2-13 ミヤタのモヤッとする絵日記
そして追加で受注した引っ越し作業のボランティアが終わったその日の夕方。僕らは三人で並び帰り道を歩いていた。
「ふにゃー、おなかぺこぺこなのー」
エネルギー切れのミヤタはぐでんとなって溶けてしまいお腹をきゅるきゅると鳴らす。ゾンビでもカロリーは消費するんだなあ。
「今日はいっぱい頑張ったからね。晩ごはんは何がいい?」
「ガッツリ系ならなんでもいいのー」
「じゃあ他人丼でも作ろうか」
リクエストを聞いたところで早速僕は晩ごはんの献立を頭の中で考える。僕もカロリーを大量に消費したし身体が猛烈に炭水化物と肉を求めていた。
「あ、そうだ。ミヤちゃんに渡すものがあったからちょっとあたしの家に来てくれるかしら。すぐ近くだから」
ただレイカは道中そんな事を言ってしまう。むう、早くごはんを食べたいのに。
「うん、いいけど」
「僕もいいよ」
ま、どうせすぐに済む用事だろう。僕とミヤタはレイカの後についていき彼女の家へと向かったのだった。
レイカの自宅は市街地エリアにある真新しいマンションだった。建てられたのはきっと震災の後だろうな。
「ここがレイカちゃんのおうちなんだ!」
「無駄に広いくらいしか取り柄が無いけどね。とりあえずあたしの部屋に行きましょう」
楽しそうにしたミヤタにレイカは照れ笑いをする。意外といいところに住んでいるなと思ったけれど、ここで僕は疑問を抱いてしまった。
「ねえ、レイカってこの家の家賃もそうだけど、そもそも学費とかはどうしてるの?」
こんな高そうな家、いくら震災の影響で地価が下がっているとしても家賃はそれなりだろう。学費も合わせれば学生のバイトでは決して賄えないはずだ。
「普通に働いて稼いでいるわよ」
「いや、でも普通程度じゃ」
「ああそうね、訂正するわ。普通のバイトじゃないわよ」
「……あ、もしかして、ごめん」
エレベーターに乗った僕は色々と察して思わず謝罪してしまう。だけどレイカはちょっとムッとした表情で僕のほっぺを掴んだ。
「今なんか変な想像しなかった?」
「してないよ。レイカがマスクを被って鞭を持ってハイヒールで係長を踏み踏みしてる姿なんて」
ギュリギュリ。レイカは無言でアイアンクローをかます。頭が割れそうに痛いよ。でもなんだか気持ちいいなあ。
「ふに?」
「ああ、ミヤちゃん、わからないわよね。でもそういう方面のバイトじゃないから。普通にちょっと反社なバイトというか、非公式の格闘技の大会でファイトマネーを貰っているの。そんなに社会には迷惑をかけていないから安心してね」
「ちょっと反社なバイトねぇ」
非公式の格闘技の大会自体はその辺で行われているので特段珍しいものではない。ただ大体はリングドクターもいないし、賭博や八百長もあるし、往々にして裏に良からぬ団体が絡んでいてグレーなものも結構ある。でも彼女はテロ行為をしていたしその程度の事はどうでもいいか。
「へー、なんだか楽しそうなの! わたしも見に行っていい?」
「子供が見るものじゃないわよ。さあ、あがって」
僕らはレイカに促され彼女の自宅に足を踏み入れる。部屋はハッキリ言って物がなく、最小限の生活用品があるだけでなかなか殺風景な部屋だった。
「ミニマリストなの?」
「あたしの元々住んでいた家はそもそも、言わないと駄目?」
「それもそっか」
僕はそれが失言だった事に思い至る。レイカも被災し津波で家も家具も流されたのだから物がなくて当然だろう。
「えーと、これこれ」
レイカはその言葉を特に気にする事無く部屋の片隅に置かれた段ボールをミヤタに手渡す。その中身を覗き込んだ彼女はそれがなんなのかすぐにわかったようだ。
「あれ、これってもしかして!」
「ええ、ミヤちゃんの家にあったものよ。形見にと思ってガレキの中から回収してたの。もちろん除染もしておいたわ」
その中には多数のおもちゃや衣服が詰まっていた。多くは破損し水や土で汚れていたけれどレイカは大事にとっていてくれたらしい。
「ねえ、これもらっていいの!?」
「貰うも何も元々はミヤちゃんのものじゃない。あたしが持っていてもしょうがないでしょう」
「わーい!」
レイカから段ボールを受け取ったミヤタは予期せぬ思い出の品との再会を喜んでいた。僕も何だか幸せな気持ちになってしまうけれど、段ボールが置かれていた場所の近くに汚れたノートがある事に気が付いた。
「ん、あれは違うの?」
「え? ええ、あれもミヤちゃんのだけど汚れがひどくてね」
レイカは少し言いよどんだけど、僕は取りあえず近付いてそのノートを手に取ってパラパラとめくった。確かに汚れてはいるけれど読めない事はない。これは絵日記かな?
「ヨシノ、他人の日記を勝手に読むものじゃないわよ」
「ああごめん、はいミヤタ」
「うん、ありがとー」
僕はすぐに閉じて彼女に返却する。それが自然な流れだと思ったからね。
「……………」
だけどどういうわけかレイカは伏し目がちになって黙り込んでしまう。でもこの時の僕はどうして彼女がそんな表情になったのかさっぱりわからなかった。
「さて、あたしの用事はこれでお終い。今日はもう遅いし早く帰りなさい」
「うん、それじゃあね、レイカちゃん!」
「またねー」
僕たちはレイカに別れを告げて彼女の自宅を出る。さて、家に帰ったらちゃっちゃとごはんを作ろうか。
「ふんふんふーん」
晩ごはんを食べた後、ミヤタは僕の部屋のベッドの上で寝転がり寛いでいた。彼女は早速レイカから渡された日記を鼻歌交じりに読んでいるようだ。
「思い出の品が戻ってよかったね、ミヤタ」
「うん! 本当にうれしいの!」
僕は日記の内容が気になりちらりと中身を見る。そこにはミヤタの下手くそな、もとい味のあるファンシーな絵が描かれていて楽しさがこちらにも伝わってくる。
その視線に気が付いた彼女は身体を持ち起こして日記を僕にも見せてくれた。
「ヨシノくんもよむ?」
「いいの? それじゃあ」
そんなわけで僕とミヤタはベッドに腰掛け隣り合って日記を読む事になった。泥水で汚れて一部見にくい箇所はあったけどそこはなんとなくで解釈しよう。
『げつようび きょうはおとうさんといっしょにあそんだよ』
『かようび きょうはえいがをみにいったの』
『すいようび きょうはゆうえんちにいったの』
『もくようび きょうはおとうさんがごはんをつくってくれたの』
『きんようび きょうはすいぞくかんにいったの』
『どようび きょうははなびたいかいにいったの』
『にちようび きょうはおうちでごろごろしたの』
絵と文章のクオリティは目をつぶろう。取りあえず彼女は楽しい日々を過ごしていたようだ。拙いからこそ純粋な思いが伝わってくるね。
「……………?」
でもなんだろう。このモヤッとする感じは。何がとはうまく言えないけど……何か微妙に違和感があるような。
「ふんふんふーん」
(ま、いっか)
だけど楽しそうなミヤタを見てしまえばそんなささいな疑問はどこかに行ってしまった。今も昔も彼女は幸せなんだ。この笑顔が何よりの証拠だよね。




