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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
23/52

かぞえうた 旧題少年 改稿


 毛布にくるまって、暗闇の中に逃げ込んだ。

 直人にふれたい。

 直人の暖かさを感じていたい。

 でも怖いの。

 とても怖いの。

 堪えきれない恐怖。

 一人では耐えられない恐怖。

 でもボクは暗闇のなかで一人ぼっち。

 光へ。

 直人があけてくれた扉の向こうへ。

 光が溢れる世界へ。

 行きたい。

 でも怖いの。

 どうしようもないぐらい怖いの。

 光はすべてを照らすから。

 笑顔も。

 嘘も。

 ボクのみにくい短い足も。

 〝やっぱりボク直人といられない〟

 直人のような王子様には。

 光の王冠をかぶる王子様には。

 手を伸ばせば光の王冠にふれることができる、足の長い王女様がお似合いだ。

 車椅子に縛られているボクは、お姫様になれない直人。

 どんなに手を伸ばしても光の王冠には届かないのだから。

 ボクには一人ぼっちが似合う。

 薄汚い毛布が作り出した暗闇が似合う。

 

 〝丸太女!〟

 

 暗闇から声が聞こえた。

 誰もいないのに。

 誰もいないはずなのに。

 声が聞こえてくる。

 ボクは急いで両耳を塞いだ。

 やだ。やだ。聞きたくない。


 〝丸太女!〟


 聞きたくないのに。耳を塞いでるのに。誰もいないのに。

 それでも声は聞こえてくる。

 当たり前だ。ボクの心が。ボクの傷口が。囁いているのだから。

 逃れることなんてできない。

 理不尽だと思った。

 傷口を見たくなくて、傷口から漏れてくる声から逃れたくて、

暗闇のなかに逃げ込んだのに──。

 ──声から逃れることはできなかった。

 直人――。

 唇から想いがこぼれそうになる。

 ボクは汚れた毛布を引き寄せ、毛布の端を強く噛んだ。

 堪える。

 愛しい人の名を口にすることを。

 どうせ――

 届かない。

 光の王冠にとどかない。

 それに置いてかれる。

 吉永君のときとおなじように置いてかれる。



 吉永君はボクの王子様だった。

 吉永君は格好良くて、クラスの人気者で、そして誰よりも駆けっこが早かった。

 吉永君に会う前まで、ボクが一番足が速いと思っていた。

 男子にも負けないと思っていた。

 でも三年生になって初めての体育の時間。

 吉永君はボクを追い抜いて、誰よりも早くゴールに辿り着いた。

 悔しかった。

 吉永君よりも早く走りたかった。

 だから放課後、一人で練習した。

 いっぱいいっぱい練習して、勝てる自信がつくと吉永君に挑戦状を叩きつけてやった。

 吉永君はビックリした顔をした後、笑ってボクの挑戦を受けてくれた。

 放課後、ボクと吉永君は校庭を駆けた。

 はじめは並んで走っていたはずなのに。

 いつのまにか、吉永君の背中が遠くなっていく――。

 吉永君がゴールした時には、手を伸ばしても届かないぐらい差が開いていた。

 あんなに練習したのに。ボクは悔しくて泣きそうになった。

「早くなったね鷲尾」吉永君は息を切らしながら言った。

 ボクの胸が痛くなる。

 吉永君の汗で濡れた顔が眩しくて、ボクには見ることが出来なかった。

 ボクは顔を伏せて、ありがとうと呟いた。

 それから毎日、吉永君とボクは校庭を一緒に走った。

 毎日が楽しくて。

 毎日が嬉しくて。

 ボクは幸せだった。ボクは吉永君の背中を追うのに夢中だった。

 だから気付かなかった。クラスのみんなの気持ちを。クラスの人気者を独占していたことを。ボクは気付かなかったのだ。

