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セピアシアター  作者: さよん


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ハイリー

エピソードをずっと書き続けていましたが、肝心の第一話の投稿が抜けていたことにきづき、今回追加しました。

私の将来は、私が生まれる前から決められていた。親、祖父が勝手に決めた政略結婚。

役人だった祖父が、自分達の役職安泰のために、知人の役人と結託して互いの孫を結婚させようと計画を立てていたからだ。

こうして私は一度も顔を合わせたことのない、役人の妻となった。生活は相手に操られ、利用され、かごの中の鳥のようなものを想像していた。



ところが実際は違った。

私の、相手に対する無関心にも意を介さず、相手は私に礼を尽くした。それどころか仕事で時間が取れない事があると謝罪することもあったほど、馬鹿がつくほど真面目な人だった。

どんなに冷めた対応をしても、機嫌が悪い振りをしても、あの人は怒ることもせずにいつも笑っていた。そして、私の好きなように暮らしてくれればいいとよく言っていた。


結婚生活も半年が過ぎた頃、世界情勢が怪しくなってきた。アヘンがそこら中に蔓延し始めてきたからだ。社会は不安定になり、治安も悪くなった。それに伴い、役人であるあの人も忙しくなりだんだんと帰宅がままならなくなる。

不思議な事に、この頃からあの人が家に帰ってこないと不安が募るようになった。

帰宅する日があっても疲れているだろうからと、余計な気を遣わせないよう会話を控えたりした。



そんな日々の中、あの日は突然来た。



数日ぶりに帰宅したかと思ったら、今までに見たこともない程に疲労、というよりはげっそりと頬がこけ、体はやせ細り、目は虚ろで、まるで病人のような姿になっていた。

初めて会った時とはまったくの人相。


アヘンだとすぐに分かった。


馬鹿真面目なあの人の事だから、自分からアヘンをやるような人ではない。きっと、あの人は上司にアヘンをやるよう勧められたのだと思った。

本来なら取り締まる立場の人が、自分の立場を利用して金儲けのために目障りな真面目な人物を消していった、という考えが浮かぶ。

馬鹿がつくほど真面目で正直なあの人なら、アヘンを取り締まろうとやっきになっていたはず。そんな人物は袖の下の奴らからすれば邪魔でたまらなかっただろう。なぜなら、祖父も父も役人でありながら、取り締まりには弱腰だったからだ。そのせいで今でも自宅で悠々自適な暮らしをしている。この廃人化が進んだ混乱と貧困社会の中でも。

これがあの人を見た最期。自分の腕の中で冷たくなっていった。

廃人化していても私が待っているだろうと家に帰って来たあの人の気持ちを考えると、頭がおかしくなりそうだった。

思い出すのはあの人の笑顔と優しさと自由と…全て残してもらったものばかり。



私はあの人に今まで何をしてきた?何を残してきた?



思えばあの人だって生まれる前から将来を決められていた。なのに私は自分の事ばかり考えていて…。将来に不安を抱えていたあの人はきっと、私にはせめて不自由のない生活をと、この時になって初めてあの人の愛情がどれだけ私を支えていたかを思い知らされる。


私は今までなんて酷い事を…。



気付くと走り出していた。

行く当てもなく、胡同をとにかく走った。

途中、出会い頭に小太りの男性とぶつかって何か言われたけど、そこから後の記憶が————ない。





意識が戻ったのは見たことのない薄暗く小汚い通路の風景。


子供が現れて私を物珍しそうに見にきたかと思ったら、しばらくして保護者なのだろうか、一人の男性を連れて来た。


「!!」


落ち着いて顔をよく見てみれば、どこか違う。やはり私の見間違いだ。

「名前は?」

男は私の名前を訊ねたけど、そんな気力はない。顔も涙でぐしゃぐしゃだ。私のことなど放ってどこかへ行ってしまえばいい。

その時微妙に手に力が入り、スカートにある硬い物にようやく気付く。

眼鏡入れに似た細長い箱。中にはあの人が帰って来た時に渡そうと思って買っておいた煙管が入っている。結局使ってもらうことなく、廃品になってしまった。


こんなもの……!


「おいおいおい、落ち着けって」

投げ捨ててしまおうとした私の手を、いともあっさりと捕まれた。私の気持ちをぶつける事もできない。

「裸足じゃねぇか。ほら」

男はそう言って、私に背中を向けて腰を下ろした。

「怪我した足で歩けねぇだろ。おぶってやる」

「ぶ、無礼者!私を背負うなど失礼な!」

「は?どこのお嬢様だよ。ここはクーロンだぜ?」

「クー…ロン?」

九龍城塞はこんな一般人も住める場所だっただろうか?そんなはずはない。清国を英国や異国から護るために作られた砦だと聞いていた。一般人はともかく子供が居るのはあり得ない。


それにしてもここが九龍とはどういうこと。私が暮らしていた場所は上海。どうして私は今香港にいるの...?


「ここを知らないのか?底辺の奴らしかいねぇが、慣れりゃあそれなりに快適な城だよ」

そういえば妙な服装、見たこともない道具、景色…。あの小太りとぶつかった後、何があったの?


「取って食いやしねぇよ。まずは俺んとこに来て着替えたらどうだ。落ち着くまで好きにしてりゃいい」

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