると、朱美のチョップが飛んできた。

 ──それも三回も。

「なんで三回もチョップするんだよ!」

「一人一発づつでちょうど三発でしょう」

 朱美は宣う。おれはこれ以上余計なこと言って、怒り狂ってる女共を刺激したくなかったので、黙っていることにした。

 〝なんでもいいが重いな〟

 さっきからずっと朱美を抱っこしているので、いい加減疲れてきた。

 朱美を車椅子に座らせることにした。

 愛さんと福ちゃんが手伝ってくれた。

「──もうライナスの毛布はいらないのね」

 福ちゃんは朱美を車椅子に座らせると、小さな声で呟いた。

「ライナスの毛布?」

 おれが問い返すと「王子様には敵わないってことよ」

 学のないおれには福ちゃんの言葉の意味がわからなかった。

「それより舞島君ナイスタイミングだったわね」

「──ナイスタイミングって?」

「えっ、メール見て灯台に来てくれたんじゃないの?」

「いや、灯台の方から紙飛行機がいっぱい飛んできたから、多分ここだと思って来ただけだけど?」

 福ちゃんはおれの言葉を聞くと絶句した。福ちゃんは驚きがさめると、おれに何か言おうとした。

 犬の鳴き声が割ってはいる。

 見ると、鞄を背負ったポンだった。

 鞄の蓋の隙間から新聞がのぞいてる。

 勤労犬はどうやら朝から新聞を配っていたようだ。

 ポンはおれの足下によってくると、白いモフモフした頭をおれのすねに擦りつけてきた。

 おれはポンを抱き上げると、女共に聞こえないように小声で呟いた。

「ポン、女なんかに捕まるなよ。色々と面倒くさいからな」

 ──直人さん、聞こえてますよ。

 愛さんはくすりと笑いながら教えてくれた。

 おれの愚痴をキャッチした耳聡い三人組は、おれを睨みつけていた。

 〝こういう時だけは結束しやがる。〟

 おれは心の中で呟くと、ポンをそっと地面に下ろした。

 ふと空を見上げると、朱美の足を隠していたアノ汚らしい毛布が、潮風をはらみ、夏の太陽の下で羽ばたいていた。



ここで第二部終わりです。

つぎの第三部で、この長い物語も終わります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