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【百合】人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。  作者: 中毒のRemi
第一章 出会い編

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12/25

第12話 蛙の子は蛙

 そして放課後となり駅で月宮さんと別れ、一人で買い物後、家に帰宅する。

 何気に一人で買い物に出たのは初めてだったけど、今は色々と生活が変化してしまったからだろうか。

 スーパーの中に入っても、別にそこまで苦ではなかった。

 ストレスが大きく掛かる瞬間は、レジで会計する時に「袋ください!」と声を裏返らせながら、口にする時程度である。

 

 ちなみに月宮さんの弁当箱は、私の貯金していたお小遣いから出して買った。

 後で事に気づいた月宮さんが『弁当箱と弁当の材料費&調理費を払う』などと言ってきそうだが、私は鋼の意志でそれを突っぱねるつもりだ。

 

 現在は帰宅したので、シオンちゃんの雑談アーカイブを片耳イヤホンで聴きながら、夕飯を作るためのトマトを切るついでに、残り物で私と月宮さんの分の弁当作りといった感じだ。

 弁当に使うおかずは別皿に分けてある。


「あれ、今日は量が多いんじゃない?」

「ん?」


 振り向くと、仕事帰りのお母さんがキッチンの入り口に立っていた。

 スーツの肩を軽く叩きながら、鍋の中を覗き込む。


「というかそれ、弁当用に分けた皿よね? 一人でそんなに食べれるの?」


 そのお母さんの声に釣られて、リビングのソファにいた妹が顔を上げた。

 スリッパをペタペタ鳴らしながら、キッチンまでやってくる。

 

「お姉ちゃん……一ヶ月引き篭ってたのに、いきなりそんな量食べだしたら、ブクブクに太っちゃうよ」


 さて……

 ここで問題であるのが、正直に自分の分ではなく友達の分だと説明するか否かという問題がある。


 私がこんな量を一人で食べられると勘違いされたままでは普通に不愉快極まりないので、しっかり訂正してやりたいところではある。

 だけど、それをしてしまえば更なる面倒ごとが起きる事は間違いないだろう。


 例えば「その友達を紹介しなさい!」とか「二人で撮ってる写真は無いの?!」とか「いつどんな話で仲良くなったの?」とか……

 この二人なら絶対に聞いてくるはずだ。

 

 それを考えるだけで嫌になってくる。

 ……正直に言うのは絶対に無しだ。

 

 よし、隠そう。

 

「久しぶりの学校なので、お昼にこれくらい食べてないと落ち着かないんですよ」


 自分でも驚くほど自然に声が出た。

 

 ……大丈夫。

 このペースを維持してしっかりだましとおそう。

 

 妹はダイニングテーブルの端に肘をつき、頬杖をついたまま「へ〜」と興味なさそうに言った。

 だけど、その目だけがじっと私の手元を追っている。

 

「夕飯が出来たら呼ぶので、二人ともソファで座ってて下さい。気が散ります」


 私はフライパンを軽く振りながら、手のひらでシッシッと追い払う仕草をした。

 だが、妹――明日菜の顔がその瞬間、ぐにゃりと変わった。


 ニヤリ。

 その笑いは、どこかで見たことがある。

 某スパイアニメに出てきた、幼児の歪な微笑みそっくりである。


 いま妹が出してるこの雰囲気が、何故か少し怖かった。

 

 私は視線を逸らし、あくまで無関心を装って料理の続きを行うことにした。

 だが、明日菜は一歩も退かない。

 まるで私の中身を覗き込もうとするように、しつこく声を投げてくる。


「お姉ちゃんってフェスに行ってから、変わっちゃったよね」

「人は時間と共に変わるものですから」

「そうだね、確かに凄い変わりよう。それも怖いくらいに」


 明日菜は、そこから演説でも始めるかのように声の調子を落とした。


「小学校と中学校の頃のお姉ちゃんは、すっっごく学校に行くのを嫌がってた。毎朝、布団の中で泣きそうな声出してさ。高校入ってからも結局はすぐ不登校になったのに」


 私はまな板の上で、包丁の動きを止めた。

 明日菜の視線が私の背中に刺さる。

 火の音だけが、油の中で小さく爆ぜていた。


「今はどう?」

「…………」

「この二日間、登校再開してからのお姉ちゃん――学校に行くのが苦しそうに見えない。っていうか、むしろ楽しそう」

「…………何が言いたいんですか。そろそろ本当に邪魔なので、視界から消えてくれると助かるんですが」


 私は努めて冷たく、音だけを並べるように言葉を吐く。

 だが、明日菜はまるでそれを待っていたように目を細めた。

 

