友情とかないです
「いい加減にしろよカシス! どうしてマリアに対して優しくできないんだ!?」
「は? 優しくって何? こっちは普通に接してるだけなんだけど? むしろこっちが酷い目に遭わされてるんですけど?」
「お前なぁ! そういうのが駄目なんだって前にも言ったろ!? もういい、お前がそんな態度ならこっちだって考えがある。お前は仲間から追放する!!」
「――って事があってようやく解放されたわ」
「良かったじゃなぁい。おめでと~。それじゃ折角のお祝いにここはおねーさんが奢っちゃうぞ♪」
「マジで!? やったー! いやー、あいつらから解放された途端ツイてるわぁ。あっ、それじゃ今のカクテルもう一杯おかわりしちゃおうかなっ♪」
「よーしよしよし、どんどん飲め~、あっ、マスター何か適当に食べる物もちょうだ~い」
語尾にハートマークがついててもおかしくないくらい甘ったるい声でヘーゼルが言えば、マスターはやれやれ、と肩をすくめつつも簡単につまめそうなものをいくつか皿に乗せて出してくれた。
小さな酒場。客なんて数える程度にしか入れないような、本当に小さな――知る人ぞ知る、といった店の中で、たった二人の客であるカシスとヘーゼルはご機嫌ですと言わんばかりにカクテルを飲み明かす。
ヘーゼルは魔女だ。
見た目は若くその姿も妖艶な女性としか言いようがない。
彼女の見た目に騙されて泣きをみた男性の数は数えきれない。そもそも胸とか見えそうな感じのセクシー衣装だし、それ以外にも肩とか太ももとか、見せるところはガッツリ見せる、みたいなものなので大抵の男性はつい目が追ってしまうのだろう。
そんなヘーゼルは時々冒険者たちの前に現れては気が向いた時に手助けをする魔女としてそれなりに知られた存在であった。
カシスが出会ったのもまさに自分たちがピンチに陥った時だ。
その時助けられて、それで終わるはずだった。
けれどもヘーゼルとカシスは妙にウマがあった。
だからこそヘーゼルは度々カシスの前に姿を現すようになり、そうして話をするようになっていくうちにどんどん仲良くなっていったのである。
知り合ってからの時間はそう長くはないが、それでも何か気付いたら生まれた時からの付き合いでした、とか言っても誰もおかしいと思わない程度には仲が良いと言い切れる。
魔女というだけで目の敵にする者も中にはいるというのにそんな事は気にしないカシスを、ヘーゼルもまた気に入っている。魔女というだけで怖れ遠ざけようとする者は最早いすぎてヘーゼルからすれば今更傷つく事もないけれど、意味もなく敵視されるのはやはり面倒くさいものなのだ。
冒険者たちを気が向いた時だけ助けているのは、別に人から好かれようとかそういうんじゃない。単なる暇潰しだ。人間というヤツはとても調子が良くて、自分たちにとって都合がいいうちは今まで敵だと思ってた相手でも持て囃すし、そういう奴の中でたまに更に調子に乗って自分は何でも言う事を聞いてくれると思い込んでるようなのを絶望のどん底に叩き落すのがヘーゼルにとって最近の暇潰しの一つでもあるからだ。
大概そういうやつは勝手に仲間面してそれでいてこちらをガッツリ利用しようというのが表情に出ているのでヘーゼルとしてもわかりやすい玩具認定をしている。
そんな中カシスはこちらを魔女と認識していても、それだけだった。
ヘーゼルの力を利用しようというわけでもなく、ただ普通にヘーゼルという存在と接している。それこそ、そこらに普通に存在している人間と同じような扱い。
ヘーゼルは最初それが理解できなかった。
大抵の人間は怖れ逃げるかこちらを遠ざけようと攻撃を仕掛けてくるか、はたまた懐柔して上手く利用してやろう、みたいなのばかりだったのだ。
だから、なんて言うか普通の人と同じ扱いを受ける事に最初は戸惑いもした。
したのだけれど、なんて言うかそれが妙にくすぐったくて、カシスの近くは居心地が良くて。
気付けば彼女に会いたくなってちょくちょく顔を出すようになってしまっていた。
カシスの事は好きと平然と言えるし友人だとも言えるけれど、それ以外はどうでもよかった。
特に――彼女が今まで所属していた冒険者パーティは、ヘーゼルにとって塵芥にも等しい。
目障りだからとて殺したりしなかったのは単純にそれをやったらカシスが困ると思ったからだ。
カシスは友人なので、その友人を困らせるのはヘーゼルからしても望むものではない。カシスには幸せになってほしいとこれでも思っているのだ。
けれども彼女の仲間たちはそうは思っていないのか、常に彼女の足を引っ張るような真似ばかりしていた。
何度ぶち殺してやろうとヘーゼルが思っていたかなんて、きっと彼らは知らないだろう。
とはいえ、それももう済んだ話だ。
だってもうあいつらとカシスは関係がない。
あいつらがカシスの事を追い出したのだから、これからはヘーゼルと二人常に一緒にいたっていいわけだ。
だからこそヘーゼルはご機嫌になって自分が時折通うお気に入りの酒場に案内したし、こうして好きなだけお酒を飲んでいいなんてご機嫌に振舞っている。
そもそもカシスは別に冒険者になろうと思ってなったわけではないらしい。
冒険者やってる連中なんて、大抵は好きでやってるかそれ以外にやる事がなくてやむなくやってるかのどっちかだとは思うのだが、それでも男性の方が比率としては多いのだ。
そもそも魔物と戦う事だってそれなりにあるし、どうしたって危険が伴う。女性の場合は行くアテがなくてもそれなりに探せば仕事はある。まぁ中には大声で言えないようなものもあるけれど、それでもそんなのに引っかかるのは余程の間抜けくらいで大抵はマトモな仕事にありつけるはずなのだ。
それでもカシスが冒険者をやっているのは、単純に巻き込まれたからだと言う。
カシスは一見すると少しきつそうな顔立ちをしているけれど、別に性格がキツイとかそんな事はない。少なくともヘーゼルからすれば心優しい娘である。
カシスは小さな村の生まれで、そこは小さいが故に村人全員が家族みたいな状態だったらしい。
あー、辺境とかでたまに見かけるアレね、アレ、とヘーゼルはカシスが最初に身の上話をしてくれた時に思ったのをよく覚えている。
村人全員が家族みたいなものであるならば、その村の子供たちも勿論そんな感じである。
が、子供というのは時に残酷で、皆で仲良く、ができない場合もある。
それは例えばみんなで遊ぶ時に常にどんくさい奴がお前と一緒にいるとつまんない、とか、皆で遊ぶ時に勝負のような形で遊ぶ場合に足手纏いが自分たちの味方側に来た時に、これじゃ負けが決まったようなものだしこいつと組むのイヤなんだけど! と本人の前でのたまうようなものであったり。
基本的に田舎の村では娯楽なんてほぼないと言ってもいい。だからこそ子供たちが遊ぶ時は大体身体を動かすようなものが多かったし、本などといったものは大抵が贅沢品だ。大人しい子が読んで過ごすなんて事もまず無いと言っていい。むしろそういったところの子は家の手伝いなどをしないとご飯も満足に食べられないなんて事もあるから、文字の読み書きができる子は滅多にいなかった。
カシスの幼馴染にマリアというのがいた。
ちょっと前にカシスが追放されたとこで一緒に冒険者をやっていたのでヘーゼルも一応記憶に残っている。
とりあえずヘーゼルはこいつがいけ好かない。
なんでも村でマリアの母は貴重な治癒魔法の使い手だったらしく、村の怪我人をよく治していた。だからこそ村の中では聖母なんて呼ばれていて、その娘であるマリアもいずれは治癒魔法の力に目覚めるかもしれない、という事で村の中での立場はそれなりに上の方だったのだ。マリアに父はいなかったが、マリアの母のおかげで村の中で皆でやるような仕事があっても、その中でもとりわけ面倒なものや力仕事であるものはほとんど免除されていたといってもいい。
