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第1話

 小さな頃大切にしていたものを詰め込んだ宝箱を、僕は今も大切にとっている。箱の中身の多くは、どんな想いが詰まっていたのかを思い出すことができない。


 それは僕が遠い昔に、あまりのショックで一度塞ぎ込んでしまったことがあって、きっとその時に全てを忘れようとしていたからなのだと思う。


 大切だったはずのそれらは、今では訳のわからないガラクタとしか呼べなかった。それでもけして捨てようと思わなかったのは、忘れている何かを取り戻したいからなのだと思う──








 高校に入学して半年が過ぎた頃だ。


 帰宅部である僕は、いつものように部活へ急ぐ生徒を見送ると、ゆっくりと教室を後にした。




 校門を出てしばらく歩くと、グラウンドや音楽室から聞こえていた生徒たちが生む様々な音は遠のき聞こえなくなっていく。静かになるにつれ、少しずつ秋色に変わりつつある景色や肌寒さを押し付ける風が主張を始めた。僕は僅かに身震いをして家路を急いだ。


 人の行き交う商店街は、街灯脇のスピーカーから流れてくる音楽や店先でお客を呼び込む声で今日も賑わっている。雑踏と聞き慣れた雑音が根暗な僕の体に染み込むように安堵を与える。


 僕は1人ではないのだと。





 商店街をしばらく歩くと、ケーキ屋の前で店内をじっと見つめる女の子が目に留まった。彼女は僕と同じ高校の制服を着ていた。


 近づくと、彼女は同じ1年でクラスは違うが入学してすぐに有名になった子だった。名前はたしか、橘玲たちばな れいだったはずだ。


 彼女はいつも無表情で、他人に興味を示すことはないと聞いていたのだが……


 目の前にいる彼女は、顔面蒼白で過呼吸を疑うほどに肩で息をしていた。


「あの、大丈夫?」


 心配になり声を掛けたが僕の声は届いていないようだった。


「ねえ! ホントに大丈夫!?」


 今度は肩を揺すり声を掛けると、やっとこちらの存在に気付いたようだった。


「ご、ごめんなさい……少し……気分が悪くなってしまって」


 彼女は手の甲で額の汗を拭いながらゆっくりと呼吸を整えようとするが、そう簡単にはいかない様子で苦しそうにしている。


「貸して。そこのベンチで少し休もう」


 僕は彼女が肩から掛けた学校指定のサブバックに手を伸ばした。


「触らないで!」


 予想外の大きな声に、僕だけでなく周囲の人たちも静まり、注目が僕らに集まる。スピーカーから流れる音楽がやけに大きく聞こえた。


 なにか言わないとと考えていると、彼女の声が聞こえたのかケーキ屋の自動ドアが開き店主のおじさんが出てきた。


「どうしたの玲ちゃん、大丈夫? また気分悪くなったのかい?」


 よくあることなのか、驚いた僕とは対照的に店主のおじさんは優しく彼女へ声をかけた。すると彼女は先ほどよりも落ち着いたのか周囲に悟られぬよう小さく深呼吸をして冷静さを取り戻した。


「もう大丈夫です。……大きな声を出してごめんなさい。私行くわ」


 彼女はそう僕に言うと何事もなかったかのように去って行った。


 呆気に取られ突っ立っていると、店主のおじさんから声をかけられた。


「君、彼女とは友だち?」


 僕は素直に答えた。


「いえ。さっき初めて話しました。なんだか体調悪そうだったので声を掛けただけです」


 おじさんは少し寂しそうな顔をした。


「そうか。彼女、誤解されやすいと思うんだけど悪い子じゃないんだよ。昔は明るかったんだけど色々あってね。学校では君も少し気にかけてくれると嬉しいな」


 そんなことを言うおじさんに、こんな奇特なお節介おじさんもまだいるんだなと感心すると同時に、感情が激しく波打った。


「ええ、まぁ僕にできることがあれば。失礼します」


 僕は心の奥底に仕舞い込んだモノが溢れ出てくる気配を感じ慌ててその場を離れた。




 気にかける? 何故? 可愛そうだから?





 ふざけるな……




 不幸も、理不尽も、自分でどうにかしろ。


 







 僕はその夜、久しぶりに小さな頃の夢を見た。






[つづく]



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