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メドレー 晒し中  作者: 南国タヒチ
第二部 and I love you
11/52

So Let's Get Truth 改稿

加藤一家に見送れて、おれと黒田は加藤家を後にした。

 闇が濃いせいか、加藤達の姿はすぐに見えなくなった。

 家も店もビルも少ないせいか、星が綺麗に見えた。

 〝千葉のどん詰まりに住む数少ない利点の一つかな〟

 都会に住んでいたら、これほどの星空を眺めることは出来ない。

「――なあ、舞島」

 黒田は妙に思いつめた声で言った。

「あんだよ、黒田」おれは星空を眺めながら答えた。

「――加藤さんって美人だよな」

 黒田が突然突拍子もないことを言い出したので、おれは驚いて黒田の方に顔を向けた。

 黒田は俯きながら地面を眺めていた。

「――そうか? おれにはたんなる眼鏡の付属品にしか見えないけどな」

「眼鏡の付属品って・・・・・・ 舞島の目は節穴か!」

 黒田はムキなって怒り出した。

 〝あんだって言うんだよ〟加藤の面なんかどうでもいいだろう。

「黒田。どうしたんだよ急に」

 おれは黒田の突然の怒りに戸惑いをおぼえた。

 なにを言いたいというのだろう、このとっつあん坊やは。

「――なんでもない」黒田はムスッとした顔で答えた。

「なんでもなくはねえだろう。怒鳴るぐらいなんだからさぁ」

「いや忘れてくれ、舞島」

「そうか」

 おれは議論するのが面倒くさくなっていったので、黒田の言うとおり忘れることにした。

 忘れてくれと言ったわりには、言い出しっぺの黒田の方は忘れることが出来ないらしく、ブスくれた顔のまんまだった。

 おれの方もなんとなく気まずくなって、暗い川面を眺めながら歩いた。

 さきに沈黙に耐えられなくなったのは、おれの方だった。

「黒田そういやよう、加藤ってむかし黒田が見せてくれた、なんとかハルヒに出てくる眼鏡女に少し似てるよな」

 黒田の大好きな小説の話をふってやった。

「そうだろう! 似てるだろう舞島!」

 黒田は思いきり食いついてきた。

「加藤さんは眼鏡かけてると長門に似てるんだよ」

 黒田は目を輝かしながら、加藤がいかに長門に似ているか力説しはじめた。

 話を振っておいて何だが、小説を読んでないおれには黒田の熱弁は正直うざかった。

 かといって話を遮ると、黒田の怒りが復活しそうなので適当に相づちを打った。

 黒田の話はなかなか止まらなかった。

 さすがのおれもいい加減ウンザリしてきた。

 街外れにあるショボいラブホテル街が見えてきた。

 〝そうだ!〟

「おい黒田。こっちのほうが近道だからおれはこっちからいくぞ」

 おれはネオン輝くラブホテル街を指さした。真面目な黒田はラブホテル街が死ぬほど嫌いなので、これならすんなりと別れられると思ったのだが・・・・・・。

「舞島がいくならいくよ」と黒田は気負いこんだ顔で宣言した。

「いいのかよ、おまえの嫌いなラブホテル街だぞ?」

「まだ話がおわってないからな」

 ――空気を読んでいい加減止めろよな。と心のなかで黒田に毒づいた。ラブホテル街に突入しても、黒田の話は終わる気配がなかった。

 おれは適当に相づちを打ちながら、何が悲しくて野郎二人でラブホテル街を歩かなきゃいけないのか、心のなかで愚痴った。

 道行くカップルも怪訝な顔で、おれ達をチラチラと見ていた。

 ラブホテル街を突き進んでいくと、路地はどんどんと暗くなっていく。

 薄暗い路地の影には、立ちんぼ達が並んでいた。

 おれは道端に並んでいるお地蔵さんを思い出した。

 道に突っ立てるのは同じだが、お地蔵さんより立ちんぼのほうがヴァリエーションが豊かであった。

 中国人、韓国人、南米系、くたびれた日本人のおばさん。

 選り取り見取りである。

 ただしあんまり可愛くないので、とてもじゃないが買う気にならない。

 立ちんぼうの何人かが、おれ達の袖を引いた。

 おれはまだ学生だからと言って断った。黒田は汚らしい物でもみるかのように立ちんぼを一瞥すると、乱暴に袖を振り払った。

「――舞島」

「あんだよ、黒田」おれはゲルゲンガーみたいなおばさんをかわしながら答えた。

「なんで警察はほったらかしてるんだ、このスラム街を」

「いやスラム街じゃなくてラブホテル街だから」

 ここがスラム街なら、加藤の家なんて貧民窟じゃねえか。

「だいたいラブホテルなんか作ること自体間違いなんだ」

 何だか知らないが黒田は怒り出した。

「女性は結婚するまで処女を守るべきなんだ」

「あんで?」

 意味がわからない。女だってやりたいだろう、セックス。

「あんでって・・・・・・。そんなの当たり前だろう、簡単にセックスするような女は最低だし、それ以前に性病に罹る危険だってあるだろう。それに舞島だって処女と中古女、どっちを選べと言われたら、処女を選ぶだろう?」

