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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
17/52

ニシヘ ヒガシヘ 改稿

アイラブ鮭フレークと書かれたTシャツと寸足らずのジーパンという珍妙な出で立ち、アルバイト先である資材置き場の入り口を潜った。

 濡れ鼠のまんま外を歩くわけにもいかないので、加藤の親父が置いていった洋服を貸して貰ったのだ。

〝しかしまあ、よくこんなファションセンスでヒモが務まるな〟

 ――顔だけじゃないのかもな、ヒモも。

 今まで馬鹿にしてたが、ヒモという稼業もなかなか奥が深いのかもしれない。

 おれはヒモ稼業に感心しながら、プレハブ小屋に入っていた。

 ギャグ漫画みたいに全身を包帯でグルグル巻きにされた亀吉が、片桐に茶を入れていた。

 予想もしてなかった光景に目が点となる。

「――亀吉、どうしたんだそれ?」

「じょっと、ごろんだんです」

 亀吉は喋るのも辛そうだった。

「どう見たって、転んだ傷じゃねえだろう。誰にやられたんだよ、亀吉」

「外村だよ、舞ちゃん」

 亀吉のかわりに、片桐が答えた。

「外村って、誠次さんにドスで刺されたアノおっさんかよ」

「そう、その外村よ」

「――まさかおれに対する当てつけか!?」

 外村のおっさんが亀吉をボコる理由なんて、ほかに思いつかない。

「舞ちゃんの件もあるかもしれねえけどよ、外村がカメにヤキを入れたのは、カメがおれの舎弟だからよ」

「揉めたのおれだろう、カメは関係ねえだろう。ひょっとして片桐、昔外村となんかあったのか?」

「たいした事じゃねーよ。むかし外村の女房をマメドロしたことがあってよ。それ以来あの馬鹿おれのこと目の敵にしてやがんのよ」

「――おいっ! 全然たいしたことあるだろう!」

 片桐のたいした事ない、という言葉は本当に当てにならない。

「――片桐、外村だってそりゃあ恨むだろうよ。てかテメーの女寝取られたら、殺意の波動を止める自信ねえぞ、おれ」

「いや舞ちゃん、おれは悪くねぇて。おれは外村の女房に利用されただけだから」

「利用されたって?」

「外村の野郎ポン中だろう? 外村の女房がソープで稼いできた金をみんなシャブで溶かしちまうんだよ。それだけでも別れたくなるのによう、外村のアホはラリると女房を殴るんだよ。お袋と叫びながらゴルフのアイアンでな」

「そりゃあ、たしかに別れたくなるわな。てか、どうしてそんなクズとくっついたんだ?」

「女が外村と同じくらい馬鹿だからに決まってんだろう。だがさすがの馬鹿もアイアンで頭をぶん殴られると、多少は考えるのよ。この男と別れないと、いつか殺されるってっな。かといって別れ話なんて切り出したら、それこそ外村に殺されちまう」

「――だから用心棒がわりに、片桐を引っ張り込んだのか」

「おっ、さすが舞ちゃん、察しがいいね。舞ちゃんの言うとおり、あのサゲマン女、ゆるい股を開いておれを誘ってきやがったのよ。おれもそんなクズ女とべつにやりたくなかったんだけどよう。若いからついやっちまったんだよ。そしたらあのクソ馬鹿女やった三分後には、外村の野郎にチンコロしやがって。外村の野郎もシャブボケしてるから、女の話聞いた瞬間切れてな。ポン刀片手におれのところに殴り込んできやがったのよ。おれも頭来たからチャカで弾いてやったけどよう、腹切られちまったよ」

「――相変わらずムチャクチャだな、片桐。なんでお前はすぐにチャカを撃つんだよ」

「全然ムチャクチャじゃねーよ、舞ちゃん。ポン刀相手に素手で喧嘩する奴のほうがムチャクチャなんだよ」

「そう言うもんか?」

 納得できるような、できないような。

「そう言うもんだよ」

 片桐は断言した。

「それで外村と、その女房はどうしたんだ?」

「外村は入院したのはいいが、訳のわからないこと叫ぶから、医者が怪しんでな。検査されて、シャブ中がばれて、そのまま刑務所直行。外村の女房は、おれがケジメとってソープに沈めてやったよ」

「――微妙な結末だな」

「そんなことねーよ、舞ちゃん。二千万払えば自由だし、金だって外村みたいに全額ピンハネしてるわけじゃねえんだ。半分はあのサゲマン女にも渡してやってんだから。それに暇なときは、サゲマン女の愚痴も聞いてやったりしてるだぜ。外村に比べれば百万倍マシだろう」

「そうかぁ? あんまハッピーそうに見えんのだが」

「そうだよ、その証拠に外村の女房毎日ニコニコしながら客のちんぽしゃぶってるぜ」

 ――まあシャブのせいかもしれないけどな。

 片桐は大笑いすると、この救いのない話をしめた。

「ようするに亀吉は八つ当たりか」

「ああ。外村も本当はおれを的にかけたいだろうけど、さすがにテメーの親の実子を的にかけるのは不味いからな。あの馬鹿なりに我慢してんだろうよ。もっとも、おれにむかってきたら返り討ちにしてやるけどな」

