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パラディ・ヘル・リストランテ 2

作者: ノブオカ

一、


茫漠として動画サイトを観ていた。

ボーッしていて覇気がないのが自分でもわかる。精神面がいよいよ限界に達しそうなサインだ。


月曜の夜はいつもこうなる。婚活コンシェルジュに入れられた複数件の見合いを土日で〝消化〟するからだ。

疲れた身体を引きずるようにして会社へ行き、ほうぼうの体でなんとか帰宅すればそうなる。料理する気力なんてとうぜんあるはずもなく、クッションに座り込んでスマホを眺めるので手一杯というわけだ。


ぴこん、と結婚相談所アプリのポップアップメッセージが表示される。

「斉藤さんからメッセージが届きました」

不覚にもどきりと心臓は高鳴り、矢のような速さでアプリを起動させる。

見合い地獄で辟易としながらもあの中で一番いいな、と思っていた斉藤さん。昨日の今日で返事が来るということはひょっとしなくても期待大だ。

わくわくしつつメッセージ受信画面をフリックしながら、脳は早くも斉藤さんとの〝幸せな新婚生活〟を妄想し始める。


見合いの礼を丁重に述べつつ、からの、

「非常に優秀で、大変立派な女性で私にはもったいない方だと――、はあ!?」

私は危うくスマホを折りたたみケータイにするところだった。

〝私にはもったいない〟は見合いの結果お断りする際のテンプレ言い訳だからそれはいいとして、

おまっ……昨日の今日でお祈りて! もうちょっと逡巡せえよ!! いや変な期待を抱かせないぶん親切なのか!? 逆に気配りができるパティーンなのか!?


ああ――……もう……

「わからん……」

スマホをローテーブルに放り出し、どさ、とカーペットに仰向けに倒れこむ。


実家・岡山の両親からの止むことのない「孫の顔を見せろ」攻撃に耐えかねて、結婚相談所に入会したのが3か月前。

結婚を見据えた交際、実質プロポーズと同義の〝真剣交際〟にはいまだ一人も至っていない。

成婚退会までの平均在籍期間は約一年間らしいからまだ時間の余裕はあるのかもしれないが、33という自分の年齢を考えると多少なりとも焦燥感が募る。


いや、逆に一年間結婚相談所で活動して、相手見つかりませんでしたー!! ごっめーん!! て両親を納得させればいいのか……?


考えを巡らしているとぴこん、と再びアプリの通知音が響く。

「なんだよもう……、」

気怠いながらも起き上がりスマホを手に取ると、見合い申し込みメッセージ受信のお知らせだった。そうだな、次だ次、と気を取り直しながら受信画面をフリックし、〝お相手〟のプロフィール画面を確認する。

「……65歳バツイチ子ども3人……」

傷心にさらなる打撃が加わり、もはや満身創痍の状態だ。

いや別に世間一般の65歳バツイチ子ども3人の男性に対しなんらかの差別意識を持つわけではない。自分でもわりと気さくなほうだと思うので、友人程度なら全然なれると思う。だが65歳バツイチ子ども3人の男性が私と結婚を想定(仮)している、つまりは〝セックス〟を希望しているという点がキツイのだ。しかもプロフィールをよく読むと「両親と同居してくれる方希望」などと書かれている。自分と同じくらいの年齢の子どもらから「お母さん」などと呼ばれ、果ては介護要員として見込まれている。キツイ…キツ過ぎる。


いい加減嫌になってアプリの通知を切り、元の動画サイトへと戻る。現実逃避は裏切らない。

そもそも私は結婚を本心から望んでいるわけではない。自分の器量がよくないことだってわかっている。ただ、両親の「孫コール」が異様なまでに執拗なだけだ。

無視すればいいなどと呑気にアドバイスする輩は、毒親の恐怖をわかっていない。両親に婚活を断念した旨を告げようものなら、どこぞのオッサンを引き連れて東京のアパートに押しかけて来かねない。毒親の目をくらますためには、適当に親の言うとおりに行動するふりをするしかないのだ。


もはや意識が朦朧とした状態で、おすすめに上がってきた動画をフリックする。ニュース動画だ。

――トー横キッズに蔓延するOD、オーバードーズ……

「ほーん……」

オーバードーズってなんだと思ったが、要は過剰服薬のことらしい。つらい現実から逃れるために、風邪薬などの市販薬を大量に服用するのだそうだ。

歌舞伎町どころか新宿にも滅多に行かないから知らなかったが、生きづらさを抱えているという点では彼らと私は共通している。

「オーバードーズか……」

薄暗がりの中スマホのブルーライトをさんさんと浴びながら、私の意思はひとつの目的に収斂しつつあった。


よし、やってみよう。




二、


財布とエコバッグだけ持って近所のドラッグストアへと向かう。いまから曲がりなりにもオーバードーズを試みる人間が、環境に配慮するというのもおかしな話かもしれないが、エコバッグは習慣だからまあ仕方ない。