村長などの立場にあったわけでもない、ただの村人であったマリアとその母は、それでも村長に並ぶ程の地位をその村で与えられていた。
マリアは幼い頃から大人しい子であった。
村の皆で遊ぼうという事になっても、基本的に喋る事は滅多になくて、いつも黙ってじっとしている子であった。喋れないわけじゃない。一応質問すれば首を縦に振るか横に振るかくらいはする。けれども質問の答えに困るようなものはどう答えていいかわからないのだろう。じっと黙ったままだった。
遊ぶ時は誘えば来るけれど、何がしたいかとかそういう意見は一切言わない。
あまりにも大人しいからたまにその存在を忘れて他の子どもたちが集まって遊び始めた時、少し離れたところでじっと黙って見つめていて、そこでようやく忘れていた事実を思い出すのだ。
慌てて他の子が誘うものの、やっぱり何を言うでもない。
正直村の中でマリアは優遇された子ではあったけれど、同じ子供同士の間では評判は良くなかった。
可愛らしいのはわかる。
なんて言うか庇護欲をそそる、とでも言えばいいのだろうか。
あいつは俺が守ってやらなきゃダメなんだ、とか言い出した子もいたけれど、そういうのは少数でそれ以外はあいつ喋んないから何を言いたいのかとかさっぱりだし、一緒にいてもつまんねー、というのがほとんどだった。
同じく同性の女子からの反応はもっと冷ややかだった。
可愛いからって調子に乗ってるだとかあからさまな悪口を言う者もいたけれど、一緒にいても何を話すでもないしつまらない。
それに、喋らないなら、と相手にしないで他の仲間内で盛り上がっているとどうして自分をのけ者にするのか……とでも言いそうなじっとりとした眼差しでこちらをじっと見ているのだ。
言いたい事あるならハッキリ言えよ、と村長の孫娘がブチ切れた事もあった。
とはいえ村の貴重な癒し手の娘。露骨に邪険に扱うと大人たちから怒られる。それもあって余計に子供たちは面倒そうに、しぶしぶとではあるがマリアを仲間の輪にいれていた。
そこから少しして、マリアの母が亡くなった。マリアの母が亡くなる少し前にマリアにも癒しの力が発現したため村の癒し手が欠ける事はなかったが、母が死んだ事でますますマリアは喋るという事をしなくなった。
今まではそれでも時々一言くらいなら声を出す事もあったのに、だ。
とはいえそれも母を失くして辛いから、だとか周囲が言ってしまえば子供たちとて何も言えない。
自分たちに置き換えれば確かにそれはつらいだろうと理解できたからだ。
けれど、村の中でのマリアの立場は今までよりも更に大きくなったのは確かだ。
母がいなくなった事で村で怪我をした者を治すのはマリアの役目になった。だからこそ、マリアは今まで以上に村の中では大切に扱われるようになったのだ。
声に出さずとも詠唱をして魔法を発動できるのであれば、喋らないのは何も問題がないと周囲の村人たちが判断してしまったのもあって、なおの事マリアは何も話そうとしなくなった。
それどころか何かして欲しい事があって、それが今までなら多少なりとも伝えようという意識はあったはずなのだ。声を出さなくても指をさしてそれを取って欲しい、みたいな動きで伝えたりしていたのに、この頃にはそれもなくなってしまった。
村で怪我人が出た時、相手が大人ならすぐさまマリアは治したが、子供たちの怪我はすぐには治してくれなかった。それが何故なのか、未だにカシスはわからない。だってマリアに聞いても答えてくれないどころか、そもそも彼女の声なんてもう何年も聞いちゃいないのだから。
村でマリアは大事にされた。
それはつまり、今まで以上に子供たちの輪の中から遠ざかる結果となってしまった。
もしかしたらそれが原因だろうか、とカシスは思ったけれど正解はわからないままだ。マリアがそうだとも違うとも言っていないので。
マリアに何かあったら大変だと村の中での自由は減ったと思う。けれどマリアはそれをいやだと言った事もないので、村の中、彼女のために新たに作られた家の中で丁重に過ごす事となっていた。
母が死んだあと、まだ幼い彼女が一人で身の回りのことを全部できると思っていなかったので、世話をする係が新たに任命された。けれどもマリアはそれを嫌がり、任命された人物以外を指名した。
それは他の子どもたちだった。大人ではなく、マリアは子供を身近に置いた。同年代の方が気軽に接しやすいからだろうと判断した村の大人たちはそれを良しとしたが、良しとならなかったのは子供たちだ。
だってマリアと強制的に一緒に家の中でじっとして、マリアの望むように世話をしないといけないのだ。意思の疎通がままならない相手の意図を汲み取って望むままに動け、というのはまだ幼い子供からすればとんでもない難易度だった。
ずっと仕え続けろ、というものではなく当番制であったとはいえ、その係は村の子らからすればとんでもなく不評だったのだ。
村の貴重な癒し手、とはいえ、同年代の子供たちほぼ全員から嫌われたマリアにそういう意味で居場所はなかったのだと思われる。
けれどもマリアは自分の口からは何も言わなかった。喋ろうと思えば喋れるはずなのに、決して自分からは自分の意見を言わなかったのだ。
だからこそそのうち村の大人たちも一応癒し手として大事にしてはいたけれど、それだっていつしか事務的なものに変わっていった。最初の頃は調子はどうだとか何か困ってる事はあるかだとか色々聞いていたけれど、今ではもう用がある時以外は近づこうともしなかったのだ。
カシスにとっての転機はある日突然訪れた。
魔物が村を襲ったのだ。
そうしてあっという間にほとんどの村人が殺されてしまった。
子供たちもそうだ。
生き残ったのは数える程度。それとて、他の冒険者たちの助けがこなければ手遅れになっていただろう。
村を救ってくれた冒険者たちも怪我をしていたので、マリアはそれを治した。
村人の怪我そっちのけで。
カシスもその時お世話係だったので、ここでマリアを庇わなければあとで大人に何を言われるか……と思って庇った結果怪我をしていたのだが、それがその日治される事はなかった。冒険者たちの怪我を治した時点でマリアがこれ以上は無理とばかりに倒れたからだ。
庇った時にできた怪我の痕は、おかげで今もカシスの腕に残っている。
生き残った者は僅か。カシスの両親もこの時に死んでしまった。
そして癒しの力を持つ者は村の外でも貴重だったらしく、マリアは冒険者たちに誘われていた。
もうここに残ってもマトモな暮らしはできないだろう。それはカシスも、生き残った他の者たちも理解していた。
けれど、そう簡単に村を捨てる事もできなかった。だというのに。
マリアはカシスの腕をとって、冒険者たちについていく、と言葉にせずともジェスチャーで伝えたのだ。
カシスとしてはマリアと一緒に行くつもりなんてなかった。だから必死に断ったのに、マリアのじっとりとした目はどうしてと訴えて、更に冒険者たちもマリアがそこまで言うなら――実際は一言も喋ってないのだが――お前も一緒に行こうぜ、とついでのように連れていかれてしまったのだ。
これがカシスが冒険者になってしまった一連の流れだ。
とはいえ、なりたくてなったわけじゃない冒険者。一応戦わなければ死ぬのでそれなりに頑張ったけれど、成り行きで仲間になってしまった冒険者たちの怪我はすぐにマリアが治すのに、カシスの怪我は後回しなのだ。まだ力に余裕があるだろうはずなのに、今日はもう無理……とばかりに弱々しい態度をすれば冒険者たちはマリアを庇う。それくらいの怪我なら明日でもいいだろ、とカシスに言い放った。
