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【百合】人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。  作者: 中毒のRemi
終章 決して届くことなき憧れの人

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第97話 花火大会

 時間は無情にも過ぎ、花火大会当日の十六時三十分。

 私はといえば――


「行きたくない、行きたくない、行きたくなああああいっ!!」

「……茜、いい加減にしなさい」

「お姉ちゃん、それは流石にダサすぎるよ……」


 二日前のあの烈火のようなモチベーションはどこへやら。

 私のモチベは完全に消えていて、カーペットに転がっていた。

 あの日は声高に『こっちから行ってやります』みたいな感じに言っちゃったけど、日が経ってしまえばやる気もなくなってしまうというもの。


 おまけにSNSはどこを開いても【シオンはアカリの心を無事、射止めるか!?】だの【公開求婚の行方】だのといった見出しで溢れかえっている。

 こんな低俗な話題で盛り上がれる連中は、全員まとめて地獄の業火に焼かれればいい。

 

 あんな独善的な配信をしたというのに、ネットの空気は詩音さんを応援するムード一色だ。

 私に同情する声や彼女を叩く勢力も皆無ではないが、圧倒的な純愛の物語として世界は彼女を後押ししている。


 もちろん面と向かって否定してやりたい気持ちはあるけど、こんなネットの状況を見るとやる気が落ちる一方である。


「流石にあそこまで人前で体を張った詩音の気持ちも、ちょっとは考えてあげるべきなんじゃない?」

「そうそう」

「はぁ? あんなの……全校集会で告白する馬鹿と何も変わらないですよ。…………された側から、すればただただ迷惑です」

「でもその手の迷惑者と違って、今回はお互い両想いだよ。捻くれてないで一回くらい会いに行けば良いじゃん。詩音さんもこれで最後にするって言ってたんだし」

「うざ〜……」


 妹の気色悪い発言にイラつきながらゴロゴロしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

 明日菜が様子を見に行き、戻ってきた彼女の背後から、お婆ちゃんがのそのそとリビングへ入ってきた。


 私は反射的に溜息を吐き、姿勢を正してカーペットの上で正座した。


「お婆ちゃん……」


 今のお婆ちゃんを相手してられるほど、こっちは余裕がないので顔を合わせたくなかったんだけど……何故二日前に続き今日もやってきたのだろうか。

 そしておまけに何か入った袋も持ってるし。

 

「詩音、これに着替えな」


 お婆ちゃんは有無を言わさぬ口調で、袋を差し出した。


 服か。

 幼稚園から小学生くらいまでは、お婆ちゃん好みの服を着せられた覚えがある。

 

「……こっちは昔と違って、お人形さんになるほどの余裕とかないんですけど」

 



 ---




「可愛いいいいいぃぃぃ!!! お姉ちゃん、グッドッ!!!」

「……ヤバいわね、これ。あまりに似合いすぎてる」

「うむ」

「……………………………………」


 渋々ながら袖を通させられたのは、見事な意匠の浴衣だった。


 家族の視線が痛い。

 照りつける午後の日差しより、家族の目の方がよほど刺さる。

 

 鏡の中に佇む自分は、どこか遠い世界の住人のようだった。

 藍より少し黒に寄った地に、白銀の線で描かれた菊。

 主張は控えめなのに、輪郭だけが妙に鮮やか。

 帯は深い紅で、結び目に小さな金糸が潜んでいる。


 白髪が浴衣の闇に溶けかけて、そこから浮かび上がるように赤い目が残る。


「その格好で行け」

「え?」

「花火大会の話よ、茜」

「こっ、この服装で行け、と……?!」


 冗談ではない。


「そもそも私は行き――」


 そこから先を言おうとした時、明日菜が電光石火の速さで背後から私の口を封じた。

 そのまま、ずるずると部屋の隅まで引きずられていく。


んむむむむ(何するんですか!!)!! むむむくむ!!!(手を離してください)

「……いい、お姉ちゃん? お婆ちゃんは謝罪してるんだよ?『この前は言い過ぎた。この服買ってきたから機嫌直して欲しい』って」

むむむむむ(知りませんよ)!! むむむむ(そんなこと)!!」

「お姉ちゃんは、お婆ちゃんが絶対に口で謝罪しない口下手だって理解してるでしょ?『ここで行きたくない』なんて言ったら気遣いが無駄になるんだから、嫌でも大人しく『ありがとう』って言っとこうよ。っていうかお願いだからそうして!」


