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【百合】人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。  作者: 中毒のRemi
第一章 出会い編

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第25話 隠し事は話せません

「ごめん。ちょっと肩借りる……」


 彼女は昨日も夜遅くまで配信をしていたはずだ。

 蓄積した疲労が、その短く掠れた声音に滲んでいた。

 

 断る理由などあろうはずもない。

 月宮さんは私の左肩に、吸い付くような自然さでその頭を預けてきた。


「どうぞ、肩程度いつでも好きに使ってください」


 私達は新幹線で自分の席に座り、旅行先について楽しく会話したり、月宮さんが作った細かいスケジュール表を見てドン引きしながら、2人で会話をしていたところだった。

 私は家族としか旅行した事がなかったので、この旅行が月宮さんにとって楽しいものになって欲しい――なんて、彼女の重みを肩で感じながら、神頼みしていた。


 ……もっとも私は、彼女の体温を直に浴びて正気を失わないよう、視界をわざとぼやけさせ、口内で舌を噛み続けて脳に痛みを送るという、苦行僧のような真似を強行してはいたけれど。

 もはや菩薩の心境に達していたと言っても過言ではない私の思考は、肝心の会話の内容など半分ほどしか処理できていなかった。


 そんなこんなで新幹線の振動に揺られながら、仮眠を取ろうとしている月宮さんを横目に、窓の外を暫く眺めていたそんな時、


「あのさ…………今話すような事でも無いんだろうけど、ここ数日のこと、本当にごめんね?」

 

 突如、彼女から頭の隅っこに追いやっていた件について触れられた。

 

 私はその話題に触れられた瞬間に、舌を噛むのをやめて、頭を高速で平常運転に戻した。


「……別にいいですよ」


 あの件。

 まさかこの旅行スタート直後に、その話題を振ってくるとは思わなかった。

 まぁあの件は結局月宮さん抜きで、弦巻さんと私だけの会合で決着をつけてしまったので、ことの成り行きを知らない彼女が、何か思うことがあったとしても不思議ではないだろう。

 ……その話題を出すタイミングを、考えて欲しかったと、こちらとしては思わないでも無いが。


「月宮さんにも色々と事情があるでしょうから」

 

 一晩経って私の頭も少しは冷えたらしい。

 もはやあんなことで取り乱した自分にさえ、非があったように思えてくる。

 

 弦巻 アメという女の子のことを嫌いになったのには変わらないが、別に月宮さんと彼女の変わった関係について、もうとやかく言うつもりもない。

 私が月宮さんに抱いてしまった好意は、結局変わらないのだし。


「弦巻さんと月宮さんの関係がどんなものか知りませんが……貴女が今幸せなら、私はそれで充分です」

「そうなんだ。ありがとうね」


 月宮さんは、眠気を帯びた掠れ声でそう返した。


「…………でも、そう言ってくれるのは凄く嬉しいんだけどさ……」

「はい」


 ん、何この感じ?

 今の会話のラリーで話終わらないの?


