自分は無実だと言う愚かな令嬢を分からせてみた。
「本当に、クラウス様のお隣にふさわしくないわ」
クロエ・ベルトン侯爵令嬢が、扇の陰でそう言った。
王都の夜会。
シャンデリアの光が会場を白く照らす中、アマンダはクロエの言葉を静かに聞いていた。
派手な化粧を施し、露出の多いドレスに身を包んだクロエ。
彼女は貴族令嬢たちの中でも特に発言力があり、気に入らない者をすぐに追い詰める。
さんざん罵られ、精神を病み社交界に出られなくなった令嬢もいるほどだ。
そしていまのターゲットは、アマンダだった。
クロエは続ける。
「あなたのように地味で取り柄のない方、今まで見たことがありませんわ。……きっとクラウス様も、あなたのことを迷惑に感じていらっしゃいますわよ。ふふふ。だって、まるで釣り合っていないんだもの」
周囲の令嬢たちが、ひそひそと笑った。
アマンダは微笑んだまま、何も言わなかった。
クロエは少し不満げに眉を寄せた。もっと傷ついた顔が見たかったのだろう。動じない相手は、やりにくい。
それをアマンダは知っていた。だから動じない。
——今夜、決着をつける。
彼女はそう決めて、この夜会に来ていた。
バッグの中に、三通の手紙がある。
クロエからの嫌がらせが始まったのは、アマンダとクラウスの婚約が発表されてから一ヶ月後のことだった。
最初の手紙が届いた朝のことを、アマンダはよく覚えている。
差出人のない封筒。中に入っていた紙に、丁寧な筆跡で書かれた言葉。
『公爵家に相応しくないお前のような女が、のうのうと婚約者の座に居座っているなんて。恥を知れ』
それから、頻繁に誹謗中傷の手紙が届くようになった。
『いつになったら、醜女は身の程をわきまえる?』
『社交界の嫌われ者に生きている価値があるものか。死に絶えろ』
筆跡はその都度変わっていたが、誰が送っているかの見当はすぐについた。
クロエ・ベルトン。
夜会のたびにアマンダとクラウスを遠くから見つめている令嬢。
直接動く勇気はないが、影から嫌がらせをするタイプだと、アマンダは早い段階で判断していた。
クロエに精神的に追い詰められた他の令嬢が、前に泣きながら言っていたのだ。
——毎日のように、酷い言葉が書かれた手紙が届く。もう限界だ、と。
アマンダは、その令嬢の友人だった。
相談にのったり、優しく声をかけてはいたが、彼女はもう社交界に出てこなくなってしまった。
次の標的は、自分。それならば——アマンダは、クロエを断罪すべく動き始めた。
問題は証拠だった。
送り主が匿名である以上、クロエが送ったと断言できる根拠がなければ罪に問えない。
だから、アマンダは——
「私のことをそのようにいつも罵られますが、行き過ぎた誹謗中傷は罪に問われますわ」
クロエは、それを聞いても何も動じない。
「まあ、中傷だなんて。わたくしはただ、事実を述べただけですわ。皆さま、聞いていたでしょう? わたくしは直接的なことは何も言っておりませんわ」
クロエと仲の良い周囲の令嬢たちが、一斉にうなずく。
「一つだけ確認させていただいてもよろしいですか」
「なんです?」
アマンダはバッグから、折り畳まれた手紙を取り出した。
「最近、私のもとに匿名の手紙が届いておりまして。かなり酷い内容ですの。例えばこれ——『馬車が事故を起こして、無残に潰れて死ね』と書いてありますわ」
クロエの表情が、一瞬だけ固まった。でもすぐに、作ったような驚きの顔を浮かべる。
「まあ。それは災難でしたわね。でも、わたくしに何の関係が?」
「関係ない、とおっしゃいますか」
「当然ですわ。わたくしはそのような手紙など、存じません」
クロエは扇を広げて、毅然とした表情を作った。
「証拠もなしに疑いをかけるのは、それこそわたくしへの名誉毀損ではなくて? わたくしに濡れ衣を着せようなんて、許せませんわ」
その言葉を待っていた、とアマンダは思った。
「——では、確かめましょう」
アマンダは近くの燭台に、手紙をかざした。
炎の熱が紙に伝わる。一秒。二秒。三秒。
紙の表面に、じわりと文字が浮かび上がった。
——この手紙はベルトン侯爵家の人間が差し出したものだ。
会場が、静まり返った。
誰も声を出さなかった。クロエだけが、扇を持ったまま、固まっていた。
「……な、」
「砂糖水による隠し文字です」とアマンダは言った。「熱を加えると浮かび上がります。ランドール紙業がベルトン侯爵家に卸した紙には、全てこの仕掛けが施されております」
「…………そ、そんな——そんなこと、知らなかったわ! これは、でたらめよ! 紙業者が勝手にやったことで——」
「勝手に?」
ここで初めて、婚約者クラウスの声が割り込んだ。
アマンダの隣に、いつの間にか彼が立っていた。
その冷たい表情から、クロエの台詞を全部聞いていたことはすぐに分かった。
