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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
16/52

君が好き 改稿


 二人並んで、満月の下を歩く。

 加藤は押し黙ったまま、何も喋らない。

 おれも加藤の醸し出す雰囲気に押され、黙り込んでいた。

 〝息苦しいなぁ〟

 けれど不快な感覚ではない。

 〝それに生暖かい〟

 夏の暑さもある。でもそれ以上に加藤の体温を感じて、体を熱くさせてしまう。

 いや違う。

 抱き合ってるわけじゃないんだ。加藤の体温など感じるわけがない。

 加藤の感情を感じて。

 おれはこの先の未来を。

 一歩先の未来を予感して。

 おれの体温が上昇しているのだ。

「――加藤。少し蒸すな」

 いつものやりとりが展開するのを期待して――。

 おれは軽い口調で言った。

 しかし加藤は「・・・・・・うん」と言ったきり黙ってしまった。

 場がどーんと重くなる。

 おれは喋るのをあきらめた。

 市民公園の入り口を横切ろうとしたとき、加藤は重い口を開いた。

「・・・・・・疲れたから公園で休んでいこう、舞島」

「おおう」

 おれは緊張のあまり若干どもってしまった。

 公園の広場にベンチがあったので、二人並んで腰を下ろした。

 並んで座ることによって、二人の距離がさらに縮まる。

 おれは視線をわずかにそらした。公園のシーソーが目についた。

 人気のない夜の市民公園。 

 シーソーに跨がる人間など誰もいなかった。

 無人のシーソーは傾いたまんまピクリとも動かない。

 〝昼ならいいのに〟

 今が昼なら、遊具で遊ぶ子供達の声や、その母親達の声によって、この公園はさぞ騒がしかったことであろう。

 しかし今は夜だ。

 おれ達以外人はいない。

 加藤も黙りこくってる。

 沈黙に耐えかねたおれは「今日は星が綺麗だな」と酷くどうでもいいことを口にした。

「――舞島、喉が渇いた。缶コーヒー奢って」

 加藤はおれの言葉を無視した。

「わかった。ちょっと待ってろ」

 おれは逃げるように立ち上がると、公園の自販機で加藤の好きな極甘の缶コーヒーと、自分用のコーラを買ってきた。

 おれは加藤に極甘のコーヒーを渡した。

「――ありがとう」

 加藤は缶コーヒーを受け取ると、プルタブに指をかけた。

 指が震えて、上手く開けることができない。

「おい、どうした! 夏風邪か?」

 どう優しく見ても、加藤の震え方は尋常ではなかった。

 強烈な病を――。

 こじらせると死んでしまうような病を。

 予感させる震えかただった。

「――まっ、舞島、胸の大きい人が好き?」

 加藤は声を震わせながら、妙なことを聞いてきた。

「はぁあ? なに言ってんだよ、いきなり」

 予想外の問いに、おれは戸惑う。

「わたし・・・・・・。わたし・・・・・・」

 ――胸が小さいでしょう。声が途切れる。

「男って、胸の大きな人好きだから・・・・・・」

 ――わたし胸が小さいから。

 レンズの隙間から涙が零れる。

「きっとわたし舞島の好みじゃないよね・・・・・・」

 女は泣き崩れる。

 おれは初めて――。

 加藤唯という女をいじらしく思った。

「胸の大きさで、女を選ぶほどおれはアホじゃねえよ」と言った瞬間、加藤はおれの胸に飛び込んできた。

 二つの缶が同事に手から零れ落ちる。

 極甘なコーヒーと刺激的なコーラが混じり合って、甘く刺激的な黒い水溜まりを作った。

「舞島、好き・・・・・・ 舞島大好き!」

「おい、加藤・・・・・・」

 何か言おうとしたが、おれの胸のなかで泣いてる加藤を見ると何も言えなかった。

 言葉をかける代わりに、加藤の背中を優しく撫でた。

 〝予感は的中したな〟

 こうなることは、福ちゃんと別れたときから、なんとなく予感していた。

 それなのにおれは、加藤の想いにどう答えてやればいいのか、まるでわからなかった。

 ――短すぎる。あまりに短すぎる。