カシスの怪我よりも軽度の怪我を治してもらった者もいるくせに、自分は常に後回し。カシスとしてはどうしてマリアが自分を巻き込んだのかさっぱりだった。
勿論カシスだってずっとこのままでいいと思ったわけじゃない。
何度だって話し合いを試みようとしたし、せめて怪我の度合的に軽いやつならともかく、他の冒険者よりも重たい時はせめて先に治して欲しいとも訴えた。けれどもマリアはどうしてそんな風に言うの……!? とまるで自分が責められているかのような顔をして困ったように見まわして、仲間の姿を見つければ助かったとばかりに駆け寄ってその背に隠れるのだ。
そうするとまるでカシスがマリアに言いがかりでもしていたかのように思われたのだろう。
何度もカシスに彼らはもっとマリアを思いやれだとか色々言ってきた。
どうやらマリアは普段ロクに喋らないくせに、カシスがいない時に彼らと少しずつ話をしていたようだ。それも自分の身の上を。
だが、その内容は多少ではあるが脚色されていた。村ではいつも虐められていただとか、仲間外れにされていただとか。けれども癒しの力は平等に使っていた、なんてさも自分を良くみせる嘘まで。
仲間外れにしようとしたことはほとんどない。どちらかといえば誘ってもマリアは無言だったし、自分の意思を伝える事がなかったから今日は気分じゃないのかと思ってそのまま置いてきただけだ。
というか、仲間に入れて欲しければ自分から「いーれーて」と一言言えばあの村の子たちは仲間に入れていた。マリアが喋らずにいたから扱いに困っていた部分が大きかっただけで。
マリアとなるべく意思の疎通をしようとそれこそ他の子たちだってそれなりに努力はしたのに、それを全部沈黙で返したのはマリアだ。
だというのに。
まるでその子たち全部が悪い人みたいな言い方をして可哀そうな自分を作っていたから。
カシスはここでマリアを見限ったのだ。
そんな時に出会ったのがヘーゼルだった。
ヘーゼルは魔女らしいのだが、カシスにとってそんな事はどうでも良かった。
だって話が通じるもの。
話しかければ返事がくるし、どんな話題であっても相槌が返ってきたり自分の意見が返ってくる事だってある。話をしていて楽しいと久々に思えたのだ。
何せマリアとは会話にならないし、冒険者たちは常にマリアを優先する。カシスはマリアが連れてきたから一緒に連れていってやってるだけのオマケ、みたいな認識だ。そんな相手とどう親睦を深めろというのだ。
魔女とかそんなのどうでもいい、だって意思の疎通ができるもの。
魔女という存在がどんなものであるかをカシスだって知らないわけではなかった。けれど、マリアと二人でいるよりは断然ヘーゼルと一緒の方がとても楽だったのだ。
カシスにはとてもじゃないが他の冒険者のようにマリアをちやほやする側に回れるはずもなかった。それよりもヘーゼルと一緒にいる方が何千倍も楽しい。だってヘーゼルはカシスの話を聞いても村の人たちの悪口は言わなかった。なんだか難儀だったわねぇ、とは言われたけれどそれだけだ。いい所も悪い所もうんうんと聞いてくれて、そのまま受け止める。それがどれだけカシスにとって有難かったか!
どうせ他の冒険者仲間とやらがマリアをちやほやするのだから、とカシスはちょくちょく顔を出してくれるようになったヘーゼルと一緒にいるようになった。
けれどもマリアはそれも気に入らなかったらしく、カシスが無視する、いじわるするの……とでも訴えたのだろう。
町の中で傷薬などを調達している途中でリーダー格の冒険者と遭遇し、そうしてそこから言い合いに発展。晴れて追放されたというわけである。
そんなわけで今日は目出度い追放記念日であった。
やっとあのマリアと離れる事ができてカシスとしてもリーダー様々だった。
今まで何度かパーティを抜けようとしていたのだが、そのたびマリアが首を横に振って行かないでとばかりにカシスの腕を掴むので、他の連中が行くなよ、みたいな感じで留めていたけれどリーダーが追放って言うならそれに従うまでである。きゃっほー♪
別にカシスはわざとマリアにあたりを強くしたりはしていない。村にいた時と全く同じ態度で接している。けれどマリアにとってはそれも気に入らなかったのかもしれない。思い返せば冒険者たちにちやほやされている時のマリアはそこはかとなく嬉しそうであったし、何というか神様仏様マリア様くらいのノリで持て囃せばもしかしたら彼女も満足したのかもしれない。
もしそうであったとしてもカシスはそれを実行しようとは思わないが。
だってマリアの母は村の人が怪我をした時皆平等に治していたけれど、マリアは違ったのだ。
怪我の深い人を優先させる、とかであればカシスだって納得できた。けれど、怪我の程度が軽かった村長さんとこの息子を優先して、それよりも酷い怪我をしたお隣のおばさんは後回しにしていた。勿論マリアなりに何らかの事情があったのかもしれない。けれどもマリアはそれすら弁明も釈明もしなかった。それ以外にも似たような事が何度かあって、だから余計にマリアに対していい印象は無かった。事情があるなら聞くつもりではいた。けれど彼女は何も言わない喋らない。
いくら長い付き合いとはいえ、言わなくても察しろというのは無理がある。だって長い付き合いっていっても本当にただいるだけで、お互いを理解しあったわけではないのだから。
「はー、これでようやく冒険者からもオサラバできるよ」
アルコール度低めのカクテルを飲みながら、カシスは上機嫌だった。いくら同じ村の出身だからっていっても、カシスはマリアと仲が良かったわけじゃない。何が理由かは知らないがマリアがあの時カシスの腕を掴んで一緒に行くとばかりの行動に出ていなければ。
勿論あの村で、あの人数で生活していくのは難しかっただろう。だからカシスも他の町や村へ行く事になっていたはずだ。けれど、そっちの方が良かった。生き残ったお向かいのおばちゃんが一緒に来るかい? なんて言ってくれていたし、行くアテがなかったわけじゃなかったのだから。
なおおばちゃんが誘ってくれたのはカシスだけでマリアは誘われてすらいない。
……今にして思えば、それもマリアは気に食わなかったのかもしれない。
けれど、それって悪いのは誰かなぁ、と思えばマトモに村の人たちと関わらなかったマリアじゃないのか、とカシスは思うのだ。
マリアはきっとあの村に不満があったのかもしれない。でも、決してマリアはあの村で、出ていかないようにと足を縛られていたわけでもないし、自由に行動できていた。
不満があるなら出ていくなりできたはずだ。それに、癒し手としてじゃなくたって、村の中で生活するにしたって、自分の意見を言うくらいしても良かったはずだ。余程の我儘じゃなければ村の皆だって耳を傾けるくらいはするのだから。
マリアの母は、マリアがあまりにも大人しすぎる事を心配してもいた。
自分がいなくなったらあの子は一人でやっていけるのかしら……なんて心配して、なるべく村の皆と馴染めるように母親なりに色々と手を打っていたのに。
あの時のマリアは母の背中に隠れるようにしてじっと見ているだけだった。
カシスの中のマリアに関する思い出なんてどれもこれも似たようなものだ。
何も言わず、ただじとっとした目でこっちを見ている。どうしてわかってくれないの。そんな風に責められているような気さえした。