 ……絶対に私から口にはしないけど、私はその話を続けたくない。

 私がその話題に触れるのは…………昨日の今日のことな上に色々と情報量が多すぎて重い。

 まだ頭の中で昨日の件を整理しきれてないから、旅行の後にでもしてほしかった。


「茜ちゃん――アメに何かしたでしょ、っていうかなにかしてたんでしょ」

「何もしてませんよ。それは昨日の通話でも伝えたはずです」


 被せるように即座に、平坦な声で否定した。


「本当に?」

「逆になんでその質問を私にしたのか理由を聞きたいです。……あの人が何か言ってたんですか?」


 私の問いに月宮さんは、気だるげな動作でスマホを取り出した。


 あのボーリングの最後に、月宮さんのメンタルが脆い事を弦巻さんから聞いている。

 月宮さんに昨日の一部始終を話そうものなら、どう動くか分かったものじゃない。

 月宮さんがいまだ弦巻さんに依存している前提でいくなら、出会い直後に私が殴り飛ばされていてもおかしくないだろう。

 だって弦巻さんにキスしちゃてるし。


 なので、あの人は決定的な事実を告げていないし、私が現時点で焦る必要性は全くない。


「ふ〜ん、とりあえずこれ聞いて」


 見せられたのは、弦巻さんとのLINEのトーク画面。

 月宮さんが、最後に送られてきたボイスメモをタップした。


『ぎゃあああああああああ!!!!茜っちにボコボコにされたああああ!!!!!」


 スピーカーから漏れた、あまりに安っぽい絶叫。

 私は思わず口角が吊り上がるのを抑えきれなかった。


 あの後独り残されたボウリング場で、あの女は即座にこれを送信したらしい。

 トーク履歴の時間が、その滑稽さを物語っていた。


「ふふっ……」


 それにしてもいい気味である。

 やっぱりああやって放置して正解だった。

 こんな風に顛末を見れると思ってなかったけど、この声を聞いて昨日同様に、良い気分になれそうだ。


「やっぱり姉妹なんだ。妹ちゃんと同じ顔してる」

「――ハッ!」


 鋭い指摘に視線だけを左へ向けた。

 いつの間にか肩から頭を離していた月宮さんが、射抜くような眼光で私の顔を凝視していた。


「この声のトーンはいつものアメなら絶対に出さないくらい、楽しそうな時のやつなんだよね」

「へ、へ〜……そうでしたか」

 

 え、これが楽しそうな声のトーンなの?

 悔しそうにしてるんじゃなくて……?


「おまけに気づいてたか分からないけど、たぶん駅に着くまで茜ちゃんのことを、アメの()()()()()()()が監視してたよ」

「ボディー……ガード?」


 耳を疑う単語に思考が数秒フリーズする。

 月宮さんの説明はあまりに淡々としていて、それゆえに現実離れした恐怖を伴っていた。


 弦巻さんは頻繁に世界中の危険地帯を渡り歩く。

 その道中不測の事態を防ぐために、彼女は常に「プロの護衛」を周囲に配備させているのだという。


 月宮さんはさっきのナンパ男に絡まれている最中、人混みに紛れるその「目」の存在に気づいたらしい。

 一瞬、自分を心配した弦巻さんが差し向けたのかと思ったようだが、すぐに思い直したという。

「アメが今更、自分にそんな過保護な真似をするはずがない」、と。

 だとしたら、その視線が向けられている先は――私だった。


「わーお。――ヤバすぎですね」


 ……つまりアレか。

 家を出た瞬間に感じた悪寒の正体は、あの馬鹿のボディガードにストーカーされてたから……と考えていいのかもしれない。


 移動中に何も仕掛けてこなかったという点と、LINEでボイスを送ってる余裕があるところを見る限り、危害を加えるつもりは無いのだろうが……中々に陰湿で最低な嫌がらせだ。

 

「……もしかしてまだついてきてるんですか? その人は」

「たぶん、いないと思うけど」


 ふぅ……それなら良かった。

 旅行中も追いかけられたままでは気が気でないし。


「で、結局あの後何してたの?」

「だから何もしてませんよ。……少しだけ二人でボーリングで遊んでただけです」

「してるじゃん!何話してたのか詳しく聞かせて!!」


 そこから月宮さんは二人きりで何を話してたのか、ボーリングとその後の行動もガミガミと事細かに聞き出そうとしてきた。


 まぁもちろん会話の内容など言えるわけもない。

 だって内容は家族関係の激重話な上に、その後の行動も弦巻さんをレイプ未遂したって感じだし。


 え……っていうか、よく考えるとあのバス停での行為中も、そのボディーガードとやらが近くにいた事になる。

 そして弦巻さんは私に虐められてる最中も、その盾を使って自分の身を護らず、流れに身を任せてきた。


 大雨の中だからと油断していたけど、私はあの行為を不特定多数の人に見られながらやっていたという事実がまずヤバすぎるし、おまけにほぼ犯罪行為をやってる中、ボディガードを使って私人逮捕をかましてこなかったあの弦巻さんにもドン引きである。

 

 ……本当に何を考えてるんだろう、あの人。

 こっちからすれば怖いしヤバいしキモいし、なんか色んな感情が盛り沢山である。


「ねぇってば!」


 私が窓際に肘をついて思考を回してる中、しつこく質問を繰り返してくる月宮さんに対し魔が差してしまい、ほんの少しだけ心の中に燻っていた思いを吐露した。

 

「………………うるさいですね。そんなにあの後の行動が気になるなら、月宮さんも来てくれれば良かったのに」

「――――――っ!」


 月宮さんの言葉が止まる。

 私達の周りを巡る空気が、一瞬で凍りついた。

  

