第4話 言動最悪な不登校少女
「あの……その…………」
「なに? なんでも言ってよ」
「……いつから私の後ろにいたんですか?」
「えーっと、自販機で水を買ったあたりからかなぁ。急いで追ってきたら偶々自販機で買い物してるのを見かけた感じ?」
「はは……あはははは…………そうですか」
迂闊だった――!
何をのんびり買い物しているんだ私は!
馬鹿か!!!!
「それでこっちも聞きたいんだけど、なんで朝から私を避けてたの? 最初は学校の人達を避けてるだけかと思ってたけど、それはなんか違うっぽいし……茜ちゃんはたぶん私の事を避けてるんだよね??」
「い、嫌だなぁ……つつ、月宮さん。わわ、私がなんで友達――それも初めての友達に、嘘を吐く必要性があるんですか?!」
声が裏返る。
自分でもこの嘘が苦しいのは分かってしまう。
「と、とっ友達を信じてくださいよ〜!!」
「はぁ…………じゃあさっきの『帰ったらお母さんに退学の相談』は、どう言い訳するの?」
「あっあっアレは!……」
やばい!!
どうするんだこれ!
自販機から後ろにいるんだったら、確かにそれも聞かれていてもおかしくない発言だった!
考えろ、私。
何か希望を見出せ、私!
――私は真っ暗な視界の状態でそう思い悩んでいると、一つの声が聞こえてきた。
《マジで仕事やめてぇ〜》
《分かるわ。あと40・50年はこのまま働き続ける事になるなんて、マジで考えたくねえよ》
《おい、具体的な数字で出すのはやめろ。……鬱になるだろ》
通りすがりのサラリーマンたちのぼやきが、まるで神託のように耳に届いた。
天の声だ。
神は見放していなかった。
……おじさん達、本当にありがとう。
両眼が塞がれている今この時だからこそ、この言葉が私の耳に届いたんだと思う。
「アレですよ月宮さん! 大人がよく言う『仕事を辞めたい』と同じなんです!」
私は両手をばたつかせながら、必死に弁明した。
「へぇ……」
「みんな辞めたいとは口で言うけど、仕事を続けますよね?それと同じなんです。だから――」
続きを言おうとすると、月宮さんの息が頬をかすめる。
次の瞬間、耳の奥で彼女の囁きが落ちた。
「本当の事を言って、隠し事は許さない」
「そんなぁ……!!」
---
私はその場で視界を覆われたまま、全てをげろった。
あの朝、月宮さんを欲のままに、キスしてしまった事に対する罪悪感が、多少なりともあること。
この無理やりキスしてしまったという罪の意識と、月宮さんがそのうち先生や警察――もしくは【ぶいれいん】の法務部に私を突き出し、刑務所送りになる未来を私が心配していた事も伝えた。
つまり、はっきりと彼女を信用していないと言ったのである。
挙げ句の果てに、私は学校を辞めフェードアウトすれば、その罪から逃げ切れるのでは無いかと画策していた事も伝えたし、なんなら悪いのはそっちだと自分に言い聞かせていた事も伝えた。
「茜ちゃんって、思っていた以上にゴミクズなんだね。隠キャでここまで性格が悪い人、初めて見たかも」
「えへへぇーん……」
もはや逃げ場など無く、半泣きである。
刑務所行きの覚悟をこれからしなければならないな――っていう思いで、私の思考は一杯だった。
最後に妹と母親に謝罪する機会はあるだろうか?
……いや、あの二人も大概性格終わってるし、わざわざ謝罪する必要もないか。
「私、これでも結構ドン引きしてるよ……?」
「もうここで殺してくださいよぉ……って言うか、私以外の人間なんか全員死んじゃえばいいんですぅぅぅ!!」
そうやって喚こうとすると、私の視界を覆っていた彼女の手が離れていった。
これは私が騒ぐと、この場が目立ってしまうと思った月宮さんの判断からだろうか?
狙っていない偶然ではあるけど、一世一代の大チャンス!