 たとえ気付いたとしても、あの頃のボクは気にしなかったろう。

 吉永君の背中を追いかけるのに夢中だったのだから。


 夏が終わり、秋が始まると、運動会にむけての練習が始まった。

 リレーの選手に選ばれたボクと吉永君は、毎日日が暮れるまで学校に残って練習した。

 すごく疲れたけど、吉永君と一緒に居られて嬉しかった。

 すごく幸せだった。

 でも幸せは長くは続かなかった。

 最後の練習を終えた帰り道、ボクは脇見運転をしていたトラックに轢かれた。

 轢かれた時のことはあまり覚えていなかった。轟音がしたと思った瞬間、気を失っていたからだ。

 気付いたら病院のベットの上だった。腕には点滴が刺さっていた。

 状況がまるで飲み込めなかった。

 混乱する頭が思いついた言葉は、たった一つ。


 〝運動会は?〟

 

 ボクは起き上がって誰かに事情を尋ねようとした。

 足が動かない。

 ベットからずり落ちる。派手な音を立てて点滴が倒れた。砕け散った点滴から白い液体が漏れボクの体を濡らしたが、気にならなかった。

 体が濡れたことよりも――。

 足が――。

 両足が――。

 ボクの足が――。

 ない。

 はじめはショックよりも、自分に足がないことが信じられなかった。

 昨日までは足はついてたのに。

 ボクは恐る恐る足を動かしてみた。

 動かなかった。感覚もなかった。

「うわぁあああああ!」

 なんで足がないんだ。なんでボクは足がないんだ。

 ボクの足。ボクの足。大切なボクの両足。

 誰が奪ったんだ!

 ボクは暴れた。メチャクチャに暴れた。

 怒りが体を突き動かした。

 怒りと憎悪が叫びとなって溢れてた。

 すぐに看護婦さんとお医者さんが病室に入ってきた。騒ぎを聞きつけたお姉ちゃんやお父さんも飛び込んでくる。

 看護婦さんは暴れ回るボクを取り押さえようとした。

 ボクは叫び、噛みつき、無事な両手と短くなった足をばたつかせ、抵抗するだけ抵抗したが、最後は押さえつけられて注射を打たれた。

 〝あの背中にはもう追いつけないだな〟

 薄れていく意識のなか、ボクは吉永君の背中を見つめ続けた。


 秋が過ぎ冬になると、ボクは病院を退院した。

 外は冷たく空はどんよりと曇っていたが、それでも嬉しかった。

 〝寒くても病院よりマシだ〟

 病院での日々は最悪だった。

 退屈な日々、凄く痛い検査、毎日のように打たれる注射。それに不味い食事。

 どれもこれも厭だった。

 厭なことがたまると感情が爆発した。

 足がある頃は我慢できたことも、足がなくなった今は堪えることができなかった

 暴れた後後悔することも多い。

 後悔がまったくなかったのは、トラックの運転手が謝りに来たときぐらいだった。

 運転手が来たと聞いただけで、もう我慢できなかった。

 泣き叫ぶ、怒鳴る、暴れる、取り押さえられそうになると自分の腕を嚼んだ。

 力では看護婦やお医者さんに勝てないが、自分の腕を噛むと大人達が怯むことをボクは学習していた。

 結局、運転手は謝ることもなく帰っていた。


 病院を退院したボクは、学校に通いはじめることになった。

 学校に再び通えるようになったのは嬉しかったが、クラスのみんなに醜い傷跡──。

 ──丸太のような足を見られるのはいやだった。

 だからお姉ちゃんに頼んで薄い毛布を買ってきてもらった。

 朝、お父さんの車で学校まで送ってもらうと、校門の前で担任の墨田先生が待っていた。

「鷲尾、よかったな退院できて。本当は介添えの先生がついてくれるはずなんだけど、その人が来るのは来週からになっちゃったから、今週はおれがついててやるからな。トイレは花枝先生がやってくれるから」

 ――おれじゃないから、安心しろ!