「まずなんであの馬鹿と私を二人きりにしようなんて考えれたんですか?」

「それは……」

「理由は聞いてますよ。『帰れ』って言われたから、そのまま頷いて帰っちゃったんですよね」

「…………」

「それをあの人の口から聞いた時の、私の心境を考えてほし――って」


 ……あ。

 言い過ぎた。

 慌てて隣を向くと、月宮さんは下唇を強く噛み、怒っているのか、今にも泣き出しそうなのか判別できない、酷く歪んだ顔で俯いていた。


 その脆い表情を見た瞬間、私は反射的に身振り手振りを交え、支離滅裂な言い訳を並べ立てる。


「い、今のは違いますからね?! 言葉の綾というか、あの場に月宮さんがいなかったのが心細かっただけですから」

「…………」

「こう言ってはなんですけど、弦巻さんとは二人きりだったからこそ、結果的に仲直りできたみたいなところがありますからね。はは……ははは……」


 乾いた笑い声が、新幹線の走行音に虚しく吸い込まれていく。


 だいぶまずいかも……?

 ちょっと自分でも何言ってるかよく分かんないし、っていうかフォローになってるの、これ?

 

 私の放った身勝手な言葉が、取り返しのつかない速度で彼女を傷つけていくのが分かった。

 

「…………ごめん、茜ちゃんの言うとおりだよ。私が全部間違っている」


 その返事に私の思考と呼吸が、実に2秒くらい止まった。


 これはまずい。

 …………まずい、まずい、まずいいいいいいい!!!!

 

 まだ旅行の1割すら終わってないのに、これまでにないくらい険悪な状態になってしまった。

 やっぱりあの馬鹿との会話の記憶は、頭から消しておくべきだった。

 自分の糧になると思っていたあの経験は今や、ただの劇物となって私と彼女の関係を焼き切ろうとしている。

 

 私の脳内では、全細胞たちが緊急の円卓会議を開催し、絶望的な状況を打破するための打開策を求めて罵声が飛び交っていた。

 ……もしかして、弦巻雨はこの最悪の空気すらも想定していたのだろうか。

 

 もしそうなら、彼女は紛れもなく悪魔的な天才だ。

 もういっそ地べたに頭を擦りつけて謝るから、金輪際、私たちに近づかないでほしい。

 心の底からそう願った。


「本当にごめん――ごめんなさい…………私、頑張るから……」

「へ?」

「茜ちゃんに、この旅行が楽しかったって思ってもらえるように。……絶対、頑張るから」

 

 絞り出された宣言は、あまりに重く、鋭く、私の胸に突き刺さった。

 この状況で『そっか、期待してるね』なんて返せる人間が、この世にどれだけいるだろうか。

 というか昨日の件から、最終的にそこに着地してしまうのにも驚きだった。


 ……これは言い訳のしようがないほどに、やってしまったな、私。

 ちょっとまだ昨日の無敵の人感覚が抜けきってないようだ。

 本気で自戒しないと……


「いや……本当に大丈夫なので、ほどほどに楽しみましょうね……」


 声を絞り出すように私はそう言うが……

 

「ごめん、もう一度だけ肩を貸してくれる?」

「ど、どうぞ。……好きに使ってもらえると嬉しいです」

「ありがとう。到着までちゃんと寝て備えるから、着いたら起こして……」


 言い終えるか否かのうちに、月宮さんは深い、死んだような眠りへと落ちていった。


 私は肩にかかる彼女の重みを感じながら、膝の上で組まれた彼女の手をなぞるように触れる。


「結構酷いこと言ったはずなのに、それでも私を見捨てないんですね」


 正直なところ、このまま縁を切る事態にまで発展した方が、お互いのためになるのかもしれない。

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 

 けれど、こうして折れそうなほど細い指先で私を求めてくる彼女の意思を突きつけられては、今の私には沈黙することしか許されなかった。


 そもそも旅費は全額月宮さんの負担。

 奢られている立場で文句を並べる資格なんて、端からないのである。

 

「ごめんなさい、月宮さん。また時間がある時にちゃんと謝りますから」


 走行音にかき消されるほどの声で、密やかに囁いた。

 私は窓の外に流れる濁った灰色の景色を眺めながら、自分たちの向かう目的地がせめて穏やかな場所であることを祈り続けた。

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