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ゾンビのミヤタさん~英雄が敗北した未来を変えるために、勇者の剣と愛と勇気と豊橋名産のちくわを携えやって来た二回目の世界、東北には太陽が昇り、花咲く明日への物語が始まる~【完結】  作者: 高山路麒
第二章 チーム明日花、始動【第一部2】

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2-20 悪原ひかげの加入

 んで。僕らは近くの飲食店に移動し、少女とついでにマタンゴさんズにごはんを奢る事にした。


「がつがつがつがつがつッ!」


 彼女は生姜焼き定食を掻き込んで、時折ホヤの餃子にかぶりつき、目玉焼きが乗った焼きそばを吸い込み、飢えが満たされて見る見るうちにその瞳に生気が戻っていった。


「もっとゆっくり食べなよ」

「ふぁい、あなたがたは本当に神様でふ!」


 少女は優しさに感動し号泣しながら食事を食べていた。一連のやり取りを最初から見ていたナバタメはやはり呆れた顔をしていたけれど。


「別にあなた方が誰に施しを与えようと構いませんがどうするつもりなんですか? このままずっとお節介をするつもりで?」

「もふっ」


 その言葉に少女の箸が止まり、目をそらして少しだけ気まずそうな表情になる。けれど空腹には抗えず、焼きそばを咀嚼した彼女は数秒後には食べるスピードが元に戻ってしまった。


「ほれほれ」

「わーい」


 ヤオは完全に無関心でホヤ餃子をマタンゴさんに与えている。はむはむと食べるその姿はとても可愛らしいけどこの一頭身ボディの何処に胃袋があるのだろうか。そもそも体内の構造はどうなっているのかな?


「えーと、まずは事情を聞いてみませんか?」

「それもそうだね」


 僕はハナコの提案を支持する。一体どういう理由があって家出をしたのか、僕らは何も彼女の事を知らないのだ。


「は、はい」

「あ、食べ終わってからでいいよ」

「すみません……」


 悲しそうに謝罪した少女は急いで最後の生姜焼きを食べ、数回噛んだだけで味わう事無く水で飲みこんだ。そして落ち込んだ様子で身の上話を始める。


「えと、私の名前は悪原あくはらひかげって言いますけど……生まれてすぐに両親がいなくなっておばあちゃんに育てられたんです。ただコミュ障なもので、引きこもっていて、おばあちゃんはそんな私に優しくしてはくれたんですけど、とうとう愛想をつかされて、杜宮で一人暮らしをして、バイトをしながら定時制の学校に通えって言われました。それが今年の春くらいの事です」

「ふむ」


 彼女はそう言っていたけどおばあさんが本当に愛想をついたのかはわからない。孫の事を思って荒療治をしたという可能性もあるし。


「最初は言うとおりにしていたんですけどすぐに上手く行かなくなって……バイトをやめて貯金も底をついて家賃も払えなくなって、その……どうしようか困っていた時にシオンって人と会ったんです」

「シオン?」


 ハナコはその名前に反応するも深堀りしなかった。もしかしたら知り合いだったのかもしれないけど、そこまで珍しい名前でもないしこの会話からは判断出来ないからね。


「シオン君はいい人で色々あって同居していたんですけどちょっと喧嘩して……家出して、なんやかんやで岩巻に戻ってきたんです。それでまあ不法侵入してマタンゴさんと一緒に暮らしていたんですが……」

「大体の事情は分かったけど」


 ひかげの説明は簡潔にする意味もあったのかもしれないが大事なところをぼかしたものだった。どういう理由でシオンという人間と喧嘩したのかも言っていないしこれだけでは彼女に非があるかどうかはわからない。


「ねー、ヨシノくん。ひかげちゃんを……」


 けどやっぱりミヤタはこう言うんだよなあ。やれやれ。


「無理じゃないけど、また? うちの世間体も気にしてよ。ことごとく街で拾った女の子を家に住まわせているから最近ご近所さんから変な目で見られてるんだよ」

「あ、いえ、その、自分はそこまで求めてないので、ハイ! こうして久しぶりに温かいごはんが食べられただけで十分なので!」


 ひかげは空気を察し即座にミヤタの提案を断る。そうするのが正しい事ではあるんだけどさ。


「いや、駄目とは言っていないけど、うーん。お金はそこまで問題じゃないよ。ただ本来これはよくないっていうか、ひかげはただ家出をしただけだし多分どうにでもなるんじゃないかな」

「うん、なかなおりするまででいいの。ダメ?」


 ミヤタもその事を理解しているのかそこの部分は妥協してくれる。そりゃそう何度も同居人が増えるのがよくないという事は子供ながらにわかっているのだろう。


「うーん」


 僕は何が正しい選択なのか熟考する。一見するとひかげはそこまで害がある人間には見えないけど……。


「?」


 僕は改めてひかげの顔を見つめた。彼女は終始おどおどして怯えた目つきをしている。


 でも――ほんのわずかだけど僕はその眼に何かを感じ取ってしまう。それは壊れた人間の誰もが持つ歪んだ光だ。


 先ほどの硫化水素自殺をほのめかした発言もそうだ。首を吊るでも飛び降りるでもなく、彼女は真っ先に周囲を巻き込む方法を例として挙げた。もちろん冗談と言われればそれまでだけど。