マリアは数少ない癒しの力の持ち主ではあるし、見た目はそれなりに可愛らしい方だ。だからこそ、あの冒険者たちもちやほやしている。マリアもそれをわかっていて、だからこそ彼らと一緒の時は拙いながらも声を出して話をするのだろう。知り合って間もないような相手と話せるなら、村からずっと一緒にいたカシスとはもっと話をしていたっておかしくないはずなのに。
話をしたくないのなら。そんな相手をどうして一緒に連れ歩くのか。
……やめよう。マリアの事なんて考えても何も良い事がない。
ほんのり酔いはじめた頭でもそう思うのだから、カシスはどうにかしてマリアの事を頭の中から追い出すように軽く振って、そうしてヘーゼルから勧められたおつまみに手を伸ばした。
魔女であるヘーゼルはそれなりにヤバい魔法を使える。
とはいえそれを大っぴらに言うとまた人間が怯えるだろう事はわかりきっているので、わざわざそれを口に出した事はない。
けれど、言わないという事はそれを使えるという事を知られていないという事でもあるのだ。
ヘーゼルは割と友好的に近づいてきたカシスの心の中を魔法で盗み見た。
以前友好的に近づいて、そうして隙を狙って……なんて事があったから。
けれどもカシスの心の中からはヘーゼルに対する敵意なんてどこにもなくて。
それどころか、一緒にいて楽しい! という気持ちすらあって最初は困惑したのだ。けど、裏がない、とわかってからは一緒にいるのが心地よくなった。
どうせならもっとずっと一緒にいたい。
そうだ、折角だしカシスをこちらに引き込めないだろうか、なんて考えもした。
ヘーゼルは一応各地を適当にふらふらして冒険者紛いの事をしているので。でもそこにカシスが一緒にいてくれれば、何だかとても楽しくなりそうだった。
けれども、カシスを引き抜こうとしてもマリアが邪魔をする。
ヘーゼルは早々にカシスの仲間面してる冒険者たちやマリアの心の中も魔法で覗き見ているので、あいつらがカシスをどう思っているのかもよく知っていた。
冒険者たちはマリアが連れているから。
ついでに見た目が悪いわけでもないから、まぁ連れていってやってる、くらいの認識。
村が滅んだみたいだし、じゃあ行くアテもないわけで、だったら追い出すなんて言えば捨てないでと縋り付いてくるだろう。
そんな風に軽く見ている節すらあった。
縋り付いてくれば、捨てられたくなければ、と色々申し付ける事もできる。マリアはある程度丁重に扱わないといけないが、カシスは多少乱暴に扱っても大丈夫だろう。
そんな、ヘーゼルからすればお前を乱暴にしてやろうか、と思えるような事まで考えてる奴がいて、それはもうイラっとしたものだ。
マリアもまたヘーゼルからすれば気に食わない。
マリアがカシスを引きつれているのは、同じ村の出身である程度自分の事を理解できている召使みたいな認識をしていたからだ。
確かに癒し手として村の中で彼女の世話係のような事をしたりもしたけど、カシス以外の同年代の子らもそうだった。マリアの中であの村の連中は自分に傅くのが当然の存在であり、自分が何を言わずともそれを察してくれて自分のために行動するのが当たり前、という認識ですらいた。
思い上がりも甚だしい。
一応、それでも彼女の事を少しでも良いように見ようとするなら、彼女の母が癒し手として村でちやほやされていたせいで、それが当たり前だという認識を幼い頃に植え付けられてしまった、という部分はある。
けれどもマリアの母はそれに驕らずいたようなので、彼女の母と比べればやはりマリアを良い方向性で見ようという意識は早々に失せた。
何せマリアの心の中は、自分は選ばれた人間で、だからこそ周囲は自分のために尽くさなければならない――そんな思い上がりたっぷりだったのだから。
マリアが共に行動している冒険者たちの見た目がそれなりに良い事もあって、余計に勘違いしているのだろう。マリアは自分の外見の良さをよく理解している。全く喋らないわけじゃない。時々、彼ら相手にはぽつぽつとではあるが喋るのだ。
だがそれも、意思の疎通が上手くいかないからというものではなく、普段あまり喋らない自分がわざわざ口を開いてその声を聞かせている、という部分に価値をつけているのが見て取れた。
ヘーゼルはマリアの心の中を見た時、ある意味で感心したのだ。
すげぇなこの女、一体自分をどこまで上の存在だと思ってるんだろう、という意味で。
絶世の美女だとか、それこそ国を傾けかねないくらいの美貌がある、とかであればそれくらい思い上がってもわからなくはないのだが、マリアの見た目なんて世間的に見て確かに良い方ではあるが、中の上とか上の下くらいだ。そこに人間性とか性格を加味すればトータルで下の下だとヘーゼルは思っている。
むしろ下の下枠の他の連中に失礼だなとすら。
ヘーゼルの中ではカシスに対して酷い目に遭わせている元凶みたいなものなので、評価はとても激辛であった。
だからだろうか。
カシスはあいつらから解放されて清々したー♪ とご機嫌のようだが、ヘーゼルからすればそれで終わらせてたまるか、という思いがあった。友人を傷つけられて黙っていられるかという話でもある。
カシスは別に何かとんでもない願い事を口にしたわけじゃない。少なくともマリアに対して治癒の力を使うなら、怪我の重い相手からにしてほしいだとか、せめてもうちょっとちゃんと喋って、意見を言ってと向き合おうとしていただけだ。関わりたくないと思っていてもそれでも共に行動をする以上、それなりに状況の改善を試みていたに過ぎない。
そして冒険者たちに対しても、マリアの力を持て囃すのはいいけれど、それで全部を許容するのはどうかと思うと苦言を呈していただけだ。とはいえその頃既に冒険者たちは普段喋らないマリアが拙いながらも村での事やカシスに関して告げ口していたから、カシスの言葉などマトモに聞いちゃいなかったようだが。
精々マリアに嫉妬して自分をもっと優遇しろとのたまっている、程度にしか認識していなかっただろう。カシスはそんな事を望んでいたわけではないというのに。
マリアにまんまと転がされている、と考えれば冒険者たちも被害者なのかもしれないが、それでカシスを軽んじていい理由になるはずがない。
魔女に喧嘩売ったも同然なんだから、あいつらには是非とも痛い目をみてもらおう。
ヘーゼルはご機嫌なカシスを微笑ましく眺めながらも、内心では憎悪の炎を燃え上がらせていた。
――冒険者たちはとっていた宿の食堂兼酒場でカシスを追い出した事をリーダーから聞かされていた。その場には当然マリアもいる。あいつ追放したのかよ、と驚く者、まぁあいつ口うるさかったしな、で追放された事をむしろ当然と受け止める者、反応としては様々であったけれど、リーダーが下した決定に逆らう者はいなかった。
「ま、どーせ行くアテなくてすぐ戻ってくるだろ」
「それで、是非ここに置いて下さい~って泣きついてくるってか?」
「ははは、自分の立場ってものをこれからはもっと弁えてもらわないとな」
口々に好き勝手言っている冒険者たちは、既に酒が入っている事もあってか顔を赤らめてご機嫌の様子であった。
「戻ってきたらどうする?」
「折角邪魔なの追い出したんだろ? じゃあ別に追い返せばいいんじゃないか?」
「でも、自分の立場っての弁えたらこれからはもっと使い勝手が良くなるだろ」
「……それもそうかぁ?」
「いやー、俺はどうかと思うぜ? あいつマリアがいるのに傷薬とか買い足しておけってやたらうるさかったし、戻ってきてもお前にやる傷薬はねぇって言ってやりたいくらいなんだが」
「あー、マリアがいるならわざわざ薬なんて必要ないのにあいついっつも自分で買い足してたよな」
好き好きに言う冒険者は勿論気付いていない。
