みかの場合 後編
あれから数日経った。
夫は何もなかったかのように、この家で平気で暮らしている。
あんなことをリビングでしていたというのに。
「みかー、今日もまだ寝ないのか?」
「うん……まだ結構仕事残ってて。時間かかると思うから、先に寝てて」
「ふーん。おやすみー」
夫に迫られるのも嫌で。
ましてや一緒のベッドで時間を過ごすことも嫌で、私は出来るだけ夫との距離を開けるようになっていた。
そして夫が寝室へ向かったのを確認すると、開いていたノートパソコンを閉じ、スマホに切り替える。
そう、あのゲームをやるために。
あれからかなり上達したと思う。
いくらでも湧いて出るゾンビたちを、私はただ無心に殺していく。
何体も、何体も、何体も、何体も……。
スリルを楽しめなきゃ、人生損してるですって?
こんなのがスリル? 全然……足りない。ゲームなんかじゃ。
ゲームの手を止め寝室を睨みつけると、閉まったドアの向こうから、イビキだけが響いていた。
◇ ◇ ◇
翌々週末、またいつものようにともが家にやってきた。
「お、ともちゃんだ」
部屋の隅で私はお香を焚きながら、その煙が上がるのをたたジッと見ている。
「おっじゃましまーす」
「いらっしゃい。今日はびっくりしたでしょ」
「ホントですよー。まさかお姉ちゃんからゲームの誘いがあるなんて」
私は上機嫌で部屋に入ってきたともに、笑顔を向けた。
「あれからハマっちゃって」
「あれ、なんか今日いい匂いする? お香?」
「そう、知り合いにもらったの」
「へー」
ともは一瞬、私が焚くお香に興味を示したものの、すぐに定位置である夫のすぐ隣に座った。
そしてタイミングよく、私のスマホが鳴る。
「あ、会社からの呼び出しだわ」
「こんな時間に?」
「ごめん、ちょっと行ってくる。戻るの今からだと10時過ぎるかも」
「えー。残念。大変だねー」
残念だなんて言いつつも、とものはいつもの笑みを浮かべていた。
「今日はどこでやります?」
「廃校とか?」
ゲームのコントローラーを持ち、どこまでも楽しそうな二人。
私は何も知らないフリをして、そっと家を出た。
最後にお香の煙をもう一度だけ見て。
そして私は外から様子が窺える位置にまで移動する。
中の様子なんて、カメラなど仕掛けなくともすぐに想像はついた。
私がいなくなったあと、嬉々として絡み合う二人。
お香の煙が強くなっていくことなど、二人は見えていない。
きっといつもより興奮して、激しく運動をしてくれているだろう。
問題はその先だというのに。
私は暗くなった道路で、時計を見た。
部屋を出てからちょうど一時間ほど。
私はオンラインゲームの戦闘シーンを思い浮かべながら、思わず笑みがこぼれる。
「すごい、本当だったんだ。あのお香に使われてるハーブの話。効果絶大ね」
揺れるカーテン越しに、二人が殺し合う姿が見えた。
そして暴れまわる大きな音も響いている。
海外でハーブを使用したお香が、幻覚作用を伴うため発売中止とスマホにも書かれていた。
「特に激しい運動の後は幻覚作用が強まるんだって。これかぁ、ともが言ってたスリルってやつ」
月だけが私を見ていた。
私は第一発見者となるために、ゆっくりと家に戻る。
「ふふっ。ハマっちゃいそう」
リビングにはいつか見たゲームの世界のような、二人の死体が転がっている。
そしてテレビの画面には大きくゲームオーバーと映し出されていた――