「製紙業者が、卸先の紙に勝手に細工をする理由がどこにある」
クラウスの声は異様なまでに低く、恐ろしい。
「しかも、その宛先まで特定できる文言を入れて?」
「そ、それは……っ」
アマンダが言う。
「同じ仕掛けの入った手紙が、あと四十五通あります。全て保管しております」
クロエは口を開いた。閉じた。また開いた。
何も出てこなかった。
「な、なんで……なんでそんな——わ、わたくしは無実よ! これは全てでっちあげですわっ!」
クロエは大声で泣き叫んだ。
だがそんなもの、クラウスの前では無意味だ。
「でっちあげ? ここまで証拠が揃っているというのに、言い逃れできると思うな! 僕の愛する婚約者に対する誹謗中傷、相当の罪に問われることを覚悟しておけ」
「製紙業者の選定は、大切ですわね。クロエ様」
アマンダはクロエに微笑みかけた。
証拠を見つけなければならない——そう決意した彼女は、実家の伯爵家の傘下にある大手製紙業者——ランドール紙業に、ベルトン侯爵家へ卸す紙に細工をするよう指示を出した。
砂糖水による隠し文字。熱を加えると浮かび上がる仕掛け。
全ての紙に『この手紙はベルトン侯爵家が差し出したものだ』という一文を忍ばせる。
準備が整ったのは、婚約発表から三ヶ月後のことだった。
その後も手紙は届き続けた。アマンダは全て保管した。
いつでも使えるように。そして今夜、そのうちの三通をバッグに入れて夜会に来た。
クロエが今夜も自分に絡んでくることは、分かっていた。
——あとは、彼女自身が墓穴を掘るのを待つだけだった。
クロエはその場に崩れ落ちた。
「いや……いやよ! そもそも、わたくしは悪くないわ! わたくしは、クラウス様のことが——クラウス様のことが大好きで——! こんな……おかしいわ……」
再び叫び声が会場に響く。
クロエの周囲にいた令嬢たちは、そっと顔を逸らしていた。
アマンダは、涙する友人の姿を思い浮かべながら一瞬目を閉じた。
——あなたの恨みは晴らしたわ。だからもう、苦しまないで。
クラウスはクロエを一瞥もせず、ただアマンダの方を向いて、言った。
「行こう、アマンダ」
* * *
夜会の会場を出て、廊下を歩く二人。
クラウスは何も言わなかった。
しばらくそのまま進んで、人気のない回廊に来た時、ようやく口を開いた。
「……いつから準備していた」
「婚約発表から三ヶ月後には整っていました」
「そうか……。僕は、夜会で君を罵るクロエのことをどうにか罪に問えないかと思っていた。だが、まさか中傷の手紙まで送られているとは、知らなかった。……すまない」
「いいんですよ。もともと、自分で決着をつけたいと思っていましたから。それに、今日までクロエ様を断罪しないようにクラウス様に言ったのは、私ですし」
アマンダは、この夜のために周到に準備をしていた。
クラウスはずっとクロエを断罪したかったが、夜会での発言レベルでは中傷の罪に問えなかったのだ。
二人は足を止めた。
「……怖くなかったか」
「少し」
「一人で、ずっと抱えて」
「……大丈夫です」
クラウスは少し黙った。
回廊の窓から、夜の庭が見えた。
月明かりが白い花を照らしている。
「これからは、僕になんでも話してほしい。もう、一人で抱え込んでほしくないんだ」
「……クラウス、様」
「何か計画を練っているのは、気づいていた。今回のことは、もういいんだ。次からは——僕を頼ってほしい」
「ありがとうございます」
「……君はしっかりしているから、僕なんかいらないかも、しれないけど」
アマンダは、それを聞いてふっと笑った。
「いらないわけがないじゃないですか。私は、クラウス様のことが大好きだし、なんでも頼りたいって思ってますよ」
クラウスは、アマンダの笑顔に胸を焦がされたようで。
一瞬驚いたような表情をした後、勢いよくアマンダを抱き寄せた。
「それ以上言われたら、僕の頭がおかしくなる……」
「じゃあ、もっと言いますね。大好きです、クラウス様」
至近距離で愛を囁かれたクラウスの理性は、もう飛んでしまいそうだった。
「っ、この後、覚悟しておいたほうがいいよ」
「この後……?」
「そのとぼけた顔も、めちゃくちゃにしたくなる……」
「……クラウス様」
「今晩は——もう寝かせないから」
そう言って、クラウスはアマンダに口づけをした。
触れ合う二人の唇から、甘い吐息が漏れ、夜の廊下に消えていった。
その後誹謗中傷の罪に問われたクロエ・ベルトンは、莫大な賠償金の支払いを命じられた。
事の顛末を知った両親は怒り狂い、クロエは修道院送りとなった。
彼女が祈りと労働に励み、罪を償えているのかは——知る由もない。
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