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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
12/52

Asia 旧名未来 改稿

国産の高級車は資材置き場の入り口をゆっくりと潜った。

 誠次は車の運転をしながら、携帯で誰かと喋っていた。

 電話の向こうの相手は外人らしく、誠次は中国語のような外国語をつかって何やら喋っていた。

 ──片桐組も国際的になったもんだ。

 おれが感心していると、話しが終わったのか誠次は携帯を切った。

「すいません。ながながと喋っちまって」

「いや全然いいですけど、誠次さんすごいスね。外国語まで喋れるですか?」

「おれは在日出身ですから、韓国語も喋れるですよ」

「在日? なんですかそれ?」

「直人さん、ネットやテレビとかあまりみないでしょう」

「──たしかにあんまり見ないですけど、どうしてわかったんですか?」

「いや今、在日は色々と叩かれてますからね、ネットやテレビ見てれば、在日って言葉ぐらいは耳にしてるはずですからね」

「たしかにおれあまりネットやテレビ見ないからな──。で、在日ってどんな人なんですか」

「朝鮮から流れてきて日本に住み着いている連中ですよ」

「なんで朝鮮から流れてきたんですか?」

「おれは一世じゃないから詳しいことはよくわからないですが、色々じゃないですかね。日本人に欺されて連れてこられた連中もいれば、朝鮮じゃメシが食えなくて、日本に潜り込んだ連中。国から追われた連中、おれ等のようなごろつき。在日といっても様々ですよ」

「──そういや昔、韓国と日本って戦争してたんでしたっけ?」

 歴史の授業でむかし韓国と日本がどうたらこうたら言ってたような気がする。

「戦争なんざしてないですよ。日本に併合されただけです。朝鮮人はそれが気にくわないですよ」

「気にくわないって、なにが?」

「日本と戦争しなかったことですよ」

 ──戦争しときゃあよかったんだ。誠次はぼそりと呟いた。

「日本と戦争して、日本人をぶっ殺して堂々と独立を勝ち取ってれば、女のヒステリーみたいに喚くこともなかった」

 誠次の横顔には、おれが見たことのない表情が浮かんでいた。

 人生経験もない、在日ってのが何なのかわからないおれには、その表情がなにを意味するのかわからなかった。

 ただ酷く孤独そうに見えた。

「誠次さん、日本人が嫌いなんですか?」

「──嫌いじゃないですよ。おれはどちらかといえば朝鮮人の方が嫌いです。日本に併合されたのはいいです。朝鮮なんざ、小国だ。大国に征服されることだってある。問題は征服されたことよりも、独立戦争しなかったことですよ。あの時中国みたいに独立戦争をしてりゃあ、テメーの国にプライドが持てた。しかし朝鮮人がやったことといえば、小便みたいな独立運動だけですよ。それもやばくなったら外国に逃げて、日本が負けたらデカイ面して帰ってきて、北と戦争になったら今度はアメリカに闘ってもらって──。小国の悲哀といや格好いいが、やっぱみっともないですよ」

「日本だってたいしてかわらないですよ。アメリカに原爆落とされたってのに、今じゃあアメリカの弟分ですよ」

「直人さんの言うとおり。日本も、いやどこの国も同じなんでしょうね。国家なんざ、一皮むいてみれば所詮ヤクザだ。外交たって、脅し、スカシ、たかり、なんでもありだ。国を守るためにはときには土下座や詫びもいれなきゃいかんのでしょう──」

 誠次はちょっと黙り込んだ後、

「──国なんざに縛られたくねえな、直人さん。自由に、もし出来るのなら自由に生きてみたい。それが出来ないのなら、おれは闘って死にたい」

 誠次は静かに激しく吐いた。

 おれは思わず誠次の顔をマジマジとみてしまった。

 〝おれの知らない誠次さんだ〟

 誠次はおれの視線に気づいた。

 誠次は一瞬顔色を変えたが、すぐにいつもの顔にもどった。

「──柄にもないこと言っちまったみたいですね。この事は黙っていってくださいね、直人さん」

「それは構わないですけど、誠次さん。誠次さんは片桐組抜けて、自由に生きてみたいですか?」

 ヤクザの幹部相手にやばすぎる質問だった。

 何故こんな危険な質問をしたのか。

 亀吉のことが心配なのか。

 それとも誠次の見たことない横顔が言わせたのか。

 自分でもよくわかなかった。

「──そんなこと出来るわけないですよ、十代の頃から、オヤジの下で暴れてきたおれですよ。いまさらヤクザやめるなんて、怖くてできませんよ。おれはヤクザモンですけど、根っからの臆病者なんです」