 大切な質問なのに。

 大切な答えなのに。

 加藤の想いに答えるために神様から与えられた準備期間は、駅から公園までの僅かな道のりだけであった。

 これぽっちの時間じゃ、何も準備できない。

 何も考えられない。

 〝まいったな〟

 どうしていいのかわからない。

 〝恨むぜ、福ちゃん〟

 おれは自分の鈍感さを棚にあげて、福ちゃんを恨んだ。

 福ちゃんが空気入れなきゃ、加藤も爆発しなかったかもしれない。

 いや、時間の問題か。

 いずれ爆発する爆弾なのだ。

 福ちゃんを恨むのは筋が違うだろう。

 ――それに火を付けたのはおれのようだしな。

 おれの鈍感さと、加藤の臆病さが、無駄に導火線を延長させていただけだ。

「――舞島」

「おう」

「返事をして」

「なにを?」

「好きか、嫌いか返事をして」

 究極の二択。即答はできない。

 おれは目を瞑った。

 こうなったら、なにも考えない。

 ただ思ったことをすらりと言ったほうがいいのかもしれない。

 おれは静に目を開いた。加藤が潤んだ目でおれを見つめていた。

「――加藤、時間をくれ」

 すまんが、いまのおれにはどうしていいのかわからない。

「――やっぱわたしのこと嫌いなの?」

 加藤は死にそうな顔で問い詰めてくる。

「そんなことは一言も言ってねえだろう!」

 おれは大声で否定すると同時に、この女のことが好きなんだなと思った。

 どうでもよければ、大声など出さない。

「だってわたしのことが好きだったら、即答できるでしょう?」

「ただの好きなら答えは決まってるだろう」

「どういう意味?」

「嫌いなら付き合ってねえよ、加藤のことが好きだから付き合ってるに決まってるだろう」

「――だったら!」

 加藤の目が急に輝きだした。

「馬鹿、好きにもいろいろあるだろう。友達としての好きとか恋人としての好きだとか、色々な好きがいっぱいあるだろう」

「どれなの、舞島?」

「どれなのかわからねえから、即答できないだよ」

「これだけ付き合ってて、そんなこともわからないの舞島は!」

 加藤は忌々しげに怒鳴った。

「しょうがねえだろう。おれは恋愛経験乏しいだから。だいたいお前はいつ頃から、そういう風になったんだよ」

「――舞島とはじめて出会ったときから・・・・・・」

「早いな、お前」

 本人には言えないが、おれは加藤とはじめて会ったとき、眼鏡の印象しかなかった。

「てか、お前だって告白するまで随分時間かかってるだろ?」

 加藤とは中学からの付き合いだ。

 告白する時間ならいくらでもあったはず。

「――それは仕方ないよ。わたし舞島のことが好きすぎて、振られたら自分がどうなるかわからなかったから。怖くてとても告白なんて出来なかったから」

 加藤はとんでもないプレッシャーをおれにさらりとかけてきた。

「――加藤。ちょっと返事を待ってくれ。おれも真剣に考えるからさあ」

 これ以上重くなる前に、時間的余裕を貰わないと。

「時間って、どれぐらい?」

「――卒業するまで。高校を卒業するまでには答えをだすから」

「――長い」

「それだけ真剣に、お前の告白を受け止めてるってことだよ」

 おれは己の言葉を証明するため、加藤の目を見つめた。

 しばらくの間見つめ合った後、加藤は目を逸らした。

「――ずるい」

「なにがずるいだよ」

「うっさいばかぁ」加藤は小声で罵った後、小指を差し出してきた。

「約束。約束だからね舞島」

「おう、男と女の約束だ」

 おれは加藤の心が変わる前に、急いで小指を絡ませた。

「――それとソープとか行ったらダメだからね、舞島」

「わかってるよ」

 これ聞いたあとじゃ、さすがのおれもソープなんざ行けない。

 二人の小指がほどける。

「――帰るか。ちび共も待ってるし」

「うん」

 おれ達は公園を後にした。

 帰り道。

 しばらくの間黙って歩いていると、加藤が口を開いた。

「ねえ、舞島。聞き忘れたけどさっきの女の人だれ?」

 加藤は、面倒くさくなりそうな質問を放り投げてきた。

「福ちゃんのことか? バイト先の先輩みたいなもんだよ」

