2ー④ お兄様との再会
西通りから人通りの少ない路地へと入った。エリーに貰ったピンクと水色の綿菓子を食べて思わず頬が緩む。メガネに綿がつきそうで邪魔だ。最近は毎日メガネをかけているのに、メガネはなかなか馴染まない。
その時、急激に周囲が暗くなるのを感じた。同時に濃紫の霧が立ち込める。
闇の魔法の気配。
その気配を感じて、一気にホッとした。これは良く知っている気配だ。闇魔法の気配が最も強い一点を見つめていると、そこに徐々に人影が表れた。
現れたのは兄、アルベルトだった。
路地を通る人はまるでこちらが見えていないかのように横を素通りしていく。これも闇魔法の力だ。闇魔法はワープや隠し事、諜報活動に優れた魔法である。
「本当にお前は、感覚で行動するところがあるよな」
ニヤリと笑って揶揄うように言うアルベルトの様子に安心した。アルベルトに会うのはあの夜以来である。先ほど広場で皇帝の横に立つアルベルトの様子から、本当に会えるのか、どんな雰囲気になってしまうのか心配したが、杞憂だったようだ。
アルベルトの目線が、フリージアが持つ綿菓子に向けられる。
やばいと思い、手に持っていた綿菓子を、顔の位置から太ももの方に下げ、今更無意味だとはわかっているけれどアルベルトの視界に入らないようにならないかと試みてみた。
「これは、祝祭を楽しむ町娘を自然に演出するための小道具だから……ね?」
フリージアは一応伝えた。
「相変わらず、綿菓子が好きだな」
アルベルトはフリージアの手首を掴むと、綿菓子に口をつけ一口頬張った。
「ちょっとっ」
「甘いな、子供の頃を思い出すな」
「どうせ子供っぽいって言いたいんでしょ」
「ご名答」
アルベルトがははっと言って顔をくしゃっとしたので、少しだけ嬉しくなった。
「でも、お前らしくて安心した。綿菓子を食べられるほど、今は落ち着いているっていうことだろう?」
前と変わらない。時間が経っても、ここが太陽帝国であっても、変わらないものがあるのだ。
「本当にお兄様に会えて嬉しい」
心からその言葉を放つと、アルベルトは嬉しそうにした後に、真剣な表情に戻った。
「それで、今日は何か用事か? 随分と賭けのような作戦だったな」
「でもこうしてお兄様は来てくれた。賭けには勝ったでしょう?」
「まあ、可愛い妹の呼び出しだからな。でも本当は抜け出せるような状況じゃなかった。今日は祝祭で、一日を通して皇帝の側にいることを命令されている。あまり時間はない」
校庭の側で、アルベルトはどんなことをさせられているのだろうか。
「といっても、別に深刻な状況ではないけどな」
フリージアの表情が曇ったのを察知したのか、アルベルトフリージアの頭に手を置き、安心させるような言葉を続ける。しかしフリージアにも流石にわかる。もちろんアルベルトは要領が良いから上手いことやっているに違いないが、それでも今、深刻じゃないなんて決して言えない状況だろう。
「今、月の国では帝国軍が進駐軍として滞在し、実行支配しているのよね?」
国王を失い、王太子アルベルトも不在の月の国は父の側近だった宰相を中心にまとめているが、進駐軍の権力のもと、傀儡にすぎず、無理難題に苦労していると聞く。
「それに民は一定の暮らしは保証されているものの、でも実際には、高い税率をかけられ、その暮らしは楽とはいえないのでよう? 月の国の税率を上げて、帝国の税率を下げる。また月の国の特産品を優先的に帝国に流通させて、帝国は好景気……それで帝国民の現政権への支持率は異常なまでに高い……」
「よく調べているな」
「もう子供じゃないからね。このままではいけないとお兄様も思っているのでしょう?」
「あぁ……」
「私にできることがあれば言ってほしいの」
何もする必要はないと言われたらどうしようかと思った。必要とされないのは悲しい。フリージアは王宮を出てからこの国での暮らしを安定させるのに、一年もかかってしまった。でも、優秀な兄が一年も身動きが取れないのはきっと動けない理由があるからに違いない。
「フリージア、『本』を探してくれないか?」
「『本』?」
アルベルトは真剣な眼差しでフリージアの瞳を真っ直ぐに捉えた。
「『本』は女神と三人の従者との契約書だ。契約書は三分割され、花、月、太陽のそれぞれの国が『本』にして所有している」
アルベルトの説明によると、女神との契約書には、魔法の使い方や制限事項などが事細かに書かれているらしい。しかし『本』は三分割。全容を把握するにはそれぞれの国が保有している三冊すべてを読む必要があるというのである。
「『本』に魔法と女神との契約のすべてが書かれていることは理解したのだけれど、だからと言って月の国を取り返すために『本』が必要な理由がわからないのだけど……」
「あの夜のことを話さないといけないな」
あの夜が太陽帝国が月の国に攻め込んだあの日であることは明白だった。お父様の死は新聞などで代々的に報道されていたので知っている。でもその時のこと、最後のことフリージアも知らない。
知りたいとは思うけれど、知るのが怖いという思いもある。でも知らなければいけないことだとも思う。
「フリージアが城を出た後の事だ……」
アルベルトは喉に言葉がつかえているようだが、それでも話を始めた。