「おれは惚れたほうを選ぶよ」

 おれは些かむっとして答えた。黒田の中古女という響きが気にくわなかったのだ。

「そんなの絶対うそだよ、男なら絶対処女を選ぶ。その証拠に少年漫画に出てくるヒロインはみんな処女だろう」

 黒田は目を怒らせながら、おれと中古女を否定した。

「そんなに処女が好きなら、立ちんぼの姉ちゃんの股にサランラップでも巻いておけよ」

 議論するのも面倒くさくなってそう言い捨てたとき、人一倍貧相で幸の薄そうな眉をした出っ歯のおばさんが、おれの袖を引いた。


 亀吉の母ちゃんだった。


 二人の目が合う。ザ・ワールドなみに時が止まる。さきに我に返ったのは亀吉の母ちゃんだった。

「・・・・・・直人君、久しぶりね」

「・・・・・・ひさしぶりス」

 おれも亀吉の母ちゃんも酷く動揺しているので声が裏返っていた。

 〝こんな地元で客を引くなよ〟息子がいんだからよ。

 そう言ってやりたかったが、隣には黒田がいる。

「――これ食べて、直人君」

 亀吉の母ちゃんは手に持っていた弁当をおれに押しつけてきた。

 〝弁当持参で客引くなよ〟

「それじゃあね、直人君。おばさん帰るけど、直人君も学生なんだからこんなところうろついてないで早く家に帰りなさい」

 と、言い捨てて亀吉の母ちゃんは逃げるように去っていた。

 〝あんたも母ちゃんなんだから、こんなところで客なんざ引いてるなよ〟

「舞島、ソープに飽きたらず、あんな売春婦まで買ったのか?」

 中古女嫌いの黒田の声は怒りに震えていた。

 〝買うわけねえだろう、亀吉の母ちゃんなんだから〟

 と怒鳴ってやりたかったが、言えるわけがなかった。

 おれは答えるかわりに、亀吉の母ちゃんからもらった弁当箱を開けた。

 いなり寿司が入っていた。

 体を売っても亀吉の母ちゃんじゃ、稼ぎなんかたかが知れてる。

 たとえ金があったとてしも、男かパチンコに吸い取られて終わりだ。

 いつだって金はない。

 弁当を持参して少しでも金を節約したいのだろう。

 おれはいなり寿司をつまんだ。

「――黒田くうか?」

「食わないよ、そんな汚らしい物」

 おれは一瞬かちんときたが、すぐに怒りは醒めた。

 世界が違う。亀吉と黒田じゃ、住んでいる世界が違う。同じ学校、同じ日本人だが、住む世界が違う。背負ってる荷物も違う。

 おれは怒鳴る変わりにいなり寿司を口に放り込んだ。

「――少ししょっぺえな」


 ラブホテル街を出るとおれ達は別れた。

 黒田は自分の家へ。おれはヤクザの豪邸にむかった。

 十五分ほど歩くと、鬱蒼としげる雑木林が見えてきた。

 あの雑木林のなかに、片桐邸は建っていた。

 雑木林に囲まれているせいで、人目につかない。

 隣家もない。

 訪ねてくる人間と、帰って行く人間の数が何故か合わない。

 〝どうマイルドに考えても、千葉で一番危険な場所だよな〟

 おれは雑木林の中に隠れるように引かれている脇道に入っていった。 鬱蒼と生い茂る雑木林は、星の光を遮りあたりに暗闇をもたらしていた。

 何度も来ているはずなのに、この道を歩くと緊張してしまう。

 〝ビビってるのか、おれは〟

 そう思うと臆病な自分に腹が立ったが、よくよく考えてみれば千葉最悪の暴力団の組長宅を訪れるのだ。怖くないほうがどうかしている。

 数寄屋作りの片桐邸の前につくと、半笑いのトーテムポールがおれを出迎えてくれた。

 何故数寄屋作りの屋敷のまえに、半笑いのトーテムポールが立ってるかというと、片桐の親父の趣味である。

 暴力団の親分にしてはなかなか良いセンスをしていた。

 しかもこのトーテムポールはただのインテリアではない。

 半開きの口は郵便受けにもなっているのだ。

 インテリアにも、郵便受けにも使える。

 一石二鳥とはまさにこのことであった。

 ただし、誰も郵便受けだとは思わないので、半笑いのトーテムポールが手紙を受け取ったことは一度もなかった。

「お前も口ばっかあけてないで、たまには手紙を受け取れよな」

 半笑いのおかげで、多少気持ちが軽くなったおれは軽口をたたいた。おれは半笑いの面をかるく叩くと、表玄関ではなく、片桐邸の裏庭に回った。

