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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
19/52

友達のままで 改稿

 昼休みになっても、片桐は学校に現れなかった。

 〝あの野郎、出席日数が足りないというのにサボリかよ〟

 まさか外村に返り討ちにされたとか?

 心配になって片桐の携帯に電話しようとすると、誰かがおれの肩を叩いた。

「舞島、ちょっといい?」

 おれの肩を叩いたのは加藤であった。

「どうした?」

「相談したいことがあるから、屋上でご飯を食べない?」

「わかった。たまには屋上でメシを食うか」


 屋上のドアには赤い文字で立ち入り禁止と書かれていた。

 こんなもん書いても、誰も守らない。

 とっくの昔に鍵は壊されてる。

 おれは錆びた扉をあけた。

 屋上でタバコを吸ってるヤンキー共は、おれの姿を見ると顔色を変えた。

 片桐がいると勘違いしているのだ。

 しかしおれの後ろにいるのが片桐ではなく加藤だとわかると、ヤンキー共は露骨に安堵のため息を漏らした。

「加藤、どこで食う?」

 階段室の裏で食べようと加藤が言うので、おれ達は建物の後ろに回った。

 二人並んで座ると、弁当を広げた。

 加藤の弁当は食パンに苺ジャムを挟んだシンプルな物だった。

 これが金がない日になると、悲しいことにパンの耳と水だけになる。

 おれは学食で買った唐揚げパンと苺牛乳だった。

 大した量ではないので、二人ともすぐに食べ終わった。

 爽やかな夏空の下だというのに、加藤のヤツは黙り込んだままだった。

 もの凄く居心地が悪い。

「おい、加藤。話ってなんだよ」

 堪りかねて、おれが声をかけると「昨日、恵に泣かれちゃってさあ――」

 ――どうしたらいい? 加藤は問うが、おれだってそんなことわからない。

 おれが返答に困って黙っていると、「舞島に聞いたってわかるわけないわよね」

 加藤は深々とため息をついた。

 わかってるだったら、聞かなきゃいいのにと思ったが、暗く沈んでいる加藤を見ていると、何も言えなかった。

「それより加藤、空を見ろよ。実に良い天気じゃないか」

 おれは爽やかな青空を指さしてやった。爽やかな夏空を見て、暗い心を癒してもらおうという、おれなりの心遣いであった。

「今は空の話をしているじゃないの! 恵のことを相談してるの!」

 加藤は、おれの気遣いお気に召さなかったようで、怒り出した。 ――無神経なヤツめ。しかし加藤が怒ったせいで、重苦しい雰囲気が多少は薄らいだ。

「わかった落ち着け、加藤。青空じゃなくて恵の話をすればいいだろう?」

「そう、恵のことよ、舞島。昨日の夜、恵から告白されたんでしょう?」

「よく知ってるな、加藤」おれはとぼけた。

「わかるわよ。家に帰ったら、恵が泣いてわたしに謝ってくるし」

「なんで恵が泣いているんだ?」

 暗くならないように、川に飛び込んでやったのに。

「あの子、わたしに遠慮しているのよ」

「遠慮って、恵のヤツなにを遠慮しているんだ?」

「もう! 舞島は鈍いだから。 そんなこともわからないの!」

「うん。わからん」

「あんたのことよ。恵は、わたしが舞島のことが好きなの知っているから、わたしに遠慮して泣いてるの」

「だったら遠慮なんかするな、と言ってやりゃあ良いじゃないか」

「饅頭じゃないんだから、そんなに気安くは譲れないわよ」

「おれは饅頭か」今日初めて声を出して笑った。

「わたしがこんなに苦しんでいるというのに、舞島はなにのんきに笑ってるのよ」

「お前も、恵に遠慮してるから苦しいだろう」

「遠慮って?」

「にぶい女だな。お前も恵に悪いと思っているから、苦しいだろう。

泣いたり喚いたりするのは、結果が出てからでもいいだろう。それまでは普段通りにしてりゃあいいだよ。暗くなったり、沈んだりしたって、どうにもなるような話じゃないんだし」

