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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
13/52

クロスロード


 おれは何度目かのアクビをかみ殺した。

 かれこれ二時間近く資材置き場のなかをグルグルと回っているが、泥棒野郎が出てくる気配はない。

 話すネタもつきたので、暇でしょうがなかった。

 雇い主である片桐も見回りに飽きたようで、さっきから鼻くそばかりほじっていた。

 亀吉は茶坊主根性を発揮して、片桐にちり紙やら差し出してゴマをすっている。

「なあ片桐」

「あんだよ、舞ちゃん」片桐は鼻くそをほじりながら答えた。

「ヤクザってよ、外人でもなれるのかよ」

「なんだ舞ちゃん、ついにウチに来る気になったのか!?」

 片桐は目を輝かした。

「勘違いすんな! おれのことじゃねえよ、誠次さんのことだよ。誠次さんが在なんたらだったから、少し気になって聞いてみただけだよ」

 誠次からは口止めされていたが、この程度なら喋っても大丈夫だろう。

「あんだよ、誠次のことかよ。誠次は在日だけどそれがどうかしたのか?」

「いや片桐の親父さん、中国人とか嫌いじゃん」

「ああ、親父はチャンコロとかチョンコロのたぐいは大嫌いだな」

「それなのに誠次さんは在日だろう? 片桐の親父さんが嫌いなチャンコロとかチョンコロのたぐいなんだろう?」

「チョンコロの方だな。誠次は在日朝鮮人だからな」

「誠次さん、大丈夫なのか? そんな親分の下で若頭やってて」

「大変なんじゃねえ。この前北朝鮮の不審船が日本の領海に侵入してきたとかニュースで流れたとき、親父のヤツが怒り狂ってさ、お前も裏切るのか! てっ叫びながら木刀で誠次のことシバキまくってたからな。あん時は親父止めるの大変だったぜ。巻き添えくっておれまで殴られたしよう」

 〝なるほど誠次さんも自由に生きてみたくなるはずだ〟

「木刀でしばいたって、片桐の親父、シャブでもやってんのか?」

 テレビのニュースを見て興奮したぐらいで、自分の組の若頭殴るか普通?

「親父はシャブ大嫌いだからやってねーじゃねえ」

「シャブが嫌いって、片桐組が千葉の卸元じゃねーか」

「売るのはいいだよ。親父は金は大好きだから」

「──なるほどある意味矛盾はしてーねな。でもよう在日嫌いなんだろう、片桐の親父さん。なんで在日の誠次さんを自分の組の若頭になんかしたんだよ、矛盾してねーか?」

「在日嫌いでも誠次は使えるから、使ってんだろう。使えねぇ日本人より、使える在日なんだろうよう、親父の中では。それによう舞ちゃん。ドブがどこから流れてきたって所詮ドブだぜ。日本人だろうが、在日だろうが、中国人だろうが、宇宙人だろうが、関係ねーよ。みんな所詮ドブなんだからよう。どいつもこいつも真っ黒よ」

「──お前なあ、そんな汚いところにおれを引っ張り込もうとするなよな」

「汚えところだからこそ、舞ちゃんみたいな人間と兄弟になりてぇだよ」

 おれが口を開く前に、パンチパーマの兄ちゃんが交代しにやってきた。

「遅えだよ、テメーは」片桐は面白くなさそうな面でパンチパーマの兄ちゃんにケリを入れる。パンチパーマの兄ちゃんはすんませんでした! と叫びながら直立不動で頭をさげた。

