ⅩⅩⅨ.数学
ここ一週間。
特に目立つことはなかった。
柚兎左は変わらずあの口調で、授業で答えるときもあんな感じになっていた。
まあ、先生からは問題児扱いされて、みんなからは少し怖がられてはいるが、嫌われてはいなかった。
そこはみんなの優しさと言うものだろう。
空気が悪いのは変わりないがな。
はっきし言って、あいつの言ってることは正論だし、誰も言い返せない。
おかげで何か暗い雰囲気が多いB組だ。
一つあいつに変化があったと言えば、頭が良くなったこと。
それはB組であればみんな言っている。
数学の問題で、先公がおもしろ半分に出した高校で習うはずの公式。
塾行ってる奴とか、がり勉なやつじゃなければそう簡単に解けるはずがない。
そんな問題を、柚兎左はいとも簡単に解いて見せた。
あのバカの部類に入っていた奴が、クラス一頭の良いやつより先に答えを言った。
先公は驚きのあまりか、チョークを二本落とした。
貴重な勉強道具を、先公自ら落とすなんて珍しい。
どんだけ驚いてるんだよ、というツッコミもなく、静かな空気が流れていたな。
あー…あのときは怖かったものだ。
先公もムキになって、それから今日までの授業毎回、大学の入試問題や専門的な問題を五問ずつ出すようになった。
専門的なものは、流石に誰も分からなかった。
柚兎左が解くかと思いきや、答えられずに降参したな。
あのときの先公の喜び様は、幼稚園児が褒められたときの浮かれようだった。
生徒一人にムキになる先公も大人げないような気がするが…俺たちも少しは勉強になるし、文句を言うものはいなかった。
てか、半分以上の奴が興味なしで寝てるがな。
俺は顔は伏せて、寝る体勢に入りながらも、先公の軽い解説はそこそこ耳に入れていた。
後ろの方にいるがり勉君は、必死にノート取ってるが別に今覚えんでもいいだろう。
どうせいつかは習うのだから。
という訳で、本日最後の六時間目の授業『数学』。
まだ先公の気が済んでなければ、どこから仕入れてきたか不明な難問を五つ持ってくるのだろう。
あー…かったるい。
まぁ授業が少し潰れるのはラッキーなんだけど。
『きりーつ』
誰かの号令で先公が入ってきたことに気づき、とりあえず立ち上がる。
うわー…何か資料たくさん持ってるんですけど。
『れー』
『お願いしまーす』
「お願いします」
せんせー…それは授業に使う資料なんですか?
それともいつものどっかの学校の入試とかテスト問題の資料ですか?
「じゃあ…早速……」
授業?それとも……
「知れば役立つ勉強の時間だ。今回は高校の問題だ。あ、高校入試のな」
「(……たまには役立つ問題を持ってきたな)」
「(やっとじゃね?)」
「(うちら、今からでる問題を冬に解くってことでしょー。ちょっとラッキーかも)」
教室が騒いでは先公の問題について感想を静かに述べていた。
「へいっ!これを解け!今日は全員分のプリントを用意しておいた!質問は受け付けんからな」
「え、うちらも解く系?」
「これでじっくり考えられます……」
「かったりぃ……」
……何だこれ。
偏差値いくつの高校の入試ですか、というほどの難しさ。
解けるわけねーだろ…、いやマジでさ。
意味不明な図形と、やたら多い記号の数。解こうと思えば何とか解けそうだが、面倒にも程がある。……でも、いずれはこれを解かねばならんときがあるから、今日の体力を精一杯使って解こうと思う。
せめて一問くらい解いて、塾か家で復習すればいいだろう。
「江川ぁできたか?」
「…………」
「できてないんだな。……ムフフ」
き、気持ち悪……。
今のは聞かなかったことにしよう。そうだよな、うん。
「じゃあ解答用紙は預かっといて、次の授業に返すからな。号令!」
『きりーつ。れー』
『ありがとーござやしたー』
意味不明な挨拶とともに六時間目が終了した。