――これはもしかして、神様が与えた救済ルートかもしれない。
「神ィッ!」
私は即座に立ち上がり、駅前の雑踏をかき分けて走り出した。
逃げる。
とにかく逃げる。
このまま人混みに紛れれば、もう二度と顔を合わせずに済む。
……はずだった。
だが、現実は非情だ。
たった数十歩で息が切れ、足がもつれて、私は歩道脇に崩れ落ちた。
そして――
――ぐぅぅぅぅ……
空腹の音が、駅前の喧騒の中でやけに響いた。
あぁ……よりにもよって、今このタイミングで。
「あぁ……そういえば、朝のうちに帰るつもりだったので、お弁当を作ってなかったんですよね……」
乾いた独り言を呟いたその瞬間。
背後から、がっしりと肩を掴まれた。
骨の内側まで伝わるような力である。
……指の圧が、痛い。
「ねぇ」
「はい」
私は食い気味に返事する。
「次逃げようとしたら、本当にあんたが考えている通りの未来にしようと思うんだけど……」
「…………ひゃい」
「茜ちゃんもそんなの嫌でしょ? だから暫く私に付き合って欲しいんだよね」
「それって拒否権は……」
「あると思ってるの?」
「そうですよね。……すみません」
---
そして私はターミナル駅近くのマ◯クへと連れて行かれた。
手を繋いで。
いや、正確には――握られて、だった。
彼女は歩く間、終始何も言わなかった。
通りの喧騒、車の走行音、駅前に流れる宣伝のBGM。
そのすべてが、私の心臓の音を誤魔化してくれるのが救いだった。
店内に入っても、月宮さんは一言も発さない。
レジの前で店員がにこやかに「ご注文は?」と尋ねた時も、
彼女は私の方を見ず、迷いなくメニューを指差した。
私はただ、その背中を見つめるしかなかった。
……ちょっと怖い。
いや、“ちょっと”ではない。
これが本気で怒っている人間の沈黙というものなのだろう。
運ばれてきたトレイを手に、私たちは窓際の二人席に腰を下ろした。
食品の油の匂いが、私の空腹にかなり拍車をかける。
けれど――。
「…………」
彼女は何も言わず、肘を机に立てて、頬杖をついた。
白い指先が顎の下をなぞるように添えられ、長いまつげが伏せられている。
その視線の先は外。
行き交う人々を、ただ無感情に追っていた。
「あの……」
……私は正直限界である。
だって朝食食べてこなかったし、お昼ご飯もドタバタしてたし購買で買うなんて発想はでなかった。
なので目の前に置いてある、普段なら絶対に好んで食べない黄金に輝くポテトやハンバーガーを、めちゃくちゃに頬張ってやりたいけど……そんなことをしていい空気では無いのは確かである。
背に腹は変えられない。
彼女から何か切り出す様子もないし、ここは私から真剣に謝るべきところなのだろう。
「すみませんでした!!」
気合いとともに、私は机に額を叩きつけた。
乾いた音が鳴り、隣の席のサラリーマンがちらりとこちらを見た気がする。
でもそれには構っていられない。
そして月宮さんの視線が、ようやくこちらに向いた。
その眼差しは鋭くもなく、優しくもなく――ただ、静かだった。
「それ、何に対して謝ってるの?」
「……押し倒してキスした事とか、月宮さんを微塵も信用してないところとかです」
「キスまで発展したあの件は……気が回ってなかった私も悪いし」
彼女はゆっくりと自分だけ、ストローをジュースに刺した。
氷がカランと音を鳴らす。
「信用できないのはお互い出会って日が経ってないのもあるから、これも仕方ないと思う」
「そ、そうですよね〜」
私はそう言いながら苦笑いをするが……
「は?」
これは選択ミスだった。
普通に彼女の機嫌が悪くなってしまった。
「………………すみません、私から言っていい言葉じゃありませんでした」
慌てて帽子を被り直すように口元を引き締めると、月宮さんは一度だけ咳払いをして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「色々と最悪な点はあるけど、別に私はあんたのこと全く嫌いじゃないし、むしろ……良い人寄りだと思ってる」
「……それは……ありがとうございます」
……私が彼女の立場だったら、真っ先に警察に連絡を入れてるし、二度と顔は見たくないし、普通に死んで欲しいとまで願っている所業ではあると思う。
月宮さんの心は、菩薩で出来ているようだ。
「茜ちゃんの心配しているのは、警察とかのお世話になりたくないってところなんでしょ。なら私は絶対にそんな事はしないって約束してあげる。それで解決だよね?」
