第24話 また私の目の前でお話してる月宮さん
帰宅後、月宮さんとは帰った後にすぐ和解する事ができた。
あの後すぐにLINEの設定を戻して、その日の気分のままに、こっちから月宮さんに電話を掛けたのだ。
月宮さんは突然の電話に困惑した後、謝罪をいっぱいしてくれたり、あの後の弦巻さんとどうだったかを聞かれたりしたけど、私が無理やり『明日は本当に楽しみです。エスコートに期待してますよ!』と、弦巻さんを捌いたその日のテンション感でゴリ押しすると、どうにか安心して通話を切ってくれた。
そして気分ルンルンで明日の準備を終わらせて眠り、次の日の朝。
「あ…………………………やばい」
ようやく元のテンションに戻った。
「なに……やってるんですか私はああああああッッッ!!」
そう言いながら私は部屋の床に、何度か頭をヘドバンさせた。
「…………今回やらかした行為、普通に月宮さんにやったやつよりよっぽどライン越えてますよ」
いやまぁ……でもアレはかなりあの人が悪い。
だって弦巻さんの方から喧嘩をふっかけてきたわけだし、それならやり返される覚悟くらい持っているはずなのだ。
しかも月宮さんの時と違って、キスはあっちからしてきたし、なんなら最後はあっちから本番を求めてきたのだ。
んー、よく考えたら何も問題ない気がしてきた。
弦巻さんは私を殺してやるとかなんとか言っていたけど、あっちから私に体の関係を求めてきてたわけだし。
今回は上手く見逃してくれることを神様に祈ろう。
「嫌いな人に好き放題やったせいか、気分はそれほど悪くないのが救いです」
というか、あの人はあの人で不登校極めてる人だし、会う機会もどうせそんなに無いはず。
「……考えても仕方ない」
旅行は結局行くことになった。
そして集合時間が近づいている。
ならもう外に出るしかない。
私は重い足を引きずるように、キャリーケース引きながら家を出た。
---
そしていつもの駅についた。
「なんか……んー、なんだろう。妙な寒気がしますね」
真夏に似つかわしくないこの違和感。
いつものオーバーサイズの黒パーカーと長ズボン履いて、更にはフードまで深く被っているというのに。
理由の分からないこの感覚が少し怖い。
そんな事を思いながら集合場所の駅の時計台前に行くと、月宮さんが男の人と話していた。
「ねえ、君めっちゃタイプなんだけど、ちょっと話さない?」
「……私、高校生だから」
「いやいや関係ないって。だって君凄く可愛いもん」
「…………」
「奢るからさ、一旦カフェにでも入らない?」
またこのパターンか。
一瞬、鉛のような不快感が胃の腑に溜まりかけたが、今回の月宮さんはどこか違った。
彼女は男を視界にすら入れず、無関心を絵に描いたような顔でスマホを弄っている。
「うわぁ………………」
これが所謂ナンパというやつなのだろう。
Tmitterでたまたま流れてきた動画にも、美女をナンパしてみた系が流れてきたことがあるので、見ていて分かる。
――――――LINE♪
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
『まだ? 速くきてほしいかも』
「……えぇ」
画面に映る短い一文に、思わず息が漏れる。
……もしかして私は、絶賛を猛烈アタックを受けている月宮さんのところに、単身で突っ込まなければいけないのだろうか?
ナンパなんて無視して素通りすれば良いのだから、彼女にはそこから離れてもらいたいけど……
それをLINEで伝えようものなら、私は一部始終を観ていた薄情者扱いされてしまうのがオチ。
もうすぐ近いところにいるのだから、彼女の方に私の存在に気づいてもらい、近づいてきて欲しかった。
くぅ…………
本当に嫌だけど、ここは腹を括るしかない。
「え、なんであの人が」
不意に、月宮さんが別の方向を見つめて声を上げた。
私に気づいたわけではなさそうなので、ここは一旦スルーする。
「おっ、一緒についてくる気になった?」
「……違うから早く目の前から消えて。私はここで待ち合わせしてるの」
「んーと、彼氏? じゃあイソスタだけでも交換――」
月宮さんとの距離を詰めようとする男の動線を断ち切るように、私は足元に視線を落としたまま、男の腕へ強めに肩をぶつけた。
「痛ったッ!……なんだお前、危ねえだろ」
「…………」
私は何も答えない。
フードの闇に顔を沈め、ただ無機質な壁としてそこに立ち尽くす。
「……チッ、お前がこの女の彼氏かよ。趣味悪ぃな。身長低いし服もキモすぎだろ」
やがて呪詛のような捨て台詞を残し、男は人混みの中へと消えていった。
「ふふ……」
思わず笑みがこぼれてしまった。
状況があまり掴めないが、どうやら彼は勝手に何か勘違いして去っていってくれたようだ。
なんとか上手くいったみたいでよかった。
「やっぱり便利ですね。この服装は」
「茜ちゃん!!!!」
名前を呼ばれると同時に、暴力的なまでの衝撃が私を襲った。
月宮さんが押し倒してくるような勢いで、私の胸に飛び込んできたのだ。