マリアは冒険者たち優先で怪我を治しているので、カシスは後回しにされていた。そしてある程度力を使った後は疲れてしまうのでカシスの傷をマリアはほとんど治した事などないという事実を。
それもあってカシスは傷薬を必要としていたに過ぎないのだが……
勿論マリアは気付いている。
怪我の度合いであまりにも重いようなら治していたが、軽いものであれば放置していた。ほっといても治るようなものだから、とマリアは素で思っている。同じくらいの怪我でも男性相手であればすぐさま治すくせに。
だがそれはマリアの中では男性は自分を守ってくれるのだから、ちょっとの怪我が原因で動きに支障が出たら困るという理屈があった。カシスも守ってくれなかったわけじゃないけど、危ない時に腕を引いたりする程度だ。別に身を挺して庇ってくれたとかではない。なら、別に大した怪我じゃないならいいかな、と本気で思っていた。
マリアはカシスの守り方に不満を抱いていた。腕を引くだとかするんじゃなくて、もっとちゃんと自分の前に立ちはだかって魔物の攻撃を防いでほしい。どうして自分が動いて回避しなければならないの。そっちがどうにかしてちょうだい。自分に触れて位置を強制的に移動させるなんてもってのほかなんだから。
マリアは本気でそう思っていた。世界の中心は自分なのだ、くらいに思っている。今はこんなだけど、いずれはきっと素敵な王子様が自分を見初めてくれるだろうし、そうなったらこんな暮らしとはお別れできると根拠もないまま本気で信じていた。
村での母の事を思い出すと、自分はきっともっと高貴な生まれで、だからこそいつかは……と思い込んでいた。
本当なら母だってあんな村で終わるはずの人間じゃなかったはずなのに……いいえ、だからこそその分もあわせて自分はもっと、もっと幸せにならなければいけないのよ。
そのために周囲の人間はもっと自分の役に立たなきゃいけないの。
そんな本心を知られれば間違いなく周囲からは人がいなくなるような事を思いながらも、マリアはしかしそんな内心を悟られないように冒険者たちを上目遣いに見た。
「あの、でも、もしカシスが戻ってきたら……ちゃんと謝ったら、許してあげて……?」
そう言えば冒険者たちはマリアは優しいななんて言ってちやほやしてくれる。
そうだ。もっとわたしを褒め称えなさい。それが貴方たちの役目なんだから。
そんな風に思っているなんて冒険者たちは気付かない。マリアの思い通りに動いてくれる彼らの称賛の声を聞きながらも、マリアは内心でほくそ笑んでいた。
彼女もまた、カシスが戻ってくると信じて疑っていなかったのだ。
彼らにとっての破滅は思っていたよりも早くに訪れた。
カシスが戻ってこないまま数日。すぐに戻ってこないのはきっとどうやって謝るかで悩んでるんだろう、なんて楽観的な事を思いながらも、いつまでも宿に留まっているわけにもいかない。彼らは新たに稼ぐべく最近発見されたという古代種族の遺跡へ向かうべく森の中を進んでいた。
そういった遺跡には意外なお宝が潜んでいる。一獲千金とまではいかなくとも、それなりの大金を得る機会でもあった。
その途中、彼らは別の冒険者パーティと遭遇した。
全員が女性で、男ばかりのこちらと比べると圧倒的に華やかであった。
全員が全員ボンキュッボンというスタイルで、思わず彼らの鼻の下が伸びる。
露出の高いビキニアーマーの女戦士に肌こそ露出していないが服の上からでもその艶めかしいラインがはっきりとしている弓使い。清楚な法衣であるはずなのに、その体型のせいでやけに背徳的な色気を漂わせている治癒術師。そして服をきちんと着ているものの所々に露出のあるタイプのチラリズム衣装の魔術師。
マリアの体型が若干大人しめである事もあって、彼らの視線はそちらの女性たちに釘付けだった。
面白くなさそうにマリアがじとっとした目で彼女たちを見ているが、そんな事にすら仲間であるはずの冒険者たちは気付きもしなかった。
聞けば彼女たちもこれからその遺跡に向かうらしい。
こういう時、そういうのはライバルとなるのだが、彼らはそれでも一緒に行かないかと誘いかけていた。マリアは確かに清楚で守ってあげなければならないという思いに駆られる程度には魅力があるが、それでもやっぱりナイスバディの見た目には負ける。女性冒険者たちがそれぞれタイプの違う魅力の持ち主のせいで、とても新鮮味があったというのもある。
彼女らは快く了承し、道中彼らは彼女たちとの会話で盛り上がっていた。
ただ一人、会話に入らないマリアを除いて。
短時間ですっかり打ち解けた面々は、そのまま遺跡へと辿り着き各々探索を始める。
この時点ですっかりふてくされてしまったマリアは、わたし不機嫌です、というのを隠しもしないで遺跡の入り口付近をうろうろしていた。
いつもなら誰かしら話しかけてくるはずなのに、誰もこない。
彼らはすっかり女性冒険者たちとそれぞれ組んで奥の方へ移動してしまった。
今からでも仲間の誰かを追いかけていれば良かったのだが、追いかけたところでマリアは普段自分から率先して話をするタイプではない。というか、内心で思う事は大量にあるけれどそれを言葉にするとなると途端に出てこなくなるタイプであった。言いたいことの半分どころか十分の一も言えなくて、向こうから察してもらうのを待つだけというのもどうかと思うが、それでどうにかなってしまっていたせいですっかりそれはマリアの悪癖と化していた。
更にマリアは自分の下僕にもなりそうにない同性とは話す必要性を感じられない、という考えを持っていた。だからこそ、今から誰かを追いかけていっても、そこにいる女冒険者に話しかけるなんてもってのほかだし、ましてや向こうから話しかけられても話をしようという意識すら存在していなかった。
けれど、その場に仲間の冒険者がいるなら女冒険者の方を無視するわけにもいかないだろう――だって仲間たちが抱いているマリアのイメージはあくまでも引っ込み思案で口下手だからあまり自分から喋らない控えめな娘だ。実際は大きく異なるのだが、女冒険者からの言葉を完全無視してしまうとそれはそれでそのイメージが崩れてしまいかねない。
自分から捨てるのは許せるけれど自分が捨てられるのは許せない。マリアは当たり前のようにそう考えていた。もしそんな内心を冒険者たちが知れば何様だよと吐き捨てていただろう。
今からでも誰か戻ってこないだろうか。マリアを一人置いていってしまって本当にごめん、とか言いながら戻ってくれば今ならまだ許してあげるんだけど……なんて思ってその場で動かず待っているうちに、周囲が薄っすら白くなりはじめた。
どうやら霧が出てきたらしい。
周辺に魔物の気配はないので問題ないとは思うが、それでも視界がハッキリしないというのは落ち着かない。何でこんな時に一人だけなんだろう、と周囲に誰もいないのをわかっているからこそマリアは普段のイメージをかなぐり捨てて小さくではあったが舌打ちをした。
最初のうちはまだぼんやり周囲が白っぽくなってきているな……程度だったのが、あっという間に周囲がロクに見えないくらい真っ白になっていく。
「……ッ! ちょっと、誰か、誰かッ! いないのッ!?」
あまりにも周囲が見えなくなってきて、マリアは急に不安に見舞われた。普段であればじっと黙ったまま待っているだけだっただろうけれど、周囲もマトモに見えないくらい真っ白になりなりふり構っていられないとばかりにマリアは叫ぶ。
「なんで、どうしてッ!? 置いていくのよッ!? 何かあったらどうするつもり!? こういう時にわたしを守らないでどうするっていうのよッ!?
