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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
25/52

Prelwde 改稿

長い夜が明けようとしている。

 おれは立ち番をしているお巡りの横を通り過ぎて、警察署を後にした。

 おれは顔を出し始めたばかりの太陽にむかって、大きく欠伸をした。

 顎を動かすと、片桐の馬鹿に殴られた頬が酷く痛んだ。

「あの馬鹿、ちっとは手加減しろよな。痛てぇだろうが」

 片桐に殴られた頬はタチの悪い虫歯みたいに痛んだが、それでも殴られる前より、気分はスッキリしていた。

「――ありがとうよ、片桐」

 殴ってくれたお礼に、片桐の好きな週刊実話でも差し入れてやるか。 

 おれは家に向かって歩き出した。

 それにしても、朱美の方はどうするか?

 おれは歩きながら考えた。

 片桐と亀吉のことはこれ以上考えても仕方がない。

 後は裁判所がケリをつけてくれる。

 しかし朱美のほうはまるで片付いていなかった。

 どこから手をつけていいのか、それすら馬鹿なおれにはさっぱりわからなかった。

 ただ一つはっきりしていることは、朱美にたいして何かをしてやりたかった。

 ──それが謝ることなのか。

 ──それ以外の何かなのか。

 馬鹿なおれにはわからなかった、

 〝くそ、難しいな〟

 相手が片桐だったら、ぶん殴るなり、酒を飲むなり、喧嘩しにいくなり、簡単な解決方法がいくらでも頭に思い浮かぶのだが、朱美の事になるとさっぱりと思いつかない。


 〝ああくそっ〟


 女とまともに付き合ったことがないおれには、小さな女の子の扱い方なんてわからない。

 しかも朱美はただの女の子じゃない。

 重い障がいを負っている。

 学校で虐められた事もあったらしい。

 朱美は体だけではなく、心にまで傷を負っている。

 おれはそんな女の子にたいしてどう接したらいいだろうか?

 

 まるでわからなかった。

 

 会った瞬間、いきなりパニクられたらどうする?

 不用意な言葉で朱美を傷つけてしまったらどうする?

 朱美のことを考えれば考えるほど、色々な不安が頭をもたげる。

 おれは苛々して髪の毛を掻きむしった。

 〝おれこんなに考える男だったけ?〟

 昔はこんなに考えていなかったような気がする。

 勢いと瞬発力だけで行動してたような――。

 自問自答しているうちに家についてしまった。

 〝一寝入りしてから考えるか〟

 疲れた頭で考えても暗くなるばかりだ。

 少し寝て、起きたら福ちゃんに電話して相談しよう。

 〝そういや携帯どうしたろう?〟

 警察署入るとき、携帯の電源を切っておいた。

 その間、ひょっとしたら福ちゃんから、電話なりメールなりが入ているかもしれない。

 おれは携帯をチェックしようと、電源のスイッチを押した。

 一瞬ついたと思ったら、携帯の画面はすぐに消えてしまった。

 携帯のバッテリーは切れてしまったようだ。

 そういや昨日バッテリー充電するの忘れてたな。

 それにしても眠い。

 とりあえず寝るか。

 おれは大あくび一つこいて、アパートの階段を昇ろうとした。

 ふとチラシとダイレクトメールで溢れかえっている郵便受けが目についた。

 〝そういやしばらく、郵便受けを開けていなかったな〟

 どうせ宅配ピザのチラシやら、うさんくさい健康食品の広告ぐらしか入ってないんだろが、光熱費の支払いのハガキとかもあるのでたまには開けないと不味い。

 おれは郵便受けの蓋をあけた。宅配ピザのチラシ、怪しげな健康食品の広告、マルチの誘いなどで郵便受けはいっぱいだった。

 おれは大量の広告を小脇にはさみながら、なにか重要なモノがないかと郵便受けの中を漁った。

 電気代の請求書の下に、デフォルメされたウサギの絵がプリントされた手紙が隠れていた。

「なんだこりゃあ?」

 一人暮らしの野郎の家には不似合いな郵便物である。

 おれは気になって手紙を手に取る。


 舞島先生へ。


 驚いて手紙の裏を見ると、鷲尾朱美と丸文字で書かれていた。

「朱美からか!」

 おれは慌てて手紙の封を切った。

 

