第19話 恋のライバル登場!?
そして時は流れ夏休み目前――蝉の声が朝の空気に滲む季節となった。
私と彼女の過ごす時間は普段と変わらない。
いつも通りドタバタ振り回されている。
……いや、最近変わったことを一つ挙げるとすれば、ちょっとだけ月宮さんの機嫌が良くなったことかもしれない。
その理由は彼女に告白をし続けていた男が、退学してしまったからだと思う。
結局あの後、彼は翌週から教室に現れなくなり、しばらくして担任が事務的な口調で退学したことを告げた。
月宮さんはその話を涼しい顔して聞いていたようだが、内心大喜びだったのだろう。
というかここ一ヶ月で分かった事だけど、別にあのしつこいと言われていた彼だけに留まらず、普通に週一間隔で告白されているのだから、一人減ったところで意味がないような……
まぁ基本的に一回振れば諦めてくれる分、他の人達は幾分か楽なのかもしれない。
そんなことを思いながら、私はいつものように朝早く登校した。
まだ教室棟には蝉の鳴き声が遠く響いているだけで、人の気配は少ない。
でも今日は違った。
「――――――」
「――――――」
教室の扉の向こうから、声が聞こえる。
普段この時間にいたとしても、おそらく月宮さんくらいなはず。
……一体誰が……
私は扉の小窓からそっと覗いた。
すると中にいたのは――銀色の髪をした、あの時の女の子だった。
月宮さんはこの時間からその女の子と楽し気に話している。
そして月宮さんは、彼女の隣で笑っていた。
机に頬杖をつきながら、最近は私にだけ向けるあの眠そうな目で。
「…………なんで……私の時間なのに……」
……授業終わりの10分休憩ならまだいい。
月宮さんは基本眠たくて机に突っ伏しているし、その周りに人が集まってて私が近づけないのは、まだ納得できる。
でも今は!……今は私が月宮さんと一緒にいるべき時間のはず!!
私は苛立ちが抑えきれず唇を噛んだ。
指先が微かに震えて、教室のドアノブを掴みそうになる。
その瞬間――銀髪の少女が、ふと顔を上げた。
菫青石のような瞳が、まっすぐこちらを射抜く。
……彼女は笑っていた。
まるで私の動揺を楽しむように、口角だけを上げて。
「雨……どうしていきなりその顔になるの、怖いからやめてよ。なにかあった?」
「うん、とても面白い物が見えないんだよね! 早く近づいてきてくれないかなぁ?」
どうやらあの子は私が来るのを待っているらしい。
でも、こっちからで向いてやるつもりなんて全くない。
私は月宮さんと2人きりでいられるこの時間を邪魔されるのが、不愉快で仕方なかった。
もう無理だ、
帰ろう。
――踵を返したその瞬間。
「ねぇねぇ! そんなところで見てないでこっちでお話ししようよ〜!!」
クリアな声が私の背中に突き刺さった。
……は、話しかけられた?!
まずい。
さっさと帰らなきゃ!!
私はただ逃げるために、来たばかりの校舎の階段を駆け下りていた。
その後私はバスに乗って帰宅した。
乗車している最中、鬼のように電話とメッセージがかかってきたけど、それは着信拒否からの通知オフでスマホを閉じた。
……こんなことしちゃったけど、別に月宮さんが嫌いなわけじゃない。
ただ私が、私の許容生活圏に別の人を入れたくないだけだ。
だからそれが元に戻るまで、このままこれを続けるしかない。
---
その日から私は、朝だけ学校に行って教室の様子を覗き、二人がいるのを確認しては帰った。
二日目も。
三日目も。
まるで習慣のように同じ行動を繰り返す。
更に四日目の終業式の日も――
「って、あれ?……いない」
教室のドアガラスから中を見ても誰もいなかった。
てっきりまた2人とも教室で話し込んでるものかと思ってたけど。
もしかしたら私が早く教室に着きすぎたのかもしれない。
「……いつまでこんなことやってるんだろ。もう旅行の日が近づいてるっていうのに」
旅行の日は明日から。
だというのに、こんな状況でまともに事が運ぶわけない。
……ホテルはもう予約取っちゃってるから、キャンセルするの、絶対に面倒くさいだろうなぁ。
そんな事を考えていると、
――――――ツン、ツン。
と、肩に指で触られた感触がした。
恐る恐る振り返るろうとしたが、誰かも分からない相手に足を引っ掛けられ、私は転びそうになる。
頭を打ちそうになったその時、襟元を掴まれて間一髪で助かった。
「ねぇ」
「……はい」
「このまま休み続けたら、本当に社会的に死んでもらおうかなって考えてたんだけど――どう?」
「…………それは……嫌です」
「だよね」
私を転ばせた相手はもちろん月宮さんだったわけだが、それはそれとして、隣にあの銀髪の少女も立っていた。
「やっほ〜茜っち。キミって思った以上に隠キャなんだねー!」
「…………」
ほぼ初対面と変わらないのに、初手隠キャ煽り……?