 片桐は茶をごくりと飲むと、湯飲みをテーブルに叩きつけた。

「──しかしよう、舞ちゃん。外村のボンクラもむかつくが、チンコロ野郎もむかつくよな」

「チンコロ野郎? まだなんかいんのかよ?」

「ああ。おれのことを外村にちくったヤツがいるはずだよ。外村の野郎ムショから出てきたばかりなのに、おれが女房から金取ってるの知っていたからな」

「外村の女房が働いてるソープの人間がちくったじゃねーのか?」

「ソープの人間はチンコロなんかしねーよ。おれの怖さをよく知ってるからな。それにチンコロしたってメリットねえーし。まあ、百パーセント組の人間だよ」

 片桐は自分の言葉に興奮したのか、宙を睨みつけた。

 〝チンコロ野郎、捕まったらタダじゃすまないな〟

 おれは片桐の怒り面を見て確信した。

 最低でも小指一本は取られる。最低でもだ。

「組の人間ってことは、身内の人間だろう。身内の人間がチンコロなんかすんのかよ?」

「身内だ、仁義だ、杯だって、喚いたところで所詮はヤクザよ。どいつもこいつもおれの足を引っ張りたくて仕方ねえだよ」

「そんな世界におれを誘うなよ」

 笑いながら言うと「そんな世界だから、舞ちゃんに来て欲しいのよ。おれの背中守ってくれる人間なんざ、舞ちゃんぐらいしかいねーからな」

「おれを買い被りすぎだよ。片桐」

 片桐はニヤリと笑うと「これでも人を見る目はあるつもりだぜ、舞ちゃん」と言った後、「まあ将来のことは置いとくとしてもよ。舞ちゃん、とりあえず外村からケジメは取らんとなぁ」

 片桐は獰猛な笑みを浮かべた。

 〝ほっておくと血の雨が降るな〟

「ケジメを取るのか、外村から?」

「取るに決まってるだろう。テメーの舎弟分を勝手に弄られて、それでケジメ取らなかったら、兄貴分のおれが舐められちまうよ」

「まあ、そうだな」

 それがヤクザの論理だ。

「それに舞ちゃん。外村からケジメ取らなかったら、また亀の奴、外村にシメられちまうぜ」

 ――そうだろう、亀?

 片桐は後ろに控えている亀に目をやる。

「おでげーします。なおどあにぎぃ」

 亀吉は頭を深々と下げた。

 〝――困ったな。〟

 いつものおれなら嫌々ながらも付き合う。

 ヤクザのもめ事なんぞ関わりたくないが、片桐と亀吉だけで行くと、片桐が暴走する可能性があった。

 だからいつもは片桐の止め役として付いていのくのだが、今回はどうも気分がのらない。

 福ちゃんの話を聞いたせいかもしれない。

 〝家庭教師やる人間が、ヤクザモンをブチのめしに行くか?〟

 どう考えても行かない。それが常識というものだ。

 福ちゃんに相談しても止めろと言うような気がする。

 てか、誰に相談しても止められるだろう。

 それが良識というものだ。

「で、いつやるんだよ?」おれは気乗りしない声で質問した。

「今夜だ」

「今夜って、ようするにこれからか?」

「ああ、身内同士の喧嘩は早くやらねーと、親父が首つっこんでくるからな」

「今日は無理だ、片桐」

「なんで無理なんだよ、舞ちゃん? ダチのケジメ取りにいくんだぞ」

「ちょっと約束があるんだよ」

「うんなもん明日に回せばいいじゃねえか」

 片桐は詰め寄る。

「そういうわけにはいかねえだよ」

 明日に回せる約束と、明日に回せない約束がある。

「ダチがやられてるだぞ、舞ちゃん!」

 片桐は近くにあった石油缶を蹴った。

 石油缶はグニャリと曲がり、大きな穴が開いた。

 普通に蹴ったぐらいでは、ああはならない。

 喧嘩用の安全靴だ。

 〝やる殺満々だな〟

「悪いが今日は無理なんだよ、片桐」

「――そりゃあ、本気で言ってるのか、舞ちゃん」

 片桐は殺意を込めて、おれを睨みつけた。

 おれは静かに片桐の目を見つめ返した。

「――おでは大丈夫でずから・・・・・・」

 危険な空気を察知した亀吉は、二人の間に入ろうとした。

「三下は引っ込んでろや!」

 片桐に怒鳴られると、亀吉は尻餅をついた。

「舞ちゃん、もう一度だけ聞く。本当に行かねえだな?」

「悪いな、片桐。バイトの銭は明日返すよ」

 朱美の家庭教師を引き受けた以上、片桐達とは距離を置かないといけないのかもしれない。

「――そうかよ。亀、いつまで寝てんだ! いくぞ」

 片桐に怒鳴られ、亀は泡喰って立ち上がった。

「うんじゃあな、舞ちゃん」

 片桐は亀吉を連れて、プレハブ小屋を出ていった。

 今日はなんて日だ。二人の女に告白されたあげく、二人のダチと別れてしまった。






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