「――他人事だと思って、本当に適当なんだから。舞島はいいわよ。逃げる場所があるから。わたしなんか家に帰ったら恵とずっと顔を合わせないといけないのよ」

「鶏小屋だから、狭いのはしゃーないべ」

「鶏小屋いうな!」加藤がツッコミを入れたあと「だいたいなんでわたしが舞島に告白してるのがバレてるのよ!」

 悲劇のヒロインのように加藤は頭を抱え込んだ。

「お前が家の前でおれに甘えてくるからだろう」 

 おれが指摘すると、加藤は真っ赤になって慌てた。

「えっ、あっ、あれ恵に見られちゃったの!?」

「あれ見られたから、恵は家にも帰れず河原でいじけてたんだよ」

「――そうだったんだ」

「そうだよ。まあ気にするな。おれは卒業まで気にしないことにしたから」

「――なんか扱いが軽くない。わたし達」

 加藤はぶんぶくれた。

「真剣な顔してもんもんと悩んだところで、解決するような話じゃないだろう」

「でも――」

「どうせ夜になったらお前の家に行くんだ。恵にはそん時言っておくよ」

「言うってなにを?」

 加藤は驚いて、おれの方に視線をむけた。

「なにも考えてねえけど、まあ姉ちゃんと仲良くやれ、とか適当に言っておくよ」

「そんだけ?」

「ほかになんか良い方法あるのか、加藤?」

「なんか舞島に相談している、話がどんどん脳天気な方向にいくような気がするんだけど」

「――脳天気で結構。それより加藤、なんでおれのこと好きになったんだ?」

 えっ、と加藤は絶句した後、「――顔かな。あと優しいところ」と宣った。

「なんだ顔かよ」おれは自分の頬をペチペチと叩きながら「罪作りな顔だな」と言って笑った。


 話が終わると加藤と別れた。

 加藤は職員室に用があると言っていたが、多分おれと一緒に教室に戻るのが恥ずかしいのだろう。

 一人教室に帰ると、おたくの本田の席に片桐が座っていた。

 亀吉も横に立っている。

 気のせいか、亀吉の顔色が冴えない。

 なにかあったのか?

「なんだ来たのか、片桐」

 おれはなるべく普段と変わらない口調で話しかけた。

「あんまサボると、ダブるからよ。それより、舞ちゃんこれみろよ」

 片桐が珍しくスポーツ新聞ではなく、普通の新聞を差し出してきた。

「おれはこういう新聞は読まねえ――」と言った後絶句した。

 新聞の一面には暴力団員自殺未遂か、と太字で書かれていたからだ。

「――これひょっとして外村か?」

「おう、昨日あいつのヤサに乗り込んで、窓から放り投げてやった」 片桐はニヤニヤ笑いながら言った。

「放り投げたって、どこから放り投げたんだよ?」

「マンションの五階だったかな、亀」

「八階です」亀吉は訂正した。

「――八階って、そんなところから放り投げたら死ぬじゃねえか」

「よく読めよ、舞ちゃん。死んだら自殺未遂じゃなく、自殺になるだろう」

「よく死ななかったなぁ」

 八階から落ちたら死ぬだろう、普通。

「車の上に落ちたから助かったみたいだ」

 ――悪運のつええ野郎だ。片桐が毒づく。

 殺る気まんまんかよ。

「いくらなんでもやりすぎだろう、片桐」

「文句なら亀に言えよ、舞ちゃん。はじめは亀に外村をシメさせようとしたんだよ。亀はこれでもヤクザの端くれだからな。ケジメぐらい自分で取らなきゃ格好つかねーから、やらせてみたんだけどよう。でも亀の野郎、外村の頭を小突くだけなんだよ。これじゃあケジメにならねーから、おれがせめてアイアンで殴ってやれと言って、アイアン持たしたら亀のやつビビって腰を抜かしやがって。それを見て外村の野郎が嗤いやがったから、おれも頭にきてさ、外村のぼんくらをベランダから放り投げてやったわ」

「うんなことしたら、片桐パクられるだろうが!?」

「大丈夫、大丈夫。外村の野郎、またシャブやり始めてたから、お巡りもシャブの食い過ぎで頭がイカレたんだと思うよ。それに外村の野郎が死んだって、誰も気にしないし、誰も困らねーよ」