「あふゃっ――?!」
肺の中の空気が、彼女の細い腕の力で強制的に押し出される。
至近距離で爆発したような、彼女の甘い香り。
薄い衣類を隔てて伝わる、心臓の鼓動と柔らかい体温。
「良かった……もしかしたら来てくれないかもって心配してた」
「と、当然。き……来まふよ…………ちょっと離れてもらっても……」
ようやくハグから解放された瞬間、私の膝はもはや自分の身体を支える機能を失っていた。
全身の力が指先から抜けていき、視界がちかちかと明滅する。
私はそのまま、重力に抗うことを諦めて地面へと崩れ落ちた。
アスファルトに膝をつき、かろうじてキャリーケースのハンドルを杖代わりにして、前のめりに突っ伏す。
「だ、大丈夫茜ちゃんっ!!??」
慌てた月宮さんが再び距離を詰めようとしてくる。
私は震える片手を突き出し、必死のジェスチャーで彼女を制止した。
「1分!!!…………1分ください!!」
「え?」
「今すぐに頭の中で整理したいことがあるので、お願いします!」
「???…………わかったけど、体は大丈夫?」
「それは大丈夫なので、一旦考えさせてください!」
そう言うと月宮さんは、訝しげな視線をこちらにぶつけながら、ほんの少しだけ身を引いてくれた。
「…………」
よし。
制限時間付きではあるが、脳内反省会を強行する権利を勝ち取った。
今回の議題は一つ。――なぜ私はたかがハグをされた程度で、これほどまでに身体を蝕むような熱を帯びてしまったのか。
この程度のスキンシップはこれまでに幾度としてあった。
なんならキスした時ですら、ここまでの状態にならなかったはず。
こういう心理状況になるのは、いつもシオンちゃんとしての振る舞いを直に見せられた時だけだった。
こんな事は出会ってから今日に至るまでちょこちょこされてきた。
悪戯の囁きでこうなることはあったけど、それ以外で何かをされてここまでに至ったことは基本無い。
だが、今の私はどうだ。
ただ抱きしめられただけで、肺が潰れるほどに胸が高鳴っている。
――さて。
今日と昨日までに、一体どんな違いがあるだろうか?
それはとても残念な事に昨日の馬鹿のやらかしから明白になってしまった、私の深層心理。
月宮さんに対する絶対的な好意である。
「なるほど……」
今までは別に何の問題もなかった、私の心の均衡。
これまでは月宮さんとシオンちゃんに対する意識のバランスが絶妙に取れていた。
けど……昨日のアレを機にそれが崩壊して、あやふやになってしまったのだ。
「?……本当に大丈夫? 歩けそう?」
月宮さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
陶器のような肌、濡れたような瞳。
そのすべてが至近距離に迫る。
「――――――ッ!」
……ヤバい、凄くやばい。
今までは声だけが凶器だったのに、あの馬鹿のせいで、月宮さんが全身凶器にしか見えなくなった。
「うん?」
無防備に首を傾げるその仕草すら、今の私には致死量の毒を孕んでいるように見える。
それを今このハグを通して、ようやく自覚することができた。
この状況がどれほど最低で、救いようのない地獄なのかを。
「ふ、ふぅ。……もう大丈夫です」
「そう? ちなみに頭の中で何を整理してたの?」
「えぇっと……」
問い詰められ、私は逃げるように背後の巨大な大時計を仰ぎ見た。
「も、もう新幹線が出る時間ですよ! 立ち止まってる暇なんてありません、移動しましょう!」
「ん〜、まぁいいけど」
まだ何か言いたげな様子ではあったけれど、時間は確かに迫っている。月宮さんも不承不承ながら納得してくれたようだ。
だが、安堵したのも束の間。
月宮さんは私の右手を、拒絶する隙も与えず強引に掴んだ。
「――――――っ!」
「じゃあ行こっか」
「その……手が…………」
「はぐれないようにするためには必要なの。それに茜ちゃんは外にあまり出ないだろうから、新幹線の乗り方も分からないよね?」
「…………私が月宮さんと初めて出会った場所。ここからだいぶ離れた千葉県なんですけど」
「あはは〜、気にしない気にしない!」
そう言って手を引かれながら、新幹線の乗り場へと向かった。
……ほんとこれ、なんという生殺しなんだろうか。
好きな人と旅行という本当に嬉しい出来事であるはずなのに、相手にはその気が無いという悲しい事実を胸に、これから数日を共に行動しなければならない。
しかも触れられただけで、名前を呼ばれただけで、心拍数が跳ね上がるチョロすぎる自分。
それでいて、心のどこかでは彼女をこの手でめちゃくちゃにしてやりたいと願う汚い本能。
…………あーもう、めちゃくちゃだよ……
まぁ良い点をあげるとすれば、この状況はほぼ失恋してると言ってもいいわけなので、精神的にはだいぶ気楽にいけるところだろうか。
じきに慣れてくるはずだ。
――だって、叶わない恋にいつまでもドキドキしていたところで、意味なんて無いのだから。




