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2ー⑤ あの夜と『本』のこと

「あの夜、王宮の大広間に突然、帝国皇帝が現れた。父上も、そして俺も闇魔法で広間の守りを固めていたのにだ。守りは厳重だったはずだ……それでも帝国皇帝は何でもないかのように広間に入ってきた。父上は、すぐに魔法で戦おうとした。だが……」


 アルベルトは一度大きく深呼吸をした。


「父上は、帝国皇帝によって、いとも簡単に()()()()


「ちょっと待って? 殺されたって何? お父様は魔法の戦力利用の代償により死んだのではないの?」


「違う。実際は、帝国皇帝に殺されたんだ」


 殺された? 想定外の事実にフリージアは顔から血の気が引いていく。どのみち魔力の戦力利用の代償により、命はなかったのかもしれない。しかし自ら覚悟を決めて死ぬのと、殺されるのでは訳が違う。


「『月の本』に書かれていた内容だと、本来女神の魔力は対等で一対一で戦ってどちらかが殺されるなどありえない」


「でも、確かにお父様は皇帝が使った魔法で殺されたのよね?」


「だからその時、帝国皇帝が使っていた力は、女神に由来しない別の力なのではないかと考えている」


「別の力って、いったい?」


「『月の本』には、黒魔法の存在についての記載があった」


「黒魔法……?」


 背筋がひんやりとした。


「その昔、女神は従者と供に黒の魔王を封印したことは知られているだろう? その魔王が使っていたのが黒魔法だったらしい。『月の本』にはその力が人の道を外れた魔法とも書かれていた」


「人の道を外れた魔法……お兄様は皇帝が黒の魔王だと思っているの?」


「そういう訳ではないが、少なくとも使っていた力は黒魔法ではないかと考えている」


 フリージアは、先ほど広場で感じた禍々しいオーラを思い出した。思い出しただけで気を失ってしまいそうなあの強大な力。あれが、黒魔法なのだろうか。


「今日、広場のスピーチの時……」


「あぁ、お前も感じ取っただろ。皇帝の使う魔法の異質さを」


「あれが黒魔法?」


「『本』には黒魔法を封印する方法についての記載があるが、なんせ『本』は三分割。『月の本』には、黒魔法が存在するということと封印の方法が残りの『本』の何処に書かれているのかだけしか記載されていなかった」


「だから『本』を探さないといけないのね。黒魔法を封印するために」


「あの力の前では、我々は無力だ。あの力は恐ろしい」


 アルベルトは皇帝のそばで、どんな一年を過ごしてきたのだろうか。今日いつもと同じように振る舞っていたけれど、兄だって生身の人間だ。表に見せないだけで、お父様亡き後、重たい重圧に必死で耐えているのかもしれない。


 フリージアは呑気に綿菓子を楽しんでいたことを心の中で反省する。


「フリージア、この国のどこかにある『太陽の本』を探せ」


「『太陽の本』……でも『花の本』も必要なのよね?」


「『花の本』は俺がなんとかする。でも帝国内で、皇帝に近い俺は動きづらい」


「わかったわ。絶対に見つけて見せるわ」


 どこにあるのか全く見当もつかない。絶対なんて言い切れるものではないけれど、絶対にやらなきゃいけないことである。


「ちなみに……『月の本』はどこに保管してあったの?」

「昔から王族の霊廟に置いてある」

「そうなのね……」


 そういえば王族の霊廟は驚くほど警備が厚かった。フリージアには知らされていないことは多くあったのだなと寂しく思う。でもそれは過去の事。これからは様々な事を知って、役に立ちたい。


「だが、『本』は見つけられても、それを開くことはできないかもしれない」

「どういうこと」

「『本』は厳重に保管がされているだけでなく、『鍵』がかけられている」


 思い当たる『鍵』があった。今日ももちろん肌身離さず、首からぶら下げて、服の下に隠してある。そう、お父様から託された国宝の『鍵』である。


「『月の鍵』はフリージアが持っているだろう」


 国宝の『鍵』にそんな役割があったとは。そして『鍵』を私に託したということは、お父様はそれだけ私を信頼したということだ。


「『本』だけでなく『太陽の鍵』も見つけないといけないということね」


 できれば『本』と『鍵』が同じ場所に保管されている事を願いたい。しかし普通に考えればそんなことをするわけはないか。


 今聞いた情報を必死に脳内で整理していると、目線を感じた。アルベルトを見ると、少し微笑んでこちらをみているので、驚いた。


「なっ何?」

「本当に元気そうで良かった」


 ふふっとフリージアは自慢げに笑って見せた。片手に綿菓子を持っているので、どうにも締まらないが。


「でも……魔力の制限があまりできていないのではないか? 慎重に動け」


「はい……」


 帝国に暮らして最初は厳重に魔力を管理していたが、最近は気が緩んでいる事はわかっている。


「お兄様は今日よりもっと前に私の魔法の気配を感じ取っていたということよね……ならもっと早く会いに来てくれれば良かったのに」


 お兄様はまだフリージアを子供だと思っているのだろうか。


「お兄様、私はもう成人で、もし成人でなかったとしても、王女であるからには使命があるわ」


「そうだな。お前は立派な王女だよ。今この国の魔力保持者は皇帝ただ一人と言われているが、警戒は怠るな」


「わかったわ」


「後、甘いものはほどほどにな」


 アルベルトは再び綿菓子に目線を向けると、悪戯な笑顔で言った。


「――っつだから、これは町娘に溶け込むための小道具で。もう、ひどいわ!」


 そういうとアルベルトは顔をクシャッとさせて笑った。

 揶揄(から)われても昔に戻ったようで、今日だけは嫌な気はしなかった。


「フリージア」

「何?」


「しっかりと考えて慎重に行動しろよ。これは遊びじゃないんだ」


「わかった」


 アルベルトはフリージアの頭にぽんと手を置いた。


「お誕生日おめでとう」


 フリージアの誕生日は、家族との思い出がたくさん思い起こされるが、父の命日にもなってしまった。

 アルベルトの手は大きくて、安心感があり、複雑な思いもどこかへ消え去ってしまいそうだった。

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