 ……余計な世話を焼かれたものだ。

 こんなことになるなら、あの時大人しく部屋に引き籠もって、お婆ちゃんのことなど無視しておけばよかった。


むむむむ(分かりましたよ)……」


 抵抗を止めると、明日菜はようやく私を解放した。


「はぁ……」


 一つ深く溜息を吐き、私はお婆ちゃんの前に立って、静かに頭を下げた。


「浴衣、ありがとうございます。これで詩音さんに会いに行ってきますね」

「あぁ、ワタシも言い過ぎた。すまんかった」

「!?」

「えぇ……」


 お婆ちゃんは頭こそ下げなかったものの、確かに自らの過ちを認める言葉を口にした。

 私がこの家で生きてきた中で、初めて耳にする謝罪だったかもしれない。


「…………」


 それくらい昨日のことが衝撃的だったのだろう。

 ……まぁでも、お婆ちゃん視点に立って考えてみれば、ああやって言いたくなるのも仕方ないか。

 可愛いがっていた孫には、まともに育ってほしいと思うものだろうし。


 だとしても、今の私はこれ以上お婆ちゃんの期待に応える気もないし、詩音さんの想いも今からぶった斬りに行くのだ。

 

「さて……準備できたみたいだし、みんなで久しぶりの花火大会に行っちゃいましょうか」




 ---






 車内の重苦しい沈黙を、窓の外に続くテールランプの赤い列がちかちかと煽り立てる。

 私はつけてくるよう言われた眼鏡の持ち手を弄りながら、到着を待つ。


「着くのおそ〜い」

「知らないわよ、私に言われても。……いつもなら車とすれ違ったりしないくらいの田舎道なのに、この日だけは話が変わるのよね〜。もっと早く家を出ればよかったんだろうけど……」

「誰かさんが駄々をこねて遅らせたせいだ!」

「私を刺してくるの、やめてくださいよ」

 

 山道に入ったあたりから、車は牛歩のような速度に成り果てた。

 ようやく辿り着いた臨時の駐車場でドアを開けると、夏の夕暮れ特有の湿った草木の匂いと、微かに混じるソースの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「私とお婆ちゃんは少し車の中でゆっくりしてから行くわね。茜と明日菜は先に行ってなさい。後でレジャーシート張って座ってるから、頑張って私達を見つけなさいよ」

「は〜い!」

「……歩きにくい」

 

 慣れない下駄の音をアスファルトに響かせ、私は車外へと一歩踏み出した。

 藍色の浴衣は沈みかけの陽光を吸い込んで、私の白い肌を透き通るほどに際立たせている。


「流れでこの格好で来ちゃいましたけど、家族で私だけ浴衣って変じゃないですか?」

「似合ってるんだからそんなの全然関係ないでしょ! それに歩いてる人の中に浴衣で来てる人もいるし、気にしない、気にしない♪」

 

 すれ違う見知らぬ人たちの視線が、熱を持って肌を焼くのがわかった。

 

 ……やはりこの髪色で浴衣はとても目立つ。

 せめて普段着でここに来たかった。

 

「ほらお姉ちゃん、シャキっとして! せっかく綺麗なんだからさ」

「……シャキッとするのに、容姿の良し悪しは関係ないと思いますけど」


 明日菜に背中を叩かれ、私は渋々と顔を上げる。

 目の前にはかつてスキー場だったという、広大な斜面が広がっていた。

 