……普通にイライラする。
でも私より、遥かに機嫌が悪くなっててもおかしくない相手が目の前にいるから、ここは冷静でいないといけない。
「…………一応聞くけど、私何かした? もしかして弁当を作るの、嫌になっちゃった?」
月宮さんはそう言いながら、私を優しく立たせてくれた。
真正面から視線を合わせるのが怖くて、私は明後日の方向を見ながら食い気味に答える。
「いえ、全然そんなことはありません。全部私が悪くてこうなってるので」
というか見ている感じだと、思った以上に機嫌は普通っぽい。
隣にこの子がいるから、私の不登校を気にする必要が無くなったのかな?
……気にされないのは退学まで一歩前進できるから嬉しいけど、それはそれとして私以外の誰かが、私のポジションにいるのを見ていると、かなりくるものがある。
Tmitterで『人は自分の立場を奪われそうになると、心の底から恐怖する』なんて馬鹿みたいなツミートが流れてきたけど……なるほど、確かに信憑性があるかもしれない。
「だから言ったじゃ〜ん、しおっちは120%関係無いから気負わないでいいって。5000万賭けるって約束までしたのに、それでも信じてくれないの〜?」
「でもアメは平気で嘘吐くし」
「酷い! 昔のしおっちは絶対にそんなこと言わなかったはずだよ!」
雨?
いきなり天気の話かと思ったけど、きっとそれが彼女の名前なのだろう。
「月宮さん隣にいる人は誰ですか?」
「アメの話より、こっちは茜ちゃんがどうし――」
月宮さんが続きを言おうとしたその時、雨と呼ばれた少女が片手で月宮さんの口を塞いだ。
「私の名前は弦巻 雨」
「…………」
「普通の高校生って自己紹介したいけど、茜っちに親しみを込めた挨拶をするなら、シスター・サニーって言った方が分かりやすいかな?」
「――――――ッ?!」
そうか!そうだ!……そうだった。
彼女の声は、絶対にどこかで聞き覚えがあると思っていた。
それはVtuber――しかも吸血鬼のシオンちゃんと一緒にデビューした同期だったから。
聞き覚えがあって当然。
……どうして今まで気づかなかったんだろう。
「なんでそれ言っちゃうの? 一般人相手にバラしちゃダメでしょ」
「私はあと一年で高校もVtuberも辞めるから良いの〜」
「またそうやって嘘を吐く」
「あははっ!……しおっち、私は出席日数足りてないから、留年確定だよ」
「え」
シスター・サニー。
私は別に箱で人を見ているわけじゃないから詳しく知らないけど、確か彼女は丁寧なですます口調でお淑やかなウルトラ清楚売りだったはず。
だけど私の記憶が確かなら、弦巻さんはアロハシャツを着て、芝生の上で胡座を掻いて酒を飲んでいた。
……よくもまあ聖職者のフリをしていられるものだ。
やっている事が聖人のそれから一番離れている。
ただのクソやばアル中女ではないか。
「そんなことより茜っち、今から3人でカラオケに行かない?」
「…………?」
「行こうよ。だって2人は明日から旅行なんでしょ。一旦その前に3人で遊びたいなって思って」
私と月宮さんだけではなく、彼女を連れて3人でカラオケ?
嫌すぎる。
……どこをどう思ってどうしたら、接点皆無の人とカラオケに行くって発想になるんだろう。
「月宮さんはそれでいいんですか? 一応終業式がありますけど」
「ん〜……。今日は授業とか特に無いし、別に行ってもいいかな?」
「そうですか」
私は踵を返し一歩踏み出した。
「私はカラオケに興味がないので行きません。それに月宮さんがいない学校とか地獄と変わらないので、お先に帰らせていただきます」
「え?ちょっと待ってよ茜ちゃん!明日は旅行行くんだよね?! 今日はちゃんとLINE返してくれるよね!?」
「はい、後から電話でお話ししましょう。その時に学校に行かなかった理由も言います」
そう言い残して、数歩歩いた時だった。
「えー……じゃあ今から――しおっちとラブホかな〜」
「は?」
その単語に足が凍りついたように止まる。
「アメ……」
「しおっちはちょっと黙ってて」
「……うん」
落ち着け私。
私は努めて冷静に声を出す。
「今……なんて言いましたか」
「だからしおっちとラブホでイチャイチャするって言ったんだよ? 2人でカラオケも盛り上がらないしね」
「それは……普段からやってるんですか?」
「ふふっ、どうだろうね? でも、しおっちは私の言葉に逆らえないよ?」
「……………………チッ」
考えが変わった。
この月宮さんと弦巻さんを、2人きりにするという選択肢はない。
見えないところで何かあっては困るし、下手なことをされると私の心が耐えられないから。
「ちゃんとシオンにガチ恋してるんだね〜。思った以上かも」
その言葉を聞いて、すぐに月宮さんに視線を向けた。
私はガチ恋である事を他人にバレるのが、絶対に嫌だという想いがある。
特に学校内では。
てっきりあの件で理解してくれたと思っていたけど……………………よく考えれば、私は言葉にして口止めをしたわけじゃなかった。
月宮さんは視線を背けた。
「ごめん。言っちゃダメなのはなんとなく分かってたけど、結構本気でアメに詰められたから……」
「さっきも言ったでしょ〜、しおっちは私の言うことは聞くって。それに相談事なら自分から話してくれたりもする仲だよ」
そして弦巻は月宮さんの手を握って歩き出した。
「とりあえずこんなところで話してないで、みんなが登校してくる前にカラオケ行くよ!」




