表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Soul Knights  作者: ジョニー
1/3

第一話 始まりの夜

村の夜は、いつも静かだった。


昼間は人の喧騒が絶えない村も、日が沈めばすぐに眠りにつく。


シアンの家は農家であった。三人家族である。夕食を終えたあと、父は明日の畑の段取りを考え、母は干した野菜をしまい、シアンは外の焚き火のそばで木の枝を削って遊んでいた。


焚き火の赤い光がゆらゆらと揺れ、

土と草の匂いが混ざった夜風が頬を撫でる。


遠くでは虫の声が細く響き、

家々の窓からは柔らかな灯りが漏れていた。


――ありふれた平穏。


シアンは削っていた枝を掲げて、父に見せる。

「見て、父さん! 剣みたいでしょ!」


父は笑いながら、シアンの頭をくしゃりと撫でた。

「おお、立派な剣だな。よし!仕事もひと段落したし、父さんともっとすごいの作るか!」


「ほんと!? つくる!」


母がくすりと笑い、焚き火に薪をくべる。

「シアンは元気ねぇ。精霊さまもびっくりしちゃうわ」


焚き火の火の粉が舞い上がると、

まるで小さな精霊が踊っているように見えた。


シアンはその光景が好きだった。

いつか自分にも精霊が見える日が来るのだろうか――


そんなことをぼんやり考えていた。


そのときだった。


地面が、低く震えた。

最初は風が強く吹いたのかと思った。


だが、違う。


土の奥から響くような、重い振動。


父が眉をひそめる。

「……今の、聞こえたか?」

「うん……なんだろう」


母も不安げに周囲を見回す。


焚き火の炎が、風もないのに揺れた。

村の奥から、犬の吠える声が聞こえる。

普段は穏やかな犬たちが、何かに怯えるように吠え続けている。


シアンの胸に、言いようのない不安が広がった。

「父さん……なんか、変だよ」


「ああ……家に入るか。念のため――」

父が言い終える前に。


「きゃあああああああ!!」


悲鳴が、夜を裂いた。



村の外れの方から、誰かの叫び声が響く。

焚き火の赤い光が揺れ、家々の影が不気味に伸びた。


本来なら、いつもと同じ静かな夜を迎えるはずだった。


――あの“黒い影”が現れるまでは。


闇が裂けた。


「グルァァア!」

獣とも人ともつかない咆哮が村を覆い、

闇夜の森から赤々とした眼光がギラリとこちらを覗く。


その姿は、この世に存在してはいけない“異形”そのものだった。


魔物は村に向かって大きく口を開く。

喉の奥で赤い光が脈打ち、こちらを覗いている。


次の瞬間、まるで火山が噴き上がるような熱が村を包んだ。


父が一瞬で状況を悟り、シアンの肩を強く押す。

「――走れ、シアン!」


叫んだ父の姿が、赤い閃光に飲み込まれた。

炎が爆ぜ、父の影が一瞬だけ浮かび上がり――

そのまま、炎の向こうへ消えた。


「お父さん!!」


シアンが手を伸ばすより早く、母が腕をつかんだ。

「だめ、シアン! 行くよ!」


母に手を引かれ、シアンは村のあぜ道を必死に走った。

背後では、家々が崩れ落ちる音と魔物の咆哮が混ざり合い、夜空を赤く染めてい

た。


足がもつれそうになるたび、母の手が強く握り返してくる。

「大丈夫、大丈夫だから……!」


母の声は震えていた。

それでも、シアンを前へ進ませようと必死だった。


だが――


ズシン。ズシン。


地面を踏み砕くような重い足音が響いてきた。

魔物だ。


その腕は人間の胴ほどの太さで、爪は刃物のように光っている。


まるで“逃がす気はない”と告げるように。


逃げても逃げても、距離が縮まっていく。

森の闇が揺れ、赤い光が木々の隙間から漏れた。


魔物の喉奥で、再び炎が脈打っている。


「……嘘でしょ……追いついてくるなんて……!」

シアンの足が止まりかける。


母が振り返り、息を呑んだ。

「シアン、走って! お願い、前だけ見て!」


その瞬間、魔物が咆哮し、炎の熱が背中を焼くように迫ってくる。

木々が爆ぜ、火の粉が雨のように降り注ぐ。


「怖い……怖いよ……!」

シアンの声は涙で震えていた。


魔物が喉を鳴らす。

ゴウッと地面を焼き、すぐ横の木が爆ぜた。

破片が飛び散り、母の肩に当たる。


「っ……!」

母が痛みに顔を歪める。


それでもシアンの手を離さない。

「お母さん……!」


「大丈夫……大丈夫だから……!」


そう言いながらも、母の足は明らかに遅くなっていた。


そのとき――


ドンッ!


地面が揺れた。

魔物が跳びかかってきたのだ。


「来る……!」

シアンの喉が凍りつく。


魔物の腕が振り上げられ、影が二人に覆いかぶさった。


母はシアンを抱き寄せ、震える声で囁く。

「シアン……お願い……生きて……!」


そして――

母はシアンを全力で突き飛ばした。


「大好――」


言い終わる前に、

バキッという鈍い音が夜に響いた。


魔物の腕が、母の身体を横から叩きつけたのだ。


母の身体は地面を転がり、木の根元に激しくぶつかる。

そのまま、動かなかった。


「……お母さん……?」


返事はなかった。


シアンの胸の奥が、音を立てて崩れていく。


魔物がゆっくりとこちらを向く。

赤い目が、シアンだけを狙っていた。


逃げなきゃいけない。

でも、足が震えて動かない。


そのとき――


風が、鳴った。


夜の森に似つかわしくない、澄んだ音。

空気が震え、落ち葉がふわりと舞い上がる。


まるで、

見えない精霊がシアンの肩にそっと触れたように。


次の瞬間、突風が吹き荒れ、魔物が横へ弾き飛ばされた。


「グルァッ!?」

魔物がよろめく。


「まったく、こんなとこにいたのか」


風が渦を巻き、地面の落ち葉が舞い上がる。


その中心に、ひとつの影がゆっくりと降りてきた。

まるで空気そのものが形を成したように。


風が収まると、そこにはひとりの騎士が立っていた。


銀の鎧が月光を受けて淡く光り、

肩に寄り添う風の精霊は、輪郭が常に揺らぎ、風の流れとともに形を変えている。

騎士は静かに剣を構え、低く呟く。


「風よ――我が刃に宿れ」


その瞬間、白く小さい少女が騎士の肩に触れ、

剣が淡い青光を帯び、空気が震えた。


魔物が咆哮し、騎士へ突進する。


だが騎士は微動だにしない。

風が彼の足元で渦を巻き、次の瞬間――


「《風裂》」

青い閃光が走った。


風が刃となり、魔物の巨体を横から切り裂く。


魔物は悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた。

やがて動かなくなる。


その光景は、シアンの目に焼きついた。


恐怖よりも強い感情が胸を満たす。


あの背中は、なんて――


強くて、美しい。


シアンは確かに感じていた。

いつか自分も、この人のように誰かを救える存在になりたいと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