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2ー③ 出会い

 ――暇だ


 式典が終わってから一時間程がたった。

 太陽広場の中央にある噴水のふちにフリージアは腰かけた。あんなにたくさんの人が集っていた広場は既に人はまばらになっている。


まだお兄様が接触してくる気配はない。


フリージアはため息をついた。


そもそも接触して来てくれるという保証はどこにもないのだ。危険だとはわかっているが、体外に放出している魔力を少しだけ強めてみる。


 ――落ち着かない


 アルベルトを待っている間、出店で売られていたりんごを砂糖でコーティングした飴を食べてみたり、カステラを買ってみたりもしたが、いつもなら心が踊るのに、どうしてもときめかなかった。


 次はエリーのパン屋の出店がある西通りへ行ってみよう。フリージアはもう一度大きなため息をついて足元を見た。


「貴方は先ほどの……」


 急に近くで声が聞こえたので、驚いて顔を上げると、目の前にはミルクティー色の髪の青年が立っていた。うす茶の瞳はしっかりとフリージアを捉えているので、フリージアに話しかけていることは明白だけれども、念の為後ろも確認してみる。しかし背後にはライオン像を頂点にした壮麗(そうれい)な噴水があるだけだった。


 青年は陶器のような肌を持ち、優しさを含む同じ色の瞳には長い睫毛(まつげ)が影を作っている。可愛らしさと爽やかさを纏ったその姿は、まるでフリージアが昔読んでいた妖精の絵本の王子様のように思えた。


「突然話しかけ、驚かせてしまったようで、申し訳ございません」


 フリージアは青年の顔に見惚れてしまっていたことに気がつき、恥ずかしさで顔が赤らむ。

 だって、まるで絵本の王子様みたいだったから、と思ったが、そんな子供っぽい想像をしたことは心の中だけにこっそりと隠した。


「あの、私に何か?」


 そう言ってから、フリージアは青年の服に見覚えがあることに気がついた。


 青い高級感のある生地で(あつら)えたジャケットには金糸で刺繍が施され、ボタンも金色で鳥の紋様が見える。

 先ほど広場でぶつかった男性。確かあの男性もこういった服装をしていた。しかし、なぜわざわざ声をかけてくるのか。青年は、ジャケットの内ポケットに手を入れた。


――まさか、武器を出す?


 一瞬体が硬直したが、青年が出したのは水色のハンカチ――に包まれた、コンパクト型の鏡だった。


 フリージアは顔から血の気が引いていくのを感じた。青年の手の中にあるのは、間違いなくさっきアルベルトに合図を送るために光の魔力を込めた鏡だ。鏡からはまだ光魔力の残滓が感じられる。答えは明白だが、肩からさげているポシェットの中身も確認してみる。


 やはり鏡はない。

 どうしようと思ったが、もはや後の祭りである。


 焦りが伝わったのか、失くし物が見つかった安堵と取られたのか、青年はすこし頬を緩めた。笑うとさらに優しい雰囲気が強調されて、青年の甘さに呑まれてしまいそうだがそれどころではない。


「先ほどぶつかったときに落とされたので。どうしようかと思っていたのです。ここでまたお会いできて良かったです」


 青年は声まで甘くて優しい。


「あっ、ありがとうございます。助かりました。とても大切な物なので……」


 声が震えたらどうしようと思ったが、意外に普通の声が出て安心した。そしてフリージアはハンカチに包まれた鏡に手を伸ばした。


「大切なものなのでしたら、本当によかった。ところであなたは……」

「ルーカス様こんなところに」


 青年は何かを言おうとしたが、それを遮るツンとした猫のような声が青年の後ろから聞こえた。青年はわずかに反応したので、この青年こそルーカスなのだろう。


 青年の肩越し数メートル後ろから、赤い髪に赤いドレスの令嬢が近づいてくるのが見えた。後ろに護衛を連れているので、こちらも結構なご身分のご令嬢だろう。これ以上の関わり合うのは避けたい。


 フリージアは「失礼します」と大きめの声で青年に言ってから体の向きを変え、小走りで急ぎその場を後にした。


「あのっ」


 青年が呼び止めた声が聞こえた気がしたが、気が付かなかったことにした。


 出店が並ぶ西通りに入ってうまく人に紛れたので、さすがに追いかけてはこないだろう。小走りをしたせいで息が切れてしまったし、心臓もうるさすぎて飛び出しそうだ。魔法を含んだ鏡を落とすなんてなんて大失敗をしてしまったのだろうか。でもこの国の魔力保持者は皇帝ただ一人。きっと大丈夫なはずだ




「アリア!?!?」


 名前を呼ばれたので、声の方に目をやるとエリー、ではなくエミリエが手を振っていた。


「待ってたのよ、アリアの綿菓子すぐ作るからね」


 そういうとエミリエは綿菓子を作る機械に黄色の棒と砂糖を入れた。

 エミリエは器用である。家では姫様と呼び、侍女として敬語で話すのに、一歩外に出ると、アリアと呼び、くだけた話し方をする。


「あっエミリエの妹さんかい?」


 パン屋の店主だろうか、横から小太りの中年男性が声をかけてきた。


「妹のアリアです。姉がいつもお世話になっています」


 エミリエがこうして完璧に演じているのだから、それを台無しにするわけにはいかない。フリージアは帝国の町娘アリアである事を意識して言葉を使う。


「いやいや、お世話になっているのは私たちの方でね。妹さんの話もよく聞いていたから、やっと会えてうれしいよ。ああ思った通り可愛らしい妹さんだね。あっ好きなもの持って行っていいからね」


「だめですよ店長。アリアは甘いもが大好きで、何でもなんて言ったらたくさん貰っていって、食べすぎるんですから。どうせ既にいろいろとお菓子を買って食べたんでしょ」


 まだりんご飴とカステラしか買っていないし――とか思ったが、ここは大人しくしておく方がよさそうだ。


「今日はお祭りだから特別でしょ」

「まったく……はいアリア綿菓子できたよ」

「わぁ、綺麗な綿菓子」


 エリーが黄色の棒にピンクと水色のふわふわとした可愛らしい綿菓子を出してきたので、今までのやり取りなど忘れて綿菓子に手を伸ばした。

 どうして可愛いお菓子を見たら、子供のように嬉しくなってしまうのだろう。


「アリア、早めに家に帰るのよ」


 エリーが少し心配そうな顔をするのは、作戦について気になっているからだろう。アリアはピースをして、作戦は順調である事を暗に示した。エリーの表情が安堵のものに変わったので、アリアも満面の笑みで手を振ってその場を去った。


 エミリエの妹アリアを演じる事にもずいぶんと慣れてきた。むしろ家でエリーが姫様と呼ばなければ、どちらが本当の姿なのかわからなくなってしまいそうだ。このまま一生エミリエの妹アリアとして生きていくのも幸せかもしれない――そんな風に思う時もある。


 でも先ほど広場で聞いた月の民への仕打ちへの憤り、常に体に宿る闇と光の魔法の力、どこまでいっても月の国の王女として生き方はなくならない。


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