あんたたちなんてわたしを守る壁なんだから、こんな時にちゃんといなくてどうするの!? 役立たずッ! 役立たず役立たず役立たずッ!!」
「なんだよ、それ……」
「えっ……」
返事が返ってくるとは思っていなかった。
だからこそマリアは虚を突かれたようにぽかんとして声がしたと思しき方へ視線を向ける。
視界は未だ真っ白だったけれど、霧が僅かにではあるが晴れつつあるのを感じた。
霧の向こうに誰かいる。それは理解できた。
そして理解した時点で、マリアは顔をさっと青ざめさせた。
あまりにも唐突に白く染まった視界に不安になって、混乱しかけていた、と今なら自覚できる。
そして不安が高まって、思わず胸中をさらけ出すように喚き散らかしてしまった。
仲間たちはさっさと遺跡の奥の方へ行っただろうから、誰かが引き返しでもしない限りこれが聞かれる事はなかったはずだ。けれどもあいつら、女冒険者たちにデレデレと鼻の下を伸ばしながらこっちの事なんて忘れたかのように行ってしまったし、戻ってくるはずがないと思っていたのに。
霧が徐々に晴れていく。そうして周囲に仲間たちがいるのが見えた。そしてその近くには女性冒険者たちの姿も。
女性冒険者たちはぽかんとした表情を浮かべていた。
それはまるでわけのわからないものを見てしまった……とでも言い出しそうな表情で。
男性冒険者たちは何か汚らしい物を見てしまった、とでも言いそうな顔でマリアを見ていた。
「マリア、お前普段からそんな風に俺たちの事思ってたってのかよ……」
「ぁ……ぇ……?」
リーダーが忌々しいとでも今にも言いそうな顔でマリアを睨みつけている。違うの、とばかりにマリアは首を横に振ったけれど、しかし仲間たちの表情が和らぐ事はなかった。
「どうやらこの周辺にはこの遺跡のかつての持ち主だった種族の魔術が刻まれていたようですね。先程の霧も恐らくはそれが原因でしょう」
女魔術師が涼やかな声で告げる。
「入り口付近に仕掛けられていたという事は……敵対している種族、もしくは仲間の振りをした裏切り者を炙り出すためのものだったのではないかと。だからこそ、あの霧の中にいるうちは本心が口から出てきやすくなる……そう思っていいでしょうね」
「やっ、ちが、ちがうの……!」
余計な事言いやがって! そう罵りたいのを堪えてマリアは精一杯か弱く見えるようにゆるゆると首を振って、少しだけ後ろに後退った。違うの、そうじゃないの。本心なんかじゃない、そう信じてもらえるように仲間たちを見る。身長差があるので必然的に上目遣いになるのもあって、今のマリアはさぞか弱く、まるで言いがかりをつけられている可哀そうな少女、とでも見えるだろうと内心で自覚しながら。
「違うって何がだよ」
「それは……」
弁明しなければ。それは理解できている。けれども、先程口から迸った言葉は紛れもなくマリアの本心であったのもまた事実。それを違うのと誤魔化そうにも、咄嗟の事すぎて上手く言葉が出てこない。
とにかく思いもしなかったことを口走ってしまった……と思われるようにしなければ……とマリアは必死に思考を巡らせる。だがそれよりも早く、女戦士が口を開いた。
「そもそもさぁ、なんだってあんたはここにいたんだい?」
余計な口挟まないで! と叫びそうになりながらもマリアは女戦士を見た。明らかに呆れた様子の女戦士は、じっとりとしたマリアの視線など全く気にも留めていないようだ。
「仲間とはぐれたってんなら戻ってくるのもわかるけど、あんた最初っからずっとここにいたんだろ? だって誰の後ろにもついてくる気配なかったもんね?
でもさ、ここに来る途中で皆で話してた内容は聞いてたんだろ?
……まさか聞いてなかったのかい?」
信じられない、とばかりに女戦士は男冒険者たちの中のリーダーを見た。リーダーも嘘だろ……みたいな顔でマリアを見ている。
一緒にこの遺跡に行こう、という話になった時、自然とお互いがお互い話をするような形になってはいたけれど、遺跡についた時点である程度手分けして見て回ろうという話になっていたのだ。
一応時々女戦士がマリアに声をかけたけれど、彼女は普段通り一言も喋らず黙っていたので、女戦士は男冒険者たちに彼女は耳が聞こえていないのか、それとも口が利けないのかと問いかけたのだ。
けれども冒険者たちはマリアは少し引っ込み思案なところがあって……と言葉を濁しつつも、でも話を聞いていないわけじゃないから、とフォローしてはいたのだ。
だがしかしここで一切マトモに話を聞いていなかったという事が発覚。
女戦士の呆れた様子も無理はない、どころか、他の女冒険者たちも同じように呆れた視線を向けていた。
確かにあの時会話をし始めた時点でマリアは会話に入らなかった。そうして内心で何よ鼻の下伸ばしてデレデレして……と仲間たちに対する不満をぶちまけていて、周囲の会話なんて雑音同然とばかりに聞いてすらいなかった。まさかこの遺跡についてから誰と誰が組んでみて回るか、の話もしていたなんてマリアはこれっぽっちも思わなかったのだ。そんな事よりももっとわたしを気にかけなさいよ! とばかりに内心文句たらたらで、そっちに意識が完全にいってしまっていた。
しくじった、と思った。
大人しくて健気で控えめでか弱い少女、という印象が一気に崩れ去るのを感じて、マリアは舌打ちしそうになったのを直前で堪える。これ以上化けの皮を剥がすわけにもいかない。
「ところで、先程の言葉を思い返すに守ってもらう予定だったんですよね?