 本来なら静寂に包まれているはずの山肌は、色とりどりのレジャーシートで埋め尽くされ、街灯の下には、どこから湧いて出たのかと思うほどの人が溢れかえっている。

 坂道に沿って並ぶ屋台の電球が、ポツポツとオレンジ色の灯を点し始めていた。

 その温かな光に照らされた人々の喧騒が、これから始まる非日常を急かすように鼓膜を揺らす。


「ちょっと! どうしてまだ明日菜が私に着いてきてるんですかっ!!」

「だって詩音さんとお姉ちゃんが、どんな話するか気になるし。それにこんな綺麗なお姉ちゃん、他の男が放っとかないだろうから、護衛は必要でしょ?」

「それっぽく理由立てしてついてきたいようですが、こっちは一人で充分です。詩音さんと話すのに明日菜に隣にいられたら、集中できません」

「え〜、昔のお姉ちゃんだったら、自分から『お願いだから絶対に私から離れないでください』って言ってたのに。このケチ」


 気力が削がれる。

 ここでこの馬鹿を放置すると、後で隠れながらついてきそうだ。

 興味を他に割いておいた方が、得策だろう。


「……貴女、結構な数の友達がいるタイプですよね? 中学生ならそこらへん歩いてたら知り合いにも遭遇できると思いますよ」

「お姉ちゃん…………それは本当にそのと通りだよ!!!」


 私の意思を汲み取ってくれたのか、あるいは単純にそのゲーム性が気に入ったのか。

 明日菜はパッと顔を輝かせた。


「何人の友達とすれ違えるか、数えてくる〜!!」


 そして彼女は人混みの向こうへと駆けていった。


「明日菜が馬鹿で助かりました。……まぁ、これには私も含まれるんですけどね」


 知り合いには会いたくないものである。

 特にクラスメイト達。

 こっちは何も言わずに黙って消えていったので、会ってしまったら気まずい。

 なかでも詩音さんをブロックするついでに、坂本さんまでブロックしてしまったし、彼女にあったら何を言われてしまうだろうか。


「そうなったらそうなったで、仕方ありませんよね。会ってしまったら謝るとしましょう」


 ここまできてその程度の理由で、逃げるなんてできない。

 私はお婆ちゃんが用意してくれた深い紅の帯を一度きゅっと指先で確かめ、帯の中から眼鏡を取り出し、身につける。


「これをつけたところで詩音さんが映るわけないんです」


 だから私が見つけるのではなく、私が見つけられる側。

 なので見つかるまでは適当に歩いていることにしようと思う。


 私は重い足取りで、屋台が並ぶ祭りの渦中へと足を踏み入れた。




 ---




「……いつになったら、私のことを見つけてくれるんでしょうか」


 人混みの中を彷徨い始めて、もう10分は経っただろうか。


 この会場は屋台の数こそ多いが、敷地自体はそれほど広くない。

 中央の建物を境に、左右の広場で屋台の種類が多少変わる会場である。

 今歩いているのは左の道路沿い。

 

 屋台だけぐるっと回るなら、そう時間はかからない。

 だから割とすぐ見つけられると思った。

 広場側にいるなんてないだろうし。


「ここを越えていなかったら、境界線の右側に行――」


 そう独り言を言っていた時だった。

 突如私の後頭部を、ベチンッ! と叩かれ、眼鏡が顔から落ちかけた。

 この力強さで叩いてくる人は、基本的に詩音さんか弦巻さんの二択。

 私は落ちかけた眼鏡を掴み取り、本来の視界で横を見た。


 だが、そこにいたのは見知らぬ茶髪の男だった。

 男は私に一瞥もくれず、ベビーカステラの袋を片手に、雑踏の中へと消えていく。


「はぁぁぁああああっっっ!!!?」


 突然のことに声をあげて頭が沸騰しそうになる。

 誰とも分からない知り合いでもない男が、私の後頭部を叩いていったのだ。

 まさかこのイベント事でナンパでもなく、通り魔の類に遭遇するとは思わなかった。


 感情任せで反射的にその背中に殴りかかってやろうと足を震わせたが――男は雑踏に紛れる直前、背中越しに、親指で一つの方向を指し示した。

 その先にあるのは、境界線となっている建物付近。


「…………一旦見逃してあげますよ。次私の視界に入ったら、覚悟することですね」


 私は小さくそう呟き、男が指した方向に向かって歩いた。


 人混みを裂くように歩いていく。

 視線は降り注げど、不自然なほど私は誰にも話しかけられなかった。

 まるで他人が自分から避けて歩いているように。


 私は進む。

 白いモヤ達を気にすることもなく、ただ悠然と歩く。

 私の横を歩く有象無象を見下すように。

 

 そして建物の境界を越え、右手の屋台が並ぶ路地の角を曲がろうとした、その刹那だった。


「――っ!?」

 

 建物の縁、地上から一メートルほど高い石段。

 そこに腰を下ろし、冷ややかな視線で私を見下ろしている女の子。

 他の白いモヤ達(他者)とは一線を放つ空気を放ち、眼鏡が作り出す虚構の視界を真っ向から拒絶し、そこには血の通った完璧な人間の姿が映し出されている。


 夜の闇を溶かし込んだような黒髪に、仄かに混じる青の光。

 白のシャーリングブラウスが柔らかな肩の輪郭を際立たせ、活動的なショートパンツから伸びた脚が、夏の夜の熱を誘っている。

 

 私と視線が合った瞬間、彼女は一度だけ大きく目を見開いた。

 だがその驚きは瞬時に、溶けるような満面の笑みへと塗り替えられる。

 

 彼女は軽やかにそこから飛び降り、私の目の前へ、音もなく着地した。


「しおん……さん」


 一顧傾城、傾城傾国、閉月羞花。

 古より美女を称える言葉は数あれど、それらすべてが、目の前の鮮烈な実存を前にして霧散していく。

 私はただ彼女を凝視したまま、思考の一切を停止させてしまった。


 久しぶりに見た彼女はどことなく不安気な空気ながらも、それを私ごと覆うような熱を感じた。

 

「あ〜あ、見つかちゃった!……上手く隠れてたつもりだったけど、流石にその眼鏡を使われちゃうとバレバレだよね」


 ……言ってやりたい事があった。

 これまでの不満をぶちまけてやりたい気持ちもあった。

 だから詩音さんに会ったら、その場でそれを全て吐き出して終わりにしてやる!


 そう考えていたのに……

 

「だって……詩音さんは…………私の、大好きな人ですから…………」


 それを差し置いて私の口から出た最初の言葉は――どうしようもない程、自身の欲求にまみれたものだった。

◇あとがきです。

もしかしたらカクヨムの方に合わせて、タイトルを【人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。】に変更するかもしれません。

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