「舞ちゃん、おれ奢るから飲みにいかねえか」

「眠いからいーよ」

 時計の針はもうすでに二時を指している。

 飲みに行くには遅すぎた。

「なんだよ、舞ちゃん。付き合い悪りいな」

「悪いな片桐。また今度な」

 片桐はおれに断られてふて腐れたのか、小石を蹴ったあと家に帰った。

 おれと亀吉は途中まで道が同じなので、一緒に帰ることにした。

 たわいのない話をしながら、肩を並べて夜道を歩いた。

 十字路までくると、おれと亀は足を止めた。

 ここからは道が違う。

 亀吉は、壊れかけの街灯が照らす真っ暗な道を。

 おれは、錆びたガードレールに舗装された道を。

 一人で歩いていかねばならなかった。

 亀吉に別れを告げ家に帰ろうとすると、亀吉がおれの袖を掴んだ。

「・・・・・・直人兄貴、おれん家に泊まっていかないスか」

「――お前の家に泊まってもやることなんてないだろう?」

 それに亀吉の母ちゃんとはしばらく顔を合わせたくなかった。

「こち亀50巻までならありますから、二人で夜通しで読みましょうよ」

「なにが悲しくて、野郎二人で徹夜でこち亀読まなきゃいけねえだよ」

「いや、初期のこち亀は半端なく面白いスから、徹夜もいけますって」

「いけねーよ。てか、亀吉。オメーまさか一人で帰るのが恐いのか?」

「・・・・・・いや、恐くないスけど、まあ、そのう・・・・・・」

 ――気味悪いス、よ。と亀吉はほざいた。

 おれは亀吉の後頭部を引っぱ叩いた。

「これから人生の裏街道突っ走ろうって人間が、夜道怖がってどうすんだよ!」

 情けない。

「まあそうなんすけど。幽霊は別腹って言うじゃないですか」

「言わねーよ。いいからとっとと帰れ」

 おれはぶるってる亀吉のケツを軽く蹴っ飛ばした。

亀吉はノロノロと歩き出したかと思うと、途中でふり返り「それじゃあ、直人兄貴」と、頭を下げた。

「おう。じゃあな亀吉」

 亀吉に背を向けると、おれは錆びたガードレールに舗装された道を歩き出した。

 ガードレールの向こう側から潮風が吹いてくる。昼間の生暖かい潮風と違って、夜の潮風は冷たくて心地よかった。

 おれは足を止め、ガードレールの向こう側に顔を向けた。

 果てしない暗闇が広がっていた。

 闇を揺らす波と、闇に映る銀色の月だけが、それが闇ではなく海であることを証明していた。

 〝昼とは違う世界だな〟

 普段なら何気なく歩いている道も、夜となると違う顔を見せる。

 おれは夜の闇が作り出した光景も悪くないと思った。

〝一人で帰ってよかったかもな〟

 一人で帰るのはたしかに寂しいが、片桐や亀吉がいたらこんな気分にはならなかったろう、

 おれはしばしの間幻想的な夜の海を見物した。

 海にむかって突き出した岬が目に入る。

 岬には取り壊される予定の灯台が建っていた。

 〝灯台か。ガキの頃はよくあそこで遊んだな〟

「ひさしぶりに寄ってみるか──」

 ──と思った瞬間眠くなってきた。やっぱり家に帰って寝るか。

 おれは家に帰ろうと灯台に背を向けた瞬間、頭にコツンと何かがぶつかってきた。

 驚いて振り返ったが、誰もいない。気味悪くなったおれは辺りをキョロキョロと見回してみた。足下によれよれの赤い紙飛行機が落ちていた。

 赤い紙飛行機を拾い上げる。

「もしかしてこれがおれの頭にぶつかったのか?」

 ――まさかな。こんな夜中に紙飛行機なんか飛ばす馬鹿はいないだろうし、万が一飛ばしてる奴がいたとしても海の向こうから飛ばしてこないかぎり、おれの後頭部に紙飛行機をぶつけることは出来なかった。