「なんでバイト先の女の人とマックから出てくるの?」

 さっきまで泣いてたくせに、こういうことを聞くときだけは加藤は元気だった。

「ホテルから出てきたわけじゃないんだから、いいだろう別に」

 素直に事情を説明してもいいのだが、タマカスのおれが家庭教師やるなんて恥ずかしくて言えなかった。

「答えられないような関係なんだ・・・・・・」

 加藤の声がまたしても潤んできた。

 まずい。

「加藤、惚れた男のこと少しは信じろ。福ちゃんとおれとは何でもねえよ」

「じゃあどういう知り合いなの?」加藤はしつこかった。

「――今度家庭教師するんだよ、おれ」

「舞島が家庭教師!?」

 よほどビックリしたのか、加藤の涙は引っ込んだ。

 声もいつもの調子に戻っている。

「そうだよ。ちょっとした縁で小学生の家庭教師をやることになったんだよ。で、おれ馬鹿だろう。だから福ちゃんに色々と教えてもらった。ただそれだけのことだよ」

「なんでまた家庭教師なんか?」

「縁だよ、縁」

「ふーん。その子が学校終わった後、勉強教えに行くの?」

「いや夜中だ」

「なんで夜中に!? 教える子は小学生なんでしょう?」

「いろいろあるんだよ」

 答えるのが面倒くさくなったおれは投げやりに答えた。

「――本当に小学生なの?」

「小学生だよ、馬鹿。いいからおれの事を少しは信じろよ、加藤。だいたい中学の時から今まで、おれに女なんかいなかったろう?」

「――中学のときは告白されまくってたじゃない」

 加藤は当時のことを思い出したのか、声が思い切り拗ねていた。

「中学は中学だろう。いい加減にしろ、加藤。そこまで疑われるとさすがに面白くない」

おれが軽く怒ると、「――ごめん。舞島」加藤はすぐへこんだ。

「うんな面すんな。もうすぐ家だぞ」

 鶏小屋を改造した貧相極まりない加藤の家が見えてきた。

「――うん。今日、わたしこのままバイト行くから、ここで別れよう、舞島」

「なんだ家帰らないのか?」

「今日はいつも通り振る舞えそうにないから」

「――そうか。わかった。じゃあちび共のメシは任せろ」

「うん。ありがとう」加藤はおれの顔を見つめると、ぽつりと「・・・・・・舞島、別れる前に抱きしめて」いきなり発情しだしだ。

「――おい、自分の家の近くでなに言ってるんだよ、お前」

 誰にも見られていないのに、おれは恥ずかしくて仕方がなかった。

「だって舞島と離れたくないだもん」

「ガキみたいなこと言うな」

「少しは甘えたって言いじゃん。今までわたしのことを甘えさせてくれる人なんていなっかったんだから・・・・・・」

〝たしかに〟 加藤は甲斐性なしの親父のせいで、背負わんでいい苦労をおぶっている。

「少しだけだぞ」

 おれは加藤を抱きしめ、背中を撫でてやった。

「背中じゃなくて、頭を撫でて」

「こうか?」

 おれは注文通り、加藤の頭を優しく撫でてやった。


 加藤と別れると、おれは腹をすかしたガキ共のために焼き肉丼を作ってやった。

「なんでこんなに遅かったんだよ、直人?」

 桂太は焼き肉丼を頬張りながらブウたれた。

「大人にはいろいろあるんだよ」

 まさか姉ちゃんに告白されてたとは言えない。

「ところで恵は?」

 時計の針はとっくに八時を過ぎていたが、恵のヤツは帰ってこない。

「わかんない。電話もないし・・・・・・」

 絵里花が呟く。

「心配だな。ちょっと探してくるわ」

 恵は携帯を持ってないので、足で探すしかなかった。

「わたしも行く!」

 絵里花がまっさきに手をあげた。

「ダメだ。絵里花と桂太には久美子と光輝の面倒見てもらわないとな」

「えぇえ~。桂太だけでいいじゃん。わたしも直人と一緒に外にでたい!」

「ダメだ。留守番してろ。桂太、お前お兄ちゃんなんだから、おれがいないあいだ久美子達のことは頼むぞ」

「心配すんなよ、直人」桂太は胸を叩いた。

「久美子、ちゃんとお留守番してるんだぞ」

「うん。早く帰ってきてね、直にぃ」

 弟の光輝も甲高い声で「早く帰ってきて!」と叫んだ。

「おう。すぐ恵姉ちゃんつれて戻ってくるから安心しろ」

