朱雀、目を合わせた。
御前試合、進出。
一回戦 田中有紗(朱雀) VS 蓮
田中有紗。これが私の今の名前だ。
でもこの任務が終われば、この“田中有紗”という名前は元の持ち主に返される。
まあその“元の持ち主”が処刑対象にならなければだけど。
今はその下っ端クソ雑魚のことを考えるよりも目の前の対戦相手のことを考えたほうが良さそうだ。
ベンタに拾われた少年、蓮。
任務の資料にはそう書かれてあり、戦闘能力も今までの下っ端とは違ってそこそこ強いらしい。
ベンタの三人衆に拾われ、ベンタの三人衆に育てられた、言わばベンタの作った戦闘兵器ってところか。
三人衆や蓮がそう思っているか、は定かでは無いが客観的に見ればそう思えるだろう。
でもこれを私たち、青龍や玄武、白虎、私は何も言えない。
だって私たちも所詮同じなんだから。
私たちも元々は殺し屋という正義の元で人を殺すという使命のもとマスターに引き取られた。
けれど私たちが感情のない戦闘兵器にならなかったのは、マスターや私たちがちゃんとした人間だったからだ。
人間として、悲しく思うことも嬉しく思うことも愛しく思うことだって知っているから、マスターがそうしてくれたように、私たちも感情を心に宿すことが出来るようになったから。
悲しみに暮れていた、自分自身への憎悪ばかりを胸に抱いていた孤独の時間を埋めるほどの、暖かい時間をマスターや青龍たちにもらったからだ。
私が蓮を指名した理由。
彼に聞きたかった。
今まで何の繋がりもなかった、繋がるすべもなかった彼と私。
だけど、きっと彼も心に感情を宿してる。その感情の中に幸せや愛しさを持っているのか、
拳を交えて知りたかった。
きっとそんな暖かい感情を持っていなくても、私は何をすることもできないかもしれない。
だけど、マスターが教えてくれた相手を想うことなら知っている。
「蓮さん、ですよね。よろしくお願いしますね」
彼が試合初めの立ち位置に歩き出したのを見計らって、歩幅を揃えて横に並んだ。
一応距離は縮めていて損はないと判断したので、ニコッと人当たりの良さそうな笑みを貼り付けて話しかけた。
「…俺はよろしくするつもりはねえぞ。すぐ決着をつけてやる」
あれ、結構いい性格してるみたい。痛くないようにすぐ倒してあげようかな。
「ええ。でも私も負けるつもりはありませんよ?私が勝つんです」
「それが口だけじゃなきゃ良いんだがな。少しは楽しませてくれよ、ぶりっ子女」
…前言撤回。じわじわいたぶり続けてやろうかな。
スタッフから全員分の対戦相手が決まったとの報告があったので、私たちは立ち位置についた。
みんなが少し離れたところから私たちを見ている。少し目線だけを向けると青龍が真顔のまま頷いてくれた。
そうよね、ちゃんと自分のやるべきことをしなくちゃいけない。
スタッフが襖の横で無機質な声で述べた。
「それでは御前試合本戦、第1試合開始」
蓮が走ってくる。目で追える位の速さ。不本意だが、ヤタさんより遅い。
左手で大きく振りかぶった彼。取り敢えず避けて背を彼に向けた。
顔を彼に向けてくるりと一回転して空間を目に入れた。
両腕に巻いている朱色の帯に挿していた2本の扇を同時にさっと開いた。
金色の下地に鮮やかな赤色な伝説の神獣・朱雀が描かれている9寸の大きめの舞用の扇。
この扇は特殊な生地で作られていて、ある程度の攻撃では破れないし、ガラスの加工をしているので
攻撃するのにはうってつけ。けれどこれを使う理由はまた他にある。
これを使う一番の理由は私の戦闘スタイルに関係する。
私は腕力も無ければ、毒や特殊武器の専門的な知識や才能があるわけじゃない。
けれど、踊ることや表現することは人一倍好きだった。
血反吐吐くまで筋トレをしたこともあった。
でも、青龍や玄武や白虎と同じ量のトレーニングを続けていても皆んなみたいに筋肉がつかなかった。
マスターや青龍たちは私に気にすることはないと言ってくれたけど、私が許せなかった。
だから私は、出来ることをしたい。そう思って始めたのが、私だけの戦闘スタイル。
試合会場は私の舞台。試合相手は共演者。彼にその気がなくても。
私は集中力を高めるために扇を2つとも口元に添え、目を静かに3秒だけ閉じて、目を開くと同時に蓮の横を通り過ぎた。
そう、周りには見えるだろう。けれど蓮の横を通り過ぎると同時に小さな切り傷を作るように細かく刻んだ。殺してはいけないようだったから。いつもの処刑案件ならこれで死ぬように深く切り刻んでいた。
私が通り越して1秒後、蓮の体からは血が吹き出した。
蓮自身も、もちろん周りの青龍以外の人たちも驚いた顔で私を見ていた。
青龍に至っては少し自慢げに私を眺めていた。いや、そんな顔してたら潜入していることバレるって!
襖の影が視界の端に映った。
ガタイの大きい男の影は少し動揺したように体が揺れている。
女の子らしい影は手を口元に持ってきているような影。息を呑んでいるのか。
真ん中の小柄な人の影。微動だにしない。
これだけで分かる。この人たちの関係性が大まかに。
ガタイの大きい男が蓮の育ての親。
女の子は、恋人または友人か。前者だった場合、蓮に恋愛感情が芽生えてるということの方が私的には驚くのだが。
小柄で男か女か分からない人は、きっと心底どうでもいいと思っているのだろう。蓮だけじゃない。私のことも、ここにいる誰にも興味を持っていないように見える。
心配したり、憐れんだり、怒ったり、そういう感情を抱かれるよりも彼にとっては怖いでしょうね。
だって自分を育ててくれた人が自分に失望されたと思い込むから。
私だって、青龍に、玄武に、白虎に、マスターに、そんな感情を向けられたら死んでしまうかもしれない。
蓮に向けて憐れむような感情を宿しながら、私は反撃しようとしてくる蓮と向き合った。
蓮は拳を構えて、私の方に走ってくる。さっきの攻撃よりも速度が上がっている。
私も蓮に向かって走る。扇で攻撃を交わしながら、蓮を殴るが、避けられる。
攻防が続き、私たちは少し離れて息を整える。
初めてそこで蓮と目があった。
そして誰にも聞こえないような声で蓮に語りかけた。
「ねえ、蓮さん。何であなたは人を殺めるのですか」
彼は、私の方を少し目を見開いて見つめて、
何かを口にしようと口を開いたが、躊躇うようにその長いまつ毛を伏せて口を閉じた。
彼は目を開くのを見計らって私は彼の懐に走った。
「あんたは、馬鹿だよ」
だって、意味もなく人を殺すなんて普通の人間には到底できないはず。
殺人をした人の後の心理は、まずその殺人の意味を頭で整理し、自分は悪くないと思う。
そして、問い詰められると言い訳や状況を洗いざらい自分の都合が良いように話すのだ。
けれど、蓮は、彼は、こんな意味のわからない質問に言い訳をするわけでもなく、
怒るわけでもなく、自分の中にあるどうしようもない罪悪感や怒りや悲しみが煮詰まったような気持ち悪い感情を吐き出してしまえばいいのに、わざと自分で飲み込んだ。
私が扇で攻撃しようとすると、蓮はそれを片腕で止めた。
「何で、お前は…っそんなことを聞くんだよ…!」
上から片腕で扇を止めながら私の顔を見ながらそう絞り出すように呟いた蓮の顔は、
悲しみで溢れていた。




