溶ける
夏の暑さに思考が溶ける。
田舎のばーちゃんちの縁側なんて、ちっとも涼しくない。日が当たって板の間は灼熱地獄だし、簾の影に隠れても、風が吹かなきゃじっとり暑い。汗が粘っこい。扇風機と氷しか涼を得るアイテムはないし。
「裏の川さ遊んで来やぁえぇがに」
呆れた声でばーちゃんが言ったが、俺は、あー、とか、まぁなとか適当に言葉を濁して過ごしている。
三日前、裏の川でのことだ。川は林に覆われてて影になってて、風も水も冷たくて、すっげぇ気持ち良かった。で、つい夕暮れまで遊び呆けちゃって。
ばーちゃんが「黄昏時だぞ」って呼びに来た時しまったって思ったんだけど、こういうのってホント後の祭りだよな。
そん時のヤツがついて来ちゃってさ。
家から出たらヤバい。俺がそう思ってるだけだけど、こういうのって本能で分かるんだよな。生け垣の影に潜んでる、うごめいてるヤツはじっと俺の気配をうかがってる。昨日ばーちゃんと一緒に買い物へ行ったら、その時は大丈夫だったんだ。人と一緒にいれば大丈夫なんだって分かったから、俺はこうして縁側で煮やされながら、とーちゃんが迎えに来てくれる日を指折り数えてたんだ。
でも、とーちゃんが来る時一人なんだよな。当日の昼すぎ縁側で煮えてたら、叫び声が聞こえて。「家に入ってな!」って俺を制するばーちゃんの後に続いて、俺も走ってさ。でも手遅れで、玄関の外には、とーちゃんの服と鞄だけが落ちてたんだ。
服の下にちらっと見えた水たまりは、気が付いたら道の向こうに逃げちゃって。俺、慌てて追いかけてた。
「とーちゃん!」
あいつがいなくなってる。俺は、ゆらゆら手を振ってるみたいに見える逃げ水を、泣きながら追いかけた。