 墨田先生はゴリラみたいな笑い声をあげた。

 お父さんも軽く笑ったが、あまり嬉しそうな顔に見えなかった。

 墨田先生は悪い人じゃないが、がさつすぎるのだ。

 だから男子には人気があっても、女子には人気はなかった。

 ボクもあまり好きではない。

 正直に言えばゴリラみたいな墨田先生よりも、見たこともない介添えの人に車椅子を押して欲しかった。

 墨田先生はお父さんのかわりに、車椅子をゆっくりと押してくれた。

 下駄箱の隅には簡易に設置されたスロープがあった。

 ボクにはもう下履きも靴も必要ないので、スロープをそのままあがっていった。

 墨田先生は教室の方へは向かわず、職員室の方へむかった。

 僕は不審に思って尋ねると、「車椅子だと階段上れないだろう。だから職員室の前のエレベーターを使うんだよ。あれは元々鷲尾のような子供が、普通の学校に通えるように作ったやつだから」

 ボクのような子?

 この広い学校で、たくさんの子供がいるのに、ボクだけ足がなくて。ボクだけがエレベーターを使える。

 寂しいし、悲しいし。それに自分だけが特別扱いされているようで厭だった。

 墨田先生は普段はロックされてるエレベーターのスイッチを鍵を使って解いた。

 普段は決して開くことがないエレベーターのドアが開いた。

 廊下を歩いてた一年生は、エレベーターに乗り込むボクを物珍しげに眺めていた。

 大胆な子は、僕も乗りたいと先生にせがんだ。

 墨田先生は「これは足の不自由な子専用のエレベーターなんだ。お前達は丈夫なんだから、階段を使え」

 先生はそう言って騒がしい一年生を追い払った。

 ボクはモヤモヤした気持ちのままエレベーターに乗り込む。

 〝なんか厭だな〟

 墨田先生も、エレベーターに乗るボクもなんか厭だった。

 でもどうしようもない。ボクに足はないのだから。

 教室に入ると、気のせいか皆の視線が冷たいような気がした。

 〝なんでだろう?〟

 ボクは不安になる。ボクは吉永君の顔を探す。

 吉永君は窓際の席に座っていた。

 ボクが入院する前は、教室の真ん中に座っていたから、ボクが入院してる間に席替えがあったのだろう。

 吉永君はボクの視線に気づくと微笑み返してくれた。

 ボクは嬉しくなって、不安を忘れた。


 授業が終わり学活の時間になると、ボクの世話をする係を決めることになった。

 墨田先生は仕事もあるので、ずっと教室にいられないのだそうだ。

「誰がいいか、鷲尾? 国木田、波戸、それと吉永も、今はなんの係もやっていないから、この中から選べ。鷲尾も嫌いな奴に押してもらいたくないだろう」

 墨田先生はゴリラのように笑ったが、ボクの耳には届かなかった。

 〝絶体吉永君がいい〟

 国木田君は陰気だし、波戸君は大人しい子で話をしたことすらなかった。

「――吉永君がいいです」

 ボクは恥ずかしくなって小声で呟いた。

「そうか、吉永か。じゃあ吉永、明日から先生がいない間鷲尾のことを頼むぞ」

 墨田先生はごく軽い調子で、吉永君に決定した。

 こうして吉永君はボクのお世話係になった。

 