 おれはそう言い捨てると、家を出た。

 昼間でもあまり人が通らない街外れの土手沿いの道には、市役所の人間もあまり金をかけたくないらしく、街灯はほとんど設置されていなかった。

 そのせいで、夜の闇が濃い。

〝さて、どこから捜すか〟

 恵が寄りそうな所を、頭の中で思い浮かべてみる。

 すぐに図書館が頭に浮かんだが、こんな夜中にやっていない。

 恵が行きそうなところ、ほかにどんな所があるだろう? 夜遊びするような性格じゃないし、金もないからな――。


〝ひょっとしたら釣りスポットか〟

 極貧の加藤家では、釣りはレジャーではなく生活手段なので、金が底を尽きるとその日の糧を求めて、家族総出で海や川に繰り出す。

 生活がかかってるわりにはみな釣りがヘタで、一日中釣り糸を垂らしていても、魚一匹も釣れない日の方が多かった。

 しかし恵だけは違った。

 恵に釣り竿を握らすと、必ず大物を釣り上げた。

 加藤家の人々は恵の意外な才能に当初は不思議がっていたが、今では貴重なタンパク源の供給してくれるとあって重宝がられている。

 夜釣りもやるから、近所の河原で釣り糸を垂らしてるのかもしれない。

 おれは近所の河原を探してみることにした。

〝でもよく考えてみれば釣り道具は家に置いてあるんだから、釣りをするんだったら一旦家に帰るよな〟

 おれは河原に来た後に気づいた。おれは自分の馬鹿さ加減に、一人で失笑したが、せっかく来てすぐに帰るのも業腹なので、河原を探してみることにした。

 意外なことに恵は河原にいた。

 恵は膝を抱え、川面を見つめていた。

〝恵のヤツ、こんなところに座り込んで何やってんだ?〟

 おれは後ろから近づくと、恵の肩を叩いた。

「どうした恵? みんな心配しているぞ」

 恵は何も答えない。黙ったまま川面を見つめている。

「おい、どうした。学校で何か嫌なことでもあったのか?」

「――どうしたらいいのか、わからないです」

 恵は暗い川面にむかってぼそりと呟く。

「なにが?」

 意味がわからない。

「姉さんにどういう態度とっていいのかわからないんです」

「半分しか血が繋がってなくても、姉妹だろう。今さらそんなこと気にするなよ」

「そう言う事じゃないです!」

 普段クールな恵が怒鳴ったので、おれは驚いて呆然となってしまった。

「――うんじゃあ、どういうことなんだよ?」

「・・・・・・私も姉さんと同じなんです。直人さんのことが好きなんです!」

「へっ?」

 あまりに予想外の展開に、おれはまぬけな反応しか返せなかった。

「――なんで加藤がおれを好きだってこと・・・・・・ あっ、家の前のやつ見てたのか――」

 恵はこくりと頷いた。

 最悪だ。

「直人さんと姉さんが抱き合ってるのを見たら、頭のなかが真っ白になって・・・・・・」

「でっ、ここに座り込んでいるわけか」

 恵は顔を伏せたまんまこくんと頷いた。

 おれは恵の隣に腰を下ろした。

 水面には満月が浮かんでいる。

〝あのお月さんみたいに丸く収まってくれればいいのだが〟

 難しそうである。恵に何を言っていいのか、まるでわからない。

 仕方がないので、恵と一緒になって水面に浮かんでる満月を眺めた。

 恵は泣いてるのか、時折鼻を啜る音がした。

 おれはポケットをまさぐってみる。

 声をかけてやることが出来なくても、涙を拭く手伝いぐらいはしないとな。

 ポケットから出てきたのはテレクラのティシュだった。

 情緒もクソもねえな。

 まあ、あるだけよしとするか。おれは恵にテレクラティシュを差しだした。

「ほら、ふけよ」

「いやです」

「どうして? テレクラのティシュでもちゃんと使えるぞ」

「――泣いてる顔、直人さんに見られたくないんです」

 女ってヤツは――

 面倒くさい。

「じゃあ、後ろ向いててやるから」

「私なんかほっておいてください。直人さんは家に帰って姉さんと・・・・・・」

 そこで思い出したのか。恵はわっと泣き出した。

 泣いてる子供と女には勝てない。

 しゃーねぇな。

 おれはスクッと立ち上がると、川面に浮かんでる満月にむかって飛び込んだ。

