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【百合】人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。  作者: 中毒のRemi
第一章 出会い編

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第17話 茜ちゃんによる上手すぎるマッサージ (月宮:視点)

 そして私はシャワーを浴び終え、着替えてから言われた通りに二階の奥にある、茜の部屋へと向かった。

 静かに扉を開けると、そこは殆どが真っ暗な空間だった。

 

 部屋の中央の布団の上で、寝巻き姿の彼女がスマホの光によって、顔のみが照らされている。


 …………なんで灯りをつけてないんだろう。


「わぁ、もう私の分まで敷いてあるんだ。ありがとう」

「礼には及びません。月宮さんには来て良かったと思ってもらいたいので、これくらいは当然です」

「そうなんだ。そこまで気を使わなくて良いんだけどね。…………それはそうと、どうして部屋を暗くしてるの?」

「あっ、すみません。私は部屋が暗くて何も見えないくらいの方が凄く落ち着いていられるので。……今すぐ電気を点けますね」

「だ、大丈夫だよ! 私も部屋を暗くして普段配信してるし平気平気!」


 そう言って部屋の灯りを点けようとした茜ちゃんを、私はちょっと必死めに止めた。

 

 よく考えれば、暗い部屋だと私の声で茜ちゃんを操れる可能性がグッと引き上がるのだ。

 今日はそこまでやる予定は無いけど、やって面白そうな瞬間があるなら、じゃんじゃん狙っていきたいとも思ってる。


 ……ちなみにもちろん、私に部屋を暗くして過ごす習慣など無い。


「そうですか? でも、配信の時くらい明かりをつけた方がいいと思いますよ。眼が悪くなっちゃうので」

「部屋を暗くしてスマホを眺めてた茜ちゃんにだけは、言われたくないけどね」

「ふふっ……それもそうですね」


 そう言って、彼女は自分の太ももの間を、トントン、と指で軽く叩いた。


「月宮さん、こっちに座ってください。配信で肩とか凝ってるでしょうし、マッサージをしてあげます」

「え、あ〜……まぁそうかも。ならお願いしようかな?」


 ……ちょっと至れり尽くせり過ぎて、怖いかもしれない。

 でも眠気と疲労で鈍った頭は、その甘い誘惑に抗うことを知らなかった。

 私はまるで吸い寄せられるように彼女の股の間に座り、その華奢な身体に背中を預けた。


「少し猫背になってますよ、もっと力を抜いて体を預けてください。心配しなくても、私はあの2人にマッサージが上手いと絶賛されてますから!」

「……うん。別に心配してないよ」

「あ〜、なるほど。眠い感じですね。眠いのなら喋らなくていいので、体だけリラックスさせておいてくださいね」

「分かった、ごめんね」


 そして茜ちゃんによるマッサージが始まる。

 

 彼女の指がまず私の首筋と肩の付け根に触れた。 

 そこは配信で凝り固まった、自分でも一番辛い場所だった。

 指がまるで、凝りの芯を正確に知っているかのように、ぐっ、と深く沈み込む。

 

「んっ……!」

 

 痛い……けれど最高に気持ちいい。

 我慢しようと思ったのに、息が少しだけ漏れ出てしまった。

 

 茜ちゃんは何も言わずただ静かに、私の体をほぐしていく。

 親指が円を描くように肩甲骨の内側を辿り、強張っていた筋肉がじわじわと解けていく。

 まるで硬い氷が熱で溶かされていくみたいだ。

 

 背中越しに感じる茜ちゃんの体温と、耳元で聞こえる彼女の静かな呼吸音。

 この暗い部屋が他のすべてを遠ざけていくようだった。

 

「ふ、ぅ……っ」

 

 今度はさっきよりも甘く、緩んだ声が出てしまった。

 彼女の指が首筋をゆっくりと揉み上げる。

 ゴリゴリと音を立てていた凝りが、指圧の熱で蕩かされていく。

 

「んん……ぁ、きもち、い……」


 ……ヤバい。

 気持ち良過ぎて普通に眠気とか、吹っ飛んでしまった。

 もはや身体が熱い。


 そんな事を考えていると、茜ちゃんが何故か少しだけ体を離してしまった。

 

「ちょっと静かにして下さい! ……それ以上声を出されると、我慢出来なくなっちゃいます」


 吐息混じりの掠れた声が後ろから聞こえてくる。

 その言葉の意味を理解した瞬間、私の心臓がどくん、と大きく跳ねた。

 

「ななな、何を言ってるの茜ちゃん?!?!」

「うっ……すみません、失言でした。忘れてください」

「そ、そっかぁ……」


 ……うん、聞き流して考えないようにしよう。

 今の私の思考も若干おかしな方向に入ってるし、考えるだけ仕方ない。

 