 吉永君は優しかった。

 休み時間はいつも一緒にいてくれた。

 立てないボクの変わりに、高いところにある物をとってくれた。

 不便で苛々する生活だけど、吉永君が側にいてくれたから耐えられた。

 でも――。

 ボクは気づかなかった。

 ボクが吉永君を独占してるせいで、クラスの一部からもの凄く反感を買っていたことを。

 吉永君がボクのお世話係になって三日後、理科室から帰ってくるとボクの机のなかに泥が入れられていた。

 しかも黒板には相合い傘が書かれていた。

 相合い傘にはボクと吉永君の名前が書かれていた。

「――だれ、こんなことしたの」

 あまりのことでボクの声は震えていた。

「失礼なこと書くなよ!」

 吉永君は黒板にむかって駈けた。

 クラスのガキ大将的な存在である宮川崇が立ちふさがった。

「どけよ、崇!」

「なんで退かなくちゃいけないだよ。お似合いだろう、お前等」

「うるさい!」

 吉永君は崇の太った体をどかそうとしたが、ぴくりとも動かない。

 逆に崇に突き飛ばされ、吉永君は机を巻き込みながら派手に倒れた。

「吉永君!」

 ボクは真っ青になって、車椅子のハンドルに手をかけ床に倒れている吉永君の元に駆けつけようとした。

 焦ったせいか前のめりになり、車椅子ごと倒れてしまった。

 毛布で隠していた足が露わになる。

「丸太だ! 丸太ん棒だぁ!」

 崇と、崇の取り巻き連中が馬鹿声をあげた。

 目の前が急に真っ暗になる。

 〝いやだ、いやだ。見ないで〟

 吉永君。吉永君に見られたら――。

「うわぁああああ!」

 あたりにある物手当たり次第投げた。

「丸太女が怒ったぞ!」

 誰かが叫んだ。

 ボクは狂ったように暴れ回る。

 崇達が逃げ出したが、ボクには追う足はなかった。


 その後騒ぎを聞きつけた先生がやってきて、崇達はこってりと絞られて騒動は収まったが、その日を境にボクと吉永君は崇のグループに苛められるようになった。

 さすがに手は出されなかったが、ネチネチと悪口を言われた。

 

 走れないから、体操着必要ないだろう。

 いつもくっついているんだから、結婚しろよ。

 ――そして丸太女。

 