「自由にも生きられない。闘って死ぬことも出来ないのなら、誠次さん、逃げちまえばいいですよ。自分を縛っているもの全部ぶっちぎって逃げちまえばいい。逃げて逃げて、その先で新しい何かを作ってみればいいじゃないですか? みっともないかもしれないけど、死ぬよりはマシだ」

 誠次はおれの言葉に驚いたらしく、激しく目を点頭させた。

「──直人さん、おれよりヤクザにむいてるかもしれませんね」

「えっ、なんですか急に」

 てっきり怒鳴られるとおもっていたおれは、誠次の予想外の反応に戸惑ってしまった。

「いや直人さんなら逃げっぷりも清々しいような気がしたんですよ。うちの親父も直人さんみたい人間なら、もうちっとマシな逃げ方が出来たんでしょうね」

 誠次は珍しく自分のプライベートを口にした。

「親父って、片桐組のオヤジではなく実の親父さんの方ですか」

「ええ。うちのろくでなしの親父の話ですよ。親父は、おれとお袋を置いて逃げだしたんですよ」

「──加藤の親父みたいですね」

 おれは言った後後悔した。

 ダメ人間として、ヤクザからもカタギからも、自分の子供からも定評がある筋金入りのダメ人間である加藤の親父と、自分の父が似ていると言われて喜ぶ息子はいないであろう。

「たしかに似てますけど、加藤の親父はうちの親父とちがって愛嬌がありますからね。逃げた後も金に困ると家に戻ってくるし」

「子供まで押し付けますからね」

 本当ダメ人間だな、加藤の親父は。

 おれがそう思ったところで、資材置き場の奥にあるプレハブ小屋についた。

 誠次は車をとめ、おれを下ろし、組に帰っていた。

 プレハブ小屋の中に入ると、亀吉が茶菓子を用意して待っていた。

 亀吉は、おれに温い茶を入れてくれた。

 おれは亀吉の気の利きすぎに少々ウンザリした。気が利いたところで、アノ片桐が容赦するわけでもねえし。

 片桐の生き方について行くには、何かしらの代償を払わねばついていけないだろう。

 それがどの程度の代償になるか、亀吉にも、おれにも、片桐さえもわからない。

 未来は誰にもわからないのだから。

「――どうしたんすか、直人の兄貴」

 おれの沈黙が、亀吉に不安を与えた。

「オメエの気の利きすぎにウンザリしてんだよ、茶坊主が。気が利きすぎても出世しねえぞ」

「わかってますよ、直人の兄貴」

 亀吉は答えた。

 まあ、あんま心配してもしょうがねえか。

 おれは温い茶を啜り、申し訳程度に茶菓子をつまんだ。

 加藤の家ですき焼きを食うわ、亀吉の母ちゃんからはいなり寿司を食わされるわで、腹に一分の隙もなかったが、それでも申し訳程度に煎餅をかじった。

「よし、茶も飲んだし、腹ごなしに見回りでもするか」

 食い過ぎで腹がもたれて仕方ない。

 おれは亀吉と一緒に外に出た。亀吉は懐中電灯のスイッチを入れ、暗闇を照らした。

 暇なので、おれは亀吉と軽口を叩きながら歩いたが、そのうち話すネタもなくなり、口を閉じた。

 田舎の夜の静けさが無言の圧力となり、おれ達を圧迫した。

 何があるってわけじゃないが、気味が悪い。

「直人の兄貴」亀吉が口を開いた。亀吉の声は微かに震えていた。

「どうした亀吉」

「鉄パイプとか持たなくて、大丈夫ですかね?」

 案の定、亀吉はびびっていた。

「鉄パイプなんか持ってどうすんだよ?」

「決まってるじゃないですか、泥棒野郎を殴るスよ」

 亀吉はひとり力んだ。

「馬鹿野郎。鉄パイプなんかで殴ったら死んじまうだろうが」

 ヤンキー漫画じゃあるまいし。

「でも忍の兄貴は、いつも木刀でぶっ叩いてるじゃないでスカ」亀吉は不満げな顔で文句をつけた。

「片桐の場合は喧嘩慣れしてるから、ああ見えても急所は外してる。だから大丈夫なんだよ」

 それに――。

「片桐の腹の中には、いつだって人を殺す覚悟がある」

 亀吉、お前にその覚悟があるのか、と問うと亀吉は黙った。

「――なんか無茶苦茶な言われようだな。おれ」

 突然、野太い声が割って入った。

 片桐だ。片桐がいつの間にか後ろに立っていた。

「――びっくりさせんなよ」

 驚いて鼓動が大きくなった胸を手で押さえながら言った。

 亀吉はびっくりしすぎて腰を抜かしている。

「――お前なんか用事があったじゃなかったのか?」

「それならもう終わったぜ、舞ちゃん」

 ――しかし酷でえ言われようだな。片桐は不満たらたらであった。

「だいたいおれまだ人殺したことないから」

「まあそうだけど、おれは覚悟のことを話しているんだよ」

 覚悟ねえ――。片桐は呟く。

「ポン刀でイカサマ野郎の右腕切り落としたときは、おれも腹を括ったかな」

 片桐は他人事のように言った。

「お前、右腕切り落としたって、そいつ何やったんだよ?」

「チンチロリンで、イカサマしてたんだよ、そいつ」