しばらく歩いて住宅街を抜けて、右の角を曲がればドラッグストアの正面へと出る。てくてくと夜の町にサンダル履きの音が響く。

この小道を抜ければもう少しでドラッグストアにたどり着くというとき、ふと私は歩みを止めた。


――え? ……こんな店あったかな……


訝しみながら、右側に位置するレンガ造りの洋食屋さんをしばし眺める。


そういえばここ半年間、シャンプーや洗剤の類は通販サイトで定期購入していたので、ドラッグストアには久しく行っていない。とくに結婚相談所に入会してからというもの、土日は都内ターミナル駅近くの高級カフェで見合い、平日はひたすら家と会社の往復といった味気ない日々がつづいていたので、近所の変化にも疎くなっていたのかもしれない。


――最近できたのかな? いや、その割にはちょっと古びてるな……


あるいは単純にこれまで気づいていなかったという可能性もある。往々にして人の記憶は曖昧なものだ。私の幼少期の記憶なんて、ほとんどないかきわめて断片的なものだし。


22時を過ぎて絶賛営業中というのもすごい。ブラック洋食屋なのかもしれない。出窓からは黄色味を帯びた明かりが煌々と洩れ、トマトソースの美味しそうな匂いが漂ってくる。

気づけば扉を開けた私の眼前に、執事服に身を通した黒髪の青年が現れる。

「ようこそお客様――パラディ・ヘル・リストランテへ」

閉まる扉の華やかな鈴音とほぼ同時に、青年は深々とお辞儀をした。




三、


青年に促され、一対の椅子で成るテーブル席へと通される。

外観からは想像できなかった、広い店内をもの珍しさからきょろきょろと見回す。

水の入ったグラスをこと、と置かれた。氷がわずかに弾ける音がする。

カウンターへと引っ込みなにか作業をする美しい青年を目で追いながら、あなたなら引く手あまただろう、私のようにならんでくれよ、とどうでもいい老婆心を心の中で独りごちた。

(そうだ……メニュー……)

ようやく気がついて革張りのメニューを開けば、「おすすめ」と筆文字ででかでかと書かれている。

「……、」

呆気に取られてしばらくメニューを注視していると、青年がにこやかに近寄ってきた。

「お決まりで?」

「お決まりってか、あの……これひとつしかないんですね……?」

「当店はそのときのお客様に沿って、最高の一品をお出しいたします」

「はあ……」

「お値段もお気になさらず。〝お客様にとって無理なものは請求しません〟ので、」

時価ってことか。まあ銀座の寿司屋じゃあるまいし、とてつもない高額や法外な金額をふっかけることはないだろう。

「じゃあおすすめで……」

「承知いたしました」

渋々メニューを閉じて差し出すと、青年はあくまで穏やかな笑みを浮かべつメニューを下げた。




四、


青年はカウンター内に引っ込んでからおもむろにリモコンを取り、隅のモニターに向け操作した。ああ、料理を待っているあいだテレビを見せてくれるのか。

点灯したモニターを眺めていると、ものの数十秒も経たないうちに青年が銀色のクロッシュを被せた料理をうやうやしく運んできた。

「は……早いですね……!?」

牛丼屋かと思った。丁重な所作でテーブルに置かれたクロッシュに視線を移していると、途端にきいん、とつんざくような耳鳴りが響き、思わず両耳を塞ぐ。

「……!?」

瞑っていた目をおそるおそる開くと、私は実家で身を丸くし頭を抱えていた。

『私が帰ってくるまでに家事をしとくのがおまえの仕事だろうが!!』

え!? と思わず視線を上げると、いまより多少は若い母の顔があった。何を睨んでいるんだ、とすぐさまほうきの柄で殴られる。自身の身体が小さく細い。――子どもになっているのだ――、

そうだ、母が会社から帰ってくるまでに、仕事として与えられている家事をうっかりさぼると、母は容赦なく私に暴力を振るった。


2回目の殴打は露骨に背骨にヒットし、私は痛みで意識が混濁し始める。

洗濯物! 皿洗い! 風呂掃除!! と〝私の仕事〟を連呼しながら暴力を振るいつづけた母は、ひととおり怒りを発散し気が済んだのか、父親がドアを取り外したため出入り完全自由となっていた子ども部屋から出ていく。

