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1ー③ 父との別れ

 広間には日付が変わった事を知らせる鐘の音が重たく響いた。たった今フリージアは十八歳になった。


 広間は明日デビュタントを迎える子息令嬢を祝福するために光のランタンなど華美な装飾が施されているが、もう意味をなすことはないそれらは、悲しげに映る。しかし、たとえ成人の証であるデビュタントがなくなろうと、フリージアはたった今成人となった。


 フリージアは玉座(ぎょくざ)の下に置かれた椅子に座り、両手を(ひざ)の上で合わせた。肩には侍女のエリーが手を置いているが、その手は(かす)かに震えていた。このまま目を閉じて、何事もない明日が来ることはないのだろうか? しかし、肩に乗った震える手、耳に届く轟音(ごうおん)、全てこれが現実であると示している。


 息をすることすらためらわれるほどに誰もが口をつぐんでいる広間に、遠くから徐々に近づいてくる重たい足音と、(よろい)が擦れる金属音が響いた。


 アルベルトは立ち上がると、足音のする後方扉に体を向け、剣を抜いた。広間には緊張が走る。


 数秒後、扉は大きな音を立てて開いた。


「皆無事か?」


 入ってきたのは父である国王だった。


 いつものお父様の外見はしているが、その紺色の瞳は見たことがないほど見開いて、憤怒(ふんぬ)の情が刻み込まれている。戦いが激しかったのだろう、黒い髪は大いに乱れていた。


 見た限り怪我をしている様子はなく、フリージアは安堵したが、父からは魔法の気配が(にじ)んでいる。[代償]、さっき聞いたその言葉が頭をよぎる。


 不安そうにしている様子が伝わったのか、フリージアの横を通る時、お父様はその大きく暖かい手をフリージアの頭に置いた。お父様の顔を見上げると子供をあやすようになやさしい笑みを向けられたので、緊張が解けていく気がしたが、それはほんの一瞬のことで、お父様はまたすぐに元の厳しい表情に戻り、フリージアから離れると広間前方の玉座に勢いよく腰掛けた。フリージアも背筋を伸ばし、次に放たれるお父様の言葉を待った。



「国家間の魔力戦争は勝敗がつかないとされてきた。しかし我々は圧倒的に不利であり、これ以上はもちそうもない。アルベルト、そなたがやるべきことは、わかっているな」


 お父様はやるべき事が何なのかは話さなかった。きっと普段から有事に備えてアルベルトと話をしていたのだろう。フリージアは疎外感ともいえる寂しさを覚えた。この国の成人は十八歳。たった今十八歳になったフリージアも、もう守られるだけの存在ではないはずである。


「お父様……」


 自分の存在を主張しようとしたが、それを遮るようにお父様が言う。


「フリージアそなたは今すぐ城を出ろ」


 フリージアは唖然とするしかなかった。


「そなたはまだデビュタントを迎えておらず、顔を知っているものはごくわずかである。今なら無事逃げおおせるであろう」


 お父様の言葉の意図がわからない。フリージアはいつ何時も民のためを最優先に考え、王族としての責務を果たさなければならないと考えてきた。つまり、この状況でいの一番に逃げるというのは選択肢としてありえない。そもそもそういう考え方をするようにと教えたのはお父様であるはずなのに、それなのに、逃げろというのか。



「お父様、私は、私は足手まといという事でしょうか」


 お父様は驚いたような表情をした後、少しだけやわらかい表情をしてからゆっくりと言葉を続けた。


「そなたにはこの国の王女としての責任を果たしてもらいたいがために、今城を出てもらいたいと思っている」


 お父様はまっすぐにフリージアの目を見ている。


「よいか、帝国の目的はわからない。奴らは火と土の国。火を用いて武器を作るのを得意としている。しかし今回は武器ではなく魔力を戦いに使ってきた。代償の話はもう聞いたのか?」


 アルベルトはゆっくりうなずく。


「そうか。つまり、代償を支払ってでも奴らは月の国を手に入れたい、潰したいと思ったということだ。この後我々が降伏し、これ以上の同胞の犠牲を防いだとして、その後はいったいどうなる? 

 奴らが我が月の国とその民に何をする気か、私には見当もつかない。もしも帝国の一部としてこの月の国を奴らが平和に導いてくれるのであればそれもよかろう。しかしそうでないのであれば、月の国の王族として、この国を取り返さなくてはならない――」


 真っ直ぐにフリージアを見つめる紺の瞳には有無を言わせぬ威圧感と威厳がこもっている。この言葉は父としてではなく、国王としての言葉なのだ。


「私は代償は(まこと)であると考えている。()()()()()()()()()()()()()()()からな。

 つまり、今宵、代償の報いを受けない月の国の魔力保持者はアルベルトとフリージア二人だけだ。さすがに我々が持つ闇と光の魔力を完全に失うわけにはいかないだろうから、帝国も二人共の命を取ることはないであろう」


 魔法を使えるのは、いにしえの女神と契約を結んだ従者の血を引くもの。つまりは三国の王族や皇族だけである。原理はわかっていないが、血が薄くなれば魔力保持者は生まれず、各国それぞれ十人を超えて魔力保持者が同時に存在したことはない。


 国王と三将軍が魔力を戦いに使った今、月の国がいにしえの女神から継承する光と闇の魔力保持者はアルベルトとフリージアだけということになる。


「つまり、私まで人質となれば、お兄様が殺される可能性があるということでしょうか」


「その可能性もあるな。

 もちろんそれを避けるために城を出るという意味合い確かにある。しかしそれだけではない。フリージア。そなたの顔を知るものはごくわずかであるからこそ、それは強力な武器になる。

 つまり、うまく逃げることができれば、自由に動ける重要な駒となりえる」


 お父様はまっすぐフリージアを見つめた。



「アルベルトを助けてくれるか」



 視界が意志とは裏腹にぼやけてきてお父様の表情はよく見えない。ただお父様は国王として、王女であるフリージアと話をしているのだ。であれば、月の国の王女として、答えは決まっている。

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