「チンチロリンって、あの骰子三つ振るやつか?」

 ウチのクラスの連中も、50円ぐらい賭けてやっているので、ルールは知っている。

「そう。それ」

「そんなもんで、お前片腕一本は酷くねえか?」

 お前はカイジに出てくる、イカれたギャンブル狂か。

「全然酷くねえよ。だってそいつ、ウチの賭場から五千万も攫ってたんだぜ」

「――五千万ねえ」

 話がいよいよカイジじみてきた。

「――まあたしかに五千万なら、仕方ねえか。片腕の一本ぐらい」

 イカサマやったヤツも、腹を括ってやったんだろう。

 千葉最凶最悪と歌われてる片桐組相手にイカサマすんだから。

「しかしお前も、五千万のチンチロリンするなんてどういう高校生だよ。お前はカイジの生まれ変わりか」

「そんときは中学生だったよ」

「余計酷いわ」

「それにおれチンチロリンやってねえから。おれは横で見物していただけ」

「それでなんでお前がイカサマ野郎の片腕を切り落とすことになったんだよ?」

「はじめは若いモンにやらすつもりだったんだけどよう。若いのにポン刀を持たしたら、若いのがブルっちまって。見てて苛ついたから、おれが変わったんだよ」

 ──最近の若い奴は根性がなくていけねえ。

 片桐は嘆いた。

「よくやれるな、片桐」

 さすがのおれもできない。

「正直いや、ちょっとはビビったよ。でも深呼吸したら落ち着いたから、スパッとやってやろうと思って刀を打ち下ろしたらよ」

 そしたら――。片桐は言いながら、ポン刀を振り下ろすフリをした。

「漫画見てえに切れねのよ、これが。頭にきて、何度もポン刀振るって、ようやく腕が千切れてよ。あん時おれは思ったね。人間意外と丈夫だなって、よ」

 片桐はそう言うと大笑いした。

 おれは聞いてて気分が悪くなってきた。

「気持ち悪いから、話題変えようぜ」

「なんだよ、舞ちゃんから話しふったくせに」

 ――おれが悪いみてえじぇねえか。片桐はふて腐れた。

「片桐が悪いなんて誰も言ってねえよ。それよりお前何してたんだよ? 人がせっかく来てやったのに、いねえなんて失礼にも程があんぞ」

「悪い、悪い。急に寄り合いやることになってさ」

「寄り合いって、なんだよ?」

 血なまぐさい言葉しか出てこない片桐の口から、血の匂いのしない単語が出てきたので興味がわいた。

「談合の寄り合いよ。本当は明後日にやる予定だったんだけど、談合のしきり役のおっさんの都合で、いきなり今日やることになっちまったんだよ」

「談合? なんだそりゃあ?」

「なんだよ、舞ちゃん。高校生にもなって談合も知らねえのかよ」 片桐は呆れ顔で言った。

「いや、知ってるよ・・・・・・」

 何をするのか見当もつかないが、悔しいので見栄を張った。

「じゃあ談合ってどういう意味だか説明してみろよ、舞ちゃん」

 〝そこは優しい目でスルーするところだろうが〟

 だからお前は残虐超人みたいな人間になるんだよ。おれは片桐の優しさのなさに憤慨したが、答えないのはプライドが許さなかった。

「・・・・・・アレだよ。アマゾンに住んでそうな女が取っ組み合って喧嘩するのを、みんなで見物するんだろう、談合って」

 とおれが言い終わった瞬間、片桐が大爆笑した。

 前を歩いてる亀吉も、両手で一生懸命口を塞いで笑うのを堪えていた。

 これならまだ笑われたほうがマシだった。

「――亀吉。無理すんな。笑いたきゃ笑え」

 おれが声をかけてやると、亀吉のやつは腹を抱えて大笑いしはじめた。

 二人とも絞め殺してやりたい。

「なんでアマゾンの女なんだよ、舞ちゃん?」

 片桐の馬鹿が笑いながら尋ねてくる。

「だって片桐好きだろう、女と暴力が。だから、この二つ合わせたらアマゾンの女しかないかなと思ってな」」

「いや好きだけどよ、その発想はなかったわ」

 片桐は感心したように首を傾げた。

「でっ、なんなんだよ談合って」

 生き恥を晒したんだ。せめて談合の意味ぐらいは知りたかった。

「舞ちゃん。談合ってのはな、県が発注する工事をあらかじめどこが落とすか、話し合いで決めておくことだよ」

 片桐は長々と談合について語りはじめた。途中難しい単語が出たが、なんとか理解できた。

 〝片桐の奴、勉強は出来ねえけど、こと犯罪行為に関しては詳しいな〟

 やっぱ玄人だけはあるわ。

「なるほど、なんとなくわかった。で、片桐の所はどこの工事する事になったんだ?」

「今回はうちはやらねえよ。この前、港南橋の補修工事ウチが落としたから、灯台の解体工事は新能建設の連中に譲らないとまずいだよ。まあ、大した工事じゃないし、金玉丸出しのタヌキ像をわざわざ山奥の神社まで運ばないといけねえし、たしか反対運動まで起こっているらしいから、新能の連中に譲ってよかったよ。うちが引き受けたら反対運動の連中とぶつかるのは目に見えてるしな」

