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油断

「また明日ね、ラム」

今日の営業が終わり、ステージ用の化粧をすっかり落とした歌手のデイジーは、静まり返ったクーロン内に消えていった。他の従業員もみなすでに帰宅し、ラムは錆びついた蛇腹のシャッターを店の内側から締めた。

今日はこのまま寝てしまいたい気分だった。グラスに酒を注ぎテーブルで一息ついていると、全員帰ったのを見計らってかハイリーがホールに姿を現した。

数時間ほど前にホールを覗いた後、寝室に戻ったもののホールから漏れ出てくる音楽のせいで結局今の今まで寝付けずにいた。

「こんなに騒がしい商売、それも毎日夜遅くまででほとんど寝る暇もない。香港って野蛮な都市なのね」

「野蛮?…生きていくためには何かするしかないだろ。これでも俺には十分いい仕事だ」

ラムは手元の酒の入ったグラスを一気に口に注いだ。

高官の家族の元に生まれ、小さい頃から何不自由なく生活してきたハイリー。不自由なことといえば結婚相手こそ選べなかったことだがー――思い起こせばその結婚生活にもはや少しの不満もない。そんなことを思っているとゆっくりとラムの頭が下がっていく。

「早く部屋に行きなさいよ。私はここで寝る…から」

ハイリーが言い終わらないうちに、ラムはそのままテーブルに突っ伏してしまった。このまま放置すると当然寝入ってしまうに違いない。

「ちょ、ちょっと…?」

ハイリーは声を掛けるが、何を言っているのか聞き取れないほど小さな声が聞こえてくるだけ。

指先でラムの肩をつついてみる。まるで汚いものでも触るかのように。

やはり動かない。

…それにしてもあの人に良く似ている。ハイリーは改めてラムの寝顔をまじまじと観察する。

しばらく様子を伺っていたがそれでも動く気配がないと悟り、シュエガオの寝ている寝室に戻ることにした。

しかし、ラムのあの姿。まるであの人が疲れて帰って来て、自分が寝ているのを起こさないようにと良くそのままテーブルで寝ていたのを思い出す。

ハイリーは肌掛けをひっ掴むと、寝ているラムの元へ戻った。肩が一定の間隔でゆっくり上下に動いているから、案の定眠りについたのだろう。

持ってきたそれをおそるおそるテーブルに突っ伏したラムの背中に掛けてやる。

「…あんたみたいな育ちが良いやつはいつまでもこんなところにいない方がいい」

と、ラムはだるそうに頭を持ち上げ頬杖をついた。

すっかりラムが寝入ったのだと油断していたハイリーは驚き、声にならない声で悲鳴を上げるのと同時にラムの頬に向かって手が動く。

が、あっけなくラムにその手を掴まれた。

「…勝手に決めつけないで」

体が動かない。

「立ち居振る舞いを見ていればわかるさ。それに、その勝気なところからも」

フージエの一件に続き、冷静でなかったことに赤面する。だが、実のところ男性に手を触れられたままなのが実に耐え難く、必死に平静を装っているハイリーだったりする。

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