「うう……、」

痛みと悲しみでぼろぼろと私は泣いていた。そうだ、このころは――〝親が子どもに暴力を振るうのは普通のこと〟と思っていた……、

ひとり残された子ども部屋へと、黒髪の青年が銀色のクロッシュを被せられた皿を運んでくる。

うずくまる私の前に丁重に跪き、クロッシュを開けた。

割引きシールが貼られた菓子パンだ。

茫漠とした脳のまま私はそれをただ眺めている。無性に空腹を憶える成長期、私は家にあるそれをひたすら食べていたことを思い出した。

虐待の象徴である菓子パン。

――私はいまだ親の重圧から逃れられない――、

脳裏を〝死〟が占拠し始めたときだった。


「フルーレティ!!」


少年のような声の怒号ではっと我に返る。

「おまえはよぉ~~~…、勝手に開店すんなと何度言ったらわかっ……もうほんと……やるか? やんのか? お?」

景色が元どおりになっていた。やや広い室内の中央に、自分のみがぽつねんと腰かけている。

声の主である金髪の青年は、その華奢な身体つきからは想像もつかない力強さでぎりぎりと黒髪の青年を締め上げている。泡を吹きながらしきりにすんませんすんませんもうしませんと呟きつづける黒髪の青年。二人のやりとりをしばらくぼんやり眺めたのち、テーブルに視線を落とす。クロッシュはいまだ被せられたままだ。


「……親から愛されなかった人間は、どうすればいいですか……?」

ぼたぼたとテーブルクロスに涙が落ちる。

「わかっています。婚活に取り組みはじめたのも、結婚さえすれば、ようやく親が褒めてくれるかな、という――まるで幼稚な幻想です。」

「お客様、」

「わかってるんです。本当の愛を知らない私はそもそも人としての資質が欠如している。私は誰からも受け容れられない、」

「失礼します」

椅子を引く音がして顔を上げる。見ると給仕服を着た金髪の青年が対面に腰かけていた。大きな翡翠色の眸で、ただ真っ直ぐに見据えてくる。

「母親に傷つけられた――お客様の心の痛みは相当なものでしょう。軽々しいことは言えません」

「……、」

「ただ、思い出して欲しい……お客様を大切に思っている方がいたことを、」

そう言うと青年はクロッシュに手を掛け、ゆっくりと開けた。

思わずびくついて眼を閉じる。頬に料理の湯気が当たるのを感じた。

「大丈夫です――私が安全を保証します。さあ、召し上がれ――、」

金髪の青年の声に促され、私はおそるおそる薄目を開けた。


白い陶器の深皿に、あたたかいトマトソーススパゲティが盛られていた。


私は驚いて料理を見つめる。そして段々と記憶がよみがえるのを感じた。

高校卒業と同時に私は命からがら実家を脱出し、単身上京した。バイト漬けと並行して卒業した夜間制大学。

大学は存外に楽しく、友人もできた。

卒業式で学長賞を授与されると、友人は祝いだ、と家に招き、トマトソーススパゲティを振るまってくれた。

友人も決して楽な暮らしではなかっただろうに、お祝いの象徴か、ぷりぷりとした海老が入っている。

「……っ、」

ぱく、と一口運ぶ。トマトソース越しに友人の優しさを感じる。涙を零しながら、むさぼるように食べつづけた。



五、


「ありがとうございました、」

店の前で深々と礼をする私を、金髪の青年は慌てて止めた。

「いえ、こちらこそこいつが失礼なことをして申し訳ありません。後できつく説教しときますんで、」

ヒッという声とともに黒髪の青年が震え上がり、思わず笑ってしまった。

「……とりあえず引っ越して、実家との連絡は絶とうと思います。結婚相談所は退会して、友人にひさしぶりに連絡を……、」

忙しくなりますね、としばらく笑い合ってから、見送ってくれる二人に何度か頭を下げて自宅へと戻る。

ちなみにやたらと高額な請求をされるということはなく、料金は金髪の青年に言われ「1200円」を支払った。


死にゆく者の魂を狙う悪魔フルーレティの画策は今回も失敗し、天使アズの功績のみが積みあがった。




死を希むあなたを前にして異界への扉は開き、パラディ・ヘル・リストランテは煌々と姿を現します。

絶望へと身も心も堕ちゆくお客様へお出しする、〝最高の〟、あるいは〝最低の〟お食事。

今宵、あなたもいらっしゃいませんか。


(了)

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