「そういう問題じゃねえよ」おれが吐き捨てると、「亀吉も止めろよな」

「――片桐の兄貴は悪くないスよ。ケジメとっただけスから」

 亀吉は自分の足の爪先を見つめながら、ボソボソと呟いた

「アっ? 悪くねえだと? それ本気で言ってるのか、亀吉?」

 亀吉はおれから顔をそらした。

「ヤクザなんだから仕方ないスよ。――ツラでメシを喰ってるんですから」

 亀吉はおれに逆らう。そこでおれは気づいた。

 土手の言葉だ。

 頭を下げるな、おれの言葉を亀吉なりに実行しているんだ。

 〝それにおれは、片桐達は道を違えてしまったのだ〟

 おれはもう、片桐達に口を突っ込む資格はない。

「わぁーたよ。行かなかったおれがこれ以上口を挟む権利はねえわな」

 おれはポケットから金を掴んだ。片桐の机に置いた。片桐から貰った四万だ。

 片桐は机の上に置かれた金を不審げに見つめた。

「――なんの真似だよ、舞ちゃん」

「お前のところのバイトやめるわ。他にやりたいことも出来たしな」

「やりたいこと? ブルったんだろうが?」

「好きに取れよ、片桐」

 おれは投げやりに答えた。

 弁解するような話でもないし、弁解したところでどうにもならない。

 片桐は勢いよく席を立った。

「亀、むなくそ悪いから、酒を飲みに行くぞ」

 片桐は怒鳴り声を教室に残して、出て行った。


 夕刻。

 おれは加藤の家の狭い台所で、挽肉をこねくり回していた。

 片桐の一件は、おれの胸の中で重いわだかまりとなっていたが、なるべく考えないようにした。

 世の中考えてもどうにもならないことがあるし。

 道を違えたおれが片桐の暴走を止めるとしたら、殺し合いの喧嘩を覚悟しなきゃならない。

 おれは片桐と殺し合いの喧嘩をする根性はないし、ダチと殺し合う気もなかった。

 茶の間と台所を隔てる引き戸が開いた。

 テレビの音と、ガキンチョ達の笑い声が台所に雪崩れ込んできた。

 だがすぐに静かになった。

 恵が引き戸を閉めたからだ。

「――直人さん、私も手伝います」

 そう言うと、恵は台所の壁に掛けてあるエプロンを手に取った。

〝加藤のヤツが気を利かしたんだな〟

 恵とおれが二人っきりで喋れる場所など、狭い加藤家では台所ぐらいしかなかった。

「――直人さん、私は何を手伝えばいいのですか?」

「もうこね終わったから、丸めるの手伝ってくれ」

「わかりました」

 恵は歯切れよく返事をすると、手を洗いボールのなかの挽肉を手に取った。

「――恵すこしは落ち着いたか?」

 おれは手の中で挽肉をキャッチボールしながら尋ねた。

「――まだ混乱してますけど、姉さんも私のことは気にするな、と言ってくれたので、ちょっとは気が楽になりました」

 ――そうか。おれは頷きながらも、恵の手の中にある挽肉が気になった。

「恵、ダンゴ三兄弟作ってるわけじゃないだから、挽肉をそんなに丸めるなよ。てか、なんでハンバーグのタネを丸めるんだ?」

 それでは肉の中の空気が抜けない。

「丸めて、上から手で押せばハンバーグの形になるかなって、思ったんですけど――」

「それじゃあ、美味いハンバーグはできねーよ。まずこうやって空気を抜くだよ」

 おれは右手にある挽肉を、左の掌に叩きつけた。

「えっ、ハンバーグってそうやって空気を抜くんですか?」

「恵は、おれがなにやっていると思っていたんだ?」

「いえ、あのう・・・・・・」

 ――格好つけてるのかと思ってました。恵は頬を染め白状した。

「さすがのおれも、その発想はなかったわ」

 おれは知らず知らずのうちに、片桐の口癖を呟いていた。