 殴られるより辛かった。

 耐えられなかった。

 一人じゃ絶対耐えられなかった。

 吉永君がいたから耐えられた。

 でもボクのせいで吉永君まで苛められている。

「ごめんね、吉永君」

 誰もいない放課後の教室で、ボクは吉永君に謝った。

「いいんだよ、鷲尾。悪いのは崇達だ」

 吉永君の顔には痣があった。さっき崇達がぶつかったふりして、吉永君を突き飛ばしたのだ。

 〝この痣もボクのせいだ〟

「でも、ボクのお世話係にならなければイジメられなかったのに」

 ボクの声は涙で滲んでいた。

「誰かが鷲尾を助けなきゃいけないだ。それだったらライバルの僕の役目だろう?」

「――ありがとう、吉永君」

「ごめんより、ありがとうのほうが気持ちいいね、鷲尾」

 そういって吉永君は笑ってくれた。

 ボクはもう一度泣きながらありがとうと言った。


 次の日の昼休み。ボクは一人机の前に座ってると、崇達がやってきた。

 また苛められるのかと思ったが、全然平気だった。

 ボクには吉永君がいるんだから。

「鷲尾、吉永が言いたいことあるってよ」

 えっ――。

 一瞬崇が何を言ってるのかわからなかった。

 見ると崇達の後ろには吉永君が立っていた。

「鷲尾に何か言いたいことがあるんだろう、吉永」

 崇の取り巻き達は、吉永君をむりやりボクの前に押し出す。

 吉永君は俯いたまま黙っていた。

「黙ってないで言えよ、吉永」

「――ごめん、鷲尾。僕、本当は鷲尾のお世話係なんかやりたくなかったんだ」

「──吉永君なんでいきなりそんなこと言うの?」

 理解できない。理解したくない。

「とにかく嫌なんだ! 僕だってみんなと遊びたいし、鷲尾のせいで苛められたくない!」

 吉永君は僕に背を向け逃げ出した。

「待って吉永君!」

 僕は遠ざかる背中にむかって手を伸ばす。

 前のめりになったせいで、車椅子が落ちてしまった。

 教室の床に放り出されたボクはそれでも手を伸ばした。

 でも吉永君の背中に届かなかった。

 走って、吉永君を追いかけたかった。

 ――でもボクの足は、でもボクの足は・・・・・・

「あああああっ!」

 暗闇のなかにいるボクは呻いた。

「やだやだやだ、いかないで! ボクを一人にしないで」

 吉永君。

 直人。

 暗闇のなかで叫んでも、声はとどかない。

 ボクの毛布は、傷口を覆ってくれた。温もりも与えてくれた。一人きりになれる暗闇も作ってくれた、でも毛布はボクが本当に欲しいものを与えてくれることはなかった。

 ボクが本当に欲しいものは、光のあたる場所にある。

 光の王冠をかぶる王子様。

 いくら手を伸ばしても届かない光の王冠。

「直人、置いていかないで・・・・・・」

 直人の元に駆けていきたかった。でも足はなかった。

 毛布の端をぎゅっと掴む。

 ──寂しい。

 一人はいやだ。

 でも傷つくのはもっといやだった。

「――大丈夫、朱美ちゃん?」

 ドアの向こうから声がした。

「──福ちゃん?」

「当たり!」

 福ちゃんの声はいつも通り、明るく優しかった。

「約束守ってくれてるんだ」

 福ちゃんとはじめて約束したことは、勝手にボクの部屋に入らないことだった。

 お姉ちゃんやお父さんが連れてきたカウンセラーは、ボクの部屋に無理矢理入ろうとしたので、ボクはカウンセラーという連中を信用していなかった。

 嘘つきばかりだとおもった。

 だからお姉ちゃんが初めて福ちゃんを連れてきたときも、この人も同じなんだと思った。

 このニコニコしてる人も嘘をつく人なんだと思った。

 でも福ちゃんは違った。

 どんな時もボクの約束を守ってくれた。

 今も約束を守って、ドアの向こうで「入って」とボクが言うのを待っていてくれている。

「・・・・・・福ちゃん、ごめんね。待っててくれてるのに、入れてあげられなくて」

 本当は福ちゃんに会いたいのに。

 人が怖くて会えなかった。

 人と話したいのに、丸太女と言われるのが怖くて喋れなかった。

 人の温もりが欲しいのに、人に置いていかれるのが怖くて会えなかった。

「泣いてるの、朱美ちゃん?」

「・・・・・・うん」

「ドア越しでいいから、少し話さない? 人と話すと少しは楽になるわよ」

 ボクは一瞬躊躇った後、うんと頷いた。

 ボクは汚い毛布を引っ被りながらミミズのように布団から這い出た。

 人に見られたらみっともないと思われるかもしれないけど、今この部屋には暗闇が満ちていた。

 人の目はなかった。

 だから這っても恥ずかしくなかった。

 嗤われる心配もなかった。

 それでもこの汚い毛布だけは手放すことはできなかった。