「うーん……」
私は唇を尖らせながら、食べ物に意識が行かないようにしながら考える。
正直、口約束なんかされても何の信用もできない。
いや、私がそんな事を言っていい立場ではないのは、重々承知ではある。
とはいえ、それでもやっぱり学校に行きたくない気持ちはだいぶ強い。
私が学校生活を送る上で、一番嫌だと思ってる理由の一つは、人間関係もそうだけど、人の群れに生活習慣を合わせないといけないという理由もある。
小学生時代ならまだしも、今の私は自由でありたいし、何故こっちから他人に従って行動しなければいけないのか、という気持ちも結構あるのだ。
言ってしまえば、私から合わせるのではなく、そっちが全面的に私の生活リズムに合わせて欲しい。
シンプルに他人が大嫌いなのは大前提として、とりあえずは週の登校の日数を週5から週2に減らし、拘束時間を午前のみに――
そんなことを考えながら、ふと顔を上げる。
すると月宮さんが、尋常ではない不機嫌顔でこちらを見ていた。
「分かった! 茜ちゃんはこっちで条件付けないと、心配でしょうがないんだ!そうでしょ?!」
「……え?」
「じゃあこうしよう! 1年間! 私が登校している時に茜ちゃんが理由もなく1週間以上サボりを決めたら――社会的に死んでもらう。これで決定、異議なし!」
「まままッ待ってください! 異議大ありですよ! 何勝手に決めてるんですか?!」
「だってよく考えたら、この状況は私優勢じゃん? わざわざ決定権を茜ちゃんに与える必要性を感じなかったんだよね」
「…………」
確かに彼女の言い分には共感できる。
私が月宮さんの立場だったら、絶対に譲歩しないし、圧倒的に状況が優位なら、こっちで勝手に条件を相手に押し付けた方が楽だ。
まぁそれはそれとして、もう普通にお腹の限界である。
思えば私はちょっと譲歩されすぎて、調子に乗っていたのかもしれない。
ここら辺が一旦引きどきなのだろう。
それと一番大きいのが、お腹が空いて考えるのがとても億劫になってきたという点である。
これ以上、食前で生殺し状態を続けていると、涎が垂れてきそうで怖い。
相手の尊厳を破壊しておいてアレだけど、ここで涎なんか垂らしてしまっては私の尊厳に関わる。
……というわけで無理矢理ではあるけど、お話はここで終わりにさせて欲しい。
「…………その、話の途中なんですけど、目の前にあるハンバーガー、とてもお腹が空いているので食べて良いですか?」
「私の条件に頷いてくれるなら良いよ」
「くぅ〜………………嫌すぎます」
「ならダメ。それ、全額私が払ったんだし」
本能に訴えかけて私の言質を取ろうとしてくるとは——なんて最低な人なんだ、月宮さん!
これは人でなしの所業だ。
流石は吸血鬼Vtuberとして名を馳せているだけある。
目の前に食べ物を置かれると、非常にやりづらい。
今は凄くお腹が減っているので、彼女のやっていることは効果覿面だ。
ここで私が取れる最良の選択肢など、何かあるだろうか?
……いや、何もない。
走ってマ◯クから逃げ出したところで、後で捕まるだけだ。
状況は八方塞がりである。
「………………もう……その条件で良いです」
「なんて〜? 周りがうるさくて聞こえないよー?」
くっ……
流石はシオンちゃんの中の人。
性格が悪い。
そこまでして、ちゃんと私に断言させたいのか。
「月宮さんの言うとおりにします!!本当にそれで良いんで、食事の時間にさせてくださいっ!」
彼女は笑った。
まるで勝負が終わった後のように、静かに。
私は内心、舌打ちした。
……まぁいい。
約束は約束として口にしたが、守る義理なんてこれっぽっちもない。
約束の期間はたった一年。
どうせそのうち彼女の興味が薄れ、私の存在が霞んでいく。
その時に音もなくフェードアウトすればいい。
それかもしくは、私が彼女を意のままに操れるくらい、やりやすい関係を築けば良い。
そうすれば、私のキスの件は有耶無耶になるし、社会的に死ぬ可能性も限りなく0に近くなるだろう。
…………これ、結構良い線行ってる案な気がしてきた。
自分で出しておきながら、だいぶ良さげな案である。
――月宮さんの心を堕とすなど、絶対に不可能という点に眼を瞑れば、だけど。
まぁ、今はそれまで耐える時間だと思えばいい。
ニートへの未来はすぐそこだ。
「ふふっ、食べて良いよー」
「ありがとうございますっ!!!」
そうして私は、置いてある食べ物にようやく手をつけることが出来たのである。