 舞島先生、いつも勉強を教えてくれてありがとう。

 本当は手紙じゃなくて、ちょくせつ舞島先生ににありがとうっていいたかったんだけど、でも恥ずかしくて言えないから手紙を書くことにしました。

 あらためてお礼をいいます。

 本当にありがとう、舞島先生。

 こうやって手紙をかけるのも、まだ一人じゃむりだけど、郵便局に手紙を出しにいけるようになったのも、福ちゃんと舞島先生のおかげです。

 だからもう一回言うね、ありがとう舞島先生。


 ps外が怖くなくなったら、遊園地連れて行ってね。



 手紙が震えだした。

 おれの手が震えてるからだ。

「――なにがありがとうだ。――なにがPSだ。こんなもん――」

 ――書くなんてズリぃよ。

 全身を激しく震わせる衝動が涙を絞り出し、手紙を濡らした。

 小脇に挟んでいたチラシの束が地面にばらまかれる。

 気がつくと、おれは走り出していた。

 〝わからねぇ〟

 格好いい言葉も。

 謝罪の言葉も。

 優しい言葉も。

 気の利いた言葉も。

 馬鹿なおれにはわからなかった。

 福ちゃんのように賢くもないから、朱美を上手くサポートしてやることも出来なかった。

 おれは何もわからない、たんなる大馬鹿野郎だ。

 でも行き先だけはわかっている。

 鷲尾朱美のいるところだ。

 おれは街中を駈けた。

 一刻も早く朱美の元へ。

 気ばかり焦る。

 いきなり横から蹴られた。

 大した威力の蹴りじゃなかったが、完全に不意を打たれたので思い切り転んでしまった。

「痛てぇなぁ! なにすんだテメー!」

 おれは怒鳴りながら蹴られた方に顔を向けると、見覚えのある顔がおれにガンをくれていた。

「舞島、昨日はよくもやってくれたな。今からテメーの家に追い込みかけてやろうと思っていたら、馬鹿がテメーから飛び込んできやがった」

 ラッパー気取りの三人組だった。

 いや、ラッパー軍団か。

 昨日ぶちのめした三人の後ろには、さらに頭の悪そうな五人組が偉そうにふんぞり返っていた。

 リーダーは誰だ。

 多人数と喧嘩するときは、頭を叩けば後はなんとかなる。

 おれは素早く馬鹿共の値踏みする。

 はげ頭に刺青をいれた取り返しのきかない馬鹿が、リーダーぽかった。

 ──あの刺青頭を素早く叩くか。

 しかし――。

 頭の中で連行される片桐と亀吉の姿が思い浮かんだ。

「――今日は大人しくブチのめされてやるから、とっと済ませろ」

 言い終わると同時に袋にされた。

「なに格好つけてんだ! テメーなんか片桐がいなけりゃ怖くも何ともねーだよ!」

 馬鹿が叫ぶ。

「うるせえだよ、ボケ!」

 余計なことを叫んだら、耳にピアスを何個もつけている馬鹿男に、腹を思い切り蹴られた。

 激痛で声もでない。

 〝肋にヒビぐらい入ったかもな〟

「うんなじゃ手ぬるいだよ。これでエグっちまえよ」

 リーダー格の刺青頭が、ピアス男にバタフライナイフを渡す。

 〝余計な知恵つけやがって〟

 誰かがおれの髪を引っ張り上げ、無理矢理顔を上げさせた。

 ピアス男は泥で汚れたおれの頬にナイフの刃を押し当てた。

「人の顔を傷モンにするんだ。テメーも覚悟しろよ」

 精一杯の虚勢。

「そんなんでビビるかよ!」

 ──やっぱダメか。抵抗しようにも二人がかりで押さえつけられてるし、ボロクソにやられてるので力も出ない。

 ピアス頭がバタフライナイフを振り上げる。

「お巡りさんこっちです!」

 女の声が割って入った。

「やべぇ、お巡りだ。ふけるぞ」

 馬鹿共は逃げ出していった。

「助かったのか・・・・・・」

 全身の力が抜け落ちた。

「舞島、大丈夫!?」

「直人さん、大丈夫ですか!」

 おれを助けてくれたのは、加藤姉妹だった。

 加藤姉妹は新聞配達の途中らしく、姉は新聞屋の使うごっつい自転車に乗っていた。妹はママチャリに乗っていた。

「──なんだお前等か。お巡りは?」

「ハッタリに決まってるでしょう! 朝っぱらからアンタはなにやってるのよ!」

 加藤はお袋のようにおれをしかり飛ばす。