 物理的にどう考えも不可能であった。

「まあ、いくら考えてもわからねぇもんはわからねーよな」

 おれは手に持った紙飛行機をどうしようか一瞬迷った。

 ──捨てるのもなんだか忍びない。

 と思った時瞬間、おれは赤い紙飛行機を海に向かって飛ばしていた。

 紙飛行機は海風に乗り、灯台の方にむかって飛んでいった。

「──灯台に行ってみるか」


 国道沿いの林を通り抜けると、古ぼけた灯台と、下品な厳左右衛門が迎えてくれた。

「相変わらず、金玉でけえな」

 おれはガキの頃と同じように、厳左右衛門の金玉をさすった。

 小学校時代に流行った歌を思い出した。

「厳左右衛門の金玉ありがたや。タマキンシワクチャ、クサ袋。キンタマキンタマ、インキンタムシ」

とノリノリで歌いながらも、一つ思った。

「――やっぱ小学生って馬鹿だな」

 なんでこんな歌流行ったんだろう。

 そう思うと急に金玉を撫でてるのが馬鹿らしくなった。

 こんなもの撫でたところでなんの御利益もない。

 おれは厳左右衛門の金玉に興味を失うと、灯台の周りをブラブラと歩いてみた。

 灯台の壁には無数の亀裂が走っている。

「こんなにひび割れていたっけ? ――まさかおれの張り手のせいか?」

 小学生の頃相撲取りに憧れていたおれは、デブを見かければ相撲を挑んでいた。

 最初のうちはデブの圧倒的な体重の前に敗北を喫したが、コツを掴むとようになると勝てるようになった。

 おれに負けて悔しくなったのか、今度はデブ達の方から相撲を挑んできた。

 相撲をやり始めた頃は公園の砂場を土俵にしていたのだが、まわりの大人が喧嘩と勘違いしたことと、近くの園児が砂遊びしにくるので、場所を灯台に移した。

「待ち時間の間、灯台の壁相手によく突っ張りしてたよな」

 そのせいでヒビが入った――。とまでは言わないが、小学生の張り手にはしてはかなりのレベルであったと思う。

 懐かしくなったおれは灯台の壁に突っ張りを喰らわした。

「お別れ相撲!、お別れ相撲! そして突っ張りからのもろ刺し」

 おれは空気力士相手に、小学校時代得意だったコンボを決める。

 ふと背中に視線を感じた。

「流れの力士か!」

 と思って勢いよく振り返ると、腰にリボンを結んでいる白いワン公が、尻尾を振っているだけだった。

「──まあ、流れの力士なんていねえわな」

 恥ずかしくなったおれは独り言をつぶやいた。

「ところでワン公。おまえこんな所でなにやってんだよ」

 ワン公は人間の言葉がわかるのか、ワンワンと何かを訴えるように吠えた後、くるりと後ろを向いた。

 〝おれについてこいと言ってるのか?〟

 犬語はわからないが、なんとなくそう言ってるような気がした。 おれはワン公の後ろをついて行く。どこに連れて行かれるかと思ったら、なんのことはない。ワン公はおれが突っ張りをかましてた壁のちょうど反対側に回り込んだだけであった。

 反対側の壁と違うのは、ここの壁はヒビが入ってるだけではなく、ぽっかりと穴が空いていた。

 腰を屈めて穴の中を覗いてみると、ドッグフードの袋と犬小屋が置いてあった。犬小屋には『灯台の管理人ポン』と書かれた木の札が釘で打ち付けてあった。

「お前、ポンと言うのか」

 おれが頭を撫でてやると、ポンは嬉しそうに尻尾を振って吠えた後、穴のなかに潜っていった。

「何しに行ったんだろう?」

 眠くなったのか? でも眠そうには見えなかったし。おれが不思議に思っていると、ポンは白いカバンを口に咥えて戻ってきた。

 ポンは白いカバンの存在をアピールするかのように、首を目一杯そらした。

 おれは訝りながらも、白いカバンを受け取り中を開けてみた。

 カバンのなかには紙の束が雑然と突っ込まれている。

「なんだこりゃあ」

 一枚取って広げてみる。

 暗くてよく見えないが、太字のところは読めた。

 灯台新聞と書かれていた。

「灯台新聞?」

 恐怖新聞なら知ってるが、灯台新聞なんか聞いたこともない。

 興味がわいたおれは顔を思い切り近づけて記事を読んでみた。

 暗いので記事の本文は読めなかったが、太字の部分は読めた。

 

 灯台新聞 第八号

 総力特集。

 恋路に立ちふさがる悪戯な妖精を追い出す必殺の呪文。

 この呪文を使って、恋路を邪魔する妖精を追い払って、灯台で熱いベーゼを。


 灯台でキスをすると永遠に結ばれる?

 友達以上、恋人未満な関係なそこのカップル諸君! 今すぐ灯台で熱いキスをかわせ!

 

 今キスすれば、灯台の守護神である狸左右衛門様が貴方の守護神になってくれるかも。

 ついでに狸山神社特製紅白饅頭もプレゼント。

 ふるって灯台でキスしてね!

「・・・・・・」

 なんでこんなにもキスを勧めてくるんだろうこの新聞。

 灯台をアオカンスポットにでもして、盗撮ビデオでも撮ろうとでもしているのだろうか?

