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みかの場合 中編

 ともは昔からああだった。

 嫌でも子どもの頃の記憶が(よみが)ってくる。


 子ども部屋でたくさんの散乱したオモチャたち。

 その中心で、私たちはたった一つのうさぎの人形を取り合っている。


「ヤダ。これはみかの! 離してよ」

「ヤダー。ともも、これがいいのぉ」

「ダメ!」


 私たちの騒ぎを聞きつけた母が部屋にやって来る。


「もう。お姉ちゃんなら、貸してあげなさい」

「だって……だって」


 お誕生日に買ってもらった大切なお人形なのに。

 なんで……なんで……。




 それにあれは中学校の頃だっけ。


「とも待ちなさいよ!」

「へ?」


 廊下ですれ違うともを私は呼び止めた。


「そのヘアピン私のじゃない!」

「いーじゃん。可愛かったから、ちょっと貸してよ」

「嫌よ」

「だいたい、アタシの方が似合ってるし」


 悪気なくともは笑いながら、家を出ていく。


 似合ってるからなんだって言うの?

 私のじゃない。

 しかも一言もなく、勝手に(あさ)って持っていくなんて信じらんない。


 でもどうせ母たちに言っても、また『お姉ちゃんだから』と言われるだけ。

 私はただ唇を噛んだ。


 それでもモノで済んでる時はまだ良かった。

 そう、あれは高校の時――


「先輩から、ともと付き合うことになったから別れてくれって言われたんだけど。どういうことなの?」


 私は勉強机にいた、ともに詰め寄る。


「どうって。アタシは別に何もしてないけどぉ? まぁ、アタシの方がお姉ちゃんより可愛いからじゃない?」

「嘘! 昔からそうよ。何でもかんでも、私のものばっかり欲しがってきたくせに!」


「またお母さんたちに言いつける? 意味ないと思うけど」

「もういい。卒業したら、こんなとこ出てく。あんたの顔なんか二度と見たくない!」


 あれからまともに実家に帰ったことなんてなかった。

 だっていつだって両親はともの味方だから。

 

 でもともも、もう21だし。

 昔みたいな癖はきっとなくなっているはず。

 そう思っていたけど……。


「んじゃ、ともちゃんまたねー」

「はぁい。フレ申請しとくので、お願いしまーす」


 手をヒラヒラと降りながら、ともは控え室から出て行った。

 

 胸騒ぎが止まらぬまま、式は始まる。

 最高になるはずだった日は、どこかどんよりとしていた。



     ◇     ◇     ◇



 そしてあの時の予感は、やはり嫌な形で当たってしまう。


 新居のリビングには大きな壁かけテレビがついていた。

 これはどうしても夫が欲しがったもの。


 ソファーに座り、大画面のTVにゲームを繋いで夫ははしゃぎながら遊んでいる。

 でも問題はそこではない。

 彼の隣にいる、ともだ。


 ゾンビに襲われながらも、キャーキャーと楽しそうな二人。

 イラっとするほど物理的に近い二人の距離感に、私はキッチンから怒りの視線を送っている。


 結婚式の後から、結局ともがゲームを理由に家に入り浸るようになってしまった。


「よし、セーフ!」

「ともちゃん上手! よっしゃ、仕留めた!」

「こんな簡単な罠にひっかかるとか、ウケる!」


 血を流し倒れるゾンビを見て、二人はハイタッチをした。

 私はそんな二人も、TV画面からも眼を背けつつ、テーブルに軽食を置く。

 

「なぁ、みかもやろーぜ。せっかく昨日キャラ作ったんだし」


 私の不機嫌さに気づいたのか、夫が私に手を伸ばす。


「私はいいよ」

「えー。そうなの? んじゃやろーよー。ここまで来てやらないとか、ノリ悪すぎじゃない? 旦那さんかわいそー」


 ホント、頭に来る言い方。

 ノリが悪いのは自分でも自覚はあるけど、明らかに(あお)ってるじゃない。

 

 やりたくない。やりたくないけど……それ以上に、ともに盗られたくない…。


「わかった……」


 私はわざとらしく、二人の間に座ってゲームを始めた。


 しかしいきなりやれと言われて出来るほど、ゲームは簡単ではなかった。

 まっすぐ歩くのがやっとで、走って逃げる二人に私は追いつくことも出来ない。


「お姉ちゃんヤバいヤバい。すぐ後ろにいるよ!」

「みか走れ!」

「そんなこと言われたって、走る? え? どれ? どうしたらいいの?」

「お姉ちゃん、トロすぎ」

「ああ、死んだな、これ」


 そう言っていても、二人は私を助けることもない。

 一人置き去りにされた私によく似たキャラは、そのままゾンビに襲われ呆気(あっけ)なく食べられてしまった。


「あーあ、食べられちゃった」

「あれ初級のゾンビだぞ? 倒せないとかありえなくね?」

「お姉ちゃん、あっさり殺されててウケるんだけど」


 そんなに言うなら少しぐらい助けてくれたっていいのに。

 初心者だって二人とも知っているのに、やり方すら教えずに逃げたじゃない。


「もういい」

「えー、もう終わり?」

「こっからが面白いのに」


 自分に似たキャラを目の前で殺されてて、何が楽しいのよ。


「えー。スリルを楽しめないなんて、人生損してるよ」


 もう、勝手にして。

 私は二人を無視して、キッチンへ戻った。


「オレらで続きしよ!」

「やろーやろー」


 しかしその後も、二人が私を気遣うことなどない。

 ただ二人で私が作った軽食をつまみつつゲームに熱狂(ねっきょう)している。


 そう何時間も。


「もう少し!」

「いけいけっ」

「やったー、クリアー。次のステージだー」

「さすが、ともちゃん」


 肩まで組んで喜び合う二人を、私はただ見ていた。

 新婚で、しかも自分の自宅で。


 こんなにも気が休まらないのって、ホントどうなんだろう。

 だけどこんなこと、親にも友だちにも相談なんて出来やしない。


 だいたい肝心(かんじん)の夫が楽しんでしまっているし。

 

 仲間に入れない私が悪いのかな。

 そんな不安がほんの少しよぎる。


「みかー、コンビニでタバコ買ってきてくんない?」

「アタシ、アイスたべたーい」

「なんで私が?」

「だってオレら、まだプレイ中だし」

「……まったく、大騒ぎしないでよ」


 気分転換(きぶんてんかん)にはちょうどいいのかもしれない。

 私はため息をつきつつも、私は一人夜中の街に出た。


 しかしエレベータを降り、エントランスを出てしばらく歩いた時に、財布を忘れたことに気づく。


「あっ。もー、あの二人がイライラさせるから……」


 帰るしかないか。

 もう一度深くため息を落とし、私は引き返す。


 玄関を開けた瞬間、二人の声が聞こえてきた。

 私は思わず息を殺し、そっとリビングに近づく。


「ねー、バレたら大変だよ?」

「そう言うともちゃんだって、ノリノリじゃん」

「みかが帰って来るまで楽しもうよ」

「帰って来るまでかぁ。もういっそ、しばらく復活しなきゃいいのに」

「あのゲームのキャラみたいに?」

「そうね。ふふふ」


 夫の膝の上に乗り、深いキスを重ねる二人。

 私はその後に聞こえた嬌声に耐え切れず、そのまま玄関を飛び出した。

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