「私が言いたい事、まだ分からないんだ……?」


 次の瞬間、彼女は弾かれたように椅子を蹴って立ち上がった。

 まるで舞台に上がる役者のように、勢いよく母の隣へ歩いていく。

 そこから私の方に振り向いた妹の顔は――笑いを堪えるのが辛いかのように、震えていた。


「ふっふっふっ。分かってないみたいだから言うけど、そのおかずの量だと――物理的に弁当箱に収まらないんだよ?」

「――――――ッ!?」

 

 妹の言葉の意味を脳が理解したその瞬間、私の首筋を熱が駆け上がる。

 背中の内側まで、一気に火が点いたように。

 

「あっ!」


 お母さんが明日菜の言葉を理解した瞬間、間の抜けた声を漏らす。

 その横で明日菜はふっと目を閉じ、肩を震わせて――そして、わざとらしく拍手を始めた。


「Congratulations、おめでとうお姉ちゃん。好きな人が…………できたんだね」


 目尻には涙が出ていた。

 

 笑いすぎて出たものか、わざと演出しているのか判別できない。

 更に追い打ちをかけるかの如く、母まで釣られて声を弾ませた。

 

「そ、そう言う事なのぉっ?!?! だから好きな人の胃袋を掴む為に弁当……ってこと!?」


 私は手持ちの包丁をバンっと強く置いて、キッチンに両手をつき、深くため息を吐いた。

 そして二人に顔を見せないために背中を向けた。


「はぁ……。もう……最悪です」


 …………この馬鹿達は、私の予想を斜めに超えた答案を出してしまったらしい。

 たぶん今この瞬間、二人の脳内では勝手に恋愛ドラマを再生しているに違いない。

 

 付き合ってられないので、普通に料理を放置して部屋に戻りたいけど、流石にそれでは時間の無駄すぎる。

 それにここで二人の間違った解釈を訂正しないと、面倒事が後々になって巨大化しそうなので、放置という選択は無しだ。


「好きになったのはどんな人?」

「フェス?帰りから様子が変だったし、やっぱり出会いはそこよね?」

「お姉ちゃんから話しかけるなんて絶対にできないだろうし、やっぱり相手から声をかけてきたんでしょ? あの服装で話しかけてくる物好きさんっているんだね」

「でも母親としては、茜が良いように使われてたり、騙されてるんじゃないかって心配の方が大きいわね。心配だわぁ」

 

 その一言で、ぷつん、と自分の中の何かが切れた。

 

 私は勢いよく身体を反転させ、両手で自分の顔を覆い――天井に向かって頭を反らせながら、喉の奥から噴き出すように叫んだ。


「あぁもうッッ!! ちぃぃぃがぁぁぁいぃぃぃまぁぁぁすぅぅぅッッッ!!!」


 声はくぐもり、指の隙間から漏れ出る。

 台所の空気が震え、スプーンの音が微かに共鳴した。

 

「何が違うの? 説明してよ」


 妹の声はわざとらしく無邪気だった。

 その問いを背中に受けながら、私は必死に息を整える。

 

「…………これは……友達が毎日コンビニ弁当ばっかり食べてるっていうから、仕方なく私が作ってあげようかなってぇ……」

()()ね」

「それって嘘の常套句にしか聞こえないんだよね。しかも――」


 明日菜の足音が、床を小気味よく叩く。

 近づいてくる気配に、私は思わず身を固くした。

 

 やがてその影が目の前で止まり、次の瞬間、私の両手がぐいと引き剥がされる。

 