 ――そんなつまんねぇことでムショ行ったらソロバンあわないから。

 片桐は大笑いした。

 おれは片桐の品のない笑い声を聞きながら、少々複雑な気持ちになっていた。

 その壊される灯台は、おれがガキの頃よく遊びに行った灯台であった。

 他にも何個か灯台はあるが、金玉丸出しの下品なタヌキ像が置いてある灯台なんて、アノ灯台しかなかった。

「――無くなっちまうのか」

 おれはため息をついた。

「なんか言ったか、舞ちゃん?」

「あんでもねえよ。それより片桐、お前にしちゃあ平和的だな、他人に譲るなんて」

 おれは思わず感心してしまった。

 片桐の口から、奪うとか、脅すとか、そういう単語はしょっちゅう出てくるけど、譲るなんて単語は初めて聞いた。

「そうだろう舞ちゃん。今はこれよりも」と言って、片桐はごくナチュラルに懐から拳銃を取り出した。

「――話し合いよ」

 片桐は拳銃片手にこやかな顔で言い放つ。

「平和で結構――って、お前なに出してるだよ!」

「――チャカだけど?」

 片桐はきょっとんとした顔で言った。

「チャカだけど、じゃねーよ。うんなもん持ってきてどうするつもりだよ。まさか泥棒射殺するつもりか?」

 鉄パイプどころの騒ぎじゃねえぞ。

「いや、そんなことしねえよ。チャカ持ってきたのは、どうせ暇だろうからちょっとしたサプライズイベントに、射撃大会でもやろうかなと思ってさ」

「サプライズすぎんだよ。バレたらどうすんだよ!」

「この辺、人通らないから大丈夫だって、親父が茂木組の若い奴の頭吹っ飛ばしたときも、だれも気づかなかったぐらいだから」

 と言うなり、片桐は土管目がけて拳銃を連射した。

 土管の上で寝ていた小汚いシャム猫は、びっくりして逃げ出していった。

 片桐は舌打ちをした。

「猫の野郎逃げやがって、ちいとはサービス精神だして、自分から弾に当たりにいかんかい、このボケ猫が!」

 片桐はむかついたらしく、地面に転がってる石を蹴っ飛ばした。

「おい、亀。あの猫捕まえてこい」

 突然の発砲にびっくりして腰を抜かしてる亀吉にたいして、片桐は無茶苦茶なことを命令した。

「どんだけ無法者なんだよ、お前は。猫が可哀想だろう!」

 おれは本気で怒った。拳銃撃ったのはしょうがないとしても、せめて猫以外にしろ。

「なに怒ってるだよ、舞ちゃん。たかが野良猫だろう」

「そういう問題じゃねえ!」

 おれは片桐の面を思い切りぶん殴った。

 不意を食らった片桐はあっさりと倒れた。チャカが地面に転がる。

 片桐は半身を起こした。

「いきなり、なにすんだよ。舞ちゃん」

 片桐は片手で口から溢れ出る血を拭った

「お前だって、シャム猫にいきなり拳銃撃ったろう。これでお相子だろうが」

「野良猫とおれ一緒にすんなよな」

 片桐はぶつくさ文句言いながら立ち上がった。

「だいたいクラスの飼育係である、おれの前で生き物殺そうとするのはどういう了見だよ!」

 まだ怒りが納まらない。

「――いや、どうせ撃つなら動く的がいいかなと思ってさ」

 片桐は頭をポリポリとかきながら弁解した。

「動く的ならヤクザにしろ!」

 生き物をなんだと思ってるんだ、こいつは。

「わかった怒るなよ、舞ちゃん。射撃大会は諦めるから」

 そう言うと片桐は、地面に転がってるチャカを拾って懐にもどした。

 亀吉が懐からハンカチを出して、片桐に渡した。

 片桐は唇から流れる血をハンカチで拭き、血で汚れたハンカチを放り捨てた。内心、おれに殴られた怒りが納まってないらしい。