「さっぱりわからん」

 まあいいや。もう飽きた。

 おれは灯台新聞を白いカバンに戻した。

 ポンはもの凄く悲しそうな顔をした。

「おい、新聞ぐれぇで、そんな悲しい顔するなよ」

 と言って慰めたが、ポンは頭をたれてションボリとしている。

「まさかお前新聞売らないと、メシ抜きにでもされるのか?」

 不景気な世の中だ。犬といえども働かされてるのかもしれない。

「そんなションボリすんなよ。新聞ぐれえ読んでやるからよう」

 と声をかけると、ポンは嬉しそうに顔をあげ、再び首を反らした。

「また同じ新聞をよむのか?」

 おれがうんざりした声を出すと、ポンは吠えた。

「なんだ違う新聞も入っているのか?」

 カバンの中を漁ってみると、最新号らしきものを見つけた。

 さっそく読んでみる。

 

 灯台新聞 第九号

 総力特集

 片思いの彼を呼び寄せる不思議なおまじない。

 

 いきなりウンザリした。

「また色恋いかよ。もっと面白い記事はないのかよ。でっかいカブト虫の取り方とか、ツチノコの出現スポットとか、童貞捨てるのにお勧めのソープとか、そういう実用的な記事がないと、この不景気の世の中生き残れないぞ。お前の雇い主にちゃんと言っとけ・・・・・・」

 的確なアドバイス送ってやったというのに、ポンはモジモジしているだけだった。

「――ひょっとして小便か?」

 おれが問うと、ポンは恥ずかしそうにワンと吠えた。

「犬なんだから恥ずかしがってねえで、そこら辺でしてこいよ」

 おれが促すと、ポンは灯台の茂みで用をたした。

 それはいいのだが、ポンの野郎オスのくせに雌犬ような格好で小便をしている。

 し終わると、ポンは戻ってきた。

「なんだお前。オカマじゃねえだから、そんな小便の仕方があるか」

 おれが叱ると、ワン公は面目ないといた風情で頭を垂れた。

「いいか、男の立ちションってのは人目も場所も気にせず豪快にやるもんなんだよ」

 ちょうど小便をしたかったおれは、オカマ犬に見本を見せてやることにした。

 おれは灯台の入り口の前に立つと、ズボンのチェックを降ろした。

 大人の余裕すら感じる自然さで、息子を外に引っ張り出す。

 勢いよく、小便が飛び出してきた。

「華厳の滝」

 おれは腰をグイッと突き上げる。小便は大きく放物線を描きながら階段を濡らした。

 自分で言うのもなんだが、すごい勢いだ。

 これは人生に一度きりのビックウェーブかもしれない。

「虹だ。いまのおれなら小便で虹を作り出すことが出来るかもしれない。こいレインボー!」

 ポンはおれの勇姿を見て興奮したのか、ワンワンと吠えた。

「大人しく見ていろ、ポン。いま小便で虹を描いてやるから」

「――あのう」

 〝へっ〟

 女の声だ。

 おれはびっくりして声がする方に顔を向けると、三人組の女が立っていた。

 一人は身長180センチはあろうかとおもう長身の女で、背だけ見ると和田あき子だったが、目鼻立ちが外人のようにくっきりと整っているので、外人のモデルみたいな美女であった。

 胸の方もこれまた外人レベルであった。 

 おれに声をかけてきた女の方は、長い黒髪が似合い和風美女だった。

 和風美女は車椅子を押していた。

 車椅子には、鳥の巣頭の少女が座っていた。

 鳥の巣頭の少女は夏だというのに、汚い毛布を膝にのせていた。

 しかも毛布の丈が長すぎるため、毛布の裾は泥だらけであった。

 〝夏なんだから、毛布なんか掛けなくてもいいのに〟

 しかしこんな夜中に何しにこんな所にいるんだ?

 美女二人組は多分大学生ぐらいの年齢だろうから、夜中にうろつくこともあるだろう。

 しかし車椅子の少女はどうみても小学校三、四年生ぐらいであった。

 夜中に連れ回わしていい年齢ではない。

 ――まあいい。そんなことは今はいいんだ。

 今大切なのは、おれの息子から勢いよく飛び出している小便をどうするかであった。

「――今しまいますから、ちょっと待っててくださいね」

 おれはあきれ果てている女性陣にむかって頭をさげると、自分の息子に静まるように念波を贈った。

 しかし息子の奴はまだ小便で虹を描きたいらしく、なかなか納まらない。

「おい、ちょっとは場面ってものを考えろよな!」

 と、小声で叱ってみたが効果はない。

 焦ったおれは、とりあえず場所を移動しようとした。

 が、慌てたせいでおれは派手に転けてしまった。

 階段から転げ落ちたおれは、自分の小便で作った水たまりに倒れ込んでしまった。

 小便まみれになるおれ。

「――こんなんじゃない!」

 鳥の巣頭の少女は悲鳴のような叫び声をあげた。

「――叫びたいのはこっちだよ」

 おれは自分の小便の臭いに顔をしかめながら呟いた。

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