「おぉ……」

「友達のためって言ってるのに、どうしてそんなに顔をマグマみたいに赤くする必要があるのかな?」


 その一言が痛いほど突き刺さった。

 頬の裏が熱い。

 心臓が早鐘を打つ。

 

 私は声にならない呻きをひとつ漏らし、視線を逸らした。

 

「貴女達……本当に最低ですよ」


 かろうじて口に出したその言葉は、情けなく震えていた。

 それを聞いて明日菜はにやりと笑う。


「お姉ちゃんの照れ顔とか初めて見たけど、可愛い〜! 写真で撮っちゃいたいくらい。ママ、今のうちに撮ってよ!」


 母が息を吐く音。

 その溜息は、疲労と微笑の中間にあった。

 

「まぁまぁ、それくらいにしておきなさい。下手に刺激しすぎると、後で痛い目を見るのは私達よ」

「えー……。ママがそう言うなら……」


 不満を滲ませながらも、明日菜は手を離してくれた。

 指先が肌から離れた瞬間、ほっとする。

 

 だけど一度顔に灯った熱は、すぐには冷めてくれないようだった。


「……満足しましたよね。もういい加減に座ってて下さい」

「分かった〜! 良い報告期待してるね!」


 妹はくるりと踵を返し、リビングのソファへ去っていった。

 彼女の背中を見送りながら、私は無言で息を吐く。

 静寂が戻ったかと思えば束の間――すぐに、別の気配が残っていることに気づく。

 お母さんはキッチンから近いダイニングテーブルの方に腰掛けた。


 ……ようやく難が全て去ったと思ったのに、今このタイミングでその席についたということは、お母さんはまだ、話を終わらせるつもりはないという意思の証拠だ。

 もう……本当にどこかへ行ってて欲しいのに。

 

 椅子がわずかに軋んだ後、お母さんが静かに私の背に声を投げかけてきた。


「茜、あなたが楽しそうに学校へ行けてるみたいで良かったわ」

「あぁ、はい」


 私はまな板の上の人参を、必要以上に細かく刻みながら、曖昧に返す。

 刃が木を叩く音が、会話の終わりを告げてくれると思っていた。

 だが沈黙は続いてくれなかった。

 

「だけどね、私は心配なの。急すぎる変化だし……もしかしたら茜が、不登校以上のことをしてしまうんじゃないかって」

「あの……つまり何が」


 私の疑問に母は手を組んだまま、穏やかに、しかし絶対に逃げ場を与えない眼差しで告げた。


「――単刀直入に言います。ひと月以内にその友達を家に連れてきなさい。拒否は許さないわ」


 ――時間が止まった。

 鍋の湯気さえ、世界から取り残されたみたいに静止して見えた。


 私はゆっくりと後ろに振り返った。

 するとお母さんは、微笑んでいた。

 目尻に柔らかい皺を寄せて、慈愛に満ちた笑顔で。

 

 この顔からして、冗談で言ってないのは理解した。

 

「は、はぃぃぃぃいいいい???」


 思わず声が裏返ってしまった。


 ひと月――30日以内に月宮さんを家に呼べと、お母さんは言っているのだ。

 それも真剣なトーン且つ笑顔で。

 頭おかしいんじゃないだろうか。


「何を理由にそんな事を私がしなきゃいけないんですかっ!?」

「理由ならいくつかあるわ」


 半ば叫びながら問い返すと、母はテーブルに指をトントンと軽く当ててから、落ち着いた声で言い始めた。


「まず一つ目は、茜が急に変わりすぎたこと。それが前と後で線が引けるくらいに、はっきりしていること。二つ目はあなたが以前、不登校になったことがあるという現実。三つ目は私はその初めてできた友達とやらを全く信用していないこと――とか」


 母の視線が私をじっと捉える。

 そこには親の勘というより、長年積み上げられた経験と怯えが混じっていた。

 

「いやいやいや。例えお母さんと言っても、友達関係に口出しされたくないですよ!」

「まぁそうでしょうね、それが当然の反応よ。でも、あなたは人間関係を理由にして、一度不登校になってる。もしその友達が茜を大きく傷つけたり裏切ったりするような事があったら、あなたはどうするの?」

「……別にどうもしませんよ。また不登校に戻るんじゃないですか?」

「本当にそれで済むのかしら? その早くて怖いくらいの入れ込みようだと、私はとても心配になってくる。もしかしたら――その友達を自分の手で殺すか、茜自身が自殺を図るんじゃないかって」


 …………もう、今日は厄日かッッッ!!!!