 表玄関から入っていっても別にいいのだが、全身にモンモン入れた下足番の兄ちゃんが気合いの入った挨拶をカマしてくるので、一般ピープルのおれには敷居が高かった。

 裏庭の勝手口なら、下足番がいないので気軽に入れる。

 裏庭に回ると、ハイセンスなおっさんが立っていた。

 どこらへんがハイセンスかと言うと、片桐と同じ般若のベルトを腰ではなく腹に巻いてるところが、まずハイセンスであった。

 着ているスーツの方もかなりハイセンスな代物で、スーツの右袖には片桐組若衆頭外村俊夫と金糸で刺繍してあった。

 左袖には懲役上等、恐喝の天才と刺繍されていた。

 胸元を開いたワイシャツからは刺青が丸見えであった。

 〝さすが片桐組だ〟

 頭がイカレている。

 しかしこのおっさん、見たことないな。

 おれは外村というおっさんを知らなかった。

 もちろんおれはヤクザではなく普通の高校生なので、片桐組の組員の顔を全員知っているわけではない。しかしよく学校を休む片桐のおかげで、プリントやら何やらを片桐の家にしょっちゅう届けに来ているので、組員の顔はよく知っていた。

 〝お勤めから帰ってきたのかな?〟

 おれは疑問に思ったが、今は考えている場合じゃなかった。

 外村は、土下座している血まみれのジャージ姿のおっさんの頭を踏んづけているからだ。

 〝表玄関から入りゃあよかった〟

 おれは猛烈に後悔した。

「長谷こら、テメーなに調子こいて人のシノギにケチつけてんだ!」

 外村は、血まみれのおっさんにむかって怒鳴り散らした。

「・・・・・・すいません、外村さん。でもあれはオヤジの・・・・・・」

 長谷と呼ばれたおっさんは最後まで言えなかった。

 外村が、長谷の脇腹に蹴りを入れたからだ。

「こらテメー。ペーペーの兵隊のくせにおれに説教か。いつまでも幹部面してたら殺すぞ!」

「――そんなつもりで言った・・・・・・」

 外村は、長谷の顔面を思い切り蹴り飛ばした。

 血まみれの前歯が、おれの足下めがけて飛んで来る。

 これ以上殴ると、冗談抜きで長谷は死ぬかも知れない。

 〝しゃーねな〟

「おじさん、なにがあったのか知らないが、その辺で勘弁してやったらどうだ」

「なんだ小僧? おれに文句でもあるのか?」

 外村はガンをくれながら、おれに近づいてきた。

 外村はおれの前で足を止めると、おれを下から睨みあげた。

 普通の人間なら、思わず小便をチビちゃいそうなぐらい怖い顔だ。

「おい兄ちゃん。おれは気が短けーんだ。口を開くときは気をつけて物いえや」

 外村はおれの頭にむかって手を伸ばし、髪を掴もうとする。

 おれは伸びてくる外村の手を掴んだ。

「人の頭気安くにさわろうとすんなよ、おっさん」

「そりゃあ、おれのセリフだ。クソ餓鬼! 人の腕をやすう掴みやって、おう? 間に入るなら金もってきてから、間に入れや。金をよう!」

「金なんかねえよ」

 ねえから片桐の家に来てるのだから。

「――舐めた餓鬼だ」外村が呟いた瞬間、背中がぞくっとした。

 外村は片手をスーツの中に突っ込んだ。

 道具を出すつもりだ。

 〝拙いな〟

 ドスぐらいだったら何とかなるかもしれないけど、チャカならお手上げだ。まさか組長宅で、堅気のおれをいきなり弾くとは思えないが、イカレた連中揃いの片桐組のことだ。

 常識が通用しない可能性は多いにあった。

「なにしてんだ、外村」

 苦みの利いた声が割って入った。

 声がするほうを見ると、片桐組の若頭である榊原誠次が屋敷の縁側に立っていた。榊原の後ろにはジャージ姿の若い衆が控えている。

「若頭、なんでもないですよ。礼儀をしらねえ、若いのに礼儀を教えてやってるだけですから」

「止めとけ、外村。オメーは寄せ場から出てきたばかりだから知らねえだろうが、そこの金髪の兄ちゃんは若のダチだ」

「――それがどうかしたんですか、若頭? いくらオヤジの実子とはいえ、若はまだ杯貰ってないでしょう? だったら素人と同じでしょうが。おれは素人相手に征く道を譲ったことはないですよ」