「肩のマッサージはこれくらいにしておきましょう。次は指です」


 茜は私の前に回り込み、正座する。


「では失礼しますね」


 彼女はそう小さく呟くと、私の左手を取り、まず小指をそっと包み込んだ。

 その仕草はまるで壊れやすい宝物を扱うみたいに、どこまでも丁寧だった。


 指の付け根の第一関節。

 彼女の親指が、私の小さな関節をくるくると、まるで慈しむように回し始める。

 さっきの肩への強い指圧とは全く違う、ねっとりとした優しい感触だった。

 

「上手いね、茜ちゃん。凄く気持ちいい」

「それは良かったです。……喋る余裕があるみたいなので聞きたいんですが、私がお風呂に入ってた間、お母さん達と何を話してたんですか?」


 関節をほぐし終えると、彼女は私の指先をつまみ、ゆっくりと、真っ直ぐに引いた。


 ポキ、なんて無粋な音は鳴らない。

 ただ、神経の束が優しく引き伸ばされるような、背筋がぞくぞくする快感が走った。


「……っ、ん。……その、凄く言いづらいんだけど、フェスから学校で再会するまでの流れ……全部言っちゃった。ごめん」

「仕方ないですよ、あの2人は性格終わってるので。それにお母さんが私を呼ばないって事は、問題ないと判断したんでしょうし。……ちなみにその後2人は何か言ってました?」


 茜ちゃんは大した問題じゃないとでも言うように、話を続けながらマッサージを続ける。


 小指から淡々と次の薬指に移し、くるくる、と関節が回される。

 そしてまた、ふっ、と優しく指が引かれた。


「特に何も言ってなかったよ。……でも妹ちゃんが茜ちゃんとキスした経験があるみたいな話が出てて……」

「あ、アレは……祖母が良く頬にキスしてきたスキンシップの延長線なので、キスのカウントに入れるのはちょっと……」

「そうなんだ。お婆ちゃんは外国の人?」

「まぁそうです。両親は2人とも日本人ですけどね」


 なるほど。

 通りで少し顔立ちが大人びて見えるわけだ。


「というわけなので私のファーストキスは結局、月宮さんの物という事になりますね。アレは色々と状況が酷かったですが」


 突然、爆弾が投下された。

 心臓がまたもや大きく跳ね、体温が上がる。

 

 ……いや、なんで熱くなってるんだろ。

 

「もう!そっちの話になったら、空気がおかしくなっちゃうでしょ!! なんでそうなるの!」

「……すみません」

「ほんと、なんか茜ちゃんって学校にいる時と家にいる時で、纏ってる空気感違うね」

「そう言われても私自身ピンときませんが……たぶん、夜だからなんでしょうね。この時間は昼間と違って、一番静かで良い時間ですから」


 そんな話をしているうちに、十指全てのマッサージが終わってしまった。


「あぁ……終わっちゃった」


 名残惜しさに呟くと、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「あれ、どっかに行くの?」

「実はまだしなきゃいけない家事が少しだけ残ってるので、それを片付けてきます」

「そうなんだ。ちなみに茜ちゃんが全ての家事を一人でやってる理由とか聞いてもいい?」

「簡単な話ですよ。お小遣いがいっぱい欲しかっただけです。シオンちゃんのグッズとか、それこそフェスに行くためのお金だって、それで」


 そこで茜はぴたりと言葉を止め、私に背を向けた。


「……では月宮さんはここでゆっくりしていてください」


 そう言って部屋から出ていってしまった。


「シオンのため…………かぁ……」


 私は布団の上で膝をぎゅっと手で抱えた。


 ……茜ちゃんのあの言葉にモヤっとしてしまう。

 彼女は私ではなく、シオンという偶像を見ているのだと思い知らされているようだった。

 別にそれは最初から分かっていたことだけど、それでもずっとモヤついてしまうし、こんな事で何故かモヤっている自分にもイライラしてくる。

 茜ちゃんは友達で、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 ただちょっと、私に知らない熱を――感情を与えてくれる人というだけな筈だ。

 よく考えたらこのモヤモヤも、未知のそれだったりするのかもしれない。


「……はぁ」


 ……それにしてもあのマッサージ、クセになるくらい上手かった。

 茜ちゃんは料理もできて勉強も出来るし、キスも凄いし、いざという時は私にやったように、他人に圧を掛けたりもする。

 

 おまけに私一筋で――ダメなところを挙げるなら、少しだけ言葉回しが下手で他人とコミュニケーションを取らないところくらい。


 私は両手で顔を覆った。


「……何、考えてるんだろ、私。…………馬鹿みたい」

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