では、どうしてその仲間たちの怪我を完全に治さなかったのですか?」
どうにか弁明しようとしているマリアに、次に問いかけたのは治癒術師だった。治癒魔法の使い手は貴重であるとはいえ、それでも全くいないわけじゃない。けれども自分とキャラがかぶっている治癒術師をマリアは快く思っていなかったし、いきなりわけのわからない事を聞いてくる女に、今考え纏めようとしてるんだから余計な口を挟まないで欲しいとばかりにマリアは苛立たし気な目を向けてしまった。
ここに来る途中で魔物と遭遇してできた傷に関してはきっちり治している。だからこそ、余計な口出しにしか思えなかった。
「さっき、彼女に怪我をきちんと治してもらったんだけど、凄いよ彼女。自分でも気づいてなかった小さな傷まで気が付いてくれて、全部綺麗に治してくれたんだ」
「マリアは目に見える怪我だけしか治せないもんな」
仲間の言葉にリーダーが乗っかる。
その言葉にそこはかとなく悪意が滲んだように聞こえたのは決して気のせいではないだろう。
何せさっきのマリアの言葉を聞いて、それについてせめて謝罪の一つでも言われていればまだ許そうと思えた。仲間だからといったって、何もかも全てを許容しろというわけではない。お互いそれなりに不平不満はあるだろうし、そういうものだとリーダーも思っている。ある程度の不満は口に出してもらって、そこから解決できそうなやつとか落としどころをみつけるだとか、そうやってどうにか上手くやっていくのが仲間だろうとリーダーも彼らも思っていたし、実際マリアたちと出会う前からそうやってきた。
けれど、先程のマリアの言葉は、不平不満というよりは彼らをまるで物のように認識していると思っても仕方のないもので。
まさか守ってあげたい可憐な少女が、こんな醜悪な一面を持っていたなんて思っていなかったのだ。
そりゃあ人間だし、多少、悪い面というのはあるだろうと思っていた。というか、必要以上に喋ろうとしない、己の意思を中々表に出さない部分は彼女の悪い面だと彼らも思っていたのだ。
けれどもそれでも時々話をするようになってきたし、少しずつ歩み寄って改善されつつあるのだと思っていたのだ。
そう思っていた何もかもが裏切られた気分であった。
「だって、見えない部分の怪我なんて、わかりようが……」
わざと治さないわけじゃない、とばかりに言うマリアに、治癒術師は小首を傾げた。
「あら、でも、魔法をかける時に魔力の流れだとかでわかるでしょう。そういうの。基本中の基本ですし」
「知らないッ! そんなの知らないッ!!」
この状況をどうにかしないと、とは確かに思っているのだがマリアがどうにかするより先に次から次に事態が変化していって、もう何から手を付けていいのかわからなくなってマリアは思わず叫んでいた。そんなの知らない。教わってない。そう喚けば、治癒術師はあら? と更に首を傾げている。
「おかしいですねぇ。でも、だとしたら教会へは行かなかったのですか?
教会には少ないとはいえ治癒術師の使い手がいますし、そういった手解きもしていらっしゃいます。教会の神父か巫女は本格的とはいかずともちょっとした軽傷程度なら治せるおまじない程度の回復魔法が使えるというのは一般常識ですし、神殿関係者ではない治癒魔法を使える人というのは大抵教会に足を運ぶのですが……」
「そうだね。独学でやるにも限度があるし、基礎はきちんと学んだ方が治癒能力の向上、並びに消費魔力を抑えるなんて事もできる。いや、その上でその程度の力しかない、というのであれば申し訳ないけど」
治癒術師の言葉に続いて女魔術師が繋げる。どこか揶揄したような言い方に思わず睨みつけてしまった。
だって今、所詮お前はその程度、と言ったも同然だったのだ。馬鹿にされてそれを気にしないなんてマリアには無理だった。
「そんなの……知らないわ。教わってないもの」
実際マリアはそんな事知らなかった。母が治癒魔法を使っていたのを見ていただけで、自分はそんな事教わった事すらないのだ。
そういったものを教えてもらえる場があるなんて話も聞いた覚えがない。
だが――
「あぁ、だからカシスはしょっちゅうマリアを教会に誘っていたのか」
仲間の一人がぽつりと呟いた事で、マリアにとってあまりいい状況じゃないのは確実となった。
思えば確かにカシスは町に着いた時によく教会へマリアを誘おうとしていた。
神に祈って何になるの、と思っていたマリアは頑なに足を運ばなかったが、カシスはそれでも懲りなかった。最終的にあまりにもしつこいなと思ってマリアはリーダーにカシスがいつも無理強いするの、と困ったように言ってリーダー経由でやめさせた覚えがある。
リーダーもその事に思い至ったのだろう。
「もしかしてアレか!? くそっ、そうとわかってたら俺だってカシスにあんな注意しなかったのに……!」
最終的に治癒魔法が上達していれば、リーダーたちにとってもメリットしかないわけで。
だというのにマリアの言い分しか聞かずにカシスが嫌がるマリアを無理矢理どこか――それこそ治安の悪いどこかに連れていこうとしているとでも思いこんで、もうやるなよ、なんて言ってしまったリーダーはここにきて真実に気付いてしまったようだ。
ますますマリアの状況が悪くなっていくのを感じ取る。
「……カシス? あぁ、さっき言ってた追い出したって娘? ふーん、その様子じゃもしかして他にも色々無い事無い事吹聴してたのかな? だって目障りだもんね、自分以外の女とか。
ねぇ、さっきからさ、男と女に向ける視線の鋭さとか明らかすぎるのわかってる?
もっと上手くやらないとバレると思うんだけどね」
弓使いに言われ、いつもの癖でつい睨みつけてしまってからマリアは気付く。
ハッとなったけれど、もう手遅れだった。
仲間たちもその表情を見て、うわ、なんて小さく呟いて明らかにドン引きした様子だった。
今までは、そんな風に見るのはカシスだけだった。
他の仲間といても彼らにそれを見られないようにやっていたけれど、ここにきて余裕のなくなってしまったマリアは取り繕うのも難しいくらいにやらかしてしまったという事実を今更ながらに気付いてしまう。
――結局この後は、何をどう言ってもマリアの言葉が信じられることもなく。
というか、言えば言うだけ女冒険者たちがツッコミを入れてきて仲間たちがそれにますます冷めた顔をしていって。
遺跡を後にして町に戻ってきて、そこでリーダーはマリアに別れを告げたのである。
いくら貴重な治癒魔法の使い手といっても、自分たちの事を身を守る肉壁くらいの認識しかしていない相手を仲間とはとても思えない。
結局マリアは最後まで違うの、と言っても謝るような言葉は一つも出てこなかったので、彼らもマリアとはもうやっていけないなと判断したのである。
一応この町には冒険者ギルドも存在しているし、ここで別れたとしてもマリアがどうしようもない状況で放り出したという事にはならない。
故郷がマトモに残っているならそちらに送り届けるのが義務かもしれないが、彼女の故郷は既にない。
であれば、新たに行き先が定まっているならともかくそうでないのなら、彼らとしては穏便に冒険者ギルドで仲間ではなくなりました、と手続きをするだけだった。
この時リーダーはつい追い出してしまったカシスに関してどうするべきかと悩んだけれど、受付嬢がその方でしたら貴方たちが遺跡に行ったすぐあとにやって来て、別の方とパーティを組んでいかれましたよ、と言われたのでこちらもきっちり手続きを行う。