 胸がちくりと痛んだ。

 恵は挽肉に気を取られていて、おれの微妙な変化に気づかなかった。

「直人さん、こうですか?」

 恵はおれの真似をしようとしたが、挽肉の塊は恵の手をすり抜けてしまった。

「あっ!」二人同時に声をあげる。

 幸い、挽肉は勇者のまな板の上に落下したので被害はなかった。

「料理下手なのは、姉ちゃんと同じだな」

 おれが笑うと、「直人さんが好きなのも、同じですしね。似たもの姉妹です」

 恵は笑いづらいギャグを飛ばしてきた。

 おれは気にしたら負けだと思ったので、「趣味の悪さまで似ちまったな」と言って笑った。

「趣味はわるくないですよ。直人さんのことを好きな人、私達以外にもきっといますよ」

「そのわりには、おれ恋人が出来ないな」

「直人さんがズルいからです。直人さんって、一見すると人付き合いよさそうに見えますけど、話がこじれそうになると、すぐに身を引きますから」

 恵は痛いところをついてきた。

 たしかにおれにはそういうところがある。

「さっぱりとした関係が好きなんだよ」

 おれは反論にもならぬ言葉を吐いた。

「――直人さん。面倒くさいからって、私と姉を置いてどこかに消えたりしないでくださいよ」

 ――そんなことしたら、一生恨みますから。

 恵は横目で睨んだ。

「――するわけないだろう」

 多分。

「それと、これ以上立候補者を増やさないでください。ライバルは姉さん一人で十分ですから」

「心配すんな。おれの通ってる高校はタマカスだぞ? 告白される以前に、女がいねーよ」

「そうかもしれませんけど、直人さんを見てると、とてもじゃないが安心できません」

 恵は、自分の言葉を強調するかのよ挽肉を強く叩いた。

 ひょっとしたらふて腐れてるのかもしれない。

「なかなかいい音出すな、恵。ひょっとしたら姉ちゃんよりも、料理の才能あるかもしれないぞ」

 本音を言わせてもらえば、恵の不器用な手つきを見てると、料理の才能なんぞこれっぽちも感じないが、それでもはじめの時よりは良くはなっている。

 挽肉の塊は少なくともダンゴではなく、ハンバーグもどきには進化していた。

 おれはハンバーグもどきを手に取ると、「恵、こうやるとさらに良くなるぞ」

 おれは恵に見本を見せると同時に、恵の作ったハンバーグもどきを手直しした。

 こういう形で手直しをしてやれば、恵のプライドも傷つかないであろう。

 我ながら細やかな気配りだが、タネはあった。

 タネの元は福ちゃんだった。

 福ちゃん曰く、人に苦手なことを教えるとき、成功して終わらせる方がいいのだそうだ。

 苦手な課題を失敗したままで終わらせると、苦手意識を持つ可能性があるので、多少強引でも課題の最後は成功で終わらせるのが基本なんだそうだ。

 マックで聞いてたときはそんなものかと思ったが、良い機会なので恵で試してみることにした。

 おれがハンバーグを作り直すと、「恵、もう一回やってみろ」と言った。

「わかりました、直人さん」

 恵は勇者のまな板の上に置いてある挽肉の塊を手に取ると、不器用な手つきでこね始めた。

 お世辞にも上手いとは言えないが、肉団子にしないぶんさっきよりは進化はしている。

「なかなか筋がいいぞ、恵。練習すれば、もっと上手くハンバーグが作れるようになるぞ」

 おれが褒めると「――じゃあ、練習がてらに直人さんのお弁当でも作ろうかな・・・・・・」

 一瞬、それは勘弁だと言いそうになった。しかしせっかく恵がやる気を出したのだ。仕向けたおれが、恵のやる気を潰すわけにはいかない。おれは観念して「そりゃあ、楽しみだ」と心にもないことを言った。

