重なる面影
未だ行く当てのないハイリーは、クラブや家事の手伝いをしてラムのもとに身を寄せていた。
今は共有洗い場でシュエガオと一緒に、持ち込んだたらいに水を張り、一つ一つ手洗いで洗濯している。
ラムは店先に配達されて積まれたビールケースをバーカウンターへ運び入れ、今夜の開店準備に忙しくしていた。
そこへ隣人の電器店の店主がやって来た。
電器といっても、大半は廃品置き場から拾ってきたものを修理して売り物にしているため、新品で売られている方が少ない。今回、いい物を見つけたが一人で運ぶには重いから手伝ってほしいと、何人かに声を掛けて回っているのだった。
電器店の手伝いはいつものことで、ラムは承諾するや店主と一緒にふらりと出掛けて行った。
シュエガオとハイリーのいる洗い場に、洗剤の香りを打ち負かすほどの鳥の焼ける香ばしい香りが漂ってきた。
「いい匂い」
「もうすぐお昼の時間ね」
ちょうど洗濯も間もなく終わろうとしていた。
「私、洗濯物干しに戻るから、シュエガオの好きなもの選んできなさいよ」
クーロンでの飲食店はだいたいどこも値段が手頃なため、自分で作らず頻繁に買っていてもそんなに苦にはならない。ここで暮らす住人が、互いの境遇を理解しているからこそ成り立つ仕組みだった。
「ハイリーって上海に住んでたんだよね?」
「そうね」
「上海の料理ってここと同じなの?」
「確かに似てるものもあるわね。でも味は、ちょっと…違うかしら」
ハイリーはかつての生活を思い起こしながら、ゆっくりとそう答えた。
「ねえ。上海の料理食べてみたい!」
「え?」
ハイリーは洗濯の手を止めた。
「上海料理の味って、どんななのかなぁって」
ハイリー、実は料理が苦手であった。というのも使用人が居たため、料理や洗濯をする必要がなかったからだ。
この洗濯も、実はシュエガオの見よう見まねだったりする。
「作ってあげたいけど、私、料理できないのよ」
そう正直に伝えると、シュエガオはあからさまにがっかりした。
「そうねぇ、今度勉強してみるわ。うまく作れるようになったら一緒に作ってみましょうか」
シュエガオは一瞬で笑顔に戻った。
「あ、でも私が料理できないことはラムには内緒よ」
「なんで?」
「シュエガオと私の秘密」
咄嗟にそういってみたが、実のところラムに知られるのが嫌だった。身を寄せている上に、なんとなく、さらに弱みを握られるようで…。
シュエガオと別れ、手絞りした洗濯物が入ったたらいを持つと、ハイリーは共用の洗濯干し場に向かう。
洗濯干し場と言っても車1台が駐車できるほどの狭いスペースで、各方面の裏路地とつながっている通路の一部でもある。
建物と建物の間に結びつけられた細いロープ紐に、洗った洗濯物を干していく。
小さくてかわいいシュエガオの服、チンピラが着るようなガチャガチャと柄の入ったラムのシャツ、大きいタオルに小さいタオル…。
自分の服は1枚だけ。
今着ているのはラムに借りたダボダボの普段着。自分の服をそろそろ買い揃えないと…干しながらそんなことを考えていると、向かいの路地にテレビを運ぶ電器店の店主とラムが目に入った。
ラムはハイリーに背を向ける格好だったため、ハイリーには気づいていないようだった。
大きくて重そうなテレビ。そしてそのテレビの大きさを無視した通路の狭さ。いや、通路の狭さを無視したテレビのサイズ。
ラムは壁にぶつからないよう、持っているテレビの位置を微調整しながら運んで行く。
大きな背中。
服の上からでもわかる引き締まった肩。
そして、口数が少なくて恐そうな見た目なのに、人情味のある人柄。
どうしてもあの人に被って見えてしまう…。
そんなことあるわけない、とハイリーは一人首を振りつつ、それでも、上海料理を頑張ってみようかしら、と本気で思ったハイリーだった。