 狂っている僕にはわかる。彼女も人間のふりをしている存在なのだと。他者に害をなすタイプなのか、それとも自分だけを困らせるのかそれはわからないけどね。


 もし前者なら――断じてうちには置いておけない。結局、狂人と常人は同じ世界では生きられないから。


「あの、私からもお願いします。少しの間だけでいいので」

「ん?」


 だけど迷っている僕にハナコがおずおずとそう言った。願いを聞く義理は無いけど、味方が現れた事でミヤタは安心してしまう。


「うるうる」

「レイカは?」

「どっちでも。あたしの家に住むわけじゃないし」

「私も」

「ほれほれ、もっとお食べー」

「あむあむ」


 うーん、レイカとナバタメは中立かあ。ヤオはまだ餌付けしているし。賛成二、反対一、棄権三。多数決を正義とする民主主義はこういう事があるから嫌なんだよなあ。


「はいはい、わかったよ」

「わーい! ヨシノくんだいすきー!」

「よかったですね、ひかげちゃん!」


 僕は渋々折れミヤタとハナコは大喜びをする。しかし当の本人は目の前で起こったそのやり取りが信じられず呆けた顔をしていた。そしてあたふたとテンパり、わちゃわちゃと手を動かして変な踊りを踊ってしまう。


「え、いや、その、正気ですか!? こ、こんな得体のしれない怪しい奴を、な、なんでです!? 信頼関係を築いたところで宗教に勧誘するんですか!? 私お金は持ってませんし女としての魅力もないですよ!?」

「妄想力たくましいねー。まあある意味では宗教かもしれないけど。うちの教祖のミヤタ様の信者になると皆が博愛主義者になっちゃうからね」


 僕は冗談で返し今度はひかげを説得する事にした。彼女は他人からの好意を遠慮なく受け取れるタイプの人間ではないようだから少し難しそうだけど。


「でももし気が引けるならボランティアを手伝ってくれると嬉しいかな。僕らは団体を設立したばかりで、人手も足りない中手探りでやってる最中なんだよ」

「あ、やっぱり宗教の方だったんですね……」

「え、違うけど」


 そこでそんな提案をするとひかげの警戒心はより一層強まる。どうやら冗談を真に受けてしまったようだ。


「世の中の大体のボランティア団体や環境保護団体は新興宗教の隠れ蓑じゃないですか。駅前のアレとか某大学のアレとか。可愛い女の子やイケメンで誘って信頼関係を築いてから入信させるという」

「まあそれはノーコメントで」


 詳しく言うと怒られそうな事を彼女は平気で言う。流石の僕もちょっと怖いからこの話題はこれ以上掘り下げたくなかった。


「ただうちはそういうのじゃないよ。もし後ろ盾があるならあんな訳あり物件に事務所を構えるわけないよ」

「よくそれを貸し主の前で堂々と言えますわね」


 その発言にナバタメは失笑するけどこれは半分嘘だ。あの物件は修繕さえすればかなり好条件の物件だからね。ただひかげはこの説明でようやく誤解が解けたらしい。


「確かにそれもそうですね……でもそれじゃあどうしてこんな私に優しくしてくれるのかわかりません。金目当てでも宗教の勧誘でもないならどうして。わけがわかりません」


 ひかげは純粋な人の優しさを知らないで生きてきたのだろう。だからそれが理解出来ずひどく困惑し恐怖すら感じているようだった。


「少し前なら僕も同じ事を思っていたよ。けどうちのミヤタは天使そのものなんだ。誰にでも分け隔てなく平等に愛を与える。僕はそんな彼女の我がままを聞きたいだけさ」

「なるほど……そういうわけですか」


 僕の正直な説明は信頼関係を損なうリスクがあったけど、無償の愛を信じない彼女はそれに納得する。


「わたしもホームレス生活をしてたし、こまったときはおたがいさまなの!」

「だからその、迷惑じゃなければ、私たちと一緒に来てくれますか?」


 そんなミヤタとハナコの優しさに溢れる最後の一押しによって、


「……わかりました。でくのぼうな不束者ですがよろしくお願いいたします」


 ネガティブなひかげはようやく折れてくれた。なんでこちらが彼女を説得せにゃあかんのだ、という気もしたけど。


「わーい! それじゃあいつものアレを! うぇーい!」

「あ、じゃあ私も! うぇーい!」」

「え? え? え?」


 そしてミヤタとハナコは友達の証であるハイタッチをするけど、ひかげはリアクションに困りどうしていいかわからない様子だった。


「ハイタッチよ」

「あ、う、うぇーい」


 レイカの助言で彼女は朧げなイメージでハイタッチをした。きっとひかげは人生でこんな事を一度もした事が無かったからその行為の概念すら存在しなかったんだろうな。


 ともあれ僕らはこの日拠点となる城を手に入れ――やがて僕らのかけがえのない仲間となる悪原ひかげとの出会いを果たしたのだった。

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