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ゆいの場合 前編

「あと五分」


 私は大事なドール人形を抱えながらキッチンに立ち、最終チェックに取り掛かる。


「ごはんヨシ。ビールは冷蔵庫で、グラスは冷凍庫。お風呂も沸かしてある。今日は準備バッチリだね!」


 ドール人形をカウンターに座らせ、もう一度部屋の中を見渡した。

 今日こそは()めてもらえそうね。

 

 そしていつもの時間ピッタリに、玄関が開く。

 反射的に私は人形をいつもの(たな)に隠した。


 ごめんね、ちょっと窮屈(きゅうくつ)だけどここに隠れていてね。


「おかえりなさい、あなた!」


 玄関まで出迎えると、夫は私の顔を見たその瞬間、眉間(みけん)にシワを寄せた。

 

「ご飯できてますよ? 先に食べますか?」

「ん」

「ビールも冷えてますし」

「ん」

「今日はちゃんとグラスも冷やしておいたんです」

「ん」


 夫はただ『ん』とだけ短く反応するだけで、鞄を私に押し付けるとそのままダイニングへ進んで行く。

 玄関で一度視線が合ったきり、こちらを見ようともしない。


 そしてソファーにスーツの上着やネクタイを置くと、そのまままた歩き出す。


「あ、先にお風呂にします? 今日はちゃんとあなたが言っていた、香りの少ない入浴剤を……」


 私の言葉を(さえぎ)るように、夫は力強くリビングのドアを閉めた。

 会話など不要。

 ううん。私なんて不要だと言わんばかりに。


 私は脱ぎ散らかしたままのスーツと鞄を持つと、夫の部屋へ向かう。


「今日も会話してくれなかった。前に……最後にマトモな会話したのって、いつだっけ」


 記憶の底に沈む、夫との記憶を私はボーっと考えていた。

 こんな結婚生活になるなんて、思ってもみなかったな。


 夫とはお見合い結婚。

 うちは結構裕福な家庭だった。

 父が経営する会社の下請(したう)けにいた彼を見初(みそ)めたのは私の方。


 父に必死に頼み込み、彼とのお見合いをセッティングしてもらった。



   ◇   ◇   ◇



「25にもなって、人形遊びが趣味の娘だが君なら安心そうだ」

「こんないい方がうちのお婿さんになってくれるなんて、嬉しいわ」


 初めは彼に難色(なんしょく)(しめ)していた両親も、彼の人柄に惚れこみ、結婚の話はとんとん拍子(びょうし)で進んだ。


「こちらこそ、嬉しいです」

「君をうちの会社の役員にする話も進めておこう」

「ありがとうございます。誠心誠意(せいしんせいい)、頑張らせていただきます!」


 彼は見れば見るほど本当にそっくりで、まさに私の理想の相手だった。

 これで夢が叶う。

 幸せな日々がやってくる。

 そう思っていたのだけど、現実はそうも甘くはなかった。


 入籍し、父名義のマンションに移り住んですぐにお互いの価値観が違うことに気づいた。

 どこまでもシンプルかつ、効率主義(こうりつしゅぎ)の夫と、その真逆をいく私。


「インテリアを変えて欲しい?」


 はりきった新居のインテリアを見た瞬間、夫はうんざりした表情を浮かべていた。

 父たちの前では、私の好きにしていいと言っていたから、彼に何も相談しなかった私も悪いとは思う。


 だけど彼にとって私が選んだ可愛らしいモノたちは、全てが納得(なっとく)できないようだった。


「上司や部下を家に呼ぶこともあるんだ。ゆいも会長の娘なら、それぐらい分かるだろ」

「……はい」


 いつまでも独身気分ではいかないとは分かっていたけど、夫は私の趣味や服装、持ち物、その全てにダメ出しをしてきた。


「相変わらず、何もない部屋。全然可愛くない」


 がらんとした室内には、家具すら必要最低限しか置かれていない。

 機能的(きのうてき)といえば聞こえはいいが、私にとってはただの殺風景(さっぷうけい)な部屋にしかすぎなかった。


 結婚式の写真ぐらい、寝室に置いたっていいと思うのに。

 写真も小物も何もかもダメ。

 

「なんだかなぁ」


 ため息つきつつ、私は夫のクローゼットを開け、スーツをかける。

 するとそのポケットから、領収書が落ちた。


「ん? 仕事のかな。大事なものだったら大変」


 しかしその領収書はどこから見ても違和感しかない。

 私はネットでその領収書に書かれた会社名を気づけば検索していた。



   ◇   ◇   ◇



 そして数日後、その領収書の写真を()えて依頼した先から連絡が入る。


「F探偵事務所です。先日ご依頼いただきました調査の件ですが、報告書の作成が完了いたしました」

「ありがとうございます」

「つきましては郵送にてお送りさせていただきたいと思うのですが」

「実家にお願いできますでしょうか。それにまず先にメールにて内容を確認させていただきたいのですが」

「かしこまりました」


 夫のスーツから出てきた領収書の会社は、きちんとした名前を(よそお)ってはいるもののラブホテルのものだった。

 案の定、探偵を使って調査したところ結果は真っ黒。


 浮気相手は会社の秘書であり、夫は浮気相手と会うためにマンションまで借りていた。


「今は仕事中だから、まずはそうね……」


 夫の借りたマンションの中を確認するために、その前までやってきた。

 高級住宅地にあるマンションは、しっかりとした造りで、受付にはコンシェルジュまでいる。


 合鍵(あいかぎ)がないから強行突破(きょうこうとっぱ)は出来ないけど、まぁ、なんとかなるかな。

 私はコンシェルジュの元へ行くと、自分の身分証を差し出した。


「すみません。急に夫と連絡が取れなくなってしまって。仕事用で借りているココで倒れてると困ると思って」

「……基本的には契約者様以外には鍵はお渡ししないのですが、事情が事情なので今回だけは……」

「ありがとうございます。確認だけしたら、すぐ鍵を戻しますね。倒れてないといいのですが」

「もし倒れていたら、すぐに救急車を呼んで下さいね」

「はい。分かりました」


 私はあくまでも健気(けなげ)な妻を演じつつ、鍵を受け取ると夫の借りた部屋へと向かった。


 夫のシンプルで無機質な自宅とは違い、女性が好きそうな小物などが並ぶ。


 浮気相手の趣味かしら。

 まるでその相手に合わせたような小物や家具たちに、苛立(いらだ)ちを覚えつつも、部屋の中を進んで行く。

 

 一番奥、書斎らしき部屋に入ると、そこにはまた別の空間が広がっていた。


 壁にはコルクボードが掲げられ、そこに浮気相手とのキスやデートの写真が並ぶ。

 しかも相手はこの前の報告書にあった女と同じ。


 若いというより、なんか幼女(ようじょ)みたいね。


「もっとも調査では、相手は成人してるうちの秘書らしいけど」


 そしてクローゼットを開ければ、たくさんの制服やスクール水着などのコスプレが並んでいた。


「私の趣味は否定したのに、自分は秘書にこんな格好をさせて好き放題楽しんでいたってわけね」

 

 ホント馬鹿みたい。


「もう我慢しない。私も自由にさせてもらうわ」


 怒りで震える手で、勢いよく私はクローゼットを閉めた。

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