2-19 ネガティブな不法侵入者
そんな僕らをよそにミヤタは楽しそうに建物内部を探索する。だけどその途中で何かに気が付いたようだ。
「どんなふうにしようかなー。あれ? くんくん」
「どうしたの、ミヤちゃ、ん?」
続いて嗅覚が鋭いレイカも。遅れて僕もその異臭に気が付いた。
「どうしたのですか?」
異臭はねっとりと甘く醤油のタレのような臭いがする。そして僕はこの臭いをつい最近嗅いだ事を思い出した。ただナバタメとヤオはまだ気付いていないらしい。
「もしかして!」
「あ、走ると危ないよ」
ミヤタは僕の制止を無視して散らかった廊下を走る。そして奥のほうにある一室に入ったので僕らもすぐにその部屋に侵入した。
「すぴー」
「むにゃー」
その部屋には大方の予想通りマタンゴさんが四体ほど寝転がっていた。ヨシノ家でそうしていたように缶詰の空き容器が散乱しており昨晩にでも宴を開いていたのだろう。もっともこれはなんとなくわかっていたからそこまで驚きはしなかったけど。
「おお、なんかおる!」
「こ、このキノコは何ですの!? いえ、それよりも……」
ヤオは珍獣に興奮していたけれど、ナバタメはマタンゴさんではなく部屋の中央にいた人物に戸惑っていた。
「ぐーすかー」
周りのマタンゴさんを森の小人にたとえるなら、だらしなく大口を開けて幸せそうに眠るその少女は白雪姫だろうか。しかし白雪姫にしては薄汚れてみすぼらしく、魔法をかけられる前のシンデレラにも似ている。
地味なあずき色のパーカーは汚れ長い髪もボサボサであり、少なくとも数日は文明的な生活を送っていない事は容易に想像が出来た。年齢は背格好から中学生くらいかな?
「あ、あなたは誰です!?」
「ふにゃっ」
「むいー?」
驚いたナバタメの声で彼女たちは目が覚めてしまう。ボサボサ頭の少女もようやく目が覚め、僕たちの存在に気が付いたみたいだ。
「ひゃ、ひゃああっ! ごご、ごめんなさいっ!」
そして少女は思考もせずに条件反射で土下座する。そのフォームはあまりにも美しく、相当の場数を踏んだであろう熟練の技に僕らは全員怯んでしまった。
「家出してお金が無くてついっ! マグロ漁船でも海外の鉱山でもどこでも働きますんでアニメーターだけは勘弁してください! ひぇええっ!」
「みつかっちゃったー」
「このとおりー」
「え、あ、いや」
少女は許しを請い泣き叫ぶけど、マタンゴさんたちはわたわたと彼女の前に立ちふさがり健気に庇おうとしていた。うん、相変わらず可愛いキノコだ。
僕らはようやく冷静になり代表者としてナバタメがコホン、と咳ばらいをしてから彼女に話しかけた。
「はあ、つまりあなたはここに不法侵入して生活していたと、そういう解釈でいいですね?」
「は、はひぃ」
「おこらないであげてー」
「これあげるからひどいことしないでー」
少女があっさり罪を認めるとマタンゴさんの一体は対価にカキの缶詰を差し出し寛大な処分を求めた。やたら青いその缶詰は地元の会社が作っている高級な缶詰で、おそらく彼らにとっては秘蔵の逸品なのだろう。
「なんならぼくをやいてたべてもいいからー、ぐすん」
「別にどれもいりませんが……まあ警察沙汰にするのも面倒です。すぐにここから立ち去ればこの件は不問にしましょう」
「いや、はい、本当にすみません、ありがとうございますっ!」
ビルの持ち主のナバタメは可能な限りの温情を与える。別に僕はそれでも構わなかったんだけど、やっぱりというか、ミヤタが――、
「えと、それじゃああなたはこの後どうするんですか?」
(ありゃ)
と、思ったけれどそう声をかけたのはハナコのほうだった。どうしてつくづくうちのメンツはお人よしばかりなのかな。
「そうなの! 帰るおうちがないんだよね?」
もちろんその後にミヤタも言葉を付け加えたので、僕はこの後の展開がなんとなく予想出来てしまった。
「あ、いや、そうですけど、自分が全面的に悪いので、今から駅のトイレに行って洗剤を混ぜて硫化水素を配合して交通網を二時間ほど止めてきます……」
「いやなに言ってるの、周りの人を巻き込んじゃダメだって。それに硫化水素の自殺って楽なように思われがちだけど実際はかなり苦しいんだよ?」
この見るからに濃密な負のオーラを漂わせた少女は多分だけど放っておけば自ら死を選ぶだろう。人それぞれに事情があるし、どうしようもなくなったらそれも仕方ないかもしれないけどやっぱりそうなったら目覚めが悪いからなあ。
「いいんですよ、もう自分は家族にも友達にも見捨てられたんです……迷惑をかけないようにほかの方法で死ぬので……すみません、ぐすっ」
「かなしいかおしないでー」
「ふぇぇえん」
マタンゴさんは少女の頭をぽんぽんと叩いて慰める。そして少女は耐えきれずにマタンゴさんを抱きしめた。
さて、どうすべきかな。だけど対処に困っているとぐきゅるるるー、と情けない音が聞こえてきた。
「ごはん、食べてないの?」
「は、はい。一応マタンゴさんたちに缶詰はもらいましたけど……」
少女のその説明を聞きミヤタは僕に切なそうな視線を向けた。僕は彼女の意図を理解しため息をついてしまった。
「わかってるよ。ちょっとついて来て」
「え? は、はい……」
「やれやれ、本当にヨシノはミヤちゃんに甘いんだから」
僕がミヤタの頼みを承諾するとレイカは呆れたように、けれど満足そうに笑う。
「ぼくたちにひどいことしない?」
「大丈夫だから、ね?」
これから何をされるのかわからないネガティブ少女とマタンゴさんたちは少し怯えていたけど、僕は優しくそう言葉をかけて一緒にビルを後にしたのだった。