 恵は嬉しそうに微笑んだ。


 加藤家のちゃぶ台には、おれと恵の作ったハンバーグとサラダ、それにガスパチョが並んでいた。

「すげえ、ハンバーグだ。ハンバーグなんて一家心中でもする時にしか喰えないと思ってたよ、おれ」

 桂太は食卓に並べられた御馳走に感動して、不吉なことを口走った。

「直にぃ、一家心中てなに?」

 おれの隣に座っていた久美子が、答えづらい質問を放ってきたので「みんなで天国に行くことだよ」と答えておいた。

「よかった。みんなで行くなら、久美子置いてかれないもんね」久美子は胸をなで下ろした。

〝久美子は実の親に置いてかれちまったもんな〟

 おれの胸が微かに痛んだ。

 〝まあでも、みんなと一緒に天国行くのは勘弁だな〟

 寂しくても置いてかれたほうがいい。

「早く食べようよ、冷めちゃうよ」

 絵里花は我慢出来なくなったのか、催促した。

 皆も同様らしく、お預けされた犬みたいな目で、おれを見つめていた。

 おれは飼い主になったような気分で、頂きますの音頭を取ると、皆一斉に箸を取った。

「――舞島、このトマトジュースみたいなのなに?」

 加藤はお椀のなかに満たされてるガスパッチョをしげしげと見つめながら言った。

「ガスパッチョっていう冷たいトマトのスープだよ」

「へー冷たいスープなんてあるんだ」と感心した後、加藤はお椀に口をつけた。

「さっぱりして美味しい!」加藤は感嘆の声をあげた。

「野菜がいいだよ、三宅の婆さんにもらった無農薬の野菜だからな」

 おれは山岡士郎みたいなことを言った。

「ガスパッチョって海賊みてえな名前だな」

 桂太はズウズウ音を立てながらスープを飲んだ。

 光輝はガスパッチョを怪獣と勘違いしているらしく、ガスパッチョガオーと怪獣の鳴き真似をしながら、スープを啜っていた。

「桂太、音をたててスープを飲まないでよ。絵里花まで下品に思われるでしょう。絵里花みたいに音を立てないでお上品に飲みなさい」

 絵里花はたしかに音は立ててずにスープを飲んでいたが、ここにいる誰よりも飲むのが早かった。

「おいしい! 直にぃおかわりある?」

 冷蔵庫に入ってるよ、とおれが教えてやると、絵里花はすぐに立ち上がった。

「なにがお上品だよ! がっつきやがて」

 桂太は負けじとスープをかっ込む。

 賑やかな食卓だ。

 多めに飯を炊き、多めにハンバーグを焼いたが、あっという間に無くなってしまった。

 食器を片付け終わると、綺麗になったちゃぶ台の上に小学生のドリルとノートを広げた。

 加藤は不思議そうな顔で、机の上のドリルを見つめた。

「なにをしてるの?」

「見ればわかるだろう、勉強だよ、勉強」

「舞島が勉強!」加藤は仰け反って驚いた。

 大げさなやつめ。

「家庭教師してると言ったろう。先生が生徒よりアホだったら問題だろうが?」

「そりゃあ、そうね。舞島の頭じゃ、小学生に勝てないもんね」

 加藤がからかうと「姉さん、せっかく直人さんが真面目に勉強しようとしてるのに、笑うなんて酷いです」妹が怒った。

「えっ、いやそんな怒らなくても――」

「――直人さん、わからないところあったら、私に聞いてください」

「そうか、助かる」おれは素直に感謝した。

「いいんですよ、ハンバーグの作り方教えてもらったお礼です」

「さっそくで悪いだが、この問題どうやって解くんだ?」

 おれが尋ねると、恵はおれの隣に腰をおろし、教え始めた。

 必要以上に密着してるような気がする。

「ちょっと二人ともくっつきすぎじゃないの!」

 姉はヤキモチを焼いた。

「私は目が悪いから、近づかないと問題が見づらいです」

 妹は反論する。

「でも――」

「ちょっとくっついたくらいで喚くなよ、加藤。おれはこれから真面目に勉強するんだからさぁ」

 おれは長くなりそうなんで、仲裁に入った。

「だっ、誰も喚いてなんかないわよ」

 姉は強がる。

「だったらいいだろう。そんなふて腐れなくても」

「ふて腐れて――」

 加藤が言い終わる前に「せっかく可愛い顔してるんだからさ」おれはフォローを入れた。

「えっ・・・・・・」

「なにボケッとしてるだよ、美人が台無しだぞ」

 おれが追い打ちをかけると「うん・・・・・・」加藤は小さく頷いた。

「加藤、少しの間だけ、恵とちゃぶ台をかしてくれ。この後家庭教師いかないといけないから、家に帰ってる暇がないんだ」

「――べつにいいけど」

「姉ちゃんちょろいな」

 桂太が姉をからかうと、姉は空手チョップで答えた。

「うっさい! 桂太も絵里花も宿題やったの?」

「なんでそこで絵里花の名前が出てくるの?」

「あんたらはセットでしょう! ここにいると舞島の勉強の邪魔だから、二人ともとなりの部屋で宿題してなさい!」

 加藤は容赦なく弟妹を追い出した。

 生意気盛りの二人組だが、長姉の威光には逆らえない。

 ブツブツ文句を言いながらも、となりの部屋に移った。

「唯お姉ちゃん、久美子とミツは?」

「クミ達はお姉ちゃんとトランプでもしようか」

 久美子達は姉の言葉に素直に頷いた。

 茶の間には、おれと恵が残された。

「姉さんを上手くあしらいましたね、直人さん」

「あしらったつもりはねーよ。おれは冗談抜きで勉強したいだよ」

〝片桐達と別れてまで選んだ道だからな〟

 恵もおれのやる気を察してか、色恋抜きで勉強を教えてくれた。

 ただ姉の方はおれ達の様子が気になるのか、しょっちゅうお茶やらお菓子を持ってくるので、正直鬱陶しかった。

 時間になると、おれは加藤家を後にした。







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