 この汚い毛布だけが、嗤いもせず、悪口も言うこともなく、ボクの醜い足を隠し続けてくれた。

 暗闇の中で泣いてるときも、ボクの側にいてくれた。

 逃げ出したいときも、ボクを暗闇で包んでくれた。

 だからどんな時も、ボクはこの汚い毛布を手放すことは出来なかった。

 ボクは汚い毛布を引っ被って、蓑虫のように部屋のドアまで這っていた。

「――福ちゃん?」

 ドア越しに名を呼ぶ。

「来てくれたんだ、朱美ちゃん」

 嬉しい――。

 福ちゃんはそう言ってドア越しに笑ってくれた。

 ドアに阻まれて福ちゃんの笑顔を見ることはできなかった。でも頭のなかで福ちゃんの笑顔を描く事が出来た。

「ごめんね、福ちゃん。来てくれたのに、ドア越しでしか話ができなくて」

 福ちゃんに会いたいのに。

 福ちゃんの笑顔が見たいのに。

 怖くてドアを開けることができない。

「いいの、いいの。こうして朱美ちゃんの声を聞けただけで、待っていた甲斐があったわ。それよりなんか面白い話しましょうか?」

「面白い話――」

 舞島直人。

「・・・・・・直人どうしてる?」

「朱美ちゃんのことを心配してたわ」

「心配なんてしなくていい。そう言って福ちゃん。ボクに同情して、ボクの世話なんかしなくていいって、直人にいって」

 もうお世話係はいらない。

「どうしたの、朱美ちゃん? 舞島君のことを嫌いになっちゃったの?」

「違う! 嫌いになんかなってない。直人のことが好きすぎて、怖いの。嫌われたらどうしよう? 足手まといだと思われたらどうしよう? 気持ち悪がられたらどうしよう?丸太女って言われたらどうしよう? って。どうしようがいっぱいありすぎて、ボク怖いの」

「大丈夫よ、舞島君は同情だけで人と付き合う人じゃないし、朱美ちゃんの足を笑う人じゃない。そのことは朱美ちゃんの方がよくわかってるでしょう?」

「わかってるよ。そんなことわかってるよ。でも、でも――」

 吉永君も絶対ボクを置いていく人だと思わなかった。

 信頼もしていた。

 それでも吉永君はボクを置いて行ってしまった。

 でも本当はわかっている。

 吉永君も限界だったのだ。

 吉永君は限界になるまで、ボクのことを支えてくれたのだ。

 直人だってそうだ。

 ボクの足を見てビックリしたのだって、ボクの足を気持ち悪がってるわけじゃないんだ。

 ただ、ビックリしただけなのだ。

 そんなことわかってる。

 でも――。

 

 丸太女。

 

 ボクの足を見て驚く人を見ると、ボクの心の中にある澱んだヘドロの奥底で誰かが囁く。

 ボクはその囁き声に耐えられなかった。

 だから暴れてしまう。

「福ちゃん、直人とあって傷つくぐらいなら――」

 もう会いたくない。そう言おうと思った。

 しかし福ちゃんのお腹の虫が大きく泣いたせいで、ボクの言葉を遮られた。

「――ごめん、晩ご飯食べてなかったから」

 こんなときでも笑えるだと思いながら、ボクは吹き出した。

「愛になにか食べるもの持ってきてもらおうかしら。朱美ちゃんも何か食べない?。お腹いっぱいにしてから話そう」

「うん――」

 福ちゃんに言われて、はじめて自分のお腹がペコペコだと気づいた。

 福ちゃんがお姉ちゃんの名を呼ぶと、しばらくしお姉ちゃんがやってきた。

「大丈夫、朱美ちゃん?」

 お姉ちゃんはドア越しから声をかけてくれた。

「――うん」

 いつも八つ当たりばかりしているのに、なんでお姉ちゃんはこんなにも優しいだろう。そう思うと泣きそうになった。

「朱美ちゃん、愛が美味しそうなお握りもってきてくれたから、少しだけドアをあけてもいい?」

「いいよ――」

 ドアがゆっくりと開いてく。

 ドアの隙間から、廊下を照らしてる光が差し込んできた。

 真っ暗だった部屋が少しだけ明るくなった。

「朱美ちゃんの顔がようやく見れた」

 福ちゃんはいつもの笑顔で、ボクの顔を見つめてた。

「福ちゃん!」

 福ちゃんの笑顔を見た瞬間、ボクの中にある張り詰めたものが壊れた。

 ボクはドアを開け放ち、福ちゃんにすがりついた。

 本当は福ちゃんに抱きつきたかったのだけど、ボクの足がそれを許さなかった。

 福ちゃんはお握りを乗せたお盆を下に置くと、ボクの足を包む毛布がズレないように直してくれた後、ボクを抱き寄せてくれた。

「福ちゃん、ボク直人に会いたい! でも怖いの」

「大丈夫。怖かったら少しづつで少しづつ舞島君に近づいていけばいいのよ。舞島君なら逃げないで待っていてくれるから」


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