あいつと組むようなのいたのか、なんてちょっと失礼な事を思っていたら受付嬢から聞かされた特徴がどう聞いても時々一緒に行動する事になっていたヘーゼルで、あぁ、思えばあいつの魔法も強力だったな……カシスがまだここにいたら、あいつもこっちに引き込めたかもしれなかったのか……なんて今更のように後悔する。
遺跡までの道を一緒に行動していた女冒険者たちも町に戻って早々に解散してしまったし、何というか一気に自分たちのパーティはむさくるしくなってしまったな……とすら思うも、今更マリアとやっていけるはずもないし、カシスに戻ってこいなんて言えるはずもない。
言えたとしても彼女が戻ってくるとはリーダーも思えなかった。
今にして思えば、カシスがマリアに関して苦言を呈していたのは当たり前の事ばかりだった。それを、か弱いマリアを虐めていると思い込んでしまった自分たちがカシスを誘ったからとて、もうマリアはいないからなんて言ってもまず無理だろうとは流石に分かり切った事だ。
揃いも揃って人を見る目がなかったんだな……なんてリーダーは思わず深いため息を吐いたのである。
――もうお前とはやっていけねーわ、という事で独りになってしまったマリアは、途方に暮れていた。
冒険者ギルドで他に誰か、仲間に入れてくれる人がいればいいけれど、自分から言いにいくのは何というかマリアのプライドが許さなかったのだ。
請われて、どうしても、と願われていくのであればいいけれど、自分から頭を下げるのは嫌だった。
そしてやっぱり自分から話しかけるのがイヤで、むしろ周囲がどうして自分のために動いてくれないのかと筋違い甚だしい事を思いながらも、どうにか仲間にしてくれそうな冒険者パーティを物色する。
同性は自分に対して優しくないからイヤだった。
今度はもっと上手くやろうと思うので、異性のパーティがいい。上手くやればちやほやしてくれるはずだから。
けど、男女混合のパーティは駄目だ。
あの女がわたしを虐めるの……とか弱く儚い感じに言えば追放してくれるかもしれないけれど、ちょっと前の女冒険者たちみたいなのだったら逆にこっちが返り討ちにあってしまいそう。
男だけのパーティが望ましいけれど、ブサイクはイヤ。
見た目は儚くか弱い庇護欲をそそりそうなマリアではあるが、内面は恐ろしいくらいにプライドが高く、冒険者パーティの物色をしていたその目だけはやたらとギラギラしていたせいで。
マリアを自分たちのパーティに入れてもいいよ、という冒険者たちは中々現れる事がなかったのである。
当然だろう。厄介ごとの気配しかない女を招き入れるなんて、マトモな神経をしていたらとてもじゃないが……という話だ。
そうでなくともマリアの第一印象はすこぶる女性冒険者からは悪く、確かに見た目可愛いけど嫉妬か? なんて揶揄した男冒険者は女冒険者に即座に肘鉄を叩きこまれていた。
あんなのに嫉妬とかするわけないでしょ、なんて言い捨てた女冒険者の声が聞こえて思わず睨みつけてしまったマリアのその恨みがましい視線に気付いた別の冒険者がドン引きしていた。
結局この町ではマリアを仲間に、なんていう冒険者は誰も現れず、マリアはなけなしの金をはたいて別の町へ行く事にしたらしい。
この町にいても生活がままならなかったからだ。
仕事を探そうとも思ったけれど、この町にはロクなものがなかった。
であればいつまでもここに残っていても、所持金が減っていく一方だ。そろそろ行動しなければならない、というのは流石に理解している。
ちやほやされたい、という願望は捨てず、かといって安い仕事はしたくない。高望みしたまま、とりあえずここよりもうちょっと賑やかで、人の多い街へ行けば自分にぴったりの仕事があるに違いないと信じて、マリアは乗合馬車に乗ったのである。
その直前に見かけてしまった知った顔を盛大に睨みつけてから。
「――何かあった? ヘーゼル」
「ん? いいや、何も?」
「そう?」
にこっと笑えばカシスはそれ以上聞いてはこなかった。
そうそうなぁんにもなかったよ、と言ってヘーゼルは内心で舌を出す。
乗合馬車に乗ろうとしていた直前だったというのにこっちに気付いて凄い顔で睨みつけていったマリアの事なんて、わざわざカシスに伝える必要もない。
あの女が仲間だった冒険者たちに見限られたのは知っている。
というか、そう仕向けたのだから当然だ。
知り合いの魔女仲間に頼んで実行してもらった。
知り合いは皆楽しい事が好きなので、ノリノリで実行してもらったのだ。
そうして仲間から追放されてしまった憐れな小娘は、この町で他の冒険者たちの仲間にも入れてもらえず新天地を目指す事にしたのだろう。
まぁ、無理だろうなと思っている。
マリアの事を何も知らない人が見れば確かに可憐でか弱く儚さあふれる、あっ、この娘は自分が守ってあげなくちゃ……! と思えるようなものなのだが、しかしその中身は儚さとは対極の位置にある。
常に自分が中心にいないと気が済まないくせに、自分から話を振るのも面倒がって、それどころかこちらが相手の思っている事を察してそのように行動するのが当たり前だとすら思っているような相手だ。
本性を知れば大抵の人間は離れていくだろう。
魔女仲間たちがマリアと別れる時にノリノリでこっそり呪いも仕掛けたらしいので、多分猫を被っても肝心なところで本性がバレたり、途中までは上手くいってもその後は失敗の連続、とかそういう事になりそうだ。
教会で慎ましやかに修行とかして巫女とかになって暮らせばもしかしたらそのうち呪いは解けるかもしれないけれど、仮にもヘーゼルが実力を認めている魔女仲間だ。そう簡単に呪いの痕跡なんて残していないし見破られる事もないだろう。
であれば、マリアが巫女としてやっていこう、とか思うはずもないので多分呪いは数十年単位でかかったままかもしれない。
別に巫女じゃなくても清く正しく美しく生きていけば呪いもそれなりに早い段階で消えるとは思うけれど……マリアのあの人間性では到底無理だろう。
何せさっきの別れ際ですらアレだ。
マリアにとってかろうじて友人枠だったカシスも今はもうマリアから解放された事にウッキウキだし、仮にさっきマリアの存在に気付いたとしても馬車に乗ってどこかに行くのを理解した時点で笑顔で見送っただろう。二度と会わないようにしようね! くらいの気持ちでもって。
マリアはあの時点で、もしかしたら少しは期待していた可能性もある。
絶対無いけどこっちが仲間に誘う可能性を。
自分から仲間に入れて、とは絶対言わないのをヘーゼルは理解している。何せマリアはあれでああ見えてプライドがえげつないくらいに高いのだから。
カシスやヘーゼルに頭を下げるなんて、絶対にしないだろう。
けど一人ではやっていけないので、しばらく仲間に入ってあげてもいいよ、とかそういう気持ちがあったはずだ。けどヘーゼルが何食わぬ顔で見送った事で、自分の思い通りにならなくて「どうしてわたしの思い通りに動かないの!?」とでも思ったに違いない。そうじゃなきゃあんな顔をするはずもないのだ。
「まったく……何様なんだろうねぇ」
「え?」
「あぁいやこっちの話」
誤魔化すように笑って、カシスの手を握る。
わけがわかっていないながらも、カシスもまた手を握り返してにこりと笑う。
「さぁカシス、折角だから色んな所に行ってみようか」
別にヘーゼルは冒険者となって稼がなければならないわけでもなく、どちらかといえば道楽に近い。お金の心配はしなくていい。だからこそ、じめじめした洞窟だとか廃れた遺跡だとか魔物がいっぱいのダンジョンだとか。そんな場所を狙って行く冒険者とは違って、景色のいい所を選んで旅をする事だって可能なわけだ。
一人で見ていた時はなんとも思わなかったけれど、カシスと二人ならきっと。
絶対、楽しいに違いないのだから。