第13話 そんなのいりません
中間テストが終わり、答案もすべて返却された頃。
私たちは今、校内の中庭。
昼下がりの陽光がテーブルの上の弁当箱に反射して、白いきらめきを散らしている。
風がゆるやかに木々を撫で、枝の影が机の上をゆらゆらと渡っていった。
気づけば、あの登校を再開し始めた時の騒がしさはもうない。
二週間も経てば不登校だったという過去も、ただの一エピソードに変わっていくらしい。
誰も私を特別視したりしなくなっていた。
これだけ時間が経って、視線の針がようやく外れた気がした。
……ありがたいことだ。
おまけに、以前のように距離を詰めてくる人もほとんどいなくなった。
たぶん、月宮さんがうまく立ち回ってくれているのだと思う。
そして本来ならこうして、昼の中庭で彼女を独占するなんて不可能だ。
でも今はそれが現実になっている。
授業中や10分休憩中の彼女の人気ぶり――話しかけられぶりを思えば、これは奇跡に近い。
この今の穏やかな時間は、彼女の努力と周りの優しさの上に成り立っているのだろう。
私は彼女が構築した人間関係というものに、ちょっとくらいは感謝するべきなのかもしれない。
「やばいよね。学校に行ってなかったのに全教科満点とか、普通に意味分かんないもん……たぶん、茜ちゃんが学年一位だよねぇ」
「……まぁ家に引き篭もってた間も、無駄に勉強だけはしてましたから」
「へぇ〜……あっ、この鶏肉の唐揚げ凄く美味しいよ!」
月宮さんが弁当を見せて笑う。
彼女の笑顔を見ていると、空気がほんの少し甘くなる。
でもそんな気分を打ち消すように、現実が胸を突いた。
――実は今日があの日なのだ。
それを思い出す度に頭が痛くなってくる。
「どうしたの? 最近あんまり元気なさそうだけど」
「その……今日の予定が……」
「あぁ、お泊まり会の話ね」
お泊まり。
言葉だけ聞けば甘く響くのに、実際はまるで死刑宣告のソレである。
“友達を親に紹介する会”という名の、地獄の晩餐。
よりにもよってそれが今日なのだ。
事情の全てはもちろん、中間テストが終わってすぐに月宮さんに打ち明けた。
すると彼女は、まるでゲームのスケジュール調整でもするような軽やかさで予定を組み直し、「もちろん行くよ」と笑ってくれた。
それであっという間に、話は現実になってしまったのだった。
本当なら今日は、新作ゲームのクリア耐久配信をするはずだった。
なのに彼女は――
「別に大丈夫だよ。ポ◯モンの配信は別日に移したし、明日の配信はお昼からだしね。今日はちょっと寝る場所が変わるくらいって思えば、あまり問題ないかな」
「うっ……あっ、ありがとうございます!」
私は慌てて頭を下げた。
するとその瞬間、彼女の指が私の頬を捉え、ぐい、と横に引き伸ばした。
「こっちこそ、私に休みをくれてありがとう、だね」
「ひゃ……い」
……そういえば月宮さんは、日曜日以外はスケジュールがびっしり埋まっていると私に語ってくれた。
そんな人から私が休みを奪うなんて、本当に申し訳なくて出来ないと考えていたところ、今日の夜の予定をズラしてくれるという形になったのだ。
本当に申し訳ないと思うけど、「たまには休みが2日あったって良いよね」って言ってくれたのが唯一の救いだ。
「とか言ったけど、流石に友達の親に呼び出されるなんて初めてだから、ちょっと緊張するかも」
「それはたぶん大丈夫です。そんなガチガチの話し合いをする事は無い……と思いたいです」
「微妙な返事じゃん。まぁいいけど」
月宮さんは私と過ごすことに休みを見出してくれているのだから、ここはしっかりもてなさないといけない。
……あの厄介二人組からの邪魔をどうにか避けながら、月宮さんに心労を与えないようにする。
これが今日の私に課せられたミッションである。
私が思考に耽っている中、その隙から差し込むように彼女が言葉を切り込んできた。
「それとね」
「はい」
「いつもお弁当作ってきてくれるの、本当に嬉しいし助かってるんだけど……そろそろ、弁当代を受け取ってくれないかな?」
彼女の指がまだ私の頬に触れていた。
そのぬくもりを振り払うように、私は月宮さんの手をそっと押しのける。
「……絶対に嫌です。お断りします」
「こういうところ、本当に頑固だよね」
「私が好きでやっている事なので、月宮さんがそこを気にする必要はありません」
「ふ〜ん」
彼女は口元を弓なりに上げて、わざとらしく囁いた。
「私のことが好きだから、お金なんて払わせられないって? それならちゃんと面と向かって告白してくれれば良いのに」
……まったく、この人は。
刃を飄々と笑顔に隠して、平然と私の心臓を突いてくる。
流石はシオンちゃんの中の人だ。
性格が悪い。
どうやら彼女はどうにかして、弁当分のお金を渡したくて仕方みたいだ。
もちろんそれに応じるつもりはない。
「…………どうやって煽られようと、私は月宮さんからお金を受け取るつもりはないですよ」
ようやくそれだけ言い切ると、彼女の顔にうっすらと不満の影が浮かんだ。
その表情を横目に、私は弁当箱の隅に残しておいた沢庵をつまみ、ゆっくりと噛み締める。
「じゃあ――今日のお泊まりのとき、茜ちゃんのお母さんに直接渡しちゃおうかな」
「…………はぁ」
「だって、聞く限りだと真面目そうじゃない? 子供の友人関係を心配してくれる親なんて、あんまりいないと思うよ?」
……勘弁して欲しい。
月宮さんが家族ネタが地雷なのは、この前の話で分かりきっているので、その件込みでもあまり会わせたくないのだ。
自分からその話題を降ってこないでほしいものである。
私は努めて冷静に沢庵を飲み込み、顔を上げずに淡々と返した。
「別にそうして貰っても良いですけど、その場合はyou◯u◯eのスパチャで返金対応させて頂きます」
「ん〜!!!」
月宮さんがテーブルに両手を突き、顔を歪めた。
頬がぷくっと膨らみ、唇を尖らせて――まるで怒った猫みたいだ。
横目で見たその顔が、ちょっとだけ愛らしいとさえ思ってしまったけど、これは普通に気の迷いだ。
私のガチ恋相手はシオンちゃんであって、月宮さんではないのだから。
……というかスパチャで返金すると、you◯u◯eの方に何割かお金を持ってかれるので、あまり良い手段とは言えなかったりもする。
あまりその手のゴタゴタを私に考えさせないで欲しいものである。
大人しく諦めて欲しい。
「もう……馬鹿なことばかり言ってないで、教室に戻りますよ。授業が始まってしまいます」
「話の続きはまた今度!」
「はいはい、続くと良いですね」




