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1ー④ 王宮が燃えた夜


フリージアは片膝を床につき、右腕を曲げ、胸に当てて頭を少し下げた。


「陛下、王女フリージアは、王族として、この月の国の民を守るため、陛下と王太子殿下の命を受け賜わります」


 頭を下げたとき、間違っても頬に雫が(こぼ)れないように神経を尖らせた。しばしの沈黙の後、国王はゆっくりと低い声でうなずいた。

 国王は立ち上がり、フリージアに近づくと、首に何か重量感のあるものをかけた。


「それは国宝である。帝国に渡してはならない。フリージア。我らを代表して持っていてくれ」


 フリージアは頭を上げた。重みを感じる胸元に目をやると、手のひらほどの大きさの『鍵』が細い鎖を伴って首からかかっていた。


 フリージアはこの『鍵』を知っている。いにしえの契約の証、そして国宝として代々王家に受け継がれてきたものである。国を象徴する月と烏、そして紺と黄の宝石があしらわれたその『鍵』はずっしりと重く、まるで任せられた責任の重さのように感じた。


「かしこまりました」


 視界はぼやけているが、まだ涙は流さない。


「フリージア、もう行きなさい。一刻を争う」


 情を含んだ優しい声が聞こえる。これは国王としてではなく、お父様の声だ。


「お父様――」


 もう行かなければならない。だけど最後に何か伝えたい。こんな時、最後に選ぶ言葉は何がいいのか、全く思いつかない。こんな日が来るなんて思ってもみなかったし、考えたこともなかった。


「お父様、大好き」


 フリージアはそう言ってお父様に抱き着いた。大人扱いされたいと散々言っておいて、それがなんとも幼稚な言葉と行動であることは知っている。しかし最後に伝えたい一言は口から勝手に飛び出し、体も勝手に動いたのだ。お父様はフリージアの背中に手を置いた。アルベルトも近寄ってフリージアの頭の上に手を置いた。お父様の腕の中は安心する。ここにいれば間違いがない、大丈夫だと守られている感覚。


「フリージア、誕生日おめでとう。フリージアは美しく、優しい子に育ってくれた。自慢の娘だ」


 お父様の声が耳元で響く。ああ、嫌だ。ずっとこの時間が終わらなければいいのに。この温もりにずっと包まれていたい。


 しかしお父様は背中を優しく二回叩き、この時の終わりを促した。覚悟を決めて離れると、自分の頬が濡れていることに気がついた。泣いているなんて子供みたい。涙で濡れた頬を見られぬよう、すぐにお父様に背中を向けた。大丈夫、まだ涙はコントロールができている。


 広場後方の扉付近に、大きなリュックを背負い支度をして戻ってきたエリーと目が合った。フリージアはエリーのいる広間後方扉へと走った。振り返りたい。振り返ってもう一度お父様の腕の中に飛び込みたい。そんな感情が(まと)わりついてくる。でも絶対に振り返らない。


 エリーと合流し、広間を出た。もう振返っても、お父様もお兄様も見えない。


 廊下を抜け、そして王宮の裏口も抜けて、そのまま城が遠目に見える山まで、力の限り走った。



 やっと振り返って炎に包まれる王宮を見た時、やっと感情の糸が切れて、フリージアは声を上げて泣き崩れた。エリーもフリージアの肩に手を当て泣いていた。


 ふと頭に手をやると、月の髪飾りが手に当たった。お父様から誕生日プレゼントとしていただいたものだ。 


 月の形をした金細工の髪飾りは、花や星の透かし細工に黄と紺の宝石があしらわれ、繊細かつ主張しすぎない華やかさのある見事な品である。


 公務で忙しいはずのお父様がわざわざ時間を作って、この贈り物をしてくれたときのことが思い出される。

 お父様は片膝をつき「大好きだった姫の誕生日であり、デビュタントという人生で一番の晴れ舞台のために、どうか贈り物をすることをお許し下さい」と言った。


 それは大好きだった絵本の最終ページ、王子様が妖精のお姫様にプロポーズするシーンを再現しているのだということはすぐにわかった。お父様の国王たる威厳により放たれる堂々としたオーラと、頬を赤らめ照れくさそうにしているアンバランスさが可笑しくて――


 たった半日前のことだ。たった――

 

 代償の話が本当なら、お父様は――


 フリージアは髪飾りを外すと、手で握りしめた。


 月の国は満月のその夜、太陽帝国の配下に降った。王太子アルベルトは太陽帝国の人質として帝国へと連行された。


 

      光と闇の「月の国」 

      火と土の「太陽帝国」 

      木と水の「花の王国」

  

     その平和と均衡は崩れた。

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