美しい姉と私
私の姉は、美しかった。
熟れた果実のように艶やかな肌。
誰でも受け入れてくれそうな、柔らかい物腰。
香水を付けていないのに、果実を連想させる香り。
リンゴを半分に切ったぐらいの揉みやすそうな胸。
日本人形のように清楚な顔つき。
だが、それでいて相手を誘い込もうとする妖艶な下半身。
相反する美しさ。
全てが男性にモテる美しさだった。
私とは、違う。
私は。
老婆のように醜い。
私が一緒にいても、男性に声をかけられるのは姉だけ。
お店に入っても、見られているのは姉だけ。
私を見て、姉のお母さんですか、と尋ねてくる奴もいた。
それが、たまらなく嫌だった。
子供の時は、姉と違いすぎる外見を嫉ましくも思っていた。
憎みもした。
つい、八つ当たりしてしまう時も合った。
物を投げつけ、服の裾をハサミで切ったりもした。
けど、姉は。
そんな私でも、受け入れてくれた。
親に見付かった後、問い詰められる私を助けてくれた。
一緒に謝ってくれた。
私はごめんなさい、と心から姉に謝った。
そんな姉が、この春に結婚する事になったのだ。
私はおめでとう、と言いたかった。
けど、後で言おうと、考えていたら言いそびれてしまった。
私は姉の旦那となる人が、なんだか嫌いだった。
何時もだらしなく、ヘラヘラと笑い、誰に対してもため口だった。
姉に、タバコもってこいよ、とか命令している姿を見掛けると。
私の胸は悔しさで苦しくなった。
姉は素晴らしいのに、その旦那は最低の人だと思った。
私は姉に尋ねた。
何故、あんな男と結婚するのかと。
姉は、あれでも可愛い所があるのよ、と頬を染めて話していた。
恋は盲目なんて聞こえは良いが。
それに振り回される家族は、嫌な思いしかしない。
私は、姉に近寄らなくなっていたのだ。
こうなる、予感は合った。
何時か、こうなるんじゃないかという予感。
突然、姉とあの男の結婚が、取りやめになったのだ。
理由は知らない。
大人達は黙っているし、姉に聞く事は出来なくなっていたから。
いや。
聞く事だけではなく、話す事も出来なくなっていたのだ。
破談になった後。
姉の豹変ぶりは凄かった。
以前の美しさは欠片もない。
ボサボサとなった髪に、痴呆症患者のように口を開き続けている。
常に口元が涎で濡れるので、よだれかけは外せない。
瞬きをしないから眼球がカサカサに乾き、目の中が赤く変色していた。
人並みの体型だったのに、今では枯れ木のように細ってしまっていた。
姉は。
何も食べす、一日中座り続けているのである。
ボーッと一点だけを見詰めて、動かない。
これでは体裁が悪いだろうと、両親が姉を何もない屋根裏に閉じ込めてしまう。
それでも糞尿だけは出し続けるので、私が姉のおしめを取り替えてあげる事になった。
もう。
姉に対する劣等感は、完全になくなっていた。
それよりも私の中で、姉を元に戻したいという気持ちがわき上がっていた。
もう一度、姉と外を一緒に歩きたかった。
それからというもの。
私は出来る事を、精一杯やった。
反応はなかったが、学校で何をしてたのか話し続けた。
毎日、肌も拭いてあげたし、髪にブラシを入れてあげた。
部屋にいるだけでは気分が滅入るだろうと、美しい風景写真を差し入れしてあげた。
点滴だけで栄養を取っていたので、工夫して食事を食べさせるようにした。
やがて離乳食から病人食へ、そして普通の食事に変わっていった。
その頃になると。
姉は少し話すぐらいまで、戻っていた。
ぽつりぽつり、とだが、私の言葉に返答してくれた。
姉は俯いて、私の顔は見ようとしなかったが、それでも良かった。
目の前に、姉の顔があるのだから。
そして。
姉を自室に戻す日が来た。
私は大いに喜んだ。
早く、元気になった姉の姿を沢山の人に見てもらいたかったのだ。
だが。
姉が部屋に入った瞬間。
喚きだしたのである。
狂った牛のように鼻息を荒くし、涎をまき散らしている。
言葉にならない言語を叫び、ここまで運んできた私をツメで引っ掻いた。
ぷつっと。
私の腕から、赤い血が滴り落ちる。
それでも姉は、狂乱したように腕と足をばたつかせ、興奮し続けていた。
何が、どうしたというのだろう。
私が混乱していると、姉がある場所を指さした。
そして、それを壊せと、泣き出したのである。
鏡だ。
「それを壊して、壊してっ! 嫌だ! その顔は嫌だ! 嫌だ! その顔になるなんて、死んだ方がマシだ! どうしてお前なんかと同じに!」
そこには私の顔が2つ、映っていた。
笑っている私の顔と、泣いている私の顔が。