 なんで夕飯の支度中に、この超ガチな話し合いをしなきゃいけないんだろうか。

 これはもう夕飯の味がしないの確定コースだ。

 心配してくれるのはありがたいけど、結構本当にいい加減にして欲しい。


 というか自殺はまだしも、私が月宮さんを殺す?

 アイドルの追っかけじゃあるまいし、私がそんなことをするとかありえない。

 そんな事をしてしまっては、自分の手でシオンちゃんを消すのと変わらないじゃないか。

 

 ……よく考えてもまず無い未来だと思う――けど、お母さんは納得しないんだろうなぁ。

 

「何の権利があって、そんなことを強制されなきゃいけないんですかって……言いたいくらいですけどね」


 私は皿を並べながら、なるべく感情を押し殺した声で言った。

 皿の底がテーブルに触れるたび、カツン、と乾いた音が響く。


「う〜ん……」

 

 母は腕を組み、少し間を置いてから口を開いた。

 

「これを言うのは最低で卑怯だと分かってるけど、本当に心配してるから言わせてもらうわよ」


 嫌な予感がした。

 返事をする前に、母の言葉が突き刺さる。


「茜の学費を払ってるのは私で、お小遣いをあげてるのも私。それに親としての立場を使って、ここから引き下がるつもりはないわ」

「うーわ……」


 あらかじめ最低な発言をすると言って保険を掛けるにしても、言っていい事と悪いことがある。

 そのやり口の卑怯さは、もはや芸術の域に達していると言っていい。

 それを盾にされてどれだけの子供が反抗出来るのだろうか?

 もはや、私の敗北は決定してるようなものである。


 流石私の母親、やる事が最低だ。

 

「分かりましたよ、分かりましたっ!! 30日以内に月宮さんを連れてきて、お母さんに紹介すれば良いんですね!」


 はぁ……もう。

 後でちゃんと一応、シオンちゃんの配信スケジュールを確認しておこう。

 平日に呼び出すなんてまず無理だし、土日とか配信が無かったとしても、仕事で県外に出てたりする可能性はあるだろうし、月宮さんが私なんかの為に時間を空けてくれるとは限らない。

 もし無理そうだったら、フェスで起きた出来事をお母さんにありのまま全て語る。

 これで事を終わらせればいい。


「ちなみにその子は男の子? 女の子?」

「女の子です!」


 私は苛立つを隠さず返事をした。

 

「あら、そうなの。なら1日泊めてあげるのも良いかもね」

「…………本当に言いたい放題言いますね」


 唇を噛み、私はまな板に残ったトマトの切れ端を片付けながら、沸騰しかけた頭を必死で冷やす。

 

 私は逃げるようにキッチンを出て、リビングのソファに座る妹の肩を軽く叩いた。

 彼女はヘッドホンを首にずらし、のんびりした声で返事をする。


「ご飯できましたよ」

「はいはい〜」


 そして三人で、いつものテーブルについた。

 台の上には、カレーライス、トマト、鮭、その他色々とおかずを並べてある。


 ……しんどいのは見た目はしっかりしてるのに、全く食欲がそそられないところだろう。


「ふふふっ。楽しみね」


 母が箸を取る前に言う。

 その“楽しみ”という単語が、胃に重く沈む。


「…………」

「え、何が?」

「茜の入れ込んでる子が、家にお泊まりしにくるのよ。楽しみになってくるでしょ?」

「えぇぇぇぇえええええ!!!」

「……………………いただきます」


 私は先に一人でカレーライスに手をつけ、一口目を咀嚼した。


 ……あーあ。

 やっぱり味がしないや。

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