 亀吉は慌ててハンカチを拾い上げる。

「しかし舞ちゃんも気が短いな」

「お前ほどじゃねーよ」

 その証拠に怒りの熱は冷めてきている。

 猫も死んじゃいないわけだしな。

「今度カルカンでも買って、シャム猫に詫び入れとけよ」

 おれは仲直りのサインを出した。

「わあったよ、舞ちゃん」

「ところで、片桐」

 うん。片桐がおれの顔を見た。

「談合ってどこでやるんだ?」

 ふと、興味がわいた。

「そりゃあ色々だけど、今日はおっパブだったな」

「なんだよ、おっパブって」

 はじめて聞く言葉だが、凄く面白そうな所のような気がした。

「知らないスか、直人兄貴?」

 亀吉がおっパブという単語に食い付いてきた。

「おっぱい丸出しの女の子が酒を注いでくれるところスよ」

「おっぱい丸出し――」

 マジかよ。おれは思わず呟いた。

 亀吉はマジすよ、亀吉は答えた。

「おいおい、そういうところは東大をでた偉いおっさんとかが行くところじゃないのか?」

 昔、ニュースかなんかで、偉いおっさんが、そんな所行って捕まったとか言ってたような気がする。

「おれ等が行ったのは、そんな高級なところじゃねーよ。なんせ下の毛がタワシみたいな女が出てきたからな」

 なあ、亀。片桐は亀に同意を求めた。

「たしかに高級って雰囲気じゃなかったスね。店の飾りつけも折り紙だったスから」

「おい、亀吉。なんでオメーがそんなこと知ってるだよ」

「いや、この前片桐の兄貴に連れて行って貰ったスよ」

 亀吉はシレっとした顔で宣った。

「あんだと!」おれは思わず叫んでしまった。

「なんでおれもモジャゴンのところに連れて行ってくんねーだよ!」

「ちゃんと誘ったよ。この前、十一時頃電話したろう」片桐は言った。

「あの電話か!」

 眠くって叩き切ってしまった。

「そうだよ、あの電話だよ。──しかし酷いよな、舞ちゃん。おれの話しを一言も聞かねえで切るんだもんなぁ」

「仕方ねえだろう、そんなアマゾンみたいなところに連れててくれるとは思わなかっただからよう」

 おれはがっかりして少し膨れた。

 スケベ心もあるが、モジャゴンのタワシも見てみたかった。

「なあ、舞ちゃん?」

「なんだよ、片桐」

「――モジャゴンはわかるが、アマゾンってなんの例えだよ?」

 何を聞いてくるかと思えば、片桐はつまらないことを聞いてきた。

「うんなの決まってるだろう。なんだか知らねえけど、アマゾンの人達はおっぱい丸出しで暮らしてるだろう。だから、おっパブなんてアマゾンみたいなもんだろう」

「──その発想はなかったわ」

 片桐は、おれの言葉に感心し、しきりと顔を縦に振った。

「しかしよう、舞ちゃん。アマゾンにはハッスルタイムはねえだろう?」

「なんだよ、ハッスルタイムって? 槍でも持って踊るのか?」

 まだ千葉のアマゾンにはモジャゴン出現のほかにもイベントがあるのだろうか?

「ハッスルタイムってのはなあ舞ちゃん――」

 片桐はもったい付けた。

「早くいえよ、片桐」

 おれは焦れる。

「――モジャゴンが膝にのっておっぱい丸出しで踊るんだよ」

「マジかよ! モジャゴンどんだけ活躍すれば気が済むんだよ!」

おれの頭の中は、片桐の膝に跨って腰をふるモジャゴンで一杯になった。

「こりゃあ一度千葉のアマゾンを探検してみる必要があるな、片桐!」

 おれは真夜中の資材置き場で叫んだ。


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