「――おまえの言うとおりだな、外村。スジは通ってるよ」

 誠次はそう言うと、庭におりた。

「おれは昔からスジだけはぴっしっと通して・・・・・・」

 外村が気分良く演説し始めた時、榊原は外村の太ももにドスが突き刺した。

 外村は自分の太ももに刺さったドスをマジマジと見たあと、痛てぇ!と泣き叫んだ。

 外村の太ももから血がドクドクと流れ落ちる。

「何がスジだ、この野郎? 外村、テメーはただ親父の米びつに手を突っ込みたかっただけだろうが! 親父に報告して指詰めさすぞ、ボケナスが!」

 榊原は外村を一喝すると「田島、長谷と外村の馬鹿を、医者に連れて行ってやれ」

 榊原の後ろに控えていた若い衆はハイと答えると、庭に降りていった。田島と呼ばれた若い衆は、外村の傷をハンカチで縛り止血した。

 長谷はもの凄い顔で外村の顔を睨みつけていた。凄い目だ。堅気には絶対に出来ない目つきであった。

 手当を終えると、田島は外村を背負い駐車場にむかった。

「直人さん。長谷を庇ってくれてありがとう御座いました」

 榊原は丁寧に頭をさげた後、「長谷、お前も礼を言っておけ」

 長谷の顎は砕けてしまったらしく、口を開いた途端激痛に顔を歪ませた。

 それでも長谷は言葉にならぬ言葉で礼をのべた。

 おれの方はどう対応していいのかわからず、とりあえず礼を返した。

 外村を車に運びに行っていた田島が戻ってきた。

 田島は長谷を背負うと、おれにむかって軽く頭を下げ、消えていった。

 田島と長谷がいなくなると、「あの人なんでヤキを入れられてたんですか?」榊原に尋ねた。

「外村のシノギとオヤジのシノギが微妙にバッテングしているですよ。長谷もオヤジのシノギを手伝っているから、それとなく外村に釘を刺したんでしょうが。それが外村の気にさわったでしょう。長谷のヤツも、外村みたいなイカレポンチに意見する前に、おれに相談してくれればよかったんですけどねえ。長谷も元幹部だから外村のメンツをつい軽く見ちまったんでしょうね」

「あの人元幹部なんですか? そういやどこかで見たことあるような気がする」

 おれの記憶の中にある長谷は、ブランド物の背広を着こなす渋い中年親父だったのでわからなかった。

「ええ。オヤジの逆鱗に触れちまって破門にされて、はじめの頃は半グレみたいなことをやっていたんですけどねぇ。結局は食えなくて、オヤジに指詰めて、今はペーペーからやり直している最中なんですよ」

「そりゃあ辛いですね」

 ふと亀吉の顔がよぎった。

 〝ヤクザの世界はやっぱ厳しいよな。亀吉のやつやっていけるのかな〟

「それはそうと、片桐のヤツいますか? おれ今日片桐と会う約束してたんですが」

「それなんですけど、直人さん。若はちょっと野暮用で、今出てるですよ」

「なんだよ、あの野郎。人を呼びつけといて、いねえだなんて」

 おれが文句を垂れると「組の用なんで、勘弁してやってください直人さん。お詫びの印に、おれが車で資材置き場まで送っていきますから」」

 組の若頭である榊原が頭をさげたので、おれは慌てた。

「別に誠次さんに嫌味言ったわけじゃないですよ、おれは」

「わかってますよ。直人さんが嫌味を言うような男じゃないことぐらいは」

 榊原は人の太ももを刺した後とは思えない爽やかな顔で言った。

 〝見た目は柔らかいが、この人も片桐組のヤクザなんだよな〟

 それもナンバー2の若頭である。

 修羅場なんか数え切れないぐらい経験しているだろうし、口には決して言えないような事もしてんだろうな。

 見た目の柔らかさに欺されて、舐めた態度とらないようにしよう。

 おれは心の中で誓った。

 榊原はおれを送るために駐車場にむかった。

 駐車場には、ピカピカに磨かれたベンツが一台、ベンツに従うように国産の高級車がずらりと止まっていた。

 片桐の屋敷は家であると同時に、組事務所でもあるので、幹部連中が顔を出しに来ているんだろう。

 幹部連中の経済力を考えればいくら高級車とはいえ、国産ではなくベンツに乗っていてるほうが自然ではあるが、片桐のオヤジがベンツに乗る以上、幹部連中が同じ車に乗るわけにはいかなかった。