 おれが川に飛び込んだことによって、水面に浮かぶ満月は木っ端微塵に破壊された。

 恵はおれの突然の行動にビックリして立ち上がった。

「なっ、なにやってるんですか、直人さん!」

「暑気冷ましよ。こう暑いと、水でも浴びないとやってられないからな」

「服を着たまんま、川に飛び込まないでください! 常識外れすぎます!」

「素っ裸で飛び込むわけにはいかんだろう。変態じゃあるまいし」

「いきなり飛び込むのだって、変態みたいなもんですよ!」

「泳いでるぐらいで変態扱いするな!」

「いいから上がってきてください!」

 恵はおれにむかって手を差しのばしてきた。

 おれは恵の所まで泳いでいくと、差し出された手を握りしめた。

 そしてぐいと引っ張る。

 恵は叫ぶ暇もなく、川に落ちた。

 かなづちの恵は速攻で溺れた。

 おれは恵を抱きかかえる。

「なっ、なにするんですか、直人さん」

 恵は本気で怯えているのか、おれの体にしがみつきながら抗議してきた。

「落ち着け恵。足つくぞ、ここ」

 恵はアっと驚いた顔になると、おれの腰に絡めた足を伸ばした。

「・・・・・・本当だ」

「意外とアホだな、恵」おれがからかうと、

「直人さんが悪いですよ!」

 恵はかっとなって怒鳴る。

「熱くなるな、恵。お前も水でも浴びて、少し頭を冷やせよ」

 おれは恵の頭に川の水をぶっかけてやった。

「――冷たい! なにをするんですか、直人さん」

 恵も仕返しとばかり、おれの顔むかって水をかけた。

 二人して水を掛け合う。全身ずぶ濡れになった。

「――降参です、直人さん。水かけ過ぎです。ちょっとは遠慮してください」

「お前がカッカしてたから、ちょっと冷やしてやったんだろう」

「・・・・・・そりゃあ熱くもなりますよ。直人さんと姉さんがまさかそんな関係になるなんて・・・・・・」

「恵、なにか勘違いしてないか。おれは加藤とは付きあってないぞ。告白されただけだ」

「直人さん、姉さんを振ったんですか!」

「振ってもいねえよ。返事を保留にしただけだ」

「保留って、家の前で抱き合ってたじゃないですか!」

「あれは友情の印みたいなもんだ」

「だったら私にも友情の印をください」

 恵は目を瞑り、唇を閉じた。

 おれは恵の濡れた頬にキスをした。

「――期待していたところと違います」

「唇にキスをしたら友情の印にはなんねえだろう」

「――まあいいです。これで私も姉さんと同じ立場になったわけですから」

「立場?」

「返事待ちですよ。どうせ私への返事も保留なんでしょう?」

 恵はおれの答えを予想して拗ねた。

「今は女作るどころじゃないだ。おれにもちょいとばかし時間をくれ」

「いつまでですか?」

「卒業したら返事をする」

「――わかりました。それまで待ちます」と恵が言った瞬間、恵の腹の虫が鳴った。

 恵は真っ赤な顔で俯いてる。

「帰るか?」

 恵は黙って頷いた。

 濡れ鼠のまま、家に帰った。

 全身ずぶ濡れのおれ達を見ると、加藤家の弟妹達は呆れ返った。

「なんで恵ねぇを探しに行って、ずぶ濡れで帰ってくるの?」

 絵里花がもっともなこと尋ねた。

「恵が溺れてたんだよ。それでおれ様が川に飛び込んで助けたんだよ」 

 おれはすらすらと嘘をついた。

「直人さん! 私は溺れてたわけじゃあ・・・・・・」

「川で溺れてたからといって恥ずかしがるな、恵」

 おれは恵の頭をポンポンと叩いた。

「川に落ちるなんて、恵ねぇも意外と間抜けだな」

 桂太はからかった。

「余計なこと言うと宿題の面倒みないわよ」

 恵は氷の視線で弟を睨みつけると、桂太は首をすぼめた。

「直にぃ、久美子が川で溺れてたら助けてくれる?」

「当たり前だろう。水だろうが、火の中だろうが飛び込んでやるよ」

「ありがとう、直にぃ」

 久美子は抱きついてきた。

「おれに抱きつくな久美子。お前まで濡れちまうぞ」

「いいよ、直にぃならぬれても」


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