「説教はあとで聞くから、加藤チャリを貸してくれよ」

 おれはそう言いながら、新聞配達用のチャリに乗っている加藤を押しのけようとした。

 加藤はコアラのようにハンドルにしがみついた。

「ちょっ、なに人の自転車を奪おうとしているの! だいたいそんな体でどこに行こうというのよ、病院!?」

「病院じゃねーよ。あとで返すから貸してくれ」

「バイト中だし、怪我人に自転車なんか貸せないわよ」

「──加藤、財布落ちてるぞ」

「えっどこ?」

 ありもしない財布を捜しだす加藤。

 おれはその隙にチャリを奪い逃げ出した。

「直人さん!」

 恵が叫ぶ。

「自転車泥棒!」

 姉が叫ぶ。

「後で返す!」

 振り返りもせず怒鳴り返すと、体中の痛みを無視して朱美の家にむかってペダルを踏んだ。


 全身の骨が折れる前になんとか鷲尾の家にたどり着いた。

 おれは痛みを堪えながらチャリを降りると、ピンポンを押した。

 誰も出てこない。

「――あれ?」

 こんな朝早くにどこかに出掛けたのか?

 よく見たら車もなかった。

「どこ行ったんだ?」

 おれが考えこんでいると「──舞島、アンタ早すぎ」

 ママチャリに二人乗りした加藤姉妹が現れた。

 二人とも汗まみれであった。

「──直人さん、事情はよくわかりませんがとにかく病院行ってください。血だらけじゃないですか」

「――病院? そうか病院か!」

 こんな朝っぱらから家にいないのはおかしすぎる。朱美の奴、病院に行っているのかもしれない。

 おれはチャリに飛び乗り、病院を目指す。

 朱美の通ってる病院なら、おれも知っている。

「ちょっと何処に行くつもり!?」加藤が叫ぶ。

「直人さん、ひょっとして朱美ちゃんを探しているのですか?」

 つねに冷静な妹は、玄関にかかっている表札を見逃さなかった。

「そうだよ! だからチャリ貸しておいてくれ」

 おれは言い捨てると、ペダルを思い切りぶん回した。

 加藤姉妹のわめき声がどんどん遠くなっていく。

 猛スピードで坂を下り、急カーブをノーブレーキで無理矢理曲がり、山間の病院に行くために、海沿いの道路に飛び出した。

 おれの行く手を阻むように潮風が吹き荒れる。

「風ぐらいで止まるかよ!」

 脚力と根性で対抗する。

 体力を使いすぎて、ゲロを吐きたくなってきた。

「一本もタバコを吸ったこともねえ、健康優良不良児を舐めるなよ!」

 叫んだ瞬間、ゲロをはいた。

 が、止まらない。止まるどころか、おれはさらにペダルをぶん回した。

 おれは口を拭いながら、

「──ゲロぐらいなんだっていうんだ」

 朱美の背負っているモンにくらべりゃあ、どうってことはねえ。

 おれは向かい風のなかを猛進しする。

 山間の病院へと続く山道が現れる。

 このまま真っ直ぐ進めば、朱美とはじめて出会った灯台。

 左にそれると、朱美がいるはずの山間の病院へ。

 おれは朱美がいる病院に向かうべく、自転車のハンドルを左に切った。


 こつん。


 何かが頭に当たった。

 無視して進もうと思った。

 しかしおれはブレーキを握りしめ、チャリを止めた。


「──嘘だろう」


 赤、黄色、緑。

 金、銀、紫。

 水色、オレンジ。

 様々な彩りの紙飛行機が――。

 ──おれの目の前を悠然と横切っていく。

 おれはアホみたいに口をぽかーんとあけて目の前を飛んでいく紙飛行機の群れを見つめていた。

 何かに導かれるように、おれは紙飛行機が飛んでくる方向に顔をむけた。

 朱美とはじめて出会ったあのオンボロの灯台から、

 もはや光を灯すことのないあの灯台から、

 色とりどりの無数の紙飛行機が、

 紙の翼を広げて、

 風を乗り越え、

 海を乗り越え、

 おれにむかって虹の架け橋を作っていた。

 赤い紙飛行機がおれの頭にこつんとぶつかり、地面に落ちた。

 おれは地面に落ちた紙飛行機を拾い上げた。

 赤い紙飛行機は翼が折れ、土で汚れていた。

「・・・・・・朱美」




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