 それがヤクザ社会の礼儀ってもんである。

 ヤクザは自由に生きてるように世間では思われているが、普通のサラリーマン以上に雁字搦めにされて生きていた。

 おれは片桐と付き合うようになってから、ヤクザとして生きる事の大変さを知った。

 駐車場の隅には仕事用と思われるライトバンや軽トラが駐められていた。

「いつみてもデカイ駐車場ですね。ヤクザってやっぱ儲かるんですか?」

「ヤクザなんて全然儲からないですよ、直人さん。なんだかんだ言っても堅気が一番儲かりますよ。ヤクザなんざ所詮堅気のおこぼれにたかるコバンザメみたいなもんですから」と言った後「おっと、おれがこんなこと言ったのは若には黙っておいてくださいよ」

「えっ、どうしてですか?」

「若にヤクザやらないかって誘われてるでしょう、直人さん?」

「ええ、まあ」

「それを潰すようなことおれが直人さんに言ったなんて若にバレたら、おれが若にシメられちまいますよ」

 榊原は軽く笑った後、国産の高級車に乗り込んだ。

 おれも助手席に乗り込む。

 高級車だけあって車は静かに走り出した。

「誠次さん、さっきの話なんですけど、おれヤクザに向いてないような気がするんですよ。人とか殺せそうにないし、指なんか絶対つめたくないし」

「まあそうでしょうね。ヤクザのおれだってそんなことやりたくないですから。でも今は昔と違って、ヤクザといえども人なんて簡単には殺さないですよ」

「そうなんですか?」

「そりゃあヤクザだって刑務所なんか行きたくないですからね。組の方だって面倒みるとなると金がかかりますから。それにヤクザとはいえ、やっぱ人間ですからね。いざ人を殺すとなる腰が引けますよ」

「でも片桐と連んでいたら、いつか人を殺す場面に出くわすでしょう?」

 素人のおれにはヤクザのことはわからない。しかし片桐のことは、ダチだからよくわかってしまう。

「――さすが若のダチだけあって、若のことよく理解してますね直人さん。たしかに若のアノ気性じゃあ、一人ぐらいはずみで殺しちまうかもしれない」

「――でしょう」

「でも直人さんが側にいれば、若も人を殺さずに済むかもしれない」

「えっ?」

「生まれて初めてですよ、若にダチが出来たなんて」

「そうなんですか? でも片桐だって小学校とか幼稚園ぐらい行ってンだから、ダチの一人ぐらいはいたでしょう?」

「子分ならいましたけど、ダチはいませんでしたよ。若は生粋のヤクザモンだから、縦関係以外の人間関係を作るのが苦手なんですよ」

「――亀吉は?」

「直人さんには悪いですけど、ありゃあダチじゃないですよ。あくまで子分です」

 わかっていた事だが、榊原の口から出ると重いな。

「まあ直人さん、若みたいにヤクザをやれとは言わないですけど、若のダチでいてやってくださいよ」

「大丈夫ですよ、片桐とはもうダチですから」

「ありがとう御座います、直人さん」

 榊原は運転しながらも頭をさげた。

「頭なんか下げないでくださいよ誠次さん。おれは頭下げてもらうようなこと何一つやってないですから」

「いや頭さげるほどのことなんですよ、直人さんのやってることは。実際若の側にいることは大変なことですからね」

 おれは榊原の言葉を聞いて、亀吉の顔が思い浮かんだ。

 亀吉は片桐の舎弟分だ。おれよりも遙かに片桐の側に密着して生きていかなければならない。

「誠次さん、亀吉の奴ヤクザ向いてますかね?」

 榊原はすぐには答えなかった。

「――直人さん、おれが若頭になれたのは、名前の通りに生きてきたからですよ」

「名前の通り?」

 意味がわからず、おれは問い返した。

「外村を見たでしょう。隙さえあれば、親の米びつでも平気で手を突っ込んでくる。そんな人間の集まりがヤクザなんですよ」

 榊原は煙草を一本を咥え、火をつけた。

「おれだって外村と同じなんです。あたりが柔らかくても名前の通りの人間なんです」

 榊原の言いたいことが理解出来なかった。

「誠を二の次ぎに置いてきたから、おれは若頭まで登り詰めることが出来たんですよ。亀吉にはそんなことは無理です。額に汗